イレヴンジャスティス ~誰もこの打ち切り漫画の物語の結末を知らない~

サンボン

イレヴンジャスティス ~誰もこの打ち切り漫画の物語の結末を知らない~

「……ハッ!?」


 何故かは分らんが、突然、俺は前世の記憶を思い出した。


 そうだ、俺は此処とは違う、“地球”と呼ばれる星の世界で生きていたんだった。

 其処では、最後の時を大勢の孫や曾孫に囲まれて、八十八歳で大往生したんだ。

 うーん……今思い返せば、平凡ながらも幸せな人生だったな。


 ……少なくとも、今の状況よりは。


「ハッハッハ! 我等“イレヴンチルドレン”は、帝国に戦線布告すると共に、国家として独立を宣言する!」


 そう宣う軍服を着た身長が一四〇センチ前半のちみっ子こそ、この現世で俺が所属する組織“イレヴンチルドレン”のリーダー、“ファン”である。


「……フン、何を馬鹿な。たった十一人で何が出来るというのだ」


 そして、対峙しているのは皇帝“ヴンデス=フォン=ムルテン”。

 俺達十一人の宿敵である。


「何が出来るかって? 貴様等帝国が僕達の身体を好き放題に弄ってくれたお陰で、何だって出来るさ。例えば、帝国を滅ぼすことだって……ね!」


 ファンがそう言い放つと、いきなりその姿が視界から消えた。

 すると、皇帝の後ろに控えていた側近の一人が吹き飛び、突如現れたファンが皇帝の首に軍用ナイフを突き付ける。


「ほう。今この場で儂を屠るか」

「まさか。貴様がこの程度で簡単に死ぬようなタマじゃないことは知ってるよ」


 その言葉通り、今度は皇帝自身がその場から姿を消し去った。

 だが、これはファンの能力とは違い、どうやらホログラム映像だったようだ。


「フン、まあ良いさ。精々首を洗って待ってるんだね。みんな、行くよ」

「ま、待て!」


 ファンが合図すると、俺達は戦術型空中移動要塞“ヴォル=ドラグーン”(俺達は単に“船”と呼んでいる。ファンは「正式名称で呼んでよ!」とプリプリ怒るが)のタラップへと向かう。

 だが、帝国がそれをただ見逃す筈もなく、大勢の帝国兵が俺達の元へと殺到する。


「ロック」

「応」


 俺たちの仲間の一人、“ロック”が、迫り来る帝国兵の前へと立ち、床に手を翳す。


「【ヴォルガニックウォール】」


 すると、床から巨大な壁が出現し、帝国兵の行く手を阻む。

 その隙に、俺達は全員船へと乗り込み、降ろしていたタラップを引き上げた。


「ヴォル=ドラグーン緊急浮上! 直ちにこの空域を離脱する!」

「はい!」


 この船の“動力源”である“ヴォラン”がファンの指示に返事をし、船の出力を上げると、凄まじい加速で離脱した。


 ◇


 先程まで皇帝をはじめとする帝国と会敵していた帝都を離れ、一先ずの危険は去った。


 さて、やっと余裕も生まれたので、俺はゆっくり頭を抱えて整理するとしよう。


 此処は、科学と魔法が融合した世界、“ユグドラシル”。

 世界征服を企む帝国は、人道を無視した人体実験により、“無敵の兵士”の研究を進めていた。その結果、試作型としてそれぞれ特殊な能力を持つ十一人の子どもの改造に成功した。


 そう、それが俺達“イレヴンチルドレン”だ。


 その後、主任研究者の一人であるヴンナー博士の善意によって、俺達は帝国の隙を突いて脱出し、世界各地に散り散りに別れた。

 そして、それから六年が経過した今、リーダーのファンは帝国への復讐を図るため、再び俺達と船を集め、今日の宣戦布告と相なった訳だ。


 だが、俺は前世からこの世界を知っていた。

 そう、この世界は、かつて前世で毎週買っていた、国民的少年雑誌で連載されていた漫画と全く同じだったのだ。


 その漫画のタイトルは『イレヴンジャスティス』。


 初めてその漫画を目にした時は、ダサいタイトルだな、と思ったもんだ。

 そう思いながらも、俺はその漫画を最終話まで読み続けた。だってこの漫画ツッコミどころが多すぎで、逆に気になるんだもん。


 例えば、主人公のファンが妙に偉そうな話し方をしてるかと思ったら、素だと普通に会話してるし。会話に中身ないし。突然「僕の右腕に封印されし邪神が」とか右腕を押さえて言い出すし。厨二か。


