第31話 廃鉱山のモンスター その3

 何とかミノタウロスと出会わずに、外に逃げられないもんか……。

「正面のでかい入り口以外にも出口ってあるのかな?」

「さあ? あるかもしれないけど、たどり着けるかどうか。こう入り組んでいると」

「ほんと、どんだけ広いんだ、ここ……つか、奥まで入り込んで来たけど、元の出口にもたどり着けなかったりして……」

「今のところ元の道に戻るくらいは覚えてるわよ」

 覚えてるんだ。さすが委員長頭良いな。

「水、食料の問題もあるし、どこかで踏ん切りをつけないといけないわね」

「踏ん切りねぇ……」

「戦うなら、コンディションが良い内に戦うしかないでしょ」

「まあ、それはそうなんだが……このままだと勝てるかな? どうも、あの皮膚、魔法的防御があるよな。刃が通らない」

「確かに厳しいわ。ミノタウロスに勝てるのは、相当な高位冒険者と言われてるわ。……アレスさん位のね」

「アレスさん、あれに勝てるのか」

「現役の冒険者だった時、ミノタウロス倒したことあるって言ってたわ。アレスさん、強力な魔剣もっているのよね。多分、ミノタウロスの魔力防御を打ち破れるんだわ」

 うーむ、どうしたもんだか。

 立ち会って、何とか体に剣を当てるくらいは出来るだろう。

 だが、魔力耐性が打ち破れないから殺しきるような傷を与える事が出来ん。

 

『おい』

 俺の内側から呼びかける声がする。フィスタルだ。

『解決策があるじゃろ?』

 聞こえないなぁ。

『貴様が死んでは困る。もう一度わしに体を貸せ。さすればミノタウロスの一匹や二匹倒すのは、赤子の手をひねるが如く簡単なことだ』

 ……赤子の手をひねるのはめちゃくちゃ難易度高いと思うぞ。そんなこと出来るサイコパス世の中そうそう居るのか?

『屁理屈こねるな。どうじゃ、命は惜しかろう?』

 やだね。

『何故じゃ? 一度も二度も同じじゃろう。死んでは意味が無いぞ。貴様の道連れにわしという偉大な存在が消滅するなどあってはならぬ』

 いや、分からんけど、なんか、嫌な予感がする。

 強いて言えば勘だ。

『勘て……また、そういう理性的でも論理的でもない思考に頼る。そういう行き当たりばったりだからこういう目に遭うのだぞ。ほれ、期間を一日と契約すれば良かろう? おぬしとわしの契約で嘘はつけない。それは知っているだろう?』

 感覚的に気持ち悪いからなあ。まあ、やめとこう。

 俺はフィスタルに伝わらない様に考え続ける。

 このマナに満ちた世界でこの半年、魔法と触れあって理解できてきた。俺がこいつに支配で打ち勝ったのは、あれは俺の世界だったからだ。こちらの世界で体の主導権を渡すのは不味い。例え契約で縛っても、だ。どこに落とし穴があるか分からない。危険すぎるな。


