芽を摘む(後編)

「質問に答えろ! お前は一体何をしていた!?」


 若き保安魔術師がファイナーへと詰め寄る。その顔には怒りに近い興奮と困惑が混じっていた。


「……見てのとおりですよ。ワタクシからも一つ。正義の象徴たる保安魔術師サマが、何故こんな辺鄙な場所へいらしてるんです?」


 媚びへつらう態度を取るファイナー。それが癇に障ったのか、保安魔術師は表情を歪ませる。


「膨大な魔力の反応が出たと思えば、即座に消滅したから様子を窺いに来たのだ。お前、この件に関与しているな?洗いざらい話してもらうぞ」


 ファイナーは思わず舌打ちを打ちそうになる。魔力探知が可能な人間……それも保安魔術師が近辺に居る事までは考えていなかったのだ。


「では、ワタクシが事情を説明致します。保安魔術師サマは"魔力爆弾"というものに聞き覚えはありますか?」


 ファイナーが魔力爆弾という単語を出した瞬間、保安魔術師は大きく狼狽え、額に汗も垂らす。


「……ッ! お前、どこでそれを……!」


 困惑しながら問いかける保安魔術師。ファイナーは一歩近付き、その問いへと答える。


「ご存知でしたら話が早い。その魔力爆弾を開発した末に追放され、逆恨みで国家を転覆させようとした研究者と、それらが育て上げた魔力爆弾をワタクシが葬っただけです」


 ファイナーはまた一歩近付く。不気味なプレッシャーに気圧されたのか、保安魔術師も一歩後退する。


「"葬っただけ"だと……? そこにいる子供も殺したのか! お前、自分が何をしたのか分かっているのか!?」


 保安魔術師はファイナーの発言、そこから考えられる行動を予想し、考えるのもおぞましき結論へと至る。


「もちろん分かっておりますよ。ですが、彼らを一人でも残してしまえばこの国は滅ぶかもしれなかったんです」


 悪びれる様子もなく答えるファイナー。正しい事をしたという態度は、保安魔術師からすれば狂気を感じさせるものであった。


「だからといって、まだ年端も行かぬであろう子供達を手にかけるなど、冷酷だと感じないのか!」


 その言葉を発した瞬間、ファイナーの雰囲気は一変する。


「……魔力を持たぬ人間を冷遇し、見殺しにしてきたテメェら保安魔術師がよくもそんな事を言えたな?」


 媚びへつらうような態度と口調は鳴りを潜め、攻撃的な口調と態度へと変化する。


「ッ……何をデタラメなことを……」


 ダンッ、と踏み込み保安魔術師へと詰め寄るファイナー。今にも掴みかからんとする勢いで語りかける。


「誤魔化そうたって無駄だ。魔力爆弾を用いた実験をする時、最初にあの研究者が魔力を持たぬ人間を実験に用いたこと。そしてそれに対して保安魔術師達が制止をかけなかったことは知っているんだぜ!!」


「わ、私がそれらを知ったのは事後になってからだ! 私はそれらには一切関与していない!」


 先程とは態度が逆転し、ファイナーの問いかけに対して腰が引けているような態度になる保安魔術師


「あぁそうかよ。じゃあお前は抗議したのか? 人間を材料とする反道徳的な実験に対して、保安魔術師幹部テメェの上司に直訴なりなんなりしたのかよ?」


 ファイナーは追い打ちをかける。感情に語りかけてきた保安魔術師に対して、道徳的な観点を持ち出す。

 保安魔術師は何も答えられない。何もしていなかった事を悟られたくはなかったのだ。


「それとも、魔力を持たない人間は死んで当然とでも? 魔術師の為に死ねる事を誇りに思うべきとでも言うのか?」


 ツカツカと詰め寄るファイナー。


「違う! 私達は国の平和を守る為に保安魔術師という仕事に就いている。全ての王国民を平等に守ることが我々の使命だ!」


 それに対しては弁解を行う保安魔術師。平和を守る為、国民を守る為ことが使命ということには彼の中では嘘偽りではない。

 ファイナーは鼻で笑う。


「全ての王国民を平等に?だったら女子供であろうとも、必要ならば排除をすべきだとは思わないのか?」


 屁理屈と言っても良いファイナーの主張。だが、それを間違いだと言えるほどの冷静さ、そして主張の力は相対する保安魔術師には最早無かった。


「幼い子供達には未来がある! 王国のために尽くしてくれるかもしれないだろう!!」


 更生を期待し、排除以外の解決策を出す理由を提案する。だが、ファイナーはそれにも嘲笑で返した。


「育ての親を抹殺したきっかけを作った王国に対して強い憎悪を募らせるかもしれないのにか? 自暴自棄になって殺戮を起こしかねない保証はあるのか? そうならないよう、芽を摘むべきだとは思わないのか? お前はこの国の未来を、この国の人間全ての命を賭けられるほど偉い人間なのかよ?」


 可能性の話を絶対的な結論として結び付けるのは非常に難しい。ましてや精神面の問題が絡むと尚更だ。

 最早、保安魔術師の心に余裕は無かった。


「黙れッ!!」


「テメェの言ってる事はただの理想論だ。ガキ以下の我儘でしかない。平等?守るべき王国民?未来ある子供? ハッ!笑わせてくれる」


 1馬身差ほどの距離まで近付くファイナー。表情こそは笑っているが、その瞳は氷のように冷たい


「なら、最後に良い事を教えてやるよ」


 そこから一歩踏み出すファイナー。


「黙れと言っている!聞こえないのか!!」





「俺に子供殺しを持ち掛けたのは、テメェの上司保安魔術師の幹部なんだよ」



「黙れぇぇぇッッ!!!!」


 保安魔術師の理性のタガは外れる。魔力を練り上げて不快な存在を排除する思考へと切り替えた。


「デタラメを言うんじゃ……ッ!?」


 だが、保安魔術師は自分の身体が思うように動かせなくなった。不思議に思って自分の身体を見ると、全身が赤く染まっていることに気付いたのだ。それは自分の顎と鎖骨の間から流れ出ていることに気付いた瞬間に保安魔術師は倒れ伏した。


「俺が何の意味もなくペラペラ喋っていたとでも思ったか? テメェが相手していたのは、子供でさえも皆殺しにする冷酷な殺し屋なんだぜ」


 相手の関心を引く話題を話しながら少しずつ近付き、少しずつ大太刀の射程に入るように調整したのだ。依頼者の素性を明かした時には既にファイナーの間合いであり、そこで距離を離すことも考えず、予め攻撃姿勢にも入らなかった時点で保安魔術師の死は確定しているものとなってしまった。


「チッ、余計な手間が増えた。だから保安魔術師には遭遇したくねぇんだよ……」


 短剣で保安魔術師の顔を剥ぐファイナー。死体の身元が特定されないように行うのであり、ファイナー自身には猟奇的な趣味はない。

 そして身に付けていた制服と所持品も外す。


「……相変わらず保安魔術師ってのは高給取りのようだな。口止め料かわりに貰っておくとするか」


 制服を漁って出て来た硬貨の束を見てボソリと呟くファイナー。制服そのものもギーハを通じた闇ルートで高く売れるため、保安魔術師という存在はファイナーにとってはネギを背負ったカモに見えていた。


「あんまり殺りすぎると保安魔術師本部に睨まれるしな。不要不急でない限りは関わらないのが得策だ」


 誰に向けたでもない独り言をつぶやきながら森の出口へと向かうファイナー。

 そうしてこの森は誰も居なくなった。

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