芽を摘む(前編)
ここはシャロンの首都の場末にある酒場。ツケで酒を飲むろくでなし達の憩いの場。
カウンターでグラスを丹念に洗うギーハ。その目の前の位置にあるカウンター席にファイナーは座っていた。
飲んだくれの男達が全員酔い潰れたのを確認したギーハは、ファイナーへと視線を向ける。
「なぁファイナー」
ファイナーは知っている。こうやって話しかけてくる時は大体
「あーン?」
「ちょっとした質問なんだが、お前には人殺しを躊躇う瞬間ってあるか?」
飛んできた言葉はファイナーにとっては今更の質問だ。
「あるわけないだろ。もしその瞬間が生まれたら大人しく引退するぜ」
ケタケタと笑いながらファイナーは即答する。躊躇う瞬間が無いというのも、躊躇いが生まれた時には引退をするというのも本心からの言葉だ。
「ククッ、まぁそうだろうとは思ってたぜ。だからこそ今回の依頼はお前に任せられる。保安魔術師本部含めて表沙汰に出来ない依頼だからな」
ギーハもまたあくどい笑いを浮かべながらカウンターの下から紙の束をファイナーへと差し出す。
「おいおい、今までの依頼に表沙汰に出来る物があったとでも言うのか?」
冗談交じりに答えるファイナー。法による統治が機能する王国シャロンで殺し屋稼業が合法であるわけはない。明るみに出ればギーハとファイナーは処刑台に送られるだろう。
「ガハハ!違い無ェ!ま、内容はちゃんと読んでおきな。複数人相手にするかもしれないからな、用心してかかれよ?」
そうしてギーハは紙束を一枚めくり、依頼内容の詳細をファイナーに見せる。
その詳細を見たファイナーは目を鋭く細める。
「……へぇ、成程ねェ。そりゃ確かに表沙汰にはしたくない依頼だ」
そう言いながら紙を捲る。そこには標的の潜む場所が記されていた。どうやら首都の西側にある森の中に居を構えているようだ。
「だろう?そこらへんの保安魔術師のような、正義感の強いヤツほど反感を覚える。つまりは……」
「保安魔術師に見られないように遂行する。もしも目撃されたら口封じ……そういう事だろ?」
「察しが良くて助かるぜ。なんせ今回の依頼は保安魔術師本部の幹部が独断で出してきた代物だからな。その下っ端共にバレたら非常に面倒臭え」
「そんな依頼を引き受けンじゃねえよ……」
呆れながらファイナーは答える。
ギーハはそれに対してニヤリと笑う。ファイナーの視点では、ギーハの瞳がキラリと光ったように見えた。
「前金50万ゴールドに加えて、魔術師一人の排除につき10万ゴールドの追加報酬だぜ?この依頼においてこの報酬がどれだけ破格か……お前にも分かっているはずだろう?」
また次のページを捲らせる。そこには標的についての詳細と"標的の数は10。但し、口封じ目的で処理した者はこれに含まない"という文面が記されていた。
「……ああ、よく分かるさ。そしてこういう案件は俺の得意分野だからな」
ニヤッと笑うファイナー。しかしその目はどこまでも暗く、氷のように冷たかった。
「頼んだぜ、"冷たい大太刀"様よ!!」
冷たい大太刀とは、この酒場に通う飲んだくれ達がファイナーの背負う大太刀と、カウンター席に座ったまま静かに呑んでいる様を揶揄して最近付けたアダ名だ。
「そのクソみてえにダサいアダ名はやめろ!鳥肌が立つ!!」
頭を抱えるファイナー。これから殺しを行う人間の態度とは思えない程にコミカルであった。
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「あの資料、標的の具体的な潜伏地点が書いて無いじゃねえか……チッ、仕方無ェ」
翌日の夜、ファイナーは標的の潜む森へと向かっていた。
森の入口に辿り着いたファイナーは地面を一瞥する。一見、なんの変哲も無い柔らかい土で出来た地面だ。しかしよく観察してみると、一部の土だけが何らかの圧力を受けたかのように固まっている。
「足跡や道程を木の葉や土で隠す考えまではあったようだが、どうやら同じ場所ばかり歩いていたようだな……」
どんなに柔らかい土も、何度も踏み締めれば固くなる。何日も、何ヶ月も同じ場所を往来すれば獣道のような細い道が出来上がる。
「詰めが甘いのか、それとも罠か……どちらにせよ、利用させてもらうか」
ファイナーはこの踏み締められた道を一歩分ほど横に逸れながら辿る。
