なつかしい匂い

 甘い匂いがする。


 どこかなつかしい、クリームの匂い。


 雄太は公園のベンチに座って、空に浮かぶ雲をぼーっと眺めていた。


 広い敷地の中心にこれまた大きな池が鎮座していて、水が噴水から音をたてて池の水面に降りそそぐ。


 背後の木々から差し込む穏やかな陽光。


 隣のベンチに座っているアベックを横目に見ると、手のひらサイズのシュークリームを食べている最中だった。


「ん、おいしー!」


「俺、ここのシュークリーム好きなんだー」


 楽しそうに談笑する二人。


 ——なるほど、あれか。


 彼らが手にしたシュークリームを見て、雄太は匂いの正体に気が付いた。


 駅前に広がる大きな池のある公園。


 そこから一歩外に出れば、そこにはショッピングモールをはじめとする様々な店舗が並んでいる。


 その中に小さなケーキ屋があった。


 十年以上前、雄太がまだ、小学生の頃。


 彼はよく、母親と一緒にそのケーキ屋に訪れた。


 店の扉をあけると、ショーウィンドウの中に様々なケーキが並んでいる。


 いちごのショートケーキ、栗がのったモンブラン、光沢のあるチーズケーキ。


 その中の一番目立つところに、シュークリームが置かれていた。


 雄太はいつもそのシュークリームを頼んだ。


 もの凄くおいしいというわけでもない。


 ——ただ、なんとなく好きだったのだ。


 空を見上げ、「あの雲おいしそうだなあ」とつぶやいていると、公園のトイレから彩香がゆったりと近づいてきた。


「なあ彩香、腹減ってないか?」


「ううん、へーきだよ?」


「そっか」


 ゆっくりと立ち上がり、彩香のほうを見やる。


 ——ちょうど、このくらいの頃だったか。


「なあ、昔俺が好きだったケーキ屋がまだやってるらしいんだけど、ちょっと行ってみないか?」


「ケーキ屋さん?」


「そう、といってもシュークリームがおいしいんだけどな」


 雄太は彩香の目を覗きながら、ニカッと笑った。


 彩香は目を輝かせ——


「彩香、シュークリーム好きだよ!」


 嬉しそうにうなずいた。


 木漏れ日の差し込む公園をゆっくりと歩く、雄太。


 木々の中から鳥の鳴き声が聞こえてくる。


 彩香は雄太をせかすようにはしゃぎながら走った。

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何気ない日常 宰太郎 @tsukasa_taro

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