たとえどんな障害があろうとも、君に好きだと伝えたい〜人族とエルフ族〜

どこにでもいる小市民

運命の出会いとは突然であり、また『あーん』されることも突然である

とても深く入り組んだ地形を形成する通称『魔の森』と呼ばれる森がある。3日前、そこに運悪く迷い込んでしまった人族の青年がいた。名をヴァンと言う。


(あ、やばい。多分、今日で俺死ぬわ)


ヴァンは木に横たわり、己の意識が朦朧としながらもそう考えた。腰に下がる冷たい金属で出来た剣は、魔獣に襲われた際に折れてしまっていた。

こんなナマクラの剣では、一度魔獣に見つかったが最後だろう。だがそれ以前に、ヴァンは空腹と水不足で力尽きかけていた。


(あぁ、思い返せば俺、何にもしてこなかったな。……好きな子ぐらい、作れば良かった……)


「……っ!」


ヴァンの心が諦めかけたその時だ。目の前にこの世のものとは思えないほどの美少女が目の前に現れた。

金色こんじきの色をした艶々の長髪、まるで蒼珠サファイアのような輝く瞳、シルクのように白く柔らかそうな肌。そして人族では決してあり得ない、長く尖った耳。

この特徴が、今目の前に現れた美少女の正体を物語っている。自然をつかさどると言われているエルフだ。別名、森の妖精。


「……綺麗、だ」


(最後に、俺好みの幻覚が見えただけ、マシかもな)


ヴァンの率直な思いが言葉となって吐き出された。そしてそう思いながら、彼は意識を失った。


***


パチパチッ!


「ん? ……う……ここは……?」


ヴァンは火花が散ったような音で目を覚ました。目が覚めると知らない天井が目に入る。

体に感じる確かな重みがあり、目をそちらに向けると毛布が掛けられていた。

そして下に敷かれていたのは、ヴァンの体の大きさを超える葉っぱだった。


(……どこだ、ここ? ……確か俺は、森で遭難していたんだよな? 確かその時に……)


ヴァンは上半身をガバっ! と立ち上がらせて周りを見渡す。ヴァンが今居るのは、ヴァンの腕よりも太い根がそこら中に生い茂った、大樹の根元の隙間の空間だ。

上手いことできたその空間に、ヴァンは今横で寝ていたのだ。パチパチと言う音は、ヴァンから少し離れた場所の焚き火の音だった。


(俺は確か、エルフを最後に見た……。そして現在、誰かに助けられた状態だ。つまり、エルフが助けてくれた?)


ヴァンはそう考えた。現在自分が寝かせられ、火で体を温めるように保護されているところを見れば、そう考えるのも無理はない。普通なら。


(……いやいやいや! エルフって言ったら人族を見下す典型的な種族じゃないか! そのエルフが人族の俺を助けるなんてあり得るわけがない! 多分、運良く女性に助けられた際に、幻覚でエルフに見えてしまっただけだろう)


そう、エルフの寿命は約1000歳まで生きると言われている。そんなエルフが100年生きるかどうかも分からない、ヴァンみたいなただの人間を助ける道理はないはずだ。

あれは自分が死に際に見た、ただ自分の願望の詰まった、好みにドストライクなだけの幻覚。ヴァンはそう結論づける。

なら、自分を助けた女性はどこだろうか? と思い辺りを見渡すが、当然人の姿は見えない。


「……っ!?」


ザッ! 地面の落ち葉たちを踏み締める人の音とともに、ヴァンの目の前に幻覚で見たエルフの美少女が現れる。


「あら、目が覚めたのですか? それは良かったなのですよ」


その少女は目が覚めたヴァンの姿を見て、両手を合わせながら喜びの笑みを見せた。


(幻覚じゃなかった? ……つまり、俺はエルフに助けられたと言うこと……。いや、そんなことよりも……)


「……綺麗、だ」


ヴァンは目の前に現れた少女の姿を見て、またもや己の本音を駄々漏らした。

それはエルフが己を助けたと言う衝撃を、置いてきぼりにできるほどの衝撃だった。


「それ、確か助けた時も言っていたのですよ」


「え?」


(そ、そう言えば……。つまり、俺は二度も同じ感想を無意識に口に出してしまったと言うこと……恥ずかし!)


ヴァンが顔を赤くしてその事実に照れていると、少女は焚き火の上に掛けられた鍋の中をすくい、お碗に盛る。そしてスプーンを手に持ちながらヴァンの元に近づいてくる。


「これを食べるですよ。体力が回復するのですよ」


少女はそう言って、ヴァンへ木で出来たお碗に入れられた白いスープを手渡ししてくる。

一方ヴァンと言うと、己の近くにまで近づいてきた少女の美貌に見惚れていた。


「まだ体を動かすのがだるいのですか?」


「……え? あ、いや……」


首を傾げながら、少女がヴァンに尋ねた。その拍子に金色の髪がサラリと揺れる。その仕草一つ一つに、ヴァンの目は奪われる。


「ふむ、仕方がないのです。特別なのですよ。……ふぅ……ふぅ……はい、口を開けてくださいなのですよ」


「えぇ!?」


一向に受けとらないヴァンに対して、少女はヴァンの体がだるいのだろうと思った。

すると少女は木のスプーンで白いスープのような物をすくい、冷ますように息を吹きかけてからヴァンの口元に持っていった。

その行動に、ヴァンは声を上げて混乱していた。


「はやく、冷めてしまうのですよ。あーん」


「……あ、あーん」


少女に急かされるようにヴァンは口を開ける。そして白いスープがヴァンの口に入る。

しかし、ヴァンはその少女にあーんされた事実だけが頭を支配しており、味は一切わからなかった。


「良かったのです。……ふぅ、ふぅ……あーん」


「い、いえ! 自分で食べられますので!」


再度あーんをしてくる少女に胸を高鳴らしながらも、ヴァンは手を横に振った。その顔は真っ赤だった。


「まぁ、そうですか。それは良かったのですよ。ですが、それはそうと今スプーンにのっている分は食べてほしいのですよ。あーん」


「あ、あーん」


ヴァンは少女からの二口目を食べるが、恥ずかしさとドキドキで味は分からなかった。

そしてお碗とスプーンを少女から受け取り、今度は自分で口へと運ぶ。


(温かい……。これは、牛乳? それと穀物と木の実も入っているな。……うまい)


ヴァンは三口目にしてやっと白いスープの味を感じたところだった。その牛乳と穀物のスープ(仮名)を口にかき込む。


「……ふぅ、ご馳走様。美味しかったよ」


「そう言っていただけると嬉しいのですよ」


食べ終わるとお碗とスプーンを返し、ヴァンは少女にお礼を言う。少女の方もにこりと笑いながらそう返した。


「君が俺を助けてくれたのかな?」


ヴァンとしては今も緊張しているのだが、会話をするぐらいには胸の高鳴りは収まっていた。


「はいなのですよ。この森で倒れているところを発見したのですよ」


「やっぱり。助けてくれてありがとうね。えっと……」


「あ、私の名前はシャルロット、なのですよ」


「ありがとうシャルロットさん」


これが、ヴァンとシャルロットの人生を変える運命の出会いだった。

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