第30話 廃鉱山のモンスター その2
赤く
ミノタウロスがこちらに向かってくる。その堂々たる威風は今まで狩ってきたモンスターとは別物だ。
気丈にもノエルが呪文を唱える。見るからにパニクっているが、呪文や魔力の構成が乱れることはない。
さすがだな。
ノエルの放った炎の矢がミノタウロスの上半身に突き刺さる。
しかし、ミノタウロスは速度を緩めることすらせず、こちらに迫ってくる。
まるでダメージを受けている様子はない。
『ミノタウロスは高い魔法耐性を持っている。半端な魔法はダメージが通らん』
「くそっ」
俺は前に走り出てノエルとミノタウロスの間に入る。
ミノタウロスが斧を振りかぶる。
巨大な斧が
いや、こんなのと打ちあえるか。
まともに受けたら吹っ飛ばされる。
急所に一撃入れたいが、リーチが違いすぎてやっこさんのノドや頭なんかに届く気がしない。
ふむ。
小兵が大きく上背に負ける相手をするなら……。
「小手ぇぇっ!」
横殴りに振るわれた斧を紙一重でかわし、その腕を刀で切りつけた。
おしっ、入った! そう思った瞬間はじかれた。
堅い。
刀に魔力は通しているのに、切りつけてもかすり傷しか与えられていない。
魔力で切ることが出来ない。これが魔力耐性か。
今までのモンスターとは格が違う。
『じゃから、そんな原始魔法だけじゃいかんと言ってたのに。貴様の強大な魔力を持ってすればミノタウロスを倒す魔法などいくらでもあるのに』
生き延びたら他の魔法をもう少し真面目に勉強するよ。
少しステップバックして距離を取る。
「ノエル、何か目くらましになる魔法は?」
振り返りもせず呼び掛ける。斧に行きがちな目線を、ミノタウロスの全体を眺めるように意識する。
「分かったわ」
ノエルが呪文を唱える。
『霧の魔法だ。視界が途切れるぞ』
辺りが一瞬でホワイトアウトする。一メートルも見渡せない深い霧が突然現出した。
これなら!
俺は、くるりと反転し一目散に駆け出す。
霧の中でから、現れるノエルがおでこ。びっくりした表情のノエルをすくい上げて、肩に担ぎ上げて走る。
「ちょ、ちょっとっ」
「三十六計逃げるにしかず。文句は後で聞く!」
少しして、背後から追いかけてくる足音。
くそ。走るのは少し自信があったのだが、向こうの方が早い感じがする。
ノエルが肩に担がれた不安定な体勢のまま呪文を唱えた。
「スズノスケ、もう少しで霧の魔法の効果が切れる」
坑道の壁近くを走る。確かここらに……。
見つけた!
俺は、来る途中にいくつか見かけた細い横穴の一つに飛び込む。
ここでやり過ごす。
俺の意図を察し、ノエルが明かりの魔法を消した。
息を潜めて暗闇の中、耳だけに集中する。
走る大きな足音が近づいてくる。
ミノタウロスの荒い息づかいさえ聞こえそうな最接近。
気づくなよ。
ミノタウロスの足音が通り過ぎ、遠ざかっていく。
ぷはぁ、と息を吐く。いつの間にか息を止めていたみたいだ。
「行ったな」
「そうね。そろそろ降ろしてくれない? てか、どこ触ってるのよ」
「おっと失礼」
ふむ。静香先輩に及ばないがノエルもなかなか。
ノエルを降ろす。
どうするかな。
「取り敢えず、この横穴の奥に行ってみましょう。入ってこれないでしょうし」
「そだな」
確かに、取り敢えず、ミノタウロスがうろついているメインの坑道から離れたい。
だが、この暗闇で移動するのは。
「明かり、付けるか? 明かりが届く範囲に居たら気づかれるぞ?」
まだ危険な気がする。しかし、こう真っ暗では……。
どうしたもんかと考えていると、横でノエルが呪文の詠唱を始めた。
『ふむ。この呪文構成は……珍しい呪文知っとるな』
フィスタルが感心するくらいだ、やはりノエルは勉強家なんだろう。
ノエルの掌が俺の目の上に置かれる。
魔法が流れ込んでくる。抵抗せずに受け入れる。
突如、視界が開けた。
世界がモノクロに映し出されている。
白黒写真のように中に居るようだ。
だが、一寸先も見えない暗闇より百倍マシだ。
俺は頷くと、立って歩き始めた。
「どれくらい持つんだ、これ?」
「一日くらいかしら」
ふむ、魔法は便利だな。
『なら、もう少し真剣に勉強しろ』
気が向いたらね……。
支道は奥に行くにつれ、枝分かれし、時に狭くなり、時に行き止まり、今のところ都合良く別の出口に通じてそうな気配はない。
行き止まりか……また、戻るのか。
このまま闇雲に歩いても駄目だな。
どうしたもんだか。
その時、ふと、空気の流れをほおに感じたような気がした。
確かリュックのポケットに。ごぞこそとリュックをあさる。くくりつけられた静香先輩の御守りが揺れる。
「あった」
ライターを取り出す。
「何それ?」
カチッという音と共に火がともる。
「え、火魔法? でも、今マナの動きを感じなかったんだけど……」
炎が揺らいでいる。
「こっちだ」
ライターの炎の揺れを頼りに、入り組んだ分かれ道を進んでいく進む。
だんだんと、流れを強く感じる様になる。
「風だ」
「行きましょう」
自然と歩みが早くなる。
「は、ははは。まあ、こういうこともあるか」
俺は通路の行き止まりの小さい部屋の天井を見上げた。
風は吹いているのだ、天井に向かって。
直径20センチほどの穴が真上に向かって空いているが、とても人が入っていける大きさではない。
「通風口だろうなぁ。こういう空気の流れを作らないと、酸欠になるだろうし」
「さんけ……何?」
「んにゃ、なんでもない。休憩にしよう」
体力的に魔法使いのノエルの疲労は俺より酷いはずだ。
ノエルは頷くと、壁に寄りかかって座り込んだ。
期待が大きかっただけにテンションがだだ下がりだ。
俺はローブのポケットから水袋を出して渡す。
ノエルは胡乱げな表情でローブを見たけど、何も言わずにごくごくと水を飲む。
その横にあぐらをかいて座り込む。
いかんな。俺も結構疲れてる。
ポケットから数少ないチョコレートを一枚取り出し、半分に折って片方をノエルに渡す。
かぶりつく。
それを見てノエルも一口かじる。
「甘い……」
表情がほころんだ。
うん、腹が減っては戦ができん。
しばらく休憩していると人心地ついた。
「確認するけど、あれ、ミノタウロスだよな。オーク退治に来たはずなのに、なんでこんなモンスターが居るんだ?」
「知らないわよ。ミノタウロス退治なんて、もっと大きなチームを組むとか、高位な冒険者がやる仕事よ」
ノエルの返事も少しやさぐれた感じ。
「高位冒険者向け、ね。簡単で美味しい依頼のはずだったのにな。
オーク退治するだけで大金が入る美味しい話が……」
……そんな美味い話が……。
「そいや、ノエルはこのクエストの依頼書見た?」
ふと聞いてみる。
「何言ってるのよ、ギルドの奥の部屋でギルドマスターから直接受けた仕事じゃない。張り出される前だったんじゃない? 見てないわ」
そうだよな。おれも見てない……。
ま、いいか、どうでも。
何にしても、ここを生き延びなければ!
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