第32話 真昼の決闘
鉱山の出口から外に出る。
坑道を出ると目が痛いほどまぶしい。
まばゆい太陽が頭上を照らしている。久しぶりの太陽だ。
坑道の入り口からは、行きに立ち寄った一番近い家がよく見える。馬を厩舎に入れた家だ。
あれ、窓にこちらを見ている人影が……。
家の扉が開いた。
誰だ?
家から出てきたのは岩のような筋肉に覆われた大男。
見間違えるはずもない。アレスだ。
背中にごつい巨大な剣を背負ったアレスが、こちらに手を振る。
俺はノエルを背負ったまま、ゆっくりと近づいていく。
アレスが口笛を吹いた。
「ノエルは
アレスはにやりとした表情を浮かべた。その笑み、味方にすれば百人力と思わせる力強さ。
ぐったりとしていたノエルが顔を上げた。
「アレスさん」
ぱっと表情を輝かせる。信頼という言葉を目に見えるようにしたのなら、この表情になるだろう。
「えーと、アレスさん、どうしてここに?」
俺は何となく口をはさんだ。
「ミノタウロスを倒そうと思ってな」
助太刀……えーと、何か変だな。
頬がくっつくほど、すぐそばにあるノエルの顔にも困惑の表情が浮かぶ。
「あのアレスさん……この鉱山に住み着いたのがミノタウロスだと知っていたんですか……」
ああ、そうそう、俺たちはここに住み着いたオークを狩りに来たはずだった。
アレスは笑みを浮かべたまま、じっとこっちを見ている。
俺はいつものように、思いつくままに言葉を口にする。
「このミノタウロス……いや、オーク退治は大蜘蛛退治の時の解毒ポーションの命に関わるあり得ない不手際のワビとして回して貰った……。
そもそも、解毒ポーション……毒消し必須のクエストに行く冒険者に効果の無いポーションをって……そんな命に関わる不手際が簡単に起きるのか……」
アレスが肩をすくめる。
「そうさ。あれはワザと効果ない物を渡したんだよ。ノエルは
ああ、つい最近覚えたばかりだからね、
「まあ、オーク退治といってミノタウロスの居る坑道に放り込めば、今度は間違いないと思ったんだが……あてが外れた。
冒険者らしい事故で目立たないように死んでくれれば良かっんだがな。さすがに直接手を下すのは気が引けるというのもあるしな」
すぐ横のノエルの顔から血の気が引いている。
「な、何を言ってるんですか、アレスさん? どうして私たちを……」
「頭の良いノエルだ。分かるんじゃないのか?」
沈黙するノエル。
「まあ、頭悪くても少しは分かるけどな。マナ結晶の横流し、あれに関わってるんだな」
代わって俺が答えた。
ノエルは顔色は紙のように蒼白になっている。
「そうさ。マナ結晶はギルドが冒険者から買い取って領主の子爵に納め、子爵はそれを国に送る」
『なるほどな、冒険者ギルドが子爵に納めた量と子爵が国に納める量が違うから、ギルドの帳簿でも調べられたらバレるか。横流しをするならギルドを抱き込むべきじゃな』
「領主だけの犯行じゃなかったのね……」
『ギルドに全般の信頼を置いていたこの
俺の頭の中で後出しで偉そうに言うフィスタル。
おまえも気づけよ。
『世事にはあまり興味がないんでな』
おまえ、興味の無いことにはとことん興味ないのな。
「ヤマダが初めにギルドに来たときは、巡回検察士か王都の貴族の敵対派閥の手先が子爵の事を調べに来たんだと思ったよ。身分を偽装するために冒険者登録をしたんだとな。
だからノエルを付けて様子を報告させてたんだが……」
「……そんな」
「俺は、ほんとに貴族でもなければ、王都からの検察士でもないんだぜ」
「そうなのか。俺みたいな辺境を出たことがない場末の冒険者ギルドの人間には判断がつかなかったよ。
お前、胡散臭いんだよ。見たこともないくらい仕立ての良い服で、
ま、いまさら、どうだっていいさ。
