第879話 当主の反応
備品の数が合わないとか、馬が見当たらないなんて状況が起これば、当然大きな騒ぎになると思うのですが、なかなか思ったような騒ぎに発展していきません。
「ラインハルト、そんなにボロフスカの管理は杜撰なの?」
『杜撰と言うよりも、腐っていると言った方が良いのでしょうな』
「どういう事?」
ラインハルトは状況を理解しているようですが、僕には今ひとつピンと来ません。
『ケント様のおっしゃる通り、通常の組織であれば既に大騒ぎになっておるでしょう。それが騒ぎにならない理由は、日常的に備品を盗み出したり、横流ししている者がいるという事です』
「それじゃあ、実際には数が足りない、無くなっているのは分かっているけど、誰も報告していないって事?」
『いいえ、誰も報告していない訳ではないと思いますが、おそらく私腹を肥やしている上官が備品不足の情報を止めておるのでしょう』
「でも、自分が懐に入れた訳でもないのに情報を止めるかな?」
『確実に止めるでしょうな。騒ぎになって、厳しく調査が行われれば、自分達が私腹を肥やしていたのも表沙汰になってしまいますからな』
「なるほど……」
なまじ発覚しにくいように備品の盗み出しを続けてきたので、これまでにも備品の横流しで儲けていた連中に同類と思われてしまったようです。
「じゃあさ、『こんな杜撰な横領しやがって……』とか怒っている奴がいるのかな?」
『ぶははは、おるでしょうな。今頃は、冷や汗を流して胃の痛い思いをしておるでしょう』
「まぁ、それも長くは続かないから大丈夫……いや、胃が痛いどころか首が飛ぶような事態になるのかな」
『さて、それはこれまでの悪行次第でしょうな』
「では、第二段階に移行しよう」
『了解ですぞ』
第一段階では、備品を手前だけ残して後ろ側だけ……といった感じで盗み出しを進めてきましたが、第二段階では発覚するような盗み方に変えます。
例えば、手前側だけ残しておいた盾は、棚ごとゴッソリいただきます。
新しい物だけ選んでいた馬車は、車庫にある全てをいただきます。
良い馬だけ選んで一頭ずつ盗み出していた馬は、厩舎ごと魔の森の訓練場へ送還しました。
その他、鎧や剣、槍などの武器や天幕などの野営装備などもゴッソリまとめて運び出しました。
昼間のうちに目星を付けておいて、人気の絶えた夜中の時間にコボルト隊が影の空間にヒョイヒョイと運び入れてしまうのですから、防ぎようなどありません。
翌朝、当然のようにボロフスカは大騒ぎになりました。
「馬車が出せないだと! どうしたと言うのだ!」
この日、ボロフスカの当主ツィリルは地方の視察に向かう予定だったようですが、城を囲む川を船で渡り、対岸に辿り着いたところで足止めを食うことになりました。
「申し訳ございません。馬車は用意したのですが……」
「用意が出来ているなら早くいたせ。御者なら代わりの者がおるだろう!」
「それが、御者はいるのですが……馬がおりません」
「馬がいない? さっさと代わりの馬を用意しろ!」
「代わりの馬も……どこへ行ったのやら……」
「バカな事を言っていないで、さっさと馬を連れて来い!」
「それが、厩舎ごと消えてしまったのです」
「厩舎ごと消えただと? ふざけるな!」
平身低頭する役人を怒鳴りつけていたツィリルでしたが、実際に厩舎が消えた現場に案内されると、暫し目を見開いたまま固まっていました。
「なんだ、これは! いったい、どうなっている!」
「分かりません。昨日までは、確かにこの場に厩舎があったのですが、一夜が明けるとこの状態で、私共にも何が何だか……」
バルシャニアでギガ―スを退治した時も、闇の盾を使った戦術を用いたのですが、送還術については知られていないのでしょうね。
現当主であるツィリルを遠巻きに見守っている者達からは、神隠しだと囁く声が聞こえて来ます。
「今日に視察は取りやめにする。明日には出立できるように、馬を整えておけ!」
「かしこまりました」
今日の出立を諦めて、ツィリルは川を渡って城へと引き上げていきました。