自分が追われる側であり、罠を仕掛けるのなら、この歩きやすい道に仕掛けると考えたからだ。道すがらに拾った長い木の棒で道を辿り、森の奥へと進む。
特に大きな障害が出てくる事はなく、順調に進んでいると、遠くに何やら光のようなものが見えた。
慎重に、しかし確実に近付くと、その光は小さな小屋から放たれていた
「ここが標的の拠点のようだな。さて、どう仕掛けるか……」
小屋の周りは木々が伐採されて開けた空間になっており、真正面から突っ込めば間違いなく気づかれる。魔術師相手に真正面から挑むのも無謀であるのに、複数人相手となると自殺行為である。
木陰で考え込んでいると、目の前の小屋の扉が開かれ、中から人が出て来る。
「気を……けろ……もし……保安……に……たら……」
「今まで……大丈夫……だった……平気よ……心配しないで……」
出て来たのは30代半ばの女だろうか。それを見送るのは同じくらいの年齢に見える男だ。ファイナーの居る場所からは二人の会話は聞こえなかったが、どうやら女はこの時間に外出をするようだ。
(……思いがけずに好機到来だな)
ファイナーは心の中で呟く。交戦する魔術師が一人ずつであれば手間は掛からない。ここが最大のチャンスであると考えた。
小屋の扉が閉まり、女の身体は小屋からファイナーが歩いてきた道へと向けられる。ファイナーはその道の傍らに伏せ、背負っていた大太刀の柄を右手で握りながら
そして目の前を
女はファイナーの存在を感知することも出来ないまま地に倒れ伏す。
ファイナーは懐から布を取り出し、大太刀に着いた血を軽く拭いてから鞘に仕舞う。
(まずは一つ。残りは9人か……)
再び考え込むファイナー。
今回は室内での交戦も視野に入れていた為、短剣も腰に括り付けている。だからといって無闇に突っ込んでいっても返り討ちにあうのは明確だ。
ファイナーはここで一つの策を思いつく。
(
ファイナーは倒れている女の頭を石と女が身に着けていた服で固定する。そして大太刀を再び抜き、固定された首を目掛けて振り下ろす。
凄まじい勢いで振り下ろされた大太刀は女の首と胴体を切り離す。大量の血が周囲に飛び散るが、ファイナーが気に留める様子は無い。
(この固定が本当に効果があるのかは分からんが、こうしないと首が頓珍漢な方向に飛んでいくときがあるんだよな……)
首の固定を解き、両手で頭を持ち上げて血を垂れ流す。こうする事により、重さを多少減らす事が可能だ。
ある程度血が抜けたと思ったファイナーは片手で髪の毛を掴む。
「せぇー……の!!」
ウインドミル投球法の要領で腕を回し、頭を小屋の扉へ目掛けて勢い良く投げ付ける。硬い物を勢い良く叩いたような鈍い音が静まり返った暗い森の中に不気味に響く。跳ね返った頭は扉の前へと落ち、静止する。ドタドタと荒い足音がしたと思えばバタンと扉が開かれる。そして先程女を見送っていた男が姿を現した。
男は目前に転がる球体が何なのか。最初は不思議に感じていたが、少し歩んで覗き込んだ瞬間に表情が一変する。
「ッッッッ!!!!!」
声にならない叫びと形容するべき雄叫びが森に響く。そして男はその場より離れた木陰に何者かが倒れているのを見つける。否、男は理解していた。そこで倒れている存在が何者なのかを知っていた。その身体は男が愛していた女のモノであった。
ふらふらと、足取りが覚束無いまま駆け寄り、その身を抱き起こそうとした時、何かの影が自分の亡骸を覆った。不思議に思って目線を上に向けようとした瞬間、男の意識は事切れていた。
(これで二つ。さて、資料の通りなら残りは楽な相手だが……油断は禁物だな)
影の正体は大太刀を持ったファイナーだ。喉を斬り裂かれ絶命した男は首の無い女に覆いかぶさるように倒れ伏した。
ファイナーは足音を立てぬよう慎重に、しかし迅速に小屋へと近付く。近付くと、何やら話し声のようなものが聞こえる。ファイナーは壁に耳を当ててその内容を伺う。
「どうしよう……お父さん、慌てて外に出ちゃったきり戻ってこないよぉ……」
「私達は待機を命じられたでしょう?勝手に行動して保安魔術師共に見つかったらどうするのよ」
声の主は幼い少年と、少年よりは成熟してるであろう少女のものだった。
そう、この二人の子供もファイナーの標的であり、殺さねばならない魔術師であった。
(二人だけか……?もう少し情報が汲み取れないか?)
