(3)
で。
何故か近くの焼肉屋までやって来ていた。
……いやホントに何でだろう。
まぁずっと駅のホームで立ちっぱなしで喋り込んでいるのがアレだというのは分かるが。
そう思いつつ横に座っている神代を見る――めっちゃ肉食ってた。頬がリスみたいに膨らんでいる。
順応が早過ぎる、というかお前それは俺の皿の上から取った肉なのでは……!?
ギリギリギリ、と俺が焼いていた牛肉を横から奪い取ろうとしている神代と軽く取っ組み合っていると、対面の席に座っている影鶴さんが神妙な面持ちで口を開いた。
「結局その、一切栂さんからそういう話はされていないし、協力者になった覚えはない、と……?」
「まぁそうですね。影鶴さんの所属する組織……団体? の存在は、アイツが自分はそこに所属しているんだーみたいな話と一緒に聞きましたけど、協力してくれとか言われたことは無いですし、仕事を手伝ったことも一切ないです」
「……マジですか」
影鶴さんが顔を抑える。舞亜は目を丸くし、いのりさんはあらら、と小さく呟いた。
「“処理漏れ”の方々には私たちの存在含めて全部説明して協力要請ないし組織にスカウトする、って結構前に皆で決めたはずなのに……」
「……処理漏れ?」
「そ、そこから……栂さんホントに何も言ってないんだなぁ……。
えぇと、私たちの力が及ばず、怪異を殺して怪異を引き寄せる体質になっちゃった人達だったり、怪異がらみの一件でいわゆる“見える人”になってしまったりした人達の事をそう呼んでいます。
そういう方々には私たちの存在と、怪異がどういうものなのかを説明した上で、協力してくれないか、あるいは組織に入ってくれないかって持ち掛ける決まりになっていて。
巻き込まれた記憶そのものを消す、というのも手段の一つですけど、でも誘引体質を得ていたり、見えるようになったりした人にはあまり有効な手段ではないんですよね……」
「あー、つまり俺と神代みたいな?」
「そうなりますね……」
「まぁ――また巻き込まれた時の事を考えると、誘引体質はもうそこにいるってだけで近くの怪異を引き寄せますし、見えるだけの人は好奇心で危険に突っ込んでいく可能性がありますし。確かにそれなら説明した方がよさそうだ」
――変な話なのだが、怪異は人間が認識することで生み出されるものでありながら、普通の人間には不可視である。
なぜかというと人の側に問題があるせいだ。
普通の人間は妖怪や幽霊が見えない、という考えが人の根っこにはある。
でなければ霊感がある、なんて言葉は生まれない。
要するに人間の側が“普通の人間に
ただ、この呪いは怪異がらみの事件に巻き込まれると解けてしまうらしい。
例えば、怪異に接触されたと当人が自覚した瞬間から見えるようになる。
一度そういう不可思議に触れた自覚が出来ることで、見えないという固定観念が取り払われるためだ。
「まぁ結局何の罪滅ぼしにもなっていないんですけどね……力及ばずすみません皆さん……」
「ひーよーりー? 焦げてるわよー!?」
「す、すごい煙出てますよ日和さん……!?」
「え? ――あっ!」
さっき影鶴さんが置いた高そうな肉が目の前の鉄板でじゅうじゅうと灰色の煙を上げていた。滴る油で火柱が立ち、それに巻き込まれる形で燃えている。
慌てて影鶴さんはそれを箸で掴んで口に入れるが――まぁ今の今まで火の中にあった熱々の肉をいきなり口の中に入れたらどうなるか、なんていうのは考えなくても分かることだ。
「~~~~~~っ!?」
「顔すごいことになってるわよ……」
「お、お水お水! どうぞ日和さんっ」
筆舌に尽くしがたい表情になり、しかし人前だからか高級そうな品だからか肉を吐き出すことも出来ずにその場でわたわたと悶えている影鶴さんに舞亜が水の入ったコップを差し出す。
無言でひったくり一気に飲み干し、咳き込みながら、
「……ご、ごめんなさいっ、見苦しいところを……! あつい!」
「いいですよ別に」
苦笑交じりに言う。
まぁ本音だった。見てて面白かったし。
「……えーと、とりあえず私たちの組織について詳しく聞きたい、ってことでいいのよね?」
「お願いします。栂からは一切話を聞いていないので」
「それがそもそもおかしいんだけどね。栂さんってそういう子だったかしら……まぁそれは今はいいか。じゃあ説明を始めるわね」
舌を火傷したらしい舞亜に頭を撫でられている影鶴さん(多分大学生)に代わり、いのりさんが話し始める。
「組織はまぁ、ここは栂さんから聞いたと思うけど怪異のかかわる事件の解決と、それに伴う被害の隠蔽。これを主に活動しているわ。目的は……そうねぇ、やっぱり私達みたいな怪異にかかわった人間たちが、無事に暮らしていけるようにするって事なのかしら。そういう人を増やさないっていうのももちろんあるわね」
「……」
――“まぁ私たちみたいなのがこれ以上増えるのはかわいそうだから、頑張るしかないんだけど”。
つい先ほど
要するに一般人の保護ではなく、あくまで怪異に触れてしまった人間のアフターケアと、俺達のようなはみ出しものを増やさないための活動をしている団体だ、という事。
重ね重ね歪んだあり方だな、と思った。一般人を思いやっているようでそうではない、というか、結果的に一般人のためにはなっているけれど、本人たちに一切その気がない。
だからいくら死んでも存在を消せばいい、と考えている。
「そのために協力者がたくさん要る、っていう話なのよ、言ってしまえば。とにかく人が多いほどやりやすくなるの――例えばただ見えるだけの人だって、怪異っぽいものを遠目で発見したらいつどこで見かけたっていう連絡をしてくれれば、対処が早く出来るでしょ? そうすれば被害の規模も抑えられるし、協力者の人にとっても近くに居る怪異のがとっとといなくなるなら良い話じゃない? ――ただ、ねぇ」
いのりさんが横目で影鶴さんを見る。
大分落ち着いたらしい影鶴さんがその目線に気付き、話を引き継いだ。
「いくら対処が早くなっても怪異を実際に倒せる人と、怪異の痕跡を隠蔽できる力のある人が根本的に組織の中に少ないんです。特に戦える人はかなり。
だからお二人の話を栂さんから聞いた時、出来れば組織に入ってもらいたいと、そういうことを話しました。無理矢理接触することも考えたんですけど、栂さんに私の領土で既に協力者として十分に働いてもらっているし、友人としてこれ以上負担をかけたくないと言われると、あまり強引には……」
「あ、全然違います。そもそも今までの情報ほぼ全部初耳です」
「ですか……分かってはいたけど栂さんホントに無茶苦茶だよぉ……!?」
影鶴さんが意気消沈してがっくりと肩を落とし、俺もどうしたものかと思いながらがしがしと後頭部を掻く。
……一方そのころ神代は俺の隣で全然興味なさそうにさっき運ばれてきたステーキを焼いていた。
「んー! ラム肉美味しいのですよみずはみくん」
「もうお前別の席行けよ」
あとそれだから俺の肉じゃねぇか。
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