ツィリルを見送った後、厩舎があった場所には兵士たちが集まってきて、声高に言葉を交わし始めました。
「ボロフスカは神の怒りを買ったに違いない」
「一夜にして厩舎ごと馬が消えてしまうなんて、恐ろしい呪いだ」
「薬の実験に使われた者の恨みじゃないのか」
「よせ、余計な事を口にすれば……」
どうやら、厳重に秘匿されているはずの実験場の話も、どこからか漏れているみたいですね。
この様子だと、一般市民にも噂が広がっていくのも時間の問題じゃないですかね。
一方、城に戻った後もツィリルの受難は続いていました。
続々と備品が消えていると報告が届けられたのです。
ただ、どの報告も昨日までは確かに有ったはずの物が、一夜にして忽然と消えてしまったという内容になっています。
実際には、分からなそうでいて分かる……ぐらいの感じで盗み出しを進めていたので、全く気付いていなかったはずはありません。
『ケント様、これは厩舎の騒ぎに便乗して、自分達の所の品物も神隠しにあったことにしようと画策しておるのでしょう』
「なるほど……自分達はちゃんと管理していたけど、神隠しじゃ仕方ない……みたいな感じで乗り切ろうとしているのか。てか、それって全部僕に罪を擦り付けようとしてるんじゃん、けしからんな!」
報告を受けたツィリルは、神隠しなど信じていないようです。
「何が神隠しだ。必ず犯人が居る! 草の根分けてでも探し出せ!」
宰相のカシュバルを怒鳴り付けたツィリルは、ついでに部屋にいた女官も全員追い出してしまいました。
ツィリルは机の上に残されていた被害状況を記した報告書をもう一度眺めると、苛立ち紛れに床に叩き付けました。
「随分と荒れてるな、親父殿」
「イグナーツか」
追い出された女官と入れ替わるように部屋に入って来たのは、次期領主と目されているイグナーツでした。
「何の騒ぎです?」
「ネズミ入り込まれ、良い様に食い荒らされるまで気付かぬボンクラ揃いで話にならん」
イグナーツは、床に散らばった報告書を拾い上げて目を通すと顔を顰めてみせた。
「神隠しですと? まさか、親父殿まで信じてるのではありますまいな?」
「当たり前だ、誰がそんな戯言を信じると言うのだ」
「ですが、民草が喜びそうなネタではありませぬか?」
「民草を喜ばせるためだけに、それだけの物品をタダでくれてやれるか!」
「それは、そうですな」
苦笑いを浮かべているイグナーツは、昼間から女官と如何わしい行為に耽っていた時とは違い、知性的な感じがします。
「それで、どうされるのです?」
「どうもこうも無い。ネズミを捕らえて奪われた品を取り戻し、殺してくれるわ」
「捕らえられますかね?」
「何としてでも捕らえるのだ!」
それは無理な相談だと思いますけどねぇ。
「親父殿、どこの手の者の仕業だと思われますか?」
「リフォロスの連中に決まっておる」
「あの異常なまでに誇りを口にする連中が、盗みなんて手を使ってきますかね?」
「コンスタンの表の顔に騙されるなよ。勝利のためには手段を選ばぬ男だ。リーゼンブルグを我がボロフスカの薬で混乱させて侵攻しようと試みていたのに、利があると悟れば手を握る。奴には節操なんか無いぞ」
「なるほど、確かにそうですな」
自分達を棚に上げて、随分な言い方だと思いますが、まぁ綺麗事だけでは国を運営してはいけませんもんね。
『さてケント様、そろそろ仕上げといきますか?』
「んー……明日にしようかな」
『今日はやらないのですか?』
「緊急時のボロフスカの対応力を見てみたい。明日までに馬を用意できるのか……とかね」
『なるほど、馬を準備できたらどうされます?』
「状況次第だけど、馬車ごといただいちゃうかも」
『ぶははは、その上で仕上げですな?』
「うん、そうしよう」
最後の仕上げの準備は既に終わっています。
あとは実行に移すだけなので、ボロフスカの対応力を拝見いたしましょう。
ハズレ判定から始まったチート魔術士生活 篠浦 知螺 @shinoura-chira
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