ファイナーは意識を研ぎ澄まし、耳の神経を敏感にする。
「で、でもさお姉ちゃん。ボクだって魔法を扱えるんだ。そこらの保安魔術師なんて目じゃないよ!」
「そんなことしたらこの森に保安魔術師の捜索の手が入り込むかもしれないのよ。私達のような子供は見逃されたとしても、両親が助かる保証は無いのよ?下手な行動はあの人達の首を絞めるだけよ。自制しなさい」
「……分かったよ。じゃあ、ボクは下に降りてるね。交替の時間になったら呼んでね」
「ゆっくり寝てなさい。私は長女なのだから、貴方達を守る義務があるの。それに一晩くらい起きてても体調を崩したりしないわ」
「分かった。でもどうしても辛くなったら言ってね。見張りや合言葉の確認くらいならボクだって出来るんだから」
「だったら目を擦るのをやめなさい。そんな眠たそうな人に留守を任せられないわよ。良いから下に居なさい」
会話を聞き取ったファイナーは情報を整理する。
少女の方は長女を名乗っているため、残りの標的の中でも最年長。そして話し相手となっていた少年はそれよりも幼いが、下っ端の保安魔術師なら一人で迎え撃つことが出来る魔術師であること。そしてそれを諭せる少女も同程度、あるいはそれ以上の実力を持っている可能性があるということ。更に残りの面子は下に居る……つまり小屋の地下で暮らしているという事が分かった。
会話が終わるパタパタと軽い足取りが徐々に遠くなっていく。少年が地下に降りて行ったのだろうとファイナーは考えた。
(今、ドアを叩いたら間違いなく警戒されるだろう。夜が明けるまでは木陰で様子見だな)
子供相手とはいえ、保安魔術師を葬る自信のある魔術師相手に警戒されれば仕事にミスが生まれると考えたファイナーは、再び木陰に潜り込んで様子を伺う。
(一晩くらいなら起きていられる……ね。体調は無事でも、精神は保っていられるかな?)
そうして、両者にとって長いようで短い夜が明け、明け方となった頃にファイナーは動き出した。
大太刀を抜き、悠然とした態度で小屋へと近付く。
そして、小屋の扉を3度ノックした。
タッタッタッと、小気味良い足音が響く。
そしてその音が目の前まで近付く。
「おかえりなさい!合言葉は?」
心なしか、その声色は昂ぶっているようにも聞こえた。彼女は両親が帰宅したのだと考えていたのだろう。この場所を知っているのは彼女と深い交流を持つ者のみ、保安魔術師もここに訪れる事はなかったのだから。
故に油断してしまった。ドアに密着するほどに近付いてしまった。
ドアに耳を当てていたファイナーは、少女の声の位置から顔の位置を推測し、大太刀を扉と垂直に構え、高さを喉に該当するであろう場所へと調整する。
「そこだ」
大太刀を強く突き出す。その勢いは木製のドアを容易く貫通し、ドア越しに立っていた少女の喉を正確に貫いた。
大太刀を丁寧に引き抜き、血を拭う。
ファイナーは腰に括り付けていた短剣の先端をドアの隙間に差し込み、刃を軽く走らせる。
カツンと閂に引っ掛かったのを察知すると、短剣を一旦引き抜いたあと、勢い良く目掛けて刺しこむ。
バキッと、木材が砕ける音がする。鍵をかけられていたドアはファイナーの侵入を許す。
少女の亡骸を越え、小屋の中を見渡す。
小屋の内部は非常に殺風景であり、電気魔法を用いたランプ以外は何もありそうにない。
「確か、地下があるんだったな」
しばらく見渡すと、小屋の隅に亀裂のようなものがある。そこを探ってみると、床が外れ、人一人が入れるほどの大きさの穴が現れた。
穴の内部に光が行き渡らない程に深く、昇降するための梯子がかけられていた。