「危険すぎるな」

「でも、打って出るしかないわ」

 ノエルが顔を上げた。

「まあ、このままヒキコモリしててもジリ貧だからな。けど、勝つ目の無いバクチはする気ないぜ? 何か倒せそうな目算はあるのか」

「あるわよ」

 ノエルはじっとこちらを見た。

「けど、それにはスズノスケに命かけて貰わないといけない」

「それで勝ち目が出るなら構わんぜ」

『考えなしに言うな。いのちをだいじに』

 武者修行の旅の途中の冒険者だぜ、俺は。

 まずは話を聞こうじゃないか。

「私が持つ、最大の攻撃魔法を打ち込むわ。魔力耐性を突破してダメージ与える自信はあるんだけど……。でも、詠唱に時間が掛かるのよ。その間……」

「打ち合って、食い止めればいいんだな。ノエルに行かないように」

「そういうこと。それと、もう一つ。その魔法を使ったら、私は全魔力を使い果たすから、完全に戦力外になるわ。その魔法が通じなかったら終わりよ」

 ふむ、アレの防御力を打ち破る魔法、持ってるのか。まあ、委員長ノエルが言うなら本当だろう。

「了解、それでいこう」


 しばらくは仮眠を取ることにした。

 ノエルは睡眠を取って、魔力の回復に努めている。寝ているときの方が回復が早いのだ。

 おれはじっと座って体力の回復に務める。眠りはしない。

 ミノタウロスは入ってこれないだろうが、他に何か出ないとも限らないのだ。寝ずの番は必要だろう。

 ノエルは祖母の形見だというマジックバッグの端っこを枕にして、小さな寝息を立てている。どこででも寝れるのは冒険者の資質だ。

 可愛い顔して、神経は図太い。広いおでこに三つ編みの委員長的な風貌に違わず、口うるさいのだが、思い切った決断も出来る。

 確かに冒険者ギルド期待の若手エースなんだろう。

 よく、俺と組んでくれたもんだ。

 とっくにギルドへの義理を果たす期間は過ぎていると思うのだが、それでもコンビを続けてくれている。自惚れでなければパーティメンバーとして認めてくれてるんだろうか。

 穏やかに上下する胸を眺めている間に時は流れていく。


 目を覚ましたノエルは、すっきりとした顔をしている。

「大丈夫か?」

「結構回復したわ。行けるわ」

 俺もばっちり体力も気力も回復した。

 俺たちはノエルの記憶を頼りに支道を来た道を逆にたどりメインの巨大な坑道へと戻った。

 二人並んで入り口に向かって歩いて行く。

 このまま、入り口まで出なければいいんだけどなぁ……。あの牛さんが、この地点より奥側に戻っていてくれれば、会わずに逃げ出せる。


 たが、そうは上手くいかない。うん、そんな気はしていた。

 まあ、目撃情報があるんだからあいつは坑道から出たりしてるんだろうな。

 坑道を出口に向かって歩くと、ひときわ大きなホールに出た。

 高さも幅も奥行きも数十メートルある、その部屋と言うにはあまりに大きな空間の出口側に、奴は居た。

「呪文が完成するまで時間稼ぎ頼むわよ」

「ああ。……だが倒しちまっても構わんのだろ?」

『おま。そういうフラグを』

 ノエルは一瞬、きょとんとした表情を浮かべてから、微笑み、

「出来るならお願い」

 そう言うと、杖を高く掲げ、呪文の詠唱を始めた。

 黒い巨体がこちらに向いた。

 こっちを、見た。


 俺もミノタウロスに向かって走り出す。

 相手は魔物だ。細かい駆け引きは通じない。

 俺は走りながら抜刀し、ミノタウロスに斬りかかる。

 ダメだ、浅すぎる。胴に当たったが刃が通らん。

 目が合う。そいつが嘲笑った様な気がした。

 次の瞬間、俺の頭に向かって振り下ろされる斧。

 俺は斧の横に刀を打ち付け、斧の方向をずらす。

 かろうじて、俺の体の横を抜けた斧が地面に突き刺さる。

 手が痺れる。

 いや、むりむり、これはダメだ。

 ぶっちゃけ、圧倒的に生物として格が違いすぎる。

 打ち合いと言えるだろうか。嵐のような乱撃がくる。

 一方的な防戦。

 一つ間違うと即死の綱渡り。

 フィスタルに取り憑かれてから、精神集中というか脳の制御が格段に容易になった。体感時間が引き延ばされている。

 一寸の見切り。わずかに避ける目の前を死の塊が通り抜ける。


 しかし、何とか凌ぐだけならしばらくは。

 ミノタウロスには剣術も駆け引きもない。ただひたすらその膂力にまかせて斧を振るっている。

 だが、人間相手ならそれで充分なのだ。

 くそ。

 まだか?

 背後から聞こえる古代語の長い詠唱、そしてマナのうねり。

 ミノタウロスがノエルの方を見た。

 気付かれた?

 こいつ、魔法という存在を知っている!

 行かせない!

 守り重視だった戦法を攻撃重視に切り替える。

 途切れることなく、打ち込みつづける。

 奴の斧を力のまかせに打ち、出来た隙間から強引に腕や胴に切りつける。

 ろくに傷もつかないが、痛くないこともないのだろう。

 鬱陶しそうだ。

 くそっ。

 これ、攻め続けて、体力の切れるときが最後だ。

 もう持たない……。

 息切れしそうになった、その時、ノエルの力ある言葉が響いた。

雷槍サンダースピアー!!!】

 この巨大な空洞を天井から床まで貫く巨大な光の柱が生まれた。

 轟音。

 炭化したミノタウロスだった物が崩れ落ちる。

 倒した、のか?

『うむ。自分の魔力を残さず絞りきって全て雷に変えて叩きつけたな。綺麗な発動だ。A評価をやろう』

 上から目線だな。お前はどっかの先生か。ま、学校に行ったらノエルが優等生なのは間違いない。

「疲れた……わ」

 そう言ってノエルは崩れ落ちた。

「おい、大丈夫か」

「体が動かせない。だるい……」

『マインドダウンだな。保有するマナを一気に全て絞り出すとこうなる。魔法使いには良くある事だ。

 まあ、わしはなったことないがな』

 得意げな声が脳内に響いた。

『ほれ、せっかくのミノタウロスだ。取れる物はとっとしまえ』

 それもそうだ。

 幻想器官を開き、探査する。

 炭化した胴体らしき部分の胸、左寄りマナ結晶がある。ざっくりと刀で裂いて取り出す。

 大きい。それに強い高品質なマナを感じる。今までで見た中で最高だ。これは良い儲けになるだろう。

 俺は、マナ結晶や鞄をポケットに放り込むと、ぐったりしたノエルを背負って、出口へと歩くいた。

 歩きながら、さっきの戦闘を思い返す。

 ミノタウロスを倒した巨大な魔法の雷が脳裏に焼き付いていた。

 あれが……魔法か……。



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