第33話 半端な一件落着

 アレスは俺たちを助けに来て、ミノタウロスと戦って死んだ。

 冒険者ギルドにはそう報告した。

 遺体は埋めてきた。

 アレスの持っていた魔剣を遺品として引き渡すと、受付嬢のローラさんは信じられないという表情を浮かべ呆然とした後、涙をこぼした。

 アレスに殺されかけた身としては複雑な気分だ。


 でも、領主のマナ結晶の横流しに加担していたギルドマスターアレスに殺されかけた――こんな話をおおやけにしても、自分の身が危うくなるだけなので仕方がない。

 ノエルは……今は何も考えられないのだろう。俺のギルドへの嘘報告を聞いても、何も口を挟まなかった。

 その日から、クエストには出ていない。


 この街に来たばかりの頃とは違って、当座の金には困っていない。

 今は休息の時だろう。


 今日、俺は一人、街中の酒場の奥まったテーブル席に座っている。ギルドの酒場ではない。

 待ち合わせのためだ。


「よお、待たせたか?」

 ほどなく現れたのは、領主の館で徴兵された一般兵の隊長をやっていた、ヒゲの隊長ことカダフィ・クロムウェル氏だ。

 領主の館に出入りするギュンター商会のおっさんに渡りを付けて貰ったのだ。

「いや、今来たところだ。注文もまだしていない。おごってくれるんだろ?」

「ああ、兵どもに稽古付けてくれた礼におごる約束だったな。好きに飲み食いしてくれ。……けど、飯が理由じゃないんだろ?」

 隊長はニヤリと軽薄な笑みを浮かべた。

「まあ、ね。いや、少し答え合わせをしたくてね。そっちは、何か動きはあったのか?」

「子爵の館で、かい? そりゃそうさ。自分の領地の冒険者ギルドのトップが魔物に倒されて交代だぜ。子爵もいろいろと動いているみたいだよ。俺みたいな下っ端には関係ないけどね。

 まあ、子爵は自分の息のかかった人間をトップに据えたいらしいが、冒険者ギルドは子爵領の統治から独立した組織だからな。普通に冒険者ギルド本部が決める事になるさ。俺の聞いた噂じゃ、今回はギルドの王国本部から派遣されてくるらしいぜ」

「そうなんだ」

「お前、ギルドのメンバーのくせに知らないのか」

「メンバーと言っても入ったばかりだし……最近行ってなかったんでね。色々やることがあったから」

「俺の職場周りで調べ物、とかかい?」

 クロムウェル隊長が、少し踏み込んだ発言をしてくる。

 俺は隊長の顔色をうかがう。

「……何でそう思うんだ」

「ギルドマスターのアレス氏を看取ったのはお前さんだそうじゃないか。巨人殺しのアレスともあろう者が、ミノタウロスに遅れを取るとはね。

 ……本当かい?」 

「何か嘘をついていると思う理由でもあるのか?」

 視線が絡み合う。

 

「現役引退してたギルドマスターがわざわざお前らを追いかけていって、そして死んだ……。

 もの思うには十分じゅうぶんだね。お前さんは、巡回検察士でもなければ貴族でもない。会ったときはそう判断したんだけど……」

「実際違うさ。けど……そうだな……違っても、周りの人間がみんなそう思い込んだら、結果は似たものになる事もあるんじゃないか?」

「なるほどな……」

 際どい話をしている。どこまで踏み込むか。

「マナ結晶の密輸」

 俺が口火を切ると、隊長はわざとらしく驚いた表情を浮かべる。

「おいおい、物騒な話だなぁ。何のことだい。おまえ、アレスと何話したかしらないが、俺は子爵の部下だぜ? 

 話して良いことと悪い事、考えてから話した方がいいんじゃないか?」

「俺、そういうの苦手なんだよ。思ったことつい口にしてしまって、幼なじみ陽菜にも良く怒られたな。

 それに、あんたの話少し聞いてるんだよ。ギュンター商会のおっさんから。

 王都の出なんだってな。騎士として子爵に士官したのに、いつの頃からか中枢から遠ざけられて、平民部隊の隊長なんてやってる。

 ……疎まれてるんだろ」

「それで?」

 隊長は、ニヤけた顔で続きをうながす。

「なんで疎まれてるのかな、と。マナ結晶の横流しに気づいてたんだろ、隊長さん。そして、あんたはそれを快く思っていない。

 アンタは始めに俺のことを巡回検察士かと思ったんだよな。あの時、わざわざマナ結晶の密輸業者に使わせてた蔵の中見せただろ。コーエン商会が普段と入れるのと違う倉庫に荷下ろしさせた。あれ、奴らの馬車に気づかせようとしてたよな」