(短剣を持ってきて正解だったな。ここで交戦したら大太刀を抜く事も出来ねぇ)
物音を立てぬように梯子を降り、地下へと潜入する。
底へと辿り着くと、弱々しい光が内部を照らしていた。よく目を凝らさないと10歩先の景色さえも見えないほどに薄暗い。
(残りは7人。だが、上で異変が起きてるのに何も起こらないという事は……全員眠っているようだな)
そう考えたファイナーは薄暗い地下を物音を立てずに駆ける。この時間になると起床する人間が居てもおかしくはないが故、迅速な仕事が求められる。
しばらく進むと、扉が円を囲むように設置されているホールのような空間にたどり着く。扉の数は10、標的の数と同じだ。
ファイナーから見て右端にある扉を開く。どうやら鍵は設置されていないようだ。
扉を開けると、そこにはベッドと本棚だけの簡素な部屋があった。ファイナーは本棚に陳列されていた"研究成果"と背表紙に書かれている本を開き、内容を軽く確認した。そこに記されていたの内容は、ファイナーに渡された資料と同一のものであった。
(……ここは親玉の部屋か。隣の部屋を見てみるか)
そして次の部屋のドアを開く。そこも先程の部屋と同様に誰も居らず、静けさだけが広がっていた。
(今見た2つの部屋はおそらく親玉の寝床。1つ目にのみ研究成果やらの資料があるってことは、あの部屋は資料を保管する役割も兼ねてたんだろう。つまり次の部屋は……)
3つ目の扉を開く。先程の部屋とは違い、テーブルに花を活けた花瓶が置いてあったり、食べかけのお菓子が散乱しているなど、若干の生活感はあった。
しかしまた誰も居ない。ファイナーは部屋を出る
(恐らくここはさっき殺した子供の部屋だろう。そして残りの扉は7つ……さっさと終わらせるか)
4つ目の扉を開く。犬のような形をした動物のぬいぐるみを抱いた少年がベッドで眠っていた。
音も無く忍び寄り、短剣を少年の喉へと突き刺す。悲鳴をあげさせる事なく殺害できたのはファイナーの技量によるものだ。
(急ぐか。血の匂いで目覚めるかもしれん)
5つ目の扉を開く。中の様子を確認することも無く、布団に包まって眠っていた子供の喉を貫く。
表面からは見えない急所も確実に貫くファイナー。その腕はまさしく職人業と呼ぶに相応しい。
(残りは5人。だが少し時間をかけ過ぎた。こいつらが目覚めるかもしれん)
同じペースで6人、7人と殺害する。部屋を空ける度に対象の年齢は徐々に下がっていき、8人目に至るときには喉仏さえも出ていない少年も手に掛けるようになった。
そうして9人目に取り掛かろうとしたとき、10番目の扉……入り口から見て左にある扉が開かれる。
そこから出てきたのは今までで殺した子供よりも明らかに幼い少女……いや、幼女と言っても良いものだった。
しかしファイナーは動揺する様子はない。その少女に対して猛然と飛び掛かる。
「いぃやああああああぁぁ!!!」
少女が悲鳴をあげる。ファイナーは素早く短剣を喉へと突き刺すが、その声は地下に大きく響いてしまった。
そして本来入るはずだった九番目の扉が荒い勢いで開かれる。
「どうしたんだ、トオナ!!」
声の主は先程長女と会話していた者と同じ声色だった。
だがまだこちらの存在に気付いたわけではない。ファイナーは扉の陰へと隠れる。
「トオナ!?しっかりしろ、トオナ!」
トオナと呼ばれた少女を抱き起こす少年。そして少女が既に亡き者になっていることに少年は気付いた。
「クソッ、どうしてだよ!どうしてこんな事に……!!」
扉の陰から少年の背後へと近付きながら短剣を抜くファイナー。少年は気配を感じ取り、後ろ振り返る。
(ッチィ!気付かれたか!!)