結局、マナ結晶の密輸を知られたからにはお前ら二人には死んで貰うしかない」
「アレスさん、なんで……ギルドマスターとしてみんなに尊敬されているあなたが……」
「ギルドマスターとしての尊敬? そんなもの犬にでも食わせろ。冒険者なんて消耗品だぜ。俺のパーティの仲間は今では誰一人生き残っていない。
ノエル、俺はな、この国の為にあれだけ魔物を殺しまくったが、結局、田舎のギルドのギルドマスターがせいぜいだ。
正直、命を掛け続け、失った物の対価には不足なんだよ。
そして、何より一番の理由は、俺はこの国の貴族も王族も大っ嫌いなんだよ。
だから貴族の血を引く
「子爵と組んで他の国にマナ結晶を横流しって……貴族が嫌いなのに貴族と組んで金儲けするのはいいのかよ」
「横流しってどこにだと思う? 第一の敵国たる神聖ギレアス帝国だぜ。立派に売国行為だ。
頃合いをみて、おれが握ってるギルドの裏帳簿を表沙汰にしてやれば、子爵は破滅だぜ。愉快だろ」
「……この国で取れたマナ結晶を帝国が横取りしてる……こんな事が表沙汰になったら、戦争になるかもしれないわ」
「いいじゃねぇか。人類の敵たる魔物退治に協力もせず、人間と戦う訓練ばかりしてる貴族連中なんか潰し合えば良いさ。せいせいする。言ったろ、おれはこの国の貴族が大嫌いなんだよ」
アレスが背中の大きな剣を引き抜いた。強い。
剣と呼ぶにはあまりに巨大で無骨な鉄の塊に見える。しかし、それには巨大なモンスターをたたき伏せるという明確な意思を感じる。
そして、幻想器官で見るとその刀身全体に魔力を帯びているのがわかる。
「魔剣、か」
ニヤリとアレスが笑みを浮かべる。
「そうだ。
それは困るな。
『じゃから言っておるだろ。あんな原始的な魔法に頼っててはいかんと。相手がそこそこの魔剣が持ってれば意味ない』
そう言うことは前もって言ってくれ。
『いや、わし、しつこいくらい言ってるじゃろ!』
アレスは 巨大で無骨な剣を軽々と振って構えてみせる。
何という剣圧。
鋼の
なるほど、アレスならミノタウロスを正面から叩き伏せる事が出来るのだろう。
俺はノエルを背中から降ろす。
「スズノスケ……」
「ノエル、マナは回復してないんだろ。ここで休んでろ」
ノエルが魔力を使い果たしていて良かった。ずっと信頼してきたアレスさんと戦わせるのは酷というものだろう。
『……一人で勝てるのか? 剣のことは良く知らんが、こやつはミノタウロスを倒すそうじゃぞ』
俺が倒せないミノタウロスをアレスが倒せるからといって、俺がアレスを倒せないなんて理屈はないぜ。
まっすぐにアレスを見据え、近づいていく。
「どっちにしろ、アレスさんとは旅立つ前に、もう一度立ち会うつもりだったんだよ。負けたままというのは性に合わない。手間がはぶけた」
「言うねぇ。おまえの剣の腕は確かに上がったろう。俺はロートルで、日々腕は落ちているだろう。遠からず抜かれるだろうさ。だが、それはまだ先だ」
「そうかな?」
「まあ、楽しませて貰うか。」
俺は刀に手を掛け、アレスと対峙したまま、ふっと、アレスの後ろに視線を動かす。
一瞬、アレスの意識がそちらに向く。
今! 一瞬の
そこで踏みとどまると、顔の数センチ先をアレスの剣が横殴りに振られる。
隙は小さかった。踏み込めば、先にアレス多少の傷は与えられただろうが、こっちは致命傷を貰っていただろう。
怖いな、アレスの剣は。少しでも触れれば体が千切れ飛ぶ。
「怖いな。スズノスケの剣術は。酷く残酷だ」
アレスから真逆な事を言われた。
「残酷?」
「そうさ。俺たち冒険者の剣は、いかに魔物をぶった切るか、ダメージを与えるかを求めて鍛えてるんだ。
けど、おまえの剣術はなんだ。人の意識をそらす技とか、人間を斬ることしか考えてない技ばかりじゃねぇか」
