蒼炎の魔王が誕生した日

(なんて、美しいんだろう)




 アリシアは心の底からレフトメイスに対してそう思えた。

 確かに証はアリシアの中では重要だ。

 アリシアを信頼させる証をレフトメイスは今、この場で見せる事は確かにできない。

 それだけ普段の行いがモノを言わせるのだ。

 彼の普段の行いを知らないアリシアにとっては彼に証があるのかは分からない。

 だからこそ、彼は自分がどうなってもよくこの国の未来すら担保にした。


 一見、売国奴にも見えなくはないが、彼はアリシアに国を未来を託す事で破壊から免れようとしている。

 確かに客観的に見て、アリシアの技術など無しでこの国を守るのは難しいだろう。

 アリシアに頼る未来と頼らない未来があるなら担保にしても未来を守る。


 仮にその未来に自分の居場所がなくても自分を犠牲にしても民を守ろうとする切実な思いが一見、売国奴とも取れる発言の意図だ。

 それで王の権威が失墜するかも知れない事を承知で話しているのだ。

 そんな美しい利他的な想いを蔑ろにするのはアリシアの矜持に反する気がした。

 その想いは普段からの行いが為せる業であり何よりレフトメイスからは外道のような臭いはしない。

 ならば、証としては十分だ。




「その王命、確かに拝命します。これよりわたしはあなたに仕えるただ、一振りの剣となり、盾となりましょう」




 レフトメイス王の笑みから確かな安堵が溢れた。

 彼自身の心中は気が気ではなかった。

 もし、断られたらという一抹の不安があったのだ。

 彼女が自分の想いを汲み取ってくれた事に心から感謝していた。




「つきましてはこの国の防衛能力を強化する必要があります。その為の陣頭指揮権をわたしに委ねて下さいませんか?」




 こうなれば、アリシアも本気だった。

 彼の想いを仕事として引き受けたのだ。

 アリシアがいつ去っても良いようにこの国を強くしておかねばならない。

 そして、アリシアと言う人間は一度引き受けた仕事は絶対にやり切り”中途半端”と言うモノを偉く嫌いアリシアの仕事には”熱い”か”寒い”しかなく”ぬるま湯”と言う選択肢はない。

 彼女がやると決めた時、それは徹底的に仕事を貫徹、全てを物を焼き尽くす灼熱の炎のように徹底的にやり遂げる。




「良いだろう。ならば、ここに新たな騎士団を創設する。貴殿の蒼い髪に因んで「蒼」、貴殿の戦いがまさに炎の如き戦いから「炎」であるから「炎」の言葉をわたしから送ろう。この場にいる全ての者に厳命する!アリシア・ズィーガーランドを団長とした”蒼炎騎士団”を筆頭に国防を強化せよ!国防に関する全ての指揮権の彼女に委ねよ!反駁、逡巡それら一切の類は認めん!可及的速やかに彼女の元に国防を強化し我らを滅ぼすとする愚か者達の魔の手から国を守れ!」




 その言葉にアリシアを含めてその場の全員が平伏、王命を謹んで受けた。

 アリシアに反発心を抱く者もいたが、何より今がそんな些事に関わっている場合ではない事を誰もが理解している。


 それに人間のやる事はどれも等しく正しく間違っている。

 アリシア以外の妙案があるならその作戦に特化させて全力を注げば、良い結果になる。

 逆に反駁して逡巡して目的と別の方向に向かった場合、それが足枷となり、失敗するのだとここにいる全員がその程度の理解はあるようだ。

 どれも等しく正しく間違っているなら1つの事に全力を傾ける。

 その美しさはなんとも変え難いとアリシアは改めて思うのだった。




 ◇◇◇




 少し前 ダガマ帝国 王間




「以上がクリハ村で起きた一件です」




 アインの実験に同伴したクリハ村から帰還した兵士達がリヴァルド皇帝と複数の文官に事の顛末を知らせる。

 文官達は血相を変え、アリシアの伝言に怒鳴り散らした。




「なんと末恐ろしい穢れた女だ!アイン殿を殺しただけでは飽き足りず、そのような悍ましい事を……なんと言う女だ!そのアリシア・ズィーガーランドと言う女は!よりにもよって神を裁くだと!不敬にもほどがある!」