短剣を素早く振るうファイナー。少年は大きく後ろに飛び、ファイナーの短剣を躱す。
「お前が、お前が殺したのか!トオナを殺したのかッ!!」
凄まじいプレッシャーがファイナーに襲いかかり、思わずファイナーは気圧される。
(こりゃ、ちっとまずいか……?)
魔術師に存在を気付かれた時にファイナーが取る手段は大きく2つ。1つは一気に間合いを詰めて虚を突き、居合斬りで殺すこと。これは百目のライザーなどのような慢心している魔術師には有効な手段だ。
そしてもう一つは逃走。まともに魔術師とやりあえばファイナーに勝てる道理はない故の選択だ。だが、この地下から逃げ切るには、先程降りた梯子まで走り、そこから地上へと戻らねばならない。目の前の魔術師の少年がそれを許すとは思えないため、ファイナーは絶体絶命となっていた。
ファイナーは賭ける事にした。
「なるほどなァ、それが研究成果か」
その言葉を聞いた少年はピクッと反応する。
「その様子だと知らないみたいだな?お前達が親のように慕う人間がどんな奴だったのかを」
ファイナーの言葉に聞き入ってしまう少年。練られた魔力を炎の魔法として解放出来る状態でいるのに、ファイナーの言葉から耳が離せない。
何故自分達を殺したのか、どうして深い森の中に住むようになったのか。その答えが目の前の男から聞けると思ったこと、殺そうと思えばいつでも殺せると考えたからこそ耳を傾けてしまった。
「……どういうことだ。お前が何を知ってるって言うんだ」
「遺言代わりに教えてやるよ。お前達はこの王国を転覆させるための生物爆弾として育てられたんだよ。身寄りのない子供を何のリターンもなく拾い上げ、育てると思うか?」
そう、ここの子供達は血の繋がりがあるわけではない。全員この森に捨てられた子供だったのだ。
そういった子供達を拾い上げ、育てていたのは先程ファイナーが殺害した二人組の男女だったのだ。
ファイナーはその事実を予め知っていた。そしてその男女が国家転覆を企てていたのも知っていたのだ
「嘘だッ!!あんなに優しい人達がボク達をそんな風に扱うわけが……!」
「嘘だと思うなら、その優しい人達とやらが普段寝ている部屋に入ってみろ」
「何……?」
「知りたくないのか?お前達を育てた両親とやらが、どうしてこんな森に住んでいるのか。どうして保安魔術師に追われているかをッ!!」
「だったらお前を殺してからでも……!」
「そうか。そうしたいなら別に構わん。だが……お前、字を読めるのか?」
「……ッ!」
ファイナーはここの子供達は文字というものを教えられていないと考えた。男と女が手掛けた研究成果、そして捨て子である子供がそれらを読んでしまう危険性があったのにも関わらず、鍵をかけていなかったということ。即ち、彼らは子供達に文字の読み書きを教えていないと考えたのだ。
「図星のようだな。保安魔術師共はこれをお前に読ませるつもりは無いだろう。真実を知るのは今が最初で最後のチャンスだぜ。さぁ、どうする?」
揺さぶりをかけるファイナー。殺意が込められていた少年の瞳に迷いが生じる。
そして少年は決断する。
「……分かった。だが嘘を付いていると判断したら即座にお前を殺す。良いな?」
「約束なんざ要らねえだろ。どちらにせよ、俺は死ぬんだからな」
魔力の圧を受けるファイナー。だが、その精神に動揺はない。
そして少年とファイナーは資料室となっていた部屋に入り、ファイナーは"研究成果"と記されていた本を手に取る。
「……本当にその本に記されているのか?」
「ああそうだ。じゃなければ迷わずこの本を手に取ることなんて出来ないからな」
ファイナーは本を開き、ページを次々めくる。そして該当するページへ辿り着いたと思った瞬間、本を大きく広げる。
「このページに記されている図が人の形をしているのは文字が読めなくても理解出来るはずだ。ここまでは良いか?」