「なるほど……そういう考え方もあるか。じゃお互い怖いと言うことでやめるか?」
「だがその剣は、まだ俺には届かないな。経験と、肉体能力が足りない。てめえが俺の半分でも力があれば……そうだなあと五年もしたら、今ので俺にとどめを刺せたかもな。だが、今は俺の方が強い」
「まだ、隠し球があるかもしれないぜ?」
「出してみろよ」
アレスがぶんと、刀を構え直す。
あの剣の結界とでもいう領域に飛び込まねばならいとは。
踏み込めば……そこで、アレスが横に一振りすれば……。
自分の胴体が真っ二つになる事を幻視した。
アレスが見せたあの切り返しの速度、あれを掻い潜るには普通の手段では駄目だ。
この巨大な剣と俺の日本刀がまともにぶつかれば、前に日本でオーガの金棒に殴られた
腰の刀に手をかけたまま、ジリジリとした焦燥に苛まれる。
「刀、抜かんのだな」
アレスはまるで稽古の時と変わらぬ気軽さで言う。
「鞘の中の刀の長さを知られたくないんでな。勝ち負けを決めるのは、間合いを制するものだぜ」
「なるほど、とことん人間を相手の剣術なんだな、お前の剣は。だが、そんな小細工はこの巨人殺しの豪剣で叩きつぶしてやるぜ」
「やってみろ。モンスターのようにはいかんぜ」
心臓が早鐘の様に打ち続ける。
落ち着け。
これは人間同士、剣対剣の戦いだ。間合いを制する者が勝つのだ。
「どうした、こねえのか? ならこっちから行くぜ?」
アレスがニヤリと笑みを浮かべた。
ふてぶてしい、味方になるならばこれ以上頼りになるものはないだろう、そんな笑みだった。
どうする?
その時、天啓の様に頭に閃きが浮かぶ。
『なるほど』フィスタルが俺のやろうとしている事に気づいたようだ。『だが、上手く行くかの?』
やるのだ。
俺はあの野営の夜を思い出しながら精神を集中させる。
アレスが一歩踏み出した瞬間、刀の柄に手を掛けたままアレスに向かって走り込む。
アレスの剣が避けがたい速度で横殴りに振られる。
幾多のモンスターを葬ってきた必殺の剣筋。
その瞬間、俺は
交差の一瞬、視界が揺らぐ。
すり抜けざまに俺は抜刀し、アレスの胴を切り裂いた。
振り向いたアレスが不思議そうな目で大きく開いた自らの腹の傷を見ている。
ほとばしる血。
力を失い崩れ落ちるアレス。
「おい、生きてるか」
仰向けに倒れたまま血を流すアレスに声をかける。
「内臓をやられた。もう長くないな。
なあ、斬りつけた時、お前の体が霞んで消えた。
気がつくと間合いの中に居た……あの剣は何だ?」
「そうだな……名付けて、転移抜刀霞斬り。
転移魔法を剣術に組み込んでみた」
そう、俺は、切り抜けざまに転移魔法を発動させ、間合いをずらしてアレスの剣をすり抜けたのだ。
『30センチしか移動できない転移魔法にこんな使い方があるとはの』
アレスは壮絶な笑みを浮かべていた。
「はん……魔法を剣術に組み込んだ、か。……なるほどな。魔法剣士とでもいうのかね。
……これだから貴族は嫌いだ……」
「魔法剣士、ね」
魔法剣士……その言葉はしっくりとなじんだ。
それを極めてみるのも良いかもしれない。
ふと、アレスの目が横を向く。
ノエルがふらつきながらも、杖にすがるようにして、ゆっくりとアレスに近寄る。
「アレスさん」
ノエルが泣きそうな顔でアレスを見た。
「アレスさん……わたし、冒険者としてアレスさんに憧れてて……それで……」
アレスは深いため息のような声を出す。
「ああ、知ってる。けど、俺は冒険者でいるのに疲れてしまってな……。ノエル……おまえが憧れたような冒険者じゃなくてごめんな……」
そう言って、アレスは静かに目を閉じ、二度と開くことはなかった。
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