殺し屋の勉強
「なぁファイナー、お前さんは雷魔法についてどこまで知ってるんだ?」
そう問いかけるのはギーハ。ファイナーはギーハの言っている意図がつかめないでいる。
「藪から棒だな。
「保安魔術師の大半が雷魔法を用いた
保安魔術師達も当然、武力行使によって治安維持に努める場合もある。
「ああ、まあそれくらいはな。だがそれらに対しての対策はちゃんと練ってある。先日保安魔術師を斬ったときも弾丸を握っていないのを確認したうえで交戦したんだからな」
顎に手を当てながら回答するファイナー。ギーハはそれに対して意地の悪い笑みを浮かべた。
「なら、全身から弾丸を飛ばすことが可能で、それでいて常に雷魔法による電撃を身に纏う奴が現れたらどうする?」
「……おい、まさか」
ぎょっとした顔をするファイナー。猛烈に面倒くさそうな意思を表現する。
「そのまさかだぜ。今度の標的は攻防一体の雷魔法を扱う魔術師、"雷壁のアンヴォル"だ」
雷壁のアンヴォルとは最近噂になっている雷魔法を扱う魔術師だ。何人もの人間を襲撃し、抹殺を繰り返しながらも正体は一切掴めず、そのアンヴォルという名前を持つ魔術師はこの国にはいないことから、神秘性と畏れが国中に広まっている魔術師だ。
「噂には聞いていたが……また保安魔術師からの指名か?」
「いや、今回は俺のお得意様からのご指名だ。聞いた話じゃ、アンヴォルは裏稼業を行う人間のみを狙って襲撃を行っているらしい。結果的に保安魔術師の手を煩わせることなく厄介者を処理しているから、保安魔術師共も見て見ぬふりをしているそうだ。お前とは扱いが大違いだな?」
茶化すようにギーハは笑う。ファイナーは不服さと諦めの混じった表情になりながらテーブルに肘をつく。
「下っ端の保安魔術師にケツを追っかけまわされ続けているからな。俺だって今ンとこは死んで当然なクズの処理が大半なんだがな……それで、魔術師を重点的に殺害している俺に白羽の矢が立った、と?」
「そういうことだ。だが、今のお前がアンヴォルに突っ込んでいったところで犬死にするだけだろうからな。俺のおすすめする講習会を受講させてやる」
「かったりーな……その依頼断ってもいいか?」
心底けだるそうに愚痴るファイナー。
「そうなるとお前の稼ぎは落ちるぜ。お前が回収してくる遺留品を高く売りさばいてるのは、今回依頼を回してきたやつなんだからな。断ればお前のタンスや倉庫はパンパンに膨れるだろうよ」
端から選ばせるつもりはない、と暗に告げるギーハ。ファイナーは稼ぎが減ることよりも、追跡防止の為に剥ぎ取る様々な遺品の処分先が無くなることに対して懸念を抱いていた。
「実質選択権は無いってことかよ、マジで面倒くせぇ……」
「まあそう言うな。雷魔法についてしか講習しないし、これからに役立つと思うぜ?」
「分かったよ、行きゃいいんだろ行きゃあよ」
これから先の仕事を考えた上でファイナーは依頼を呑んだ。その顔は苦虫を噛んだかのように歪んでいた。
「ガハハハ!交渉成立だな。んじゃ、この受講券を渡しておく。明日ここに記されている場所に行け。1万ゴールドも忘れんなよ!」
そう言ってギーハは一枚の紙きれをファイナーに手渡す。そこには"文字が読めなくても分かる!たのしい魔法教室"と書かれていた。
文字が読めない人間も顧客層として捉えているのなら、その宣伝を文字にしてしまうのは問題があるんじゃないかとファイナーは考えてしまった。
しかも受講料1万ゴールドは意外と高い。払えなくはないが、これだけの金があれば少し良い酒場で目一杯酒を楽しむことができるだろうとファイナーは考えた。
「受講料は俺負担かよ……本当に大丈夫なのか、ここ」
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「さて、ここが指定された場所のようだな」
翌日、ファイナーは首都の東の方へと向かっていた。この周辺は魔法についての研究施設や蔵書を取り扱う施設が多いため、勉学をする者達はこの地域に居を構えている。
ファイナーも普段のように大太刀を背負う恰好では悪目立ちしてしまうと考えたため、研究者が好んで着る白衣と黒いキュロットに身を包んでいた。懐には護身用のナイフも備えている。