 他にも、タイトルとか登場するキャラとか能力の名前とか、やたらと“ヴ”を使いやがる。ていうか、バ行全部“ヴ”で表現してるし。

 多分、カッコイイとか考えてるんだろう。うん、作者が厨二なんだな。


 そんな感じでツッコミながら読むのが、当時の俺のトレンドだったんだよなあ。

 そうして『イレジャス』(俺はそう呼んでいた)を毎週欠かさず読んでいた俺は、当然、結末がどうなるか知っている……かと言えば、実は全く分からない。


 何故なら、『イレジャス』は某国民的少年雑誌史上歴代最速の、たった十二週で打ち切りになったからだ。

 当然と言えば当然か。新連載の回以外、何時も雑誌の最後に載ってたし。

 で、その最終回は、丁度帝国に対して宣戦布告をした場面。うん、さっきの状況がまさにそれ。


 という訳で、俺は今、先行きが不透明過ぎてメッチャ不安なんですけど。


 まあ、今後どうするかは一旦置いといて(現実逃避)、先ずは、漫画を読んでいた時からの疑問について解決していこうと思う。


 ◇


 俺は“イレヴンチルドレン”の面々を、船の中央にあるデッキへと招集した。


「ねえ“ライト”、急に召集ってどういうこと? しかも、普通召集を掛けるとしたら、リーダーである僕がするべきだよね。何で「黙れ」……はい」


 抗議の声を上げるファンに対し俺は一喝すると、ファンはシュン、となって俯いた。


「ひい、ふう、みい……全員いるな。さて、みんなに集まってもらったのは他でもない。俺達のこれからについて、だ」

「だから、そういったことを仕切るのはリーダーである僕の役目だよね? 何でライトが「黙れって言ってるだろう。埋めるぞ」……すいませんでした」


 全く、さっきから話の腰を折りやがって。


「で? これからについてって、何? 今更ビビっちゃったの?」


 俺達十一人の紅一点である“レフティ”が蔑んだ目で俺を睨む。


「はあ……じゃあ言わせてもらうがな。お前等、これから帝国とどうやって戦っていくつもりなんだ? 俺達は十一人で帝国の全国民、五千万人を相手するんだぞ?」

「ハイハイハイ!」

「何だ、ファン」

「そりゃ勿論、僕達の能力で「ハイ却下」……グスン」


 ファンがべそをかきながら引き下がった。


「大体、俺達の能力と言ったって、全員が全員の能力を把握してる訳じゃないだろ。特に、俺なんか加入したの、最後から二番目なんだぞ? 大体ロックの能力ですらさっき見たのが初めてだっての」

