たとえどんな障害があろうとも、君に好きだと伝えたい

ヴァンとシャルが出会ってから10日が過ぎた。と言っても、二人の生活はシャル1人の時の生活とほとんど変わらない。

ただ、ヴァンと言う人間が1人増えただけだ。しかしシャルにとってはそれは大きすぎる変化なのだが。


『魔の森』に住む魔獣たちは大変危険な存在だ。ヴァンはそんな魔獣を倒すための仕事をしていた。

そして魔獣に襲われた際に道に迷ってしまい、餓死する寸前まで森を彷徨っていた。そこで運良くシャルに助けられたのだ。


シャルは『魔の森』にずっと1人で過ごしてきたらしい。この辺りの地形をよく理解しており、魔獣たちの特性も知っていた。

弓の名手であり、風魔法や水魔法などの使い手でもある彼女は、実力的にはヴァンの何倍も強いだろう。


そんなシャルの普段の生活は朝早く魔獣狩りに出かけては、夕方に帰ってくる生活の繰り返しだ。

この近くに住む魔獣を定期的に駆除する目的だったが、ヴァンが増えてからは食べるために狩ることも増えた。


魔獣狩りの際に、木の実や穀物などを見つけると持って帰ってくる。エルフであるシャルの主食は基本的にそれだった。

また、ミノブルスと呼ばれる牛型の魔獣から獲れる乳が美味しい。初めて食べたシャルの手作りにもそれは使われていた。


一方ヴァンはと言うと、シャルが『魔の森』のどこからか拾ってきた鉄剣を使って稽古を続けていた。

また、この場所に近づく魔獣の討伐もしていたので、腕は鈍っていないどころか、前にも増して強くなっていた。


そんな生活を繰り返していた2人だったが、ヴァンはシャルに対して疑問を持ち続けていた事がある。

彼女は何者だろうか? と言う疑問だ。ヴァンは『魔の森』近くの町出身のただの魔獣狩りをする職についていた人族。


対してエルフは他種族にこそ排他的だが、同族にはむしろ親しいとヴァンは聞いていた。

だが実際、シャル以外のエルフはこの森では見かけたことはない。己が見たことがないだけで、他には居るのか? そんな疑問も生まれてくる。


しかし、彼女が自分から話したがらない事を問うことが怖い。この関係が終わってしまうのではないか。ヴァンはそう考えていた。


他にも、何故自分は同棲しているのだろうか? 答えは彼女がそう望んだからだ。しかし何故、一緒に同棲しようなどと言い出したのだろう?

ヴァンの頭の中は考えれば考えるほど疑問が膨れ上がる。しかしそれを聞くとこの関係が壊れてしまうかもしれない恐怖。

彼女はエルフだ。まず種族が違う。そんな自分のこの想いを受け入れてくれるだろうか? ヴァンはさまざまな感情の板挟みになっていた。


だが、今のような状態で同棲を続けたとしても、このモヤモヤは無くならない。それならいっそ、思い切って尋ねてみればいい。

ヴァンはそう考え、魔獣狩りから戻ってきたばかりのシャルに問いかける。


「ねぇシャル……ずっと、聞きたかったことがあるんだ。……君はなんで他のエルフと一緒にいないの?」


シャルの蒼い瞳が大きく開かれ、目の前にいたヴァンを見つめていた。


「……やっぱり、そう思う、なのですね…」


「あ、いや、言いたくないのなら別にーー」


「大丈夫なのですよ」


シャルの反応を見て、ヴァンの心が揺るぐ。しかしそのヴァンの反応を見て、シャルは笑顔でそう言った。

ヴァンに心配をかけないようにそう言った後にスー、ハー、と深呼吸をする。そして改めてヴァンの眼を見る。


「……私の真名はシャルロット・フォレスタリア。エルフの住むフォレスタリア精国。その第一位継承権を持つ王女。……それが私です」


フォレスタリア精国は女系国家と言われている。代々エルフの女性がその国を継いで統制している。

その国の第一位継承権。つまりは今収めているエルフの女王の娘。しかも次期女王。シャルの正体はエルフのお姫様だった。


「……エルフの、王女? ……シャルが?」


だからこそ、ヴァンは驚きを隠せなかった。しかし合点が行く事もあった。聖水なんて言う貴重な物を、何故『魔の森』にいるシャルが所持していたのか。

それがエルフの次期女王なら納得もできる。もしもの時のために、持たせておいたのだろう。


「……なるほど。でも、次期女王ならなんでシャルはこんなところにいるの?」


次の疑問が生まれる。普通、次期女王を間違っても魔獣の跋扈ばっこする『魔の森』に居させることなどするはずがない。


「……エルフの女王だったお母様が、1人の男の人を連れてきたんです。その男はエルフの国でも有力な貴族の長男。……お母様が勝手に決めた、婚約相手でした」


シャルから明かされる衝撃の事実が、ヴァンの耳に入ってくる。ヴァンはその言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃を感じた。