そうして指定された場所に着くと、集会所のような建物が目に入る。傍にある看板には"文字が読めなくても分かる!たのしい魔法教室"と書いてあった。
「……文字でそれをアピールしても、読めない奴には何の意味もないんじゃねえのか?」
先日から思っていたことをボソッと呟くファイナー。建物の中に入ってみると、一つの教壇を囲むようにテーブルが設置されている。そして思った以上に人が集まっているが、男の比率が非常に多い事にファイナーは若干の違和感を覚えた。たのしい魔法教室とやらを学ぶような
そして正面の教壇へと視線を向けると、やたらと男が多い理由をファイナーは理解した。
「ハァイ!私が今日の講習を担当するシャルドーよ。気軽にシャル先生って呼んで! 短い時間になるかもしれないけど、よろしくね♪」
立ち台に立っていたのは茶髪のミディアムカールの髪形をしている女講師だ。それもかなりの美人である。なるほど、これは確かに講師目当てで男が集まるとファイナーは考えた。
(ギーハの野郎、まさかビジュアルだけで選んでないだろうな?少し不安になってきたぜ……)
だが、ファイナーの不安とは裏腹にシャルドーの講習は非常に分かりやすく、感覚派であるファイナーでも雷魔法のセオリーを受け入れることができた。
設置されていた黒板に雷魔法の使い方、主な運用方法が可愛らしいイラストも交えて簡潔に記されていた。経験豊富であろう老齢の魔術師も思わず唸るほどにその講習は画期的なものだったのだ。
「雷魔法は生物に対して強い殺傷力を持つのよ。でもそれは使用する魔術師側に対しても例外ではないの。だから雷魔法を扱う魔術師は感電しないよう、ゴムなどで出来た手袋や、ラバースーツを装着するのがセオリーよ。でもそれらの装備の耐久性も有限なの。素材が劣化する前に交換するのは雷魔法における絶対の約束だわ」
そこでファイナーは手を挙げる。シャルドーはそれに気付き、講義を中断する。
「そこの貴方、いかがなさいました?」
「質問だ。もしもボロい装備で雷魔法を使ったらどうなる?」
ファイナーがその質問をしたのは、アンヴォルに対しての対策を練るためだ。装備を破壊することによって大きなリターンを得られるのかどうかを確信付けたいと考えたためだ。
「その状態で高威力の雷魔法を扱えば、装備はボロくなった箇所から雷魔法によって破壊され、自分の身体を攻撃してしまうのよ。そうなると暫くは身動きが取れなくなってしまうの。戦場でそんなことになったら死が待っているでしょう?」
これはいわゆる絶縁破壊というものだ。特定の箇所が破損していると、そこに電気は集中してしまい、最終的には電気が絶縁性の物質を貫通してしまう。大半の魔術師は意識を失った瞬間に魔法の発動ができなくなるため、魔術師の発動した雷魔法によって電気が流れ続けて感電死するケースは意外と少ない。触れただけで感電死するほどの超高電力の雷魔法を扱うには膨大な魔力を使用するが故だ。
「なるほど。もう一つ質問だ。保安魔術師達はラバースーツのようなものは着ていないが、その状態で
そうなると更なる疑問がファイナーの中に湧く。保安魔術師達は
「良い所に目を付けたわね! 彼らは全員、掌だけに雷魔法を発生させているから、身体まで電気が伝ってくることはないのよ。掌だけに発生させるのは容易な上、
掌だけに雷魔法を発生させることがものなのか、とファイナーは考えた。魔法というものは発動すれば全身を駆け巡ると思い込んでいたファイナーにとっては目から鱗が落ちる話だ。そもそも雷魔法が使用者側にもリスクが付きまとうということさえも理解していなかった。何故ならば、それはファイナーにとって都合の良すぎる話であり、確定していない前提で動いてしまえば足元を掬われかねないと思っていたのだ。しかし、これらの講習を聞いたことにより、魔法に対しての価値観を改めなければならないとファイナーは考え直した。
そうしていると、シャルドーの手元にあったベルが鳴り響く。これは一定の時間が経つとけたたましく鳴り響く仕掛けが組まれているアラームのようなものだ。
「あら、今日の講習はこれでおしまいね。私の講習が気に入った人は、また来週も来て頂戴ね!今度は雷魔法がゴムを通さない理由を重点的に教えてあげるわ!」
