紙片二束半
真花
紙片二束半
選民意識を持つのに必要なことは多くなく、誰か権威にお前は別格と言われればよい。しかし彼はそんな言葉は貰っていない。次の方策は己だけに価値があることで左右に勝つことだ。しかし彼はそんな勝利を味わったことはない。ならば、自分の信じる勝者との連帯に埋まればこと足りる。しかし彼にそんな仲間はない。
およそ比肩以上の他者を要する選民意識の持ち方では説明は出来ない。
「じゃあ、どうやって彼はあんなに偉そうに人を攻撃するのに悦に入ることが可能になっているんだ?」
逆さまなのだ。二つある。それを知るにはまず他者と自己の位置を比較する図を描かなくてはならない。この横線がゼロとして、通常の自己がこれぐらいで……
「もどかしい」
他人に引き上げられることなく、勝手に伸びた自尊心を持つ者が居る。彼に相応しくない自尊心だ。これは最初からその高さにあり、全ての人を見下す。そして自尊心を満たす程の能力を手に入れることは永遠にないので、その自尊心は傷付き続ける。それが攻撃になる。
「病ということか」
病と言えば彼の行為を受容可能だろうか。きっとそうはならない。だからこれが病気かどうかは脇に置く。そういうシステムだと言うことだけがある。
もう一つが、先に攻撃がある場合。人をバカにして責めることを繰り返す内に、実際は相手にされてないだけなのに、黙認したと決めつけて、選民意識が伸びてくる。
「自分のことすらよく把握出来ないおバカさんでそうなってる人はいるな。彼もそうかも知れない」
愚かさがループしてそこから出られなくしているとも言える。本人にその気があれば改善の余地がある。だがその気はほぼ見つからない。その気は通常他者との関わりの中で生まれるのだが、彼はその他者に実質無視されるから。
「今日はいつにも増して辛辣だね」
乱痴騒ぎの後の静寂が腹の中身を吸い出している。
「彼が嫌いなんだね」
嫌いだ。
「殺したい?」
死ねばいいとは思うが殺人はしたくない。
「人生から排除したい、んだね」
そうだ。
指を一本立てる。どの指でもいいと言うと人差し指と親指が半々で大半を占める。薬指を立てるのはちょっと自分に酔ってる。彼にそれを試したとき、中指を真っ直ぐ立てた。もちろんこっちに背を向けて。
「ふさわしいのはコレだろ? もっと考えて口聞けよ」
長い付き合いだったが、これでおしまいにしようと決めた。なのに、彼は人生から決して消えないで付いてくる。つまらないと切って捨てられない苛立ちが募る。募る。募って暴力になろうとしている、すんでのところで止めている。
関係なしに乱痴騒ぎはする。誰も彼もが酔うために酔い、騒ぐために騒ぐ。何も残らない。その使い捨て感が愛おしい。時間と体力と金とモラルと健康をドブに捨てることこそが爽快だ。だけど、終われば必ず寂寥感の時間が来る。睡眠でやり過ごせればいいのだけど、起きてしまう。
ところで君は誰だ。
「彼ではないよ。どうだい、取り引きをしないか。彼を消すよ。君のように言う人間がもう二十を超えた。知っていたかい? 二十ってのは裁きに於いては無視出来ない数字なんだ」
法曹界からの使者なのか? しかし裁きとは裁判で決まるもの。訴えなど何もしていない。ただ彼の成因について考察しただけだ。いや、消えて欲しいとは言ったか。
「もうちょっと上ね。政治よりもさらに上。まあ、信じなくていいよ。神様だ」
神の存在の有無については結論を出せない。必要ないとも思う。存在していてもしなくても信じる人は信じる。
「引き換えにはそうだね、君が今日一心不乱に書き連ねていた紙の束、二束半でどうだろう」
あれに彼を消すのに足る価値があるのか。もしそうならあの紙はかなり高値で売れることになる。そうなのか? 彼に人一人分の価値があるのか? 人体一つ分のか?
「価値のバランスなんて要らないよ。そもそも価値にバランスを付けようとしたのは人間だろ? 僕はそんなことはしない。引き換えを要求するのも人間に倣ってのことだよ。どちらかと言うと君が目を覚まして、あの紙片を探すことを期待している。なければ交渉成立だ。しばらく彼とは離れた方がいい。巻き添えがあるかも知れないから」
目を覚ますと騒ぎの後の真ん中で、裸で寝ていた。
服より先に、紙片を探した。くまなく、じっくり、時間を掛けて。でも、見付からなかった。
どうしようと思うよりも、これでよしの考えが先に立った。探すのをやめる。
三日後彼は首を吊った。良心の呵責も罪悪感もない。死にそこそこ不慣れな筈なのに動揺は一切なかった。思っていたよりも怒っていたようだ。紙片二束半の命。要するにゴミと等価交換した。神様は価値のバランスはないと言っていたけど、釣り合いを考えてしまう。
論考をどれだけ重ねても行動ひとつの方が強いことが殆どだ。中三日だけど次の乱痴騒ぎしよう。
(了)
紙片二束半 真花 @kawapsyc
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