第29話 廃鉱山のモンスター その1

 依頼を果たし、街に戻った俺たちは、冒険者ギルドに毒消しポーションの件で怒鳴り込んだ。

 ノエルの剣幕にアレスがタジタジとなっている。

 人目を気にしてか、再び奥の部屋に通された。ギルドの喧噪の届かない音のしない静かな部屋。

 アレスさん、ノエルに平謝りである。

 ギルドに来るまでは割と俺も怒っていたんだが、何かノエルが俺よりすごく怒ってくれていたので、逆に落ち着いてしまった。

 もちろんポーション代金は返して貰った。

 しかし、ノエルがアレスさんに本気でこんなに怒るとは。アレスさんの前ではちょっとだけ猫をかぶってた感じだったのに。

 少しアレスさんもびっくりしている。

「毒消しポーションの件はホント、悪かったって。いや、薬効あるはずだったんだが……ほら、ポーションの棚を間違えたみたいなんだ。勘弁してくれ」

 あー、ローラさんが持ってきた時かあ。じゃあ、まあ、許そうかな……。 

「何言ってるんですか。謝罪だけじゃ済まされないですよ。今回の件についてはギルドへの貸しです。何か便宜をはかってください。具体的に。すぐに」

 ノエルはまだ、遠慮なくグイグイ行くらしい。しっかり者である。

「分かった。お詫びと言っては何だが、俺の権限で凄く割のいい仕事を廻そう」

「割のいい仕事?」身をのりだす。おいしい話は大好きだ。

「オーク退治だよ」

 まあ、俺も腕を上げたし、ノエルと一緒なら苦戦することはないと思うが……ギルドの掲示板を見る限りオーク退治の報酬はそれほど高くはないはずだ。

「オークですか……それ本当においしいんですの?」ノエルも怪訝そうな表情。

「ああ。廃鉱山の坑道に数匹のオーク退治が住み込んだらしい。間の悪い事に、ちょうど、その廃鉱を鉱山として再開できないか検討中らしいんだ。だが、住み着いたモンスターを退治しないことには試掘も出来ない。

 大きな金の動く話だ。緊急クエストの割り増し料金がつく。驚くなよ、依頼主から預かっている報酬はベネテ公国金貨十枚だ」

「え!」ノエルが声をあげる。

 驚いているようだ……が、えーと、ベネテ公国金貨って?

『まあ、価値の高い金貨だ。改鋳するたびに金の含有率が下がっているこの国、西ローニ王国の金貨と違い、ベネテ公国金貨は信用が高い。普通に買い物する通貨として使うには両替しなくてはいけないがの、纏まった金額のお金を持ち歩くには、価値のある金貨が一番よい』

 あー、この世界のお金重いしかさばるからなあ。でも、異次元ポケット付きの黒ローブ持ってる俺にはそれ程メリットなくない? 重さも体積も関係無く持ち運べるから。

『そうじゃな、それを持っている幸運を感謝せい。空間魔法のかかった魔道具というのは貴重なんじゃよ。

 ふむ……重い銭の輸送な……金を稼ぐなら、冒険者でモンスター退治するより、そういう商売した方が儲かりそうな……』

 相変わらずおまえは何言ってるか良く分からん。

 ノエルがこっちを振り返った。

「スズノスケ、どうする?」

「その依頼、お得なんだよな?」

「ま、オーク退治にその金額はビックリするほどお得ね」

 そこで、アレスが口をはさんだ。

「ただ、受けるなら今判断して、出来ればすぐにでも向かって貰わないと困るぜ、お二人さん。

 大急ぎ、それだけが条件だ」

 ま、お得な依頼なら良いだろ。

「おっけい。受けるよ」

『……相変わらずあんま考えとらんなぁ……ちゃんと考えて行動せんと、いつか痛い目みるぞ。手遅れかもしらんが』

 考えて、ねぇ。

 そういや、考えなきゃいけないことがあったよな。

 アレスの顔を見ながら、声を潜めて聞いてみる。

「それで、例のマナ結晶と商人の件はどうなった?」

 アレスが顔をしかめる。

「こっちも子爵に探りを入れてるところだが、なかなか難しい。結局、問答無用で証拠をつかむなら、例の偽装した商人が来たところを捕まえるしかないだろ。あの領主の館の内部で信頼出来る人間でも居れば良いんだがな」

 脳裏に、館で会ったひげの隊長の顔が浮かんだ。

 そう言えば、再開の約束は果たされてないな。飯おごってもらえるはずなんだが。


 翌朝早々、馬を駆り、地図を頼りに北に向かう。おいしい依頼だが、唯一の要求条件が至急と言うことだしな。

 依頼について考える暇もありゃしない。

『暇があっても考えんだろうが』

 この町から東西に延びている通称「北街道」にでてしばらく進み森のそばを抜け、平原を進み、そこから分かれ道を北へ。今は使われていない古い街道が人気の無い荒れ地へと続いていく。