「じゃあさ、じゃあさ! 今からみんなで能力について自己紹介すれば良いんじゃないかな!」

「お前が初めからそれをしてないからこういうことになったんだろうが!」

「ごめんなさい……」


 俺に怒鳴られ、またもやファンがすごすごと引き下がる。学習しろ。


「まあ、そういう訳だから、取り敢えず一人ずつ言ってみ? その上で判断してやる」

「何よ偉そうに! 私達“イレヴンチルドレン”のリーダーはファンであってアンタじゃないんだからね!」

「ああハイハイ。で、レフティの能力は何なんだ?」


 レフティが突っかかって来たので適当にあしらったら、膨れっ面をして外方を向いた。


「そういうのはいらないから。早く教えろ」

「うっさいわね、そんなんだからモテないのよ。私の能力は【ヴリリアント】、敵を香りで操る能力よ」


 ほう、口煩いが、能力はなかなか優れてるじゃないか。だけどモテないは余計だ。俺の周りに偶々女の子がいなかっただけだ。ちくせう。


「それで、その能力はどれ位の人数を操れるんだ? 操る奴は指定出来るのか?」

「うーん、人数に関しては香りを嗅いだ奴なら全員だけど、指定までは出来ないわね。それと、この能力にはちょっと欠点があって……」


 説明を聞く限り、確かに操る対象は指定出来ないかもしれないが、“香りを嗅ぐ”という条件だけで操れるんだから、欠点という程じゃないと思うんだがなあ。


「うーん、それで、その欠点というのは何だ?」

「その……ちょっと臭うのよね……」


 ? ますます意味が解らんぞ?


「臭う? 何言ってるんだ、香りを嗅がせて操るんだから、臭うのは当然じゃないか」

「違うの。そうじゃなくて、その……………………………………………………臭いの」

「は?」


 ん? コイツ、今何て言った?


「スマン、聞き間違いじゃなかったら、その……臭いっていうと?」

「言いたくない……」

「そ、そうか……」


 レフティは目に涙を溜めて俯いた。見ると、拳を握ってプルプルしてる。

 ……うん。これ以上聞くのは止めよう。


「そ、それじゃ次は……」

「じゃ、じゃあ僕が……」


 そう言いながら、ヴォランがおずおずと手を挙げた。


「いや、お前の能力は把握してるから別に説明しなくても良いぞ」


 そう、ヴォランは『イレジャス』第二話から第十話にメインで登場した、ファンの最初の仲間だ。

 つまり、残り二話で無理矢理最終回になったんだが、お陰で第十一話と最終話は前世の俺の中で死してなお伝説となっていた。ツッコミが追いつかなくて。


「あれだろ、ほら、“乾電池”だろ?」

「ち、違うよ! 僕の能力は【チャージヴォルト】だよ!」

「ほら、やっぱり“乾電池”じゃねーか」


 コイツの能力は、身体から電力を放出するって能力で、この船のエネルギー源に成り下がってる。

 しかも、電力を使い切ると八時間以上寝ないと回復しないから、“乾電池“又は“リチウム電池“と俺が勝手に呼んでいた。


「ち、違うから……そんなんじゃないから……僕は、僕は……うう……」


 何かブツブツ言ってるけど、放っといて次行こう、次。


「じゃあ“ライヴァ”と“レフヴァ”は?」

「「んー、オイラ達は【ヴレインヴレイク】だね」」


 双子の二人は、息ピッタリに能力名を告げた。“ヴ”が二個もある。言いづらい。


「で、それはどんな能力なんだ?」

「「これはねえ、オイラ達から出る電磁波に挟まれると、脳にダメージを受けるんだ」」


 ほう。これはなかなか使える能力じゃないか?

 だが、さっきのレフティの件もある。安心は出来ないな。


「具体的にはどうなるんだ?」

「「アホになる」」


 何だそれ。


「……アホになるとどうなるんだ?」

「「アホはアホだよ」」


 ヨシ、次行こう。


「次に“トップ”だが、お前は?」

「オレは凄いぜ! 何つってもオレの【ヴンダーカマー】は、相手をグワってしてガツンと入れてヴァンッてしちまうんだ!」


 長身のトップは、自慢のリーゼントを整えながら自信満々に言い放った。


「言ってる意味が全然解らん」

「何で解んねえんだ! だから、ガッとしてドカンと入れてヴァシッてするんだよ!」


 ダメだコイツ。恐ろしく説明が下手だ。天才肌に多いらしいが(バカだけど)。


「次だ次。“セントラル”は?」

「フッ、俺か? 俺の能力は【漆黒の闇の暗黒】。かつて“邪龍ヴルヴラッド”との死闘の末手に入れた、呪われた力だ……」

「さすがです! 師匠!」


 ふむ。これはアレだな。


「コノヤロウ」

「痛っ!? 何をする!?」

「やかましい! お前の所為でファンが厨二になっちまったんだぞ! 反省しろ! オマケに何だその能力の名前! それ、“頭痛が痛い”よりも酷いぞ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!? ああもう! 【ヴリリアント】!」

「一度性根を……って、クサッ!?」


 頭にきてセントラルをシバいてたら、突然悪臭が俺を襲った。


 何だこの表現するのも憚れるような、床に零れた牛乳を拭いて洗わずに一週間置きっぱなしにしてあった教室の雑巾みたいな臭いは!?


