(2)



「私は影鶴かげづる日和ひより――組織では“ムジナ”と呼ばれています」

転寝うたたね舞亜まいあ、“アカナメ”です! 舞亜って呼んでください! よろしくお願いします!」

猫屋敷ねこやしきいのりよ。“アシアライ”なんて呼ばれてるけど、ダサイしフツーに名前の方で呼んで欲しいか、な……」

「……ダサイ……」

「あっ」

「いのりさん、事実でも言わなくていい事ってあるんですよ?」

「バカ! 舞亜もうホントバカッ火に油を注ぐな! いや私が火種だけど!」

「いいんですネーミングセンス無いのは昔から分かってますから……!」


 おおよそ十分後――場所は変わらず駅のホーム。

 黒子姿から一転、私服に着替えた三人の女性が目の前に立っている。いや立っていた。今は一人が体育座りをしてそれを二人がおろおろしながら慰めるという構図になっている。

 神代が呆れたようにため息を吐いた。


 ――服はどうやら黒子装束の下にそのまま着込んでいたらしい。

 掃除、つまり電車内に残っていた血痕や痕跡の隠蔽を終えるなり鬱陶しそうに俺達の目の前で黒子の装束を脱ぎだしたときはちょっとビビった。

 聞いてみると三人そろって“暑かった”と答えた。

 着る意味あんのかそれ。


 黒いワンピースを着た大学生っぽい三つ編みの女性が影鶴さん。さっきからずっと泣いている人。

 制服の、多分俺や神代より年下のショートボブの少女が舞亜。さっき血を舐めていた変態。

 肩出しニットのOLさんっぽいセミロングの女性が猫屋敷さん。さっき手垢に興奮していた変態。


 要するにこの場の五人中三人が変態だった。

 ……我ながら本当にひどい状況だな……。


「みずはみくん。私は変態じゃないのですよ?」

「神代は一回胸に手を当てて考えてみてくれな? ……あとすっごい自然に俺の心読んだなお前……」


 ガタンガタン――と、殺戮の痕跡を一切残さず、三人の手により清掃された電車が動き出す。

 “何でこんな早くこの駅着いたんだろう”と、俺達の傍を通るときに、さっき死刑囚の男に銃を向けられて脅されていた運転手が、まるで何もなかったみたいにぼやいていた。

 

 ……後半がぐちゃぐちゃではあったものの一応自己紹介された訳で、これって俺と神代も倣った方がいいのか……?


「えっと、俺は――」

「水喰さんと神代さん、ですよね? 以前に栂さんからあなた方の話を聞きました。信頼のおける協力者だと」

「……あぁ、もう俺達のことは知ってるんですね」

「はい。お二人がどういう力を持っているのか、も分かっています」


 一転してキリッとした表情で影鶴さんが言う。まだ涙ぐんでいるけど。


 ともかく、その口ぶりからしてかなりこちらの事情を知っている――と考えてよさそうだった。

 生きているかもしれない栂についても、何か情報を持っているかもしれない。


 再度、俺達に影鶴さんは深々と礼をしながら言う。


「改めて手伝ってくださり感謝します。……いや本当に大変だったんですよ何なんですか死刑囚が怪異片手に脱獄とかもうこの三週間組織のみんなで全国手分けしてめちゃくちゃな人数の認識を誤魔化して誤魔化して誤魔化し続けて本当に疲れたんですよさっきもダイヤの乱れで生じた影響をどうするかっていうのもてんてこまいでしたしネット担当の方にも貫徹で重労働をさせてしまい……」

「漏れてる漏れてる。愚痴がすごい出てるわよ日和」

「はっ――す、すみません! 無駄口でしたよね……!?」

「いや、まぁ……そんな気にしなくても」


 そういえば若干顔が三人とも少々やつれているように見えた。

 特に――ここまで様子を見てみて――三人の中でリーダー役をやっているらしい影鶴さんの顔には疲労が濃く表れていた。クマは酷いし唇はガサガサだ。


「痕跡を消すのに人員を裂かれ過ぎて大元をどうにかするのが全体的に遅れていて……だからあなた達が対処してくれたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました」