「……あぁ」
ファイナーは絶体絶命の状況であるにも関わらず、傲岸不遜な態度を崩す様子は無い。それに対して少年は、実力では優位に立っているはずなのに表情は物憂げだ。
「じゃ、読むぜ。"人間を材料とした魔力爆弾の実験は大成功だ。既存のどの魔法よりも安くありながら、破壊力は凄まじい。魔力を持っていないただの人間を材料にした場合でさえも建物一つなら容易に吹き飛ばす破壊力を持つ。次は魔力を込めた生物や魔術師で実験することを提案したが、保安魔術師本部によってストップを掛けられた。何が倫理的な観念から許可をできない、だ。魔力を持たぬ人間を人とも扱わないジジイ共がそれを口に出来るとでも思っているのか?笑わせてくれる"」
強い憤りを感じる文が記されているページをファイナーが読み上げる。
「"だから分からせる。私達の魔力を込めた捨て子を幼いうちに教育し、私達だけの言うことを聞くようにする。私達の研究が正しく、強力なものであると証明してみせる。人の命に貴賤はない。子供も魔術師も平等だ。魔術師を優遇するからこそ魔法が衰退していくこの国を再構築する。森で拾った捨て子に魔力を注ぎ、その魔力を長い年月をかけて増幅させれば、国一つを滅ぼす事もできるだろう。それが成されたとき、私達の正しさは証明される!"」
「やめろ!」
少年は叫ぶ。信じられなかった。信じたくはなかった。捨て子達を拾い、優しく育ててくれた親代わりの存在が、歪んだ研究の為だけに生きていた事を認めたくなかったのだ。
「嘘を言うな!嘘を言ったら殺すと言ったはずだ!!」
「そう思うなら何故俺を殺さない?お前はいつでも俺を殺せるんだぞ?」
そう、ファイナーは嘘を一つたりとも混ぜていない。ただ書かれている文をそのまま読み上げているだけなのだ。
少年もそれを理解している。この男は嘘を付いていないと本能で理解している。だからこそ殺したくても殺せない。その先の真実がもしかしたら救いのあるものかもしれないと思ったからだ。
だが、ファイナーが続けて読み上げた文は、その少年の望みを尽く打ち砕く。
「"やはり幼い子供は素直にこちらの言うことを従うから楽だ。街中に出せば子供達の魔力が保安魔術師の目に留まり、そのまま捕縛されるだろう。そうなれば私達の長年の成果が無駄になる。外は恐ろしいものであると教育出来たのは、私達の優秀さ故だろう。ああ、あと一年で私達の正しさが証明されると思うと胸の鼓動が早くなる。捨て子との下らない家族ごっこも終わりだ。実験を終えたら、私達二人の本当の子供を作り、この世の誰よりも強い魔術師に育てて見せる!"」
ページをめくるファイナー。
「次のページに……いや、もう必要は無いか」
少年は項垂れていた。心が壊れてしまったのだ。魔力の圧は既に霧散しており、少年の瞳には生気が無い。ブツブツと何かを呟いているが、何を言っているのかまでは聞き取ることが出来なかった。
「ま、こうなるだろうとは思っていた。せめてもの慰めだ」
ファイナーは大太刀の柄に手をかける。少年はそれに対して反応する様子はない。
そしてファイナーは居合斬りを放ち、少年の首を容易く撥ね飛ばした。
そして来た道に戻り、梯子を登って地上の小屋へと出る。
「地下の秘密基地……か。中々洒落てたな。俺もこういうのを作ってみようかねぇ」
仕事を終えたファイナーの思考は楽観的なものに変化していた。しかし、小屋を出た瞬間にその思考は止まった。
「貴様、ここで何をしていた!?そこに倒れている少女を置いてどこへ行くつもりだ!!」
目の前には若き保安魔術師が立っていた。そして玄関には先程ファイナーが殺した長女が転がっていた。
「チッ……次から次へと……今日は厄日か?」
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