クルージングディナー

烏神まこと(かみ まこと)

第1話

 藍色の空にぽっかりと浮かぶ大きなお月さま。その下を真っ白に塗られたクルージング船が、海を割くように走っている。

 そのクルージング船の中には広いダイニングがあり、ガラス張りの大きな窓から見える風景と吊り下げるタイプの丸い照明が冷たい夜の航海をロマンチックに演出していた。


 そこに俺はいて、最愛の母親ゆりこと向き合って食事をしている。カサゴのソテーに添えられた輪切りのナスにフォークを突き刺す。

 ゆりこのテーブルの脇には、俺から渡した赤とピンクのカーネーションの花束が置かれていた。

 食事を進めながら、今日のプランはマネージャーさんたちと一緒に考えたんだと嬉々として俺が告げると、ゆりこはしかめっ面になる。

俺がどうしたの? と訊ねれば、ゆりこはくしゃくしゃと顔を歪め、声を震わせて言った。


「マネージャーさんたちと仲が良いのは良いことだけど、私といる時間がずいぶん減ったわよね。どうしてなの健斗ちゃん」


 うるうると揺らぐゆりこの瞳に良心がちくちくと痛む。だけど、ここで俺がゆりこに近づいてはいけない。


「ゆりこ、俺を信じて」


 伴侶を見つけてしまった今は、少し距離を取ることが俺にとってもゆりこにとっても、伴侶である松崎さんにとっても良いことだ。俺だって昔のようにゆりこを抱き締めたいけれど、それはまだダメだと思う。

 俺の言葉に顔を覆って泣き出したゆりこから目を逸らすと、グラスの中のスパークリングワインが船につられて小さく揺れている。黄金色の液体を見つめながら、俺は松崎さんと観た映画を思い出していた。二人ソファで寄り添って見る恋愛映画の、お日様のような暖かさを。

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