そう言ってウィンクをすると、シャルドーは黒板に描かれていたイラストを消し、持ってきていた資料を纏める。それを見た受講者達も帰宅の用意を始めていた。
(最初はどうなるかと思ったが、案外タメになる講習だったな。なんだかんだギーハの審美眼は一級品ってことか)
他の受講者と同じく、ファイナーも帰宅の用意を始める。そうしていると、いつの間にか部屋に残っているのはファイナー一人となっていたのだ。ファイナーもそれに倣い、そそくさと建物を出ると、何者かに声をかけられる。
「ねぇ貴方」
声をかけてきたのは先程講師として教壇に立っていたシャルドーだ。
「どうして保安魔術師の
どこか懐疑的な視線でファイナーへと問いかけるシャルドー。ファイナーは取り乱す様子もなく答える。
「単なる好奇心だ。痛みに耐えながら撃っているのか? と、疑問に感じたからな」
この言葉も嘘ではない。が、全てではない。しかし全てを話すほどファイナーは警戒心の薄い人間ではなかった。
「へぇ。じゃあもう一つ質問。貴方、魔力を持っていないわよね?何故魔術師向けの講習に参加したのかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、ファイナーはギロリと刺すような瞳でシャルドーを睨みつける。
「……魔力を持たない人間は魔法について学ぶことも許されないと、そう言いたいのか?」
その言葉を聞いたシャルドーは狼狽える。彼女は悪意を持って問い質したわけではないようだ。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの。ただ、決して安い講習ではなかったでしょう? だから気になっちゃって、その」
と、言葉を終える前にファイナーはクスッと笑う。先ほどの冷たさの感じさせる瞳はなく、どこか可笑しそうにシャルドーを見つめていた。
「くくっ、冗談だ。魔術師の友人に頼まれてな。暫くはどうしても出れないから代わりに聞いてきてくれ、と泣き付かれたんだ。あんたの講習は1万ゴールド払ってでも聞く価値があると感じたよ。魔法について詳しくない俺でも雷魔法のおおまかな性質を理解することができた」
このファイナーの言葉に嘘偽りはない。講習そのものはファイナーの大きな糧となっており、一万ゴールド払う価値があるというのも心からの言葉だ。情報の重要性を知っていたファイナーは、魔術師については学んできたが、魔法について深く勉強してこなかった。そのことは大きな反省点であると考えた。
「それはよかったわ!また来週の講習も来てくれたら嬉しいわ」
花が咲くように表情を明るくするシャルドー。思春期の少年ならば、この笑みを見てしまうだけで見惚れてしまいそうなほどに愛らしい姿であった。
だが、それに対してファイナーは意地の悪い笑みで返す。
「あんたの懐を潤わせるために、か?」
この講習は生徒を多く集めて受講料を多く稼ぐほど講師の取り分も多くなる。故に彼女は自らの容姿を活かして生徒を集めていたのだ。それは少し頭の回る人間にとっては当たり前のことであり、共通認識であった。
「まあ、意地悪な人ね、否定はしないけれどね」
先程の愛らしい笑みとは一転して小悪魔のような挑発的な表情になるシャルドー。しかし不満そうな表情ではなく、むしろ楽しげでさえあった。
「正直な女だこと。だが嫌いじゃないぜ、そういう奴は。さて、俺はそろそろ失礼させてもらうとするか」
シャルドーに背を向け、ギーハの営む酒場へ向かうファイナー。
「さよなら。また会えたら嬉しいわ」
シャルドーもそう言い残すと、ファイナーとは反対の方向へ歩き出す。
恋愛感情でもなければ友情とも違う、しかし悪意や劣情を感じさせない不思議な関係が二人の間に出来上がっていた。
「さて、一万ゴールドを用意しておかないとな。毎週通うとなると少し出費が痛いか……?」
己の懐と相談しながら来週の予定を組むファイナー。勉強を面倒くさがっていた姿はもう跡形もない。
冷酷無比な殺人剣が綴る殺し屋稼業 @hiiroLeaf
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