お互いに名前で呼び合うだけで何故こんなにもドキドキするのだろうか?
「シャルロットさんはなんで俺を助けたの?」
スープのおかわりも食べ終わったヴァンが、シャルロットに一番気になっていた質問を尋ねた。
エルフは人と積極的に関わり合おうとはしない。だからこそ人族であるヴァンを、エルフ族のシャルロットが助けた理由が理解できなかったのだ。
「私はあのとき、魔獣を狩っていたのですよ。そしてこの家に帰る途中、倒れていたあなたを見つけたのですよ」
「あぁ、空腹で死にそうだったんだ。……あれ? 最初に起きたとき、俺全然体力戻ってたんだけど……。あれ?」
ヴァンは改めて自分が起きたときの状態を思い出す。たしかに腹は減っていたが、倒れたときとは比にならないほど体力は回復していた。
シャルロットを恐る恐る見つめる。自分に何かしたのだろうか? そんな疑問が湧いたのだ。
「……あぁ、そう言えば死にかけていたので、エルフに伝わる秘宝の聖水を飲ませたのですよ」
「まじですかぁぁぁぁぁっ!?」
エルフは長い時を生きる。そのエルフたちが何千年も掛けて作り上げたのが聖水泉。そこから湧き出る神聖な水を聖水と呼ぶ。
瀕死の傷を一瞬で治し、どんな病気もすぐに治る。そのため他種族に出回ることなど無く、普通のエルフたちであってもお目にすることはまず無い。それほど貴重な聖水をヴァンに使ったと、シャルロットは言ったのだ。
「あ、あの……代金とかは……」
それが本当なら、ヴァンには支払えるものなどない。金もあるにはあるが、到底払える額ではないだろう。様々な国の王様が、聖水一杯を手に入れるために大金を積む。
それは国家予算など度外視するほど。むしろ宰相や一国民すらも積極的に買えと暗に促す流れとなるほど。聖水とはそのレベルのものなのだ。
「あぁ、あれは私が自分の意思で使っただけですので、別に気にする必要はないのですよ?」
(いやめちゃくちゃ気にしますけど!? なに串焼き一本買うために、銀貨一枚貸した程度の言い方してるんだこの人?)
シャルロットにそんな気軽な感じで言われたヴァンの方がタジタジになる。普通、聖水なんて貴重な品を人族である自分に使ったシャルロットの方がタジタジになるべきなのだ。
「えっと……本当に気にしなくても良いのかな?」
「えぇ、私がしたかったからしただけなのですよ」
シャルロットは笑顔を浮かべてヴァンにそう答える。だが、ヴァンの心はモヤモヤしたままだ。
「……いや、やっぱりシャルロットさんは命の恩人だよ。そんな貴重な物を俺に使ってくれたんだ。俺にできることならなんでもするよ。何かして欲しいことってあるかな? なんでも言って欲しい」
ヴァンはそう言ってシャルロットに尋ねる。命の恩人である彼女に何かしてあげたい。そんな気持ちが込み上げてくるのだ。
「う〜ん……あ、じゃあしばらく一緒に暮らしてほしいのですよ」
「……え?」
(んん? ……それって……同棲!?)