「いや、ありがとうも何もこっちも大分派手にやったというか、かなり人死に出ましたけど……」

「んーっと、死んだ人の処理は楽なんですよ、全部なかったことにするだけなので。でも人がいた痕跡とか、殺人現場の処理とか、そういう一部分のみ消すっていうのは結構大変で……こうやって実際に来ないといけないので、神代さんに手伝ってもらえて大助かりでした」

「……良く分かんないですけどすげー大変そうなのですよ」

「だな……」

 

 神代の言に頷きつつ――あ、この人も俺らと同じだな。

 今の言葉で即座にそう理解していた。


 ……身内を見ていて前々から思う事があった。

 簡単に言うと俺を含め、皆一般人がどうでもよくなっている。


 それと比べてこの人達は今までのやり取りからかなりマトモ寄りだな――と考えていたのだが、やはり違う。ズレている。

 かなり巧く一般人に擬態しようとしている、といった印象だった。


「えと、あなた達は栂さんが言っていた組織の一員、なのですよね」

「はい。……とは言っても格好つけて組織って言い方をしているだけで、実際はお給料も出ないボランティア団体なんですけどね。だから上下関係とかもありません」

「とはいえブラック職場よホント。年中人手不足で。まぁ私たちみたいなのがこれ以上増えるのはかわいそうだから、頑張るしかないんだけど……」

「聞いてた通り神代さんってマジでなのですって語尾に付けるんですね! 可愛い!」

「あ゛?」

「ぴぃッ!?」


 神代のプレッシャーを浴びた舞亜がパッ、と猫屋敷さんの背後に隠れた。

 熊かカマキリのように両腕を上げて威嚇しつつ、じりじり舞亜との距離を詰めていく神代を後ろから羽交い絞めにする。


「離してくださいみずはみくん! そいつころせない!!」

「せっかく掃除して貰ったんだからこれ以上ホームを血で汚すなよ!」

「犯しますよ!」

「それ女が言う台詞じゃないよなマジで! あとお前記憶トんでんじゃねぇだろうな!?」


 昨日も俺を妹分と交互に逆レしたばっかりだろうが!


「こわい」

「ごめんね? えっと――神代さん? 舞亜も悪気はないから、許してあげてくれないかしら」

「つーん」

「……。神代」

「ぐ、む……分かりましたよ。こっちもキャラ付けで使ってる語尾を指摘されただけでムキになり過ぎたのです……」

「!?」


 初出の情報に驚かれされていると、こほん、と影鶴さんが咳払いをした。


「えっと、それでもしよろしければ、なんですけど。水喰さんと神代さん――あなた達のお力をお借りしたいんです」

「……俺達の力?」

「はい」

 咳ばらいを一つしてから、影鶴さんは語りだす。


「現在、この地域に各方面から様々な怪異が集結しつつあります。原因は不明ですが、とにかく数が多くて人手が足りません。……栂さんからあなた達が信頼のおける協力者だという事は聞いています。お忙しいとは思いますが、どうか栂さんだけではなく、私たちにもその力を貸していただけませんか?」


 深々と頭を下げる影鶴さんだが、俺達は正直困惑していた。

 神代がうーん、と腕を組みながら言った。


「……ねぇみずはみくん、私達って協力者なのですか?」

「いや。協力しろとか言われたことねぇし、そもそも組織にしたって怪異の隠匿をしてる、以外によく知らんし」

「……んー?」


 影鶴さんががくん、と人形染みた挙動で首を傾げた。

 恐る恐る、といった風に口を動かす。冷や汗が頬を伝っているのが見えた。


「え、あれ、もしかして、栂さんからそういうの何も聞いてない、感じですか……?」

「……まぁ、そうですね」


 あ、影鶴さんの顔がさーっと青くなった。





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