「ふう……何とか収まったようね……」


 レフティ、お前か。

 しかし、恐ろしい能力だ。絶対この力を使わせちゃダメ、ゼッタイ。


「と、取り敢えず、次行こう。“ヴァックス”はどうなんだ?」

「……拙者の能力は【ヴァリアヴルヴレイヴヴレイド】だ」


 とうとう“ヴ“が五つも出てきた。


「ほ、ほう……それはどんな能力なんだ?」

「……この世界の“核”に拙者の生命力の全てをぶつけ、世界を破壊する能力」

「よし、お前は能力は一生使用禁止」


 何でコイツだけヤバい能力持ってんの!?

 おかしいジャン! いきなりノリ違うジャン!


「さ、最後に“エスジージーケー”、お前の能力は?」

「あっ! 僕、まだ言ってな「黙れ」……はい」


 俺の一喝で、ファンは部屋の片隅に向かうと、体育座りしてメソメソ泣き出した。


「フン、俺の能力は【スーパーセーヴ】、ペナルティエリア外からの攻げ「よし、これ以上喋るな」」


 危ねえ……スレスレのところを攻めるんじゃねえよ……。訴えられたらどうすんだ。


「ハア……これでどうやって帝国と戦争するんだよ……泣きそう」

「ハア!? アンタ偉そうなこと言って、それじゃアンタの能力は何だってのよ!」


 レフティが堪らず啖呵を切るが、論点ズレてるぞ。


「フウ……俺の能力は【ダヴル】、俺が触った相手の能力をコピーすることが出来る」


 だが、コピーしたい能力なんて、この中じゃファンとロックくらいしかいねえ。


「ハア!? 偉そうに言っといて、アンタは他人の褌で戦うわけ!? 呆れてものも言えないわよ!」

「女の子が“褌”とか言わない。はしたない」


 だけど、俺の能力って結構凄いと思うんだがなあ。前世だったら絶対チート呼ばわりされてるぞ。


「結局アンタが一番役立たずね! 大人しく部屋の隅で体育座りしてなさい!」


 はあ、しょうがないなあ。

 まあ俺は、十歳の時に帝国の研究所で出逢った女の子を助けたかったからメンバーに加わっただけで、ハブられても別に気にはしないんだが。


「……ほら、もう泣くなよ。取り敢えず、俺と一緒に体育座りするか?」


 そう言うと、俺は部屋の隅で膝を抱えるファンの頭をポンポンと撫でてやる。

 すると、たった今まで泣いていたのが嘘のように、にぱー! とはにかんだ。


 こういうとこ、“あの子”に似てるんだよなあ。

 ま、だからコイツに付き合ってる部分もあるんだが。


 兎に角、先行き不安だけど、頑張ってみるか。


 ◇


 “イレヴンチルドレン“が帝国に宣戦布告してから二年。


 十一人の少年少女は帝国と一進一退の攻防を繰り広げ、遂に宿敵、ヴンデス皇帝を倒した。


 その後、帝国は混乱の中、穏健派の第二皇子のクーデターにより次期皇帝であった皇太子を追放。帝国はこれまでの軍国主義から平和主義へと大きく舵を切った。


 そして、イレヴンチルドレンと帝国は和解。

 イレヴンチルドレンは正式に国家として認められ、十一人は遂に望んでいた安寧を手に入れた。


 なお。


 ライトが気に掛けていた女の子が、実はファンだったことが判明。(“僕”と言っていたのでライトは勘違いしていたが、単にボクッ娘の女の子だっただけ)

 そして、ツンデレを拗らせてこれまでライトにきつく当たっていたレフティはファンの正体を知り、ライトを巡ってファンと醜い争いを繰り広げることになるのだが、それはまた別のお話。

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