荒野の戦士アグニ──それは幼女という名の物語
@yuyuyu3
第1話ハードボイルド()幼女
砂漠のど真ん中だった。
迸る閃光。
荒野を徘徊する生ける戦闘兵器の一つ──リビング戦車の銃撃と砲撃を浴びた武装レイダー達が、次々に血霧へと変わっていく。
悲鳴を上げる暇もなくだ。
重機関銃の叩きだす12・7ミリ弾を食らったレイダー達の五体が、一瞬でバラバラに砕け散る。
文字通りのミンチだ。
銃弾に引き裂かれた腕や脚、散乱する鮮血と臓物、頭蓋骨を砕かれて中身を飛び散らせた頭部。
主砲から発射される砲弾が、レイダー達を周囲もろとも吹き飛ばしていく。
気が付くと、全てのレイダー達が全滅していた。
ほんの数秒の出来事だった。
ストップした戦車が、マルチスコープを回転させて残りのレイダーがいないか、辺りを確認する。
そして生き残りがいないことを確かめると、ホバータンクが再び発進しようとしたその時、
突然、盛り上がった砂から小さな人影が現れた、
リビング戦車が、機関銃のマズルブレーキを人影に合わせようとする。
だが、行動は人影のほうが速かった。
人影の左腕から伸びた紡錘型のバイオプラズマキャノンが、瞬時に戦車の装甲を撃ち抜く。
リビング戦車に直径七〇センチほどの風穴をあけた青紫色のフラッシュ。
次の瞬間、生ける戦車は炎と黒煙を噴き上げたかと思うと、耳をつんざくような轟音とともに爆発した。
どうやらエンジンに引火でもしたようだ。
砂塵にまみれながら、人影は空を見上げた。
照りつける灼熱の陽光、揮発する鉄錆めいた血臭、そして肉片に集る虫達。
徐々に薄れていく砂煙、そこに立っていたのは、まだ幼い少女だった。
目鼻立ちの整った端麗な容姿をした紅髪黒眼の右腕の肘から下が、銃器で出来た少女だ。
少女はレイダー達の亡骸に近づくと、無言で見下ろした。
あと数時間もしない内に死体は、群がってきた獣達が、肉片、骨のひと欠片残さず胃袋に収めてしまうだろう。
少女は砂に埋もれたサングラスを拾い上げると、それを掛けた。
「……今日も暑くなりそうだな」
低い声で少女──アグニはそう独りごちた。
心の中で(よし、決まったなっ)と、ドヤ顔でガッツポーズを取りながら。
戦闘が途絶え、レイダーも戦車も散った荒野、ただ一人生き残ったハンターだけが、静かに佇むその姿。
これこそハードボイルドであり、ダンディズムというものだ。
数分ほどポーズを取っていたアグニは、愛用のホバーバイクに跨ると、街へと帰還した。
**
立てつけの悪いスイングドアが、風に揺られて蝶番を軋ませた。
ギイギイと鳴る耳障りな音、それから複数の足音が聞こえてきた。
静まり返っていた酒場が、少しばかり賑やかになる。
アグニがカウンターでウォッカを飲んでいると、客の一人がちょっかいをかけてきた。
いつものことだ。
特に見慣れぬ客ほどアグニに絡みたがる。
「へへ、お嬢ちゃん、こんな所で何してんだい。パパとママはどこにいったんだ?」
下卑た笑みを口元に浮かべた二十歳そこそこのアバタ面のゴロツキが、からかうような口調で言う。
「悪いが絡むなら他の奴にしてくれ。今日はひとりで飲みたい気分なんでね」
「ヒャヒャッ、言うねえ、お嬢ちゃん。ナリは小便臭えガキだが、イッパシを気取ってるってか」
ゴロツキが大声で笑いながら、アグニの肩に手を置いた。
この手のバカはどこに転がっている。
それこそ吐いて捨てるほどだ。
ここで張り倒してやってもいいが、短気は損気だ。
同じ手を出すなら、カッコよく手を出したい。
それが人情というものだ。
「……三秒以内に肩から手を離しな」
視線を動かさずに警告するアグニ。
それに対し、ゴロツキは「いやだね」と、アグニを侮るように言った。
次の瞬間、アグニの拳がゴロツキの肝臓辺りにめり込んでいた。
肝臓は人体の急所だ。
ここをぶん殴られると、大の男でもぶっ倒れる。
床に崩れ落ちるゴロツキ──ゴロツキの仲間の一人が、ホルスターの銃を掴んだ。
アグニが、振り返らずにショットグラスを後ろに放り投げる。
銃を掴んだ男の顔面にヒットするショットグラス。
酒場に沈黙が流れた。
「悪いがもう一杯注いでくれ、こいつのツケでな」
床に倒れたゴロツキを顎をしゃくりながら、アグニが新しいグラスに酒を注がせる。
「それにしても見ねえ顔だが、大方どこぞのモグリだろうさ。それにしても馬鹿なやつだね。お前さんにちょっかい掛けるなんざ」
老爺のマスターが、ショットグラスにウォッカを注ぎながら相好を崩した。
「悪いな、オヤジ。面倒ごとを起こして」
「何、いいってことよ。元々はこいつらが悪いんだ。酒場の清掃代は後でこいつらから頂くさ。
それよりもアグニ、お前さんに依頼が来てるよ」