「……シャルには、婚約相手が居たの?」


ヴァンは喉からこみ上げてくる吐き気を堪え、シャルに尋ねる。だが、その目線は地面を向いており、シャルの目をまっすぐ見ることができなくなっていた。


「ヴァン、それは違うのですよ。私はそれが嫌で、この危険だと言われる『魔の森』に逃げてきたのです。……つまりは家出ですね」


だから、わざわざこんな危険な場所にいたのか。ヴァンはそう納得する。


「あ、でも安心してください。それももう何百年も前の話なのです。今頃お母様は亡くなっていますし、今は私の妹が役目を継いでいると思うのですよ」


「…………え?」


シャルの最後の言葉にヴァンはしばらく固まり、頑張ってその一言をこぼした。


(何百年も前? ……えっとつまり、シャルさんは俺よりも何百歳も年上……?)


ヴァンがシャルの見る目が変わっていく。呼び方もさん付けにしてしまっていたが、そのことには気づいていない。


(……見た目はエルフだから少女。でも、明らかに中身は……あ、家出してから何百年って事は……精神年齢がほとんど変わっていない?)


ヴァンはシャルと10日過ごしたが、まるで新婚生活のように感じていた。決して年上のおばさんと過ごしたように感じなかった。

つまり、シャルの精神年齢はヴァンの読み通り、家出をした瞬間から止まっていたのだ。

長い年月の間人と接してこなかった分のツケが、今ここで現れる。


「……んん? ちょっと待ってシャル。じゃあ一体、君って何歳ーー」


「永遠の二十歳、なのですよ」


ヴァンは眉間にシワを寄せるほどの疑問が浮かびとっさに口を開く。だが、シャルはヴァンに全てを喋らせる前に答えた。


「え? だってさっき何百年前ってーー」


だが、シャルの答えは明らかにおかしかった。ヴァンも当然疑問に思いそこを突っ込もうとする。


「永遠の二十歳、なのですよ〜」


だが再び言い終わる前に、シャルの圧倒的強者のオーラと圧がヴァンを襲った。

シャルの顔は終始笑顔だ。だが、ヴァンはそのシャルの笑顔が、生涯一番怖かったとのちに語った。


「……了解。ちなみに俺は22歳だ」


ヴァンがシャルの圧に屈する。向こうが年齢を言ってくれたのだ(言ってない)。自分も明かすべきだろうと思い話した。


「わぁ、意外なお若いのですね。私と2歳差なのですよ」


シャルがソッと両腕を口元の前で合わせて笑って言った。


(……突っ込んだら負けだな)


ヴァンはそう思った。


「そうだ。君がそんな過去を話してくれたんだ。俺からも一つ、言わせて欲しいことがある」


ヴァンが改まって真剣な表情を見せる。


「なんなのですか?」


シャルは朗らかに笑いながらも、真面目な表情を作った。


「……俺はもうずっと最初から、君に惚れていたんだ」


「〜っ! ……あ、ありがとうなのです」


ヴァンがその真剣な表情とセリフに、不覚にもシャルの口元がにやけていた。その瞳は潤み、頬は赤みを帯びている。


「そしてそれは今もだよ。シャルと一緒にいるたびに、どんどん強く惹かれていく」


同棲をしようと言われる前、ヴァンは命の恩人であるシャルに何かしてあげたい気持ちになると思っていた。

だが、それは正確ではない。ヴァンは命を救ったシャルに何かをしたいのではなく……。


「……俺は君のことが……好きだ」


ただ自分が一目惚れしたシャルに何かをしてあげたかっただけなのだ。


「……あの、ヴァンの気持ちはとっても嬉しいのですよ。それは事実なのですよ」


シャルが頬を赤く染めながらそう言う。両手が行き場を無くしたようにパタパタと暴れている。恥ずかしさから落ち着かないのだ。


「……でも、わたしはエルフなのですよ。人族とは価値観も、寿命も、何もかもが違うのですよ」


シャルが目線を下に逸らしながら、チラチラとヴァンなら顔色を伺うようにそう言う。だが、ヴァンの表情は変わらず笑顔だ。


「俺は君が好きだ。種族が違うだとか、価値観だとか、寿命の長さが違うだとか、そんな事で自分の想いを押さえつけるなんておかしい。その程度の思いなら、今俺は君に告白なんてしていない。……俺は君のことを……愛している」


