第4話 海月の傘が破れても

社長からの肩たたきを受けてから、下記のようなメールを出した。


① 事前に雇用や給与に関することが決まったら早急に教えて欲しいと伝えていたけど、退職勧奨するまで無視していた。

そのため、就職活動のスタートが出遅れてしまい、結果として2週間程度で次の就職先を決めなくては破綻するという流れになった。

② 失業保険が出たとしても、初月は満額でない。かつ、満額貰えたとしても新しい就職先が決まり、初任給が出るまでの間は失業保険が打ち切りになり破綻してしまう。

③ それを踏まえて2カ月分の給与を出して欲しい。


それに応じて頂けるのであれば、退職勧奨に応じます。


そんな内容だった。

しかしながら、返事の内容は酷いものだった。

こんな感じの内容だ。


=========

要望に対しての回答する前に、弊社の労務士に現状を説明して労務士から最も有効な対処の方法を指導させたいと考えております。

色々と調べているとは思いますが、やはり専門家の指導が一番です。

CCに労務士を入れておきました。

労務士から直接連絡してよければ、手配いたします。

尚、労務士に掛かる費用は弊社で持ちます。

要望に対する回答をさせて貰います。


 解雇通知書

当社は、新コロナ影響による厳しい経営状況の中、これまで役員報酬の削減、経費の削減資産の売却、休業手当の支給等、様々な経営努力を続けてきましたが、新コロナ影響により極めて苦しい状況にあり、また、当社の業績の回復の見通しは立っておりません。つきましては、誠に遺憾ではありますが、貴殿の雇用は続けられませんので、就業規則解雇規定に基づき、令和2年5月15日をもって、貴殿を解雇することを通知いたします。


① 退職時にお出し頂く金額は、額面の給与2カ月分にして頂きたい。

→退職時に支払う金額は解雇予告手当(30日分)を支払います。


② 退職手続きおよび、荷物の回収は土日のどちらかでご対応頂きたい。

→荷物については、個人所有の物はこちらから送らせてもらいます。

 上司と連絡を取って進めてください。なお、会社名義の物は返却してください。


③ 処理は会社都合の退職とし、失業保険が早々に受給できるように配慮して頂きたい。

→もちろん出来る限り協力させてもらいます。(労務士と相談して下さい)

========


最初にこれを見て思った事。

それは、「社労士から指導させます」という上から目線な物言いが、何とも不愉快だった。

休業要請の時も今回の退職勧奨の時も同様だが、会社の締日直前になってから相手の都合は全く配慮なく爆弾を投下してくる。

メールの文面や対応、言葉の端々を見て「この会社は現状維持が精一杯なんだろうな。」と呆れてしまった。

こんなコンプライアンスを無視した経営で、発展できたりはしないだろう。中小企業にありがちだが、個人商店プラスαといった所に留まるだろう。億単位の年商が出ると勘違いしがちだが、その程度の年商を出せる中小はザラにあるのだ。

どちらにしても、自分でこのままやり取りをするのは不安なので、違う弁護士に相談を持ち掛けようと決めた。


弁護士ドットコムで労務関係に強く、自宅付近の弁護士事務所を探す。

そして、出来るだけ着手金が掛からず、親身になって貰える弁護士。何人か候補をあげて片っ端から電話をかけていった。

最初に電話をかけた弁護士事務所で経緯を伝えると、20日に予約が取れると言われた。

「あの、すみません。今日、解雇通知が入っていて出来るだけ急いでるんです。」そう伝えると、どの弁護士に依頼するのかと聞かれ、ネットで見た弁護士の名前を挙げた。

弁護士事務所の男性が、「本人から直接電話連絡させますので、電話を置いて少しお待ち下さい。」と言ってくれた。最初に相談した弁護士が、利益重視で粗雑な対応だったため、有難いと思いつつ電話を切った。

ほんの数分後、女性弁護士から電話が入った。

コロナウィルスの影響で、テレワークをされていたと言う。


通常であれば、弁護士事務所に出向き、無料相談を受けてから依頼をするのかも含めて見極めるのだろう。

私が当日解雇された事情を踏まえ、電話相談という形で対応してくれると言うのだ。


弁護士に今までの経緯を話し、まず現時点ですべき事や返事の仕方などを説明して頂いた。

弁護士が何度か言っていた、【許せない】という言葉。


コロナが理由とは言え、相手に配慮なく一方的に解雇するのは【許せません】。

今後、こういった話しは増加するでしょうね。

人を雇用するという事は、労働者に対して配慮しなくてはいけない。

それは、当たり前の話しです。

まずは、先方に弁護士に相談した上でご回答させて頂きますとだけ、早々に返事をしましょうか。

労働紛争となると、3ヶ月ほどは掛かります。

かつ、どんなに勝てる状況であっても、そうはならない事もあります。

要するに、勝ちを確約は出来ない。

そのリスクを理解した上で労働紛争を選択するのであれば、私はこの案件を受けたいです。

今後、同じような方を助けるための経験として活かせますし、何より【許せない】。


色んな対応に追われていて疲弊していた私は、至って単純な本音を押し殺していたのだと気付かされた。

そうだ、私は許せないと思っているのだ。

当日解雇だけに留まらず、解雇までの間飼い殺しにして就職活動をする事をさせず、たった2週間で仕事を決めなくてはいけない条件で追い込んできた。

私が無能であろうが、雇った以上はやってはいけない事なのだ。


腹が立つ。許せない。


弁護士との話しの中、あれこれやる事だらけで忙しいと掻き消していた本音を呼び起こされた気がした。


海月は傘が破れると、死んでしまう。

破れた傘から雑菌が入ったりして弱ったりするからだ。

傘を破られた私は、そのまま朽ち果てるのか、足掻くのか。

そんな事、決まっている。


弁護士と色々話しをした最後に、私は切り出した。



それで、事務所にはいつお伺いすればお会いできますか?



携帯を握る手は、酷く汗ばんでいた。

ふと外に目をやると、雲の隙間から光が降り注いでいた。

天使が降りて来そうな光のシャワー。

何も考えず、ただぼんやりとその様を眺めていた。



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海月のバタ足 如月ゆう @chiave0221

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