第5話 An endless dream


 「人間の潜在能力を極限まで開発する」、例えば出来得れば昔の小説、「アルジャーノンに花束を」の、チャーリーゴードン氏のごとく、「館友」すべてを超天才に生まれ変わらせたい、そういう人類の「夢」を、先端科学の力を利用して実現させよう、そういう実験的な試みをなす施設、それが未来館なのだ。

 チャーリーの場合、実験的な「知能向上」は、その喪失で結局失敗に終わった。

 しかし、未来館の「施術」は医学的な「注射」によるものではなく、あくまで主として人文科学的な脳力開発のテクニックにフォーカスを絞っていた。

 開発デザインは次の三本の柱で成り立っていた。


 A: 徹底した潜在能力開発可能性の究明、精査(120分)

 B: 析出された開発可能性のハイテクによる実現(360分)

 C: 今後の能力向上持続のためのトレーニングプログラムの指導(120分)


 「A」班にはチーフ5人含めて60人のスタッフが当たり、ヘッドは日本の脳力開発研究の第一人者のひとりである能年拓(のうねん・ひらく)博士だった。 すべての調査の行程を短い時間でやり遂げるには、これだけの数のスタッフがつききりで、カウンセリング、様々なテストの施行、実験やデータの解析、そのほか、簡にして要を得た構成のプログラムを完ぺきにこなす必要があったのだ。

 「B」班にはさらに多い、100人のスタッフと10人のチーフ、が任に当たり、ヘッドはなんとノーベル賞学者で、これも斯界の権威、天才教育で名を馳せているドクター中竹氏が就任していた。 40年以上も天才教育に携わって、「頭のよくなる」香水、CD、睡眠学習マシーン等々を発明、開発した彼が指揮を執って、彼のメソドロジーを完全に把握して既に<I・Q>がみな150以上に高まっているスタッフ総がかりで6時間のセッションを集中的に行い、「館友」のアイキュー、イーキューその他の数値を2倍近くまで向上さすべく尽力するのだ。 疲れが見えた場合には睡眠学習のセッションを挿んで対応する。そうして…少し退屈で散文的な記述が続くので以下は割愛するが、予備実験は詳細に実施されて、目覚ましい結果を残していた。10時間の集中的な「一夜漬け」が終わった後には、100人中99人までがアイキュー170以上の「天才」に変貌していた。芸術的な能力がある場合はそれがプロレベルまでに向上し、数学的な才能が有れば理科系大学の秀才レベルにまでそれが高まり…

再び割愛するが、こうして人類天才化の壮大な実験が始まったのだ!

来館者は引きも切らず、そうして「館友」となったものはみな「人生に革命が起きた!」と喜びの声を寄せた。

「図書館『夢』」の未来館、それは何と、人類の夢だったともいえる「天才製造工場」だったのだ!

すさまじい「夢」ブームが巻き起こり、「図書館『夢』」はその年の流行語大賞になった。

海外からも視察団が訪れ…


…読まずともわかる以下の大仰な記述についてはまたまた割愛させていただく…


 「天才、か。みんなどうかしている。天才になったからってどうだっていうんだ。」

 「『アルジャーノン』の結末みたいに人類全部がモルモットみたいにされていたことの悲痛さに気づくまでこのバカ騒ぎを続けるっていうのか」


  図書館の外で、詰めかけている群衆を尻目にある男がそうつぶやいた。


  「おれにはわかっているぞ。こんな夢物語がこのまま終わるものか。」

  「きっとこの作者らしいシニカルなオチが待っているに違いない」


「と、図書館…」

「ん、なんですかね。兼木さん」

「もう意識はもうろうとしている。うわごとだ」

「図書館…おれの図書館は…大成功だから…」

「妙なうわごとですね」

「もう虫の息なのに図書館ですか。図書館に好きな女でもいるんですかね」

「不謹慎な」

「…お気の毒ですが、ご臨終です」

「社長は本が好きで有名な人だったですから図書館を経営する夢でも見てたんですかね」


 その通りに「シニカルなオチ」だった。「図書館『夢』」というのは文字通りに、死の床にある兼木禰瑠氏が見た、「一炊の夢」、「邯鄲(カンタン)の夢」であったのだ。

 エンドレスドリーム…見果てぬ夢に終わった、それゆえに「夢の図書館」。

 こんな夢物語がそう簡単(カンタン)に現実に実現するわけがなかったのだ。 



※「邯鄲の夢」… 〔出世を望んで邯鄲に来た青年盧生ろせいは、栄華が思いのままになるという枕を道士から借りて仮寝をし、栄枯盛衰の五〇年の人生を夢に見たが、覚めれば注文した黄粱こうりようの粥かゆがまだ炊き上がらぬ束の間の事であったという沈既済「枕中記」の故事より〕

栄枯盛衰のはかないことのたとえ。邯鄲の枕。邯鄲夢の枕。盧生の夢。黄粱一炊の夢。黄粱の夢。一炊の夢。



<了>

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夢の図書館 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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