ヴァンの告白を聞き、シャルの目尻から一筋の涙がこぼれた。そしてそれをきっかけに、次々に頬を伝ってあふれでる涙の数々。その一雫をヴァンがすくい上げるように取る。


「シャル……君の答えを、聞かせてくれるかい?」


「〜〜〜っ! ……はい、よろしくお願いします」


シャルが両手を口の前に当てて、嗚咽がもれるのを抑えている。しかし、その音はヴァンの耳にもしっかりと入っていた。

そしてゴクリと唾を飲み込み、涙を拭いたシャルは笑顔を浮かべて、ヴァンにOKの返事をした。


「……あっ」


「……シャル、綺麗だよ」


ヴァンがシャルの体を抱き寄せてそう言った。シャルの華奢な腕がヴァンの背中へと寄せられる。


「……ねぇ、ヴァン」


しばらくの抱擁。そして一度離れる2人。その沈黙をシャルが破る。


「何かな?」


「その、あなたが告白してくれたように、私も告白しなくてはならないことがあるのですよ。……その、ヴァンは私を一目見た時から惚れていたと言いました、なのですよね?」


「あ、あぁうん、そうだけど……」


シャルがモジモジとはっきりしない態度を取る。ヴァンはこの10日で気付いていた。

これは、シャルが言いにくいことを頑張って言おうとしている時の姿だと言うことに。


「その、実は私も……ヴァン見つけたその瞬間に、あなたに惹かれていたのですよ」


意を決したようにシャルが口を開く。そして衝撃の事実が告げられた。


「ですからその……あなたが綺麗だと言ってくれたからではなく、ただ私があなたに惹かれていたから助けただけなのですよ」


ヴァンがシャルと最初に出会った時のことを思い出す。金色こんじきの色をした艶々の長髪、まるで蒼珠サファイアのような輝く瞳、シルクのように白く柔らかそうな肌。そして人族では決してあり得ない、長く尖った耳。

ヴァンがそんなことを考えていた時に、シャルもまた同じように自分のことを考えていたのだと知る。


「……そそ、そうなんだ。……あ、だから同棲も……?」


それを想像し、ヴァンが顔を赤くする。そして何故シャルが自分から同棲を言い出してきたのか、その理由を垣間見た気分になっていた。それを確かめるべく、ヴァンが尋ねる。


「……はい、なのです」


シャルは顔が紅に染まっていることが恥ずかしいのか、両手で顔を隠していた。だが、エルフ特有の長耳までも真っ赤になっていたので、ヴァンにその事は丸わかりだった。


「……ははっ、つまり俺たちは出会った瞬間から、お互いに相思相愛だったと言う訳か」


「そ、そんなにはっきり口に出さないでくださいなのですよ! は、恥ずかしいのですよ!」


ヴァンが笑いながらそう言うと、シャルが慌てふためきながらも、反論する。


「むぅ……ひゃっ!?」


頬を膨らませて怒るシャルの頭をヴァンが撫でた。シャル自身も変な声を出してしまったことが恥ずかしかったので、ついつい下を向いてしまう。

その行動がヴァンにもっと頭を撫でて欲しいと言うサインとヴァンが勘違いしてしまったのも無理はない。


「……シャル……好きだよ」


ヴァンがシャルの頭を撫でるのをやめ、改めてそう言い気持ちを伝える。


「……私もですよヴァン。……好きなのです」


シャルの言葉を聞き、ヴァンは無意識に顔を近づけ、気がついた時にはシャルの唇を奪っていた。


「ん〜〜っ!? …………ぷはっ……はぁ、はぁ」


シャルは最初驚いたように何かを言おうとしていたが、諦めたように自分からも求めるようにヴァンの頭を両手で自分の方へと引き寄せる。そして長いキスが終わった。


「ねぇヴァン。……いっぱいいっぱい、愛してくださいね?」


「……おう!」


人族とエルフ族。寿命や価値観など色々勝手が違うだろう。だがそれでも……。たとえどんな障害があろうとも、君に好きだと伝えたい。


〜完〜


聖水「実は俺って寿命を伸ばす効果もあるんだよね〜。まぁ軽く500年くらいかな〜?」

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