「全くだ!すぐにその女を見つけ出して殺すべきだ!」


「所詮は人間だ。数で押せば勝てるでしょう。それにこの件は神が黙っているはずがない。神の力を借りればこの程度の身の程知らずなど……」


「それは些か、早計かも知れませんぞ」




 そこに黒いローブを羽織った緑色の仮面をつけたナベースのデッドを引き連れた男が現れた。

 リヴァルド皇帝は彼に声をかける。




「アイズ・ソフ・オウル。戻ったのか……」


「えぇ、中々、有意義な実験でしたよ」




 アイズが軽く報告を済ませた事を見届けて文官の1人が口を開く。




「それでアイズ殿、さっきの発言はどのような意味ですか?」


「おぉ、そうか説明せねばならんな。失敬。わたしは実験の帰りにある戦場を見た。そこでアリシア・ズィーガーランドと言う女が補完神コペルを圧倒、蹂躙して神の頭を踏みつけ、神を隷属すると思われる剣で神を隷属、神を封じた剣を持ち去るところを見ました」




 その言葉に辺りが騒然となり、信じられないと言わんばかりに神を信奉する文官達の顔が蒼褪める。

「嘘だろう……」「何かの冗談では……」と藁にも縋る思いでアイズに呟くが、アイズは首を横に振った。




「残念ながら事実です。デッドも確認したな?」


「はい、わたしは途中いませんでしたが、神が剣に封印され、持ち去られたところは確かに見ました。アイズ様の見間違えと言う可能性は極めて低いです」




 デッドはあくまで客観的に自分達が見たものを語った。

 デッドと言う男はアイズにより造られ絶対忠誠を誓っている。

 それ故にアイズが「正直に述べよ」と言えば、正直な事しか言わないと誰もが周知しており、人に忖度する様な報告を決してしないとリヴァルド皇帝でも知っていた。

 文官達は未だ信じられず体を震わせていたが、リヴァルド皇帝はある事に気付いた。




「アイズ、お前はコペルとの戦いを見たのだな?」


「そうです」


「間違いなくコペルか?」


「はい、間違いありません」




 アイズもアインも戦争よりも自分の魔術研究ばかりで今回の戦争の事は「戦争がある」程度にしか認識していない。

 それ故に客観的なのだ。

 そして、今回の戦には補完神コペルが出陣に名乗りを上げていた。

 アイズの脚の速さを考えるとそれはついさっきの話である可能性が高い。

 リヴァルド皇帝な中では「まさか……」と言う可能性が過った。

 そして、その予感をまるで天啓でも報せに来たように帝国の伝令兵が王間に駆け込んだ。

 伝令兵は矢継ぎ早に起きた出来事をマシンガンのように語った。




「陛下!大変でございます!同盟国総崩れでございます!我々はクゼル王国に敗北しました!情報が錯綜し指揮や通信とやらも情報も定かではありませんがその戦にはアリシア・ズィーガーランドと名乗る王国の騎士が関与しており、その女に部隊は壊滅しました!また、補完神コペルもアリシア・ズィーガーランドの手で討ち取られ……」




 途中からその声が遠退いていく気がした。

 悪い夢を見ているようだった。

 アレだけの戦力を投入し神まで使って1人の女に敗れてしまったのだ。

 神を信奉している文官達にとってはその女が異形の怪物や悪魔の類に思えてならない。

 皇帝は強靭な精神力でなんとか堪えているが、文官の数人はその言葉に卒倒、意識を失っている。


 それほど衝撃が大きかった。

 神の事が嫌いな皇帝ではあったが、その力は認める所があり、神が人に敗れるなどこの世界の歴史上決してあり得ない事なのだとよく知っている。


 リヴァルド皇帝は神の事を心胆で憎み、いつか超えようと考えて画策していたが、容易ではない事だけは自覚していた。

 そんな事が出来てしまうのはおとぎ話や神話の話であり、非現実に等しい可能性だと薄々知っていた。


 だが、それが現実に起こってしまった。

 そう……そのおとぎ話や神話の様に語られる神を打ち倒し、神に反逆せし者……その絶対的な力に人々はその名を口遊む事になるのだ。




「魔王だ……」




 リヴァルド皇帝がそんな事を呟いた。

 リヴァルド皇帝から発せられた言葉がまるで合図であったように彼の発言が諸国民の民に伝わり、この大陸全土に広がる事になり、その伝説もこれから語られていくのだ。

 ”蒼の魔王”もしくは”蒼炎の魔王”と呼ばれる存在は今日、この時を以て誕生した瞬間だった。


 だが、例え魔王が道を阻むとしても、もうこの戦争は止める事ができないところまで来てしまった。

 引き返す事はもう出来なかったのだ。

 それから”アイの国”の足の速い伝令兵を使い、正式にクゼル王国に対する宣戦布告書を送る事になった。

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NEXCL 再世女神の超神譚 daidroid @daidroid

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