 隊長は、張り付いている笑みを消し、ふむ、と頷いた。少し憂いを含んだ深いまなざし。これが素か。

「まあ、正解に近いな。

 けど、一般兵士の隊長やってるのは、仕官したものの宮仕えが性に合わなくてダラダラしてたら左遷されただけだよ。

 それ以外はあってる。そう、俺は子爵のやっている密輸に気づいちまったのさ。

 俺も別に正義の味方という訳じゃないが、子爵みたいに金のためなら祖国を売ろうとか戦争になろうが構わないというのはちょっとな。

 けど、俺一人騒いだところで、消されるだけだ。自分の命は大事なんでね。本物の巡回検察士だって、調査中に不慮の事故にあったりするんだぜ。

 俺は、横流しに気づいている事を隠したままチャンスを待ったのさ。

 で、そこにお前が来たわけだよ。

 懐かしき王都訛りの言葉に仕立ての良い服。

 身のこなしからして剣の腕も立ちそうだ。

 家名を名乗るのだから貴族の子弟か、もしかすると魔法使いかもしれない。

 そんな奴が商人の荷物持ちに雇われて城に入り込んでくる。

 てっきりそうかと思ったよ。

 ついに、王都から巡回検察士が来たってな。

 けど、まあ、肝心の検察士さんは、探りに来たはずの子爵の倉庫の中にも、あからさまに怪しい馬車にも興味示さないし、兵隊達と大喜びで遊んでるし、これは違うと分かったよ」

「……そりゃ、ご期待に添えなくて悪かったな」

「で、風変わりな一介の旅人だと思って期待するのを辞めてたら、期待に近い役回りをハンパにだがこなしてくれた気がするわけだ。話が聞きたいのはこっちも一緒さ。

 お前、それでどうしてマナ結晶の密輸に気づいたんだ? 何でギルドマスターに知られた?」

「うーん、気づいた方法は秘密だな。で、ギルドマスターの方は……こっちから相談に行っちまった。子爵が良からぬ事やってるから協力してくれってな」

 隊長さんは、しばし絶句する。

「そら……殺してくれって言ってるようなもんだな」

「実際殺されそうになったよ」

「いや、しかし、それにしても良くアレスに勝てたな。あんな化け物に」

 俺は肩をすくめる。

「まあ、ついてたよ。それにアレスさん、魔物を相手にするなら俺よりずっと強いだろうけど、人を相手にした経験はそんなになかったんじゃないかな」

「それでも、俺は勝てる気しないがな。お前の実力も見誤ってたよ。まさかアレスに勝つとはな」

「奥の手が通じたが、もう一度立ち会ったら勝てるかどうか分からん」

「一度で十分だろ、人間は一回しか死なんのだから。ふむ、奥の手、ね」

 隊長が興味深そうに見る。教えないよ。タネのわれた手品は通用しなくなる。

「それで、マナ結晶の話は、これからどうなるんだ?」

 俺は話の矛先を変えた。

「ギルドマスターの協力がなくなるんだ。もう、横流しはできん。子爵様のオイタはおしまいだろう」

「……あんたはそれでいいのか? 密輸してた肝心の子爵は……」

「そこまでは届かんよ。証拠があるわけでもないしな。いや、証拠があったとしても、だな」

 隊長さんがさとすように言う。

「いいか、例えば、だ。仮にマナ結晶のやり取りの裏帳簿でも見つかったとしよう。

 で、それをどうする?

 いや、お前が実は王都から来た巡回検察士で、証拠を王宮に報告してくれるなら子爵にも手が届くだろうさ。

 でも違うんだろ? 証拠を誰に見せるかで下手すりゃこっちの首が飛びかねんぜ。

 本当の巡回検察士すら、旅先で不幸な事故に会うことはあるんだ。 

 命は大事にしようぜ。大切に使えば一生もつんだから。

 まあ、これで帳簿にないマナ結晶が流れてくる事はなくなったんだ。子爵様も大人しくなるだろう。

 少し半端だが、これで一件落着とするしかないんじゃないかね」

「そんなもんか」

『どうだろうな……。一度甘い汁吸う事覚えた奴がその味を忘れられるかのぉ』

 フィスタルが頭の中で嫌なことを言う。

「で、お前はこれからどうするんだ?」

 隊長さんの問いに、少し考えてから口を開く。

「旅に出るよ。次は、リエージに行こうと思ってるんだ」

「南か。大森林の前の城郭都市だな」

「そう、その大森林に用があってね。ちょっと捜し物があってね。物というか場所というか……」

「あんな魔物領域のそばにか。物好きだな。結構遠いぜ。金もかかるだろう」

「ミノタウロス退治で、結構金がたまったからな。路銀は十分だ」

 廃鉱山の魔物退治の報酬はアレスが言った通りベネテ公国金貨十枚出た。元から書類にはオークでなくミノタウロス退治として登録されていたのだ。

「そうか……。まあ、またこの街に来ることがあったら、声かけてくれ。

 土産話を聞かせてくれれば、一杯おごるぜ」

 そう言って隊長は、再びニヤリと軽薄な笑みを浮かべたのだった。

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