第34話 そして、新たなる旅立ち
ミノタウロスの件から一ヶ月ほどたったある日の事、俺とノエルは町外れの荒れ地に居た。
部屋にこもりがちだったノエルを強引に引っ張ってきたのだ。
「なによ、見せたいものって」
三つ編みに広いおでこ、ちょっと不機嫌そうな表情。やはりまだいつものノエルのような覇気が無い。
俺は少し先に見える大岩を指差す。
なに、とノエルが視線を向けた。
精神を集中し、幻想器官を開いて魔力を練る。
【炎の矢】
唱えた古代語の呪文とともに、魔法の炎が宙を飛び大岩に着弾する。
期待したとおり、ノエルの顔が驚きに染まった。
俺の顔をまじまじと見つめるノエル。
表情が驚きから喜びにと変化する。
「やったわね!」
ノエルは歓声を上げた。
このところ沈みがちだったノエルが、まるで自分の事の様に喜んでくれているのが分かる。
やっぱ、いい娘なんだよな。真面目で面倒見が良くて委員長気質で。
「ノエルのおかげだよ。夜営のたびにこの魔法教えてくれからな」
そして、あのミノタウロスを倒す魔法を見せてくれた。あれを見て魔法に対する意識が変わった。
『わしが教え方のほうが、高度な術の行使ができるのに……』
俺は座学よりも、目の前で手本を見せて貰う方がいいんだよ。
「ようやく覚えたよ」
ノエルは満足そうにうなづいた。
「ここのところ毎日一人で出かけてたのは、特訓してたのね」
「そうだよ」
「これで次のクエストは楽勝だわ。そうね、あたしも、いつまでもこうしてられないわね。久しぶりに冒険者ギルドに行きましょうか」
俺は静かに首を横に振る。
「いや、行かない。今、旅の準備をしているんだ」
「え?」
ノエルの顔から表情が消えていく。
「旅って、もしかして……」
「ああ。この街を出る」
俺はまっすぐにノエルの顔を見る。
「一人前になるまでコンビを組んでくれるはずだったろ。
だから、絶対に旅に出る前に教えてくれた魔法を使えるところを見せよう。そう思って、ここんところ毎日練習してたんだ」
「そ……そう」
「今まで世話になった。本当に感謝している」
ノエルは少しうつむく。
「そう……よね……スズノスケは武者修行の旅の途中なんだものね……」
その声に寂しげな響きは気のせいではないだろう。俺もだ。
「それで、どこへ行くの?」
努めて明るい声を出しているのが分かる。
「ノエルには言ってなかったっけ。俺は、ダルムの塔に行かなくてはならないんだ」
「は?」
少し間が開く。
何言ってるの、という変な物を見るような目。
「それって、タリンの砂漠を越えて、大陸の南の大森林の中にあるっていう、あの?」
「うん、それ」
「邪悪な黒魔道士が住んでいて魔物領域のそばに建っているという、あの?」
「そう、それ」
ノエルの表情がプリプリと怒った顔に鮮やかに変化する。
「何、馬鹿な事言ってるのよ。そんな、本当にあるかないかもわからない伝説の中の存在探して死霊の森を歩き回ろうっていうの⁉」
怒られた。予想外……。
「いや、待って待って。うーん、そう、塔があるのは分かってるんだよ。おおよその位置も」
ノエルは非常に胡散臭そうな目でこっちを見る。ちょっと視線が冷たい。
「どこ情報よ。なんか、変な詐欺に騙されてるんじゃないの?」
邪悪な黒魔道士本人がそう言ってるとは言いにくい。
「うーん……ノエルの魔道書の欠落を知ってたときと一緒で、何故かそれは知ってるものとして考えて欲しい」
「じゃ……いえ、例え塔が実在したとして……そんなとこに行くのはとても危険だわ」
「でも、行かなくちゃいけないんだ」
キッパリと言い切る。
こればかりは譲ることは出来ない。
ノエルがおでこにしわを寄せて、うんうんとうなっている。
そして、顔を上げ、口を開く。
「しょうがないわね。私も行くわ」
「え? 良いの?」
いつもの覇気のある笑顔がノエルの顔に戻っていた。
「乗りかかった船よ。ほら、スズノスケが一人前になるまで面倒見るって言ったでしょ。一個魔法覚えたからって一人前のつもり?」
「……ありがとう」
素直に礼を言うと、ノエルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「スズノスケは、まだまだ常識知らずの半人前なんだから、しょうがないわ!」
「助かるよ。本当にいいのか?」
「ええ。それに……しばらく余所の土地に行ってみたいってのもあるわ」
独り言のように呟く。
長年世話になったギルドマスターのアレスがこんな事になり、本部から別の人間が代わりに来る。この地のギルドに対していろいろ思うところがあるのだろう。
ノエルもしばらく時間が必要なのだ。
俺たちは南に向けて旅することとなった。
リエージという城郭都市を目指す。
フィスタルの住んでいたダルムの塔がある南の大森林に最も近い都市だ。ここを拠点として塔の探索を始めるつもりだ。
途中、街道沿いに進み、宿場町に泊まり、宿場が無ければ、荒野で夜営をして過ごす。
今日は、日暮れまで進んでも街は存在せず、野宿だ。
ノエルは火から少し離れ、マントにくるまって寝ている。
俺は見張りをしながら、魔力を練り、魔法の練習をする。
ノエルが寝る前に講義してくれた内容を思い返しながら、幻想器官に働きかける。
『ふふふ、着実に進歩しておるの。うむ』
最近、気味が悪いくらい上機嫌だな、お前。
『うむ。ゆっくりとした歩みでも貴様が魔道士の道を踏み出したのは喜ばしい』
「まあ、魔法剣士もいいかな、と。魔法を少し真面目に勉強してみる気だ」
『動機はいまいち趣味ではないが、魔道の研鑽をつむのなら良い。毎日鍛錬と研究を重ねれば、十年もすれば大魔道士の一端に届こう」
「……何言ってるんだ。十年も居るわけ無いだろ。塔のお前の弟子が説得可能ならそうならそうするし、駄目なら塔に置いてある転移触媒のお前の血を捨てる。触媒なければ、俺の世界に干渉できないってお前言ってたろ。そしたら俺の世界に戻るぜ」
『はて、戻れるかのぉ』
「何?」
世界を渡る回廊魔法の呪文や魔方陣だけは、脳に刻まれている。間違いなく使える、この異世界転移の魔法だけは忘れることが出来ない。魔力を練って、これを唱えれば……。
『さて、考えてみよ鈴之助。貴様はあちらの世界にモンスターが送り込まれ、周りの人間が死ぬことを恐れ、取りあえずこっちの世界に来たわけだ。
いつもの通りあまり考えもせず、わしの魔道の講義もろくに聞きもせず』
「何が言いたい?」
『もう一度講義してやろう。
回廊魔法はどうやって使うのか、だ。わしがおぬしの世界に渡ったときは、わし自身を触媒として、わしの肉体と霊的に同一に等しい貴様の体を目的座標として回廊魔法を発動させ、向こうの世界に渡った。
我が弟子は、塔にある我が血を触媒として、向こうの世界に居たわしを目的座標として回廊魔法を発動させ、魔物を向こうの世界に送り込んだ。
で、その後、貴様が、この世界に来たときは?
この時は逆に、この肉体を触媒として、塔に残してきた我が肉体の一部、わが血液の入った瓶を目標座標として回廊魔法を発動させた。
さて、ここで、貴様は何を触媒としてあちらの世界に回廊魔法を開くのだ?
触媒を……霊的にあちらの世界と繋がった何かを、目標座標と繋がった何かを、貴様はこの世界に持ってきたか?』
「……持ってきていない」
「そういう事だ」
「つまり……回廊魔法を使っても……帰れない?」
『その通り。
道しるべとなる物がなければ無限にある平行世界のうちから、貴様の居た世界を選択して飛ぶことはできん。
落ち込むことはない。
良いではないか、この世界は素晴らしいぞ。ともに魔道を極めよう。貴様はまだ初級魔道士レベルでしかないが、いずれわしの指導で大魔道士に育ててやる。
貴様の進歩は遅いが、ようやく魔道士として一歩を踏み出したのだ。このまま精進をつづければ良い。
何、あせってはおらん。まあ、老化するまでにわしの編み出した若返りは使えるようにならんとな。
それで、5、6回老人になるまでは寿命を延ばせよう。
そしてこの肉体の限界が来る前に、他のアプローチで寿命を延ばす新たなる魔法を開発しようではないか』
冗談じゃない。旅をするのも帰る家があってこそだ。陽菜やじいちゃんの顔が脳裏に浮かぶ。
俺の世界に帰れないなんてことがあってたまるか。
『嘘だと思うなら、回廊魔法を使ってみるが良い』
やってやるとも。
【回廊魔法】
発動しない。
次々にこの世界に持ち込んだ物を試す。
服、非常食のチョコレート、クッキー、ライター、刀……どれを触媒にしようとも、回廊魔法は発動しない。
『触媒としてふさわしいのは、目的の世界の存在と霊的につながった物体だ。
向こうで生きている存在の肉体の一部とかな。
なければ、目的の世界への回廊を開くことはできんぞ』
「くそっ」
『くくくくく、まあ、これから貴様とは長い旅路を共にすることになるの。仲良くやるとしよう』
「うるさい。次はこれだ」
おれは、学校指定のリュックを触媒に回廊呪文を唱える。マナを流し込む。
【回廊魔法】
マナが勢いよく吸い込まれ、魔方陣が光り輝く。
発動した?
目の前のリュックを見つめる。
その横には生徒会長にして神社の巫女さん、姫宮静香先輩から貰った御守りが揺れていた。
『く……なんじゃと……御守り袋の中に体毛が仕込んである……。そんな風習が……』
よし、なんだか分からんが、これで世界を渡れる。
このまま魔法を維持し、進行させる!
世界の壁が薄くなり、世界に大きな穴が開いた。
この回廊を……。
回廊……。
回廊の先に……先輩が裸でシャワーを浴びているのが見える。
ふと、振り返る先輩。目が合う。
「きゃあ」
真っ正面から見てしまった。
「え、いや、その……」
大きな胸、雪のように白い肌、視線を下にずらすと……
『アホウっっ、精神集中を崩すな。術式の維持に集中しろ』
「……いや、無理っ」
『術式が崩壊するっ』
ぐにゃりと空間がゆがむ。
引っ張られるような感覚。覚えがある。
一瞬にして、周りの風景が切り替わった。
『く、他の転移系の魔法と干渉した。未熟者めっ』
気がつくと、草深い湿原に立っていた。
この展開は既視感がある。
背後を振り返ると大きな魔方陣が展開している。
俺の術が崩壊して、これと干渉したのか。
『誰かの転移魔法じゃな。出てくるぞ』
俺はひとまず、しゃがみ草むらに隠れる。
この人気のない湿原には
馬車から声がする。
「な、なんです? ここはどこです?」
「分かりません、姫、転移魔法が失敗するなど……」
『あの馬車に書かれた紋章。まずいな、あれはルーマ王国の関係者だぞ。離れよう』
「何がまずいんだ?」
『いや、わし、あの王室とは折り合いが悪くてな』
「何があったんだ?」
『随分昔の事なんだが宮廷魔道士として入り込んで、宝物殿にあった幽世の水晶球を拝借して……そのまま黙って退職して去った』
「泥棒じゃねーか」
『古代魔法文明のアーティファクト、あれは無能が死蔵して良い物ではない。人類の魔道の進歩の為だ。やむをえまい』
……ろくなことしとらんな、こいつ。
「まあ、俺には関係ないけどな」
『果たしてそうかな?』
「?」
『この世界では、魔法で姿を変える犯罪者とか、たまにおってな。それを見破るために精神体を判定する魔法がある』
「それで?」
『判定魔法を掛けられたら、多分、おぬしとわしは同一人物と判定されるんじゃないかなぁ、と』
冤罪過ぎるっ。
そして、新たなる冒険が始まるのだった。
剣道少年鈴之助、異世界を征く ――高校生剣士、異世界の大魔道士を乗っ取る! あいざわあきら @Aizawa_Akira
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