シャルロットの驚きの提案にヴァンは目を丸くする。そしてシャルロットの提案の意味を考える。しかし、何故そんなことを言ったのかの理由は一向に分からない。
「……そんなことで良いの?」
「これが良いのですよ。あの、大丈夫ですか? もしかして『魔の森』をすぐに出なければいけない用事か何かあったのですか?」
ヴァンが確認すると、シャルロットはそう言って肯定する。そして彼の態度から、一緒に居れない理由があるのかと尋ねる。
ヴァンには別に居れない理由などはない。戸惑っている理由はただ一つ。
シャルロットみたいな美少女と一緒に過ごす事実を直視できていないだけだ。
「いやいやいやいや全然何もないよ! むしろこっちが嬉しいぐらいだよ」
「そ、そう? それならよかったのですよ」
にーっと歯を見せて笑うシャルロットにヴァンは心を奪われていた。そしてここから二人の共同生活、同棲が始まった。
***
「そう言えば聖水の件でうやむやになったけど、シャルロットさんはなんで俺を助けたの?」
ヴァンが純粋に思ったことを尋ねる。シャルロットの言葉はヴァンを発見し、聖水を使ったことしか聞いていない。
つまりは方法だけしか聞いてなく、助けたの理由までは聞いていなかったことを彼は思い出した。
決して聖水と同棲の衝撃がすごすぎて忘れていたわけではない。……いや、本当はそのせいで忘れていたのだが、これは彼の名誉のために黙っておこう。
「……あなたが私を一目見て『綺麗だ』って言ってくれました」
ヴァンが幻覚だと思って最初に出た言葉。それをシャルロットは出した。
「それだけなのですよ」
「……それだけですか?」
ヴァンは呆気に取られる。まさか自分が無意識に放った一言の本音が助ける決め手になったなど、思っても見なかったからだ。
「それだけとは失礼なのです! あれでも嬉しかったのですよ! それとも、あれはとっさに出た嘘だったのですか?」
両手を胸の前で上下に振りながらシャルロットが尋ねる。
「いや、本当の本当にまじで心からの本音だよ」
「そ、それなら良いのですよ」
ヴァンの正直な心からの気持ちを聞き、シャルロットが白い肌の頬を赤らめながら満足そうに笑顔になった。
***
「シャルロットさんはここに住んでるの?」
「そうなのですよ」
まず始まったのが質問タイムだ。ヴァンがお互いをよく知るために提案した。シャルロットもノリノリで乗ってきたので、内心ではとても喜んでいた。
「そうだ、シャルロットじゃなくて、シャルって呼んで欲しいのですよ。そちらの方が短いのでいいと思うのですよ」
「あ、うん。……シャルさん……これで良いかな?」
「良いのです。すごく良いのですよヴァンさん! ……でも、どうせならシャルって呼び捨てにして欲しいのです」
シャルロットが長耳をピクピクと動かしながら体を軽くピョンピョン跳ねされて喜びを表現する。
そして軽く目を逸らしながらも、チラチラとヴァンを視界に入れてそんなお願いをしてきた。
(か、可愛い……!!!)
「喜んでくれて何よりだよ。でも呼び捨てか〜。……じゃあ、シャルさんがヴァンさん、じゃなくてヴァンって呼んでくれたらそうしようかな〜?」
ヴァンがニヤリと口元を歪ませながらシャルロットに提案する。
「ず、ずるいのです! それはずるいのですよ! ……そーです! いっせーのーでお互いに言い始めましょう。それなら公平なのですよ!」
顔を赤らめ、両腕をブンブンと振りながらシャルロットが反論する。しかし数秒の間を空けて、ヴァンに代案を出す。
「……良いよ。そうしよう」
「決まりなのです」
二人がその提案を採用し、お互いに向かい合う。
「「……いっせーのーで!」」
「「…………」」
沈黙が流れた。
「「なんで言わないんですかっ!?」」
ハモった。
「ちょっとシャルさん、約束が違いますよ! なんで嘘つくんですか!」
「それはこっちのセリフなのですよ! ヴァンさんこそ、なんで嘘をつくんですか!」
二人がお互いを非難し合う。どっちもどっちなのだが、これは理屈では無いのだ。
((……言えるわけないだろ(ないじゃないですか)。自分の名前を呼び捨てで呼んだ声を聞きたかったからなんて!))
そう、二人は相手が自分の名前を呼び捨てで呼ぶ声を聞きたかっただけなのだ。ただ、そのことをお互いに思ってしまっただけの、悲しい悲劇。
「……こ、今度こそちゃんとお互いに言い合いましょう」
「えぇ、そうするのです」
ヴァンがこれではダメだと考え、今度こそはと考える。シャルロットもそれに同意する。
こんな下らない(本人たちにとっては重要な)事で、関係が壊れることの方がダメだと認識する。
「「いっせーのーで!」」
「「……シャル(ヴァン)!」」
お互いが思い切って放った、小さくか細い声から出された自分の名前。それを聞き、顔がゆっくりと紅色に染まっていく。
「……私、ちょっと魔獣狩りでもしてくるのですよ」
シャルが気恥ずかしさをヴァンに知られないために、この変な気分を落ち着かせるために魔獣狩りをすることに決める。
「あ、うん。……いってらっしゃい」
「……行ってくるのですよ」
ヴァンの言葉にシャルはそう返した。
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