 くだんの鉱山が掘り尽くされてから、この古い街道を行き来するものはなくなったそうだ。

 一日進んでいくと、山の手前、街道の横に小さな小屋があった。猟師か何かの休憩の為の小屋だろう。日も傾いて来たので、せっかく屋根があるのでそこで一泊する。

 翌朝、日の出と共に小屋をでる。岩山が近づいてくる。

 遙か大昔に掘り尽くされ、完全に廃鉱になった鉱山。

 坑道の近くに放棄され無人の廃墟がある。かつて、鉱山が生きていたときには拠点として栄えていた鉱山町らしい。

 そのうち、坑道の入り口が見通せる一軒、辛うじて屋根が残る崩れかけた家の厩に馬を繋いで坑道の入り口に歩いていく。

 坑道は想像よりずっと大きかった。人が6、7人並んであるける。高さも高い。ここら辺なら馬に騎乗したままでも楽に入れそうだ。

「随分、大きい穴だなぁ」

「まあ、小さい坑道じゃ、オークなんて入れないしね」

 考えてみりゃそうだな。オークは人間よりずっとでかい。

 坑道の入り口で、ノエルが呪文を唱え、灯りをともした。ノエルの杖を中心に周囲が柔らかな光に照らされる。

 地下に広がる坑道網は深く、縦横無尽に広がり、まるで迷宮のようだ。

 メインの坑道は広いが、途中途中に、小さな側道がある。側道の方にはオークは入り込めないだろう。人間もしゃがまなければ入れないような横穴もある。

 俺たちは曲がり角や分かれ道の度に、壁面に印をつけて深く深く潜っていく。

「ちょっと予定外に広いわね。道間違えないか不安だわ」

「糸巻きでも持ってくれば良かったな。入り口のとこに糸を結んで来れば」

 ノエルの前に立って歩く。光は先の方で暗闇に飲まれ見通すことは出来ない。

 寒い。

 食事のための休憩の時、ノエルが自分の荷物からケープを出して羽織った。

「準備がいいな」

「まあ、防寒具は一応ね」

 うーむ、防寒具か……少し考えたすえ、リュックから黒いローブを出して着ることにする。

 うん、ま、あったかいなこれ。

『じゃろう、自慢の一品なんだ。乗馬の敷物にするのはやめるのだ』

 再び歩き始めてから、ノエルが沈黙に耐えかねた様に話始めた。

「ここ、どう見ても廃鉱よね……。なんで、そんな大金だしてまで、緊急にオーク退治しないといけないのかしら」

「知らんが……まあ、楽に儲かるなら良いや」

『……少しは脳みそを使え。使ってないの頭の中まで筋肉になるぞ。美味い話には裏がある。美味すぎる話は胡散臭い。これ、どこの世界でも常識だろう』

「美味すぎる話は胡散臭い、ねぇ……」ぽつりと声に出る。

 ノエルが顔をしかめた。

「胡散臭いって、ギルドを通した仕事よ? 個人の直接依頼じゃあるまいし。ギルドを通した仕事で胡散臭い話なんて来るのかしら」

 うーむ。冒険者ギルドってそんなに信用できるのか?

『さてなぁ。冒険者など、所詮食い詰め者、命の惜しくない連中の集まりだ。それを束ねるギルドは大きな権限を持つが……結局、信頼出来るかどうかは中の人間次第だろう。

 おそらく、ノエルには信頼に足る人物が居たのであろう、冒険者ギルドに』

 アレスかな……。

『それから、あのヘントの街の冒険者ギルドが信頼出来るとしても、依頼してくる者や情報を持ってくる人間が信頼出来るとは限らんぞ』

 まあ、ノエルが昔からずっと世話になってるギルドだ、その情報を突然疑う必要もないだろう。

『……いやいや、やはり情報というのは可能な限り多角的に精査しなければいかん。

 疑わずギルドの情報を信じた結果……そこに居るぞ……』

 立ち止まる。洞窟の奥、魔法の光に照らされた大きな影。

『あれはまずい。逃げろ』


 それは、黒くうずくまる小山のよう巨体だった。

 ゆっくりと立ち上がった、それは、人を遙かに超える大きな体。

 上半身は人に隆々と盛り上がる筋肉に覆われ手には巨大な斧を持ち、下半身は二本脚だが毛皮に覆われ蹄を有する。

 そして、その頭は雄々しく角を生やした牛頭であった。

「み、み、ミノタウロス!」

 ノエルが目を見開いた。

 咆吼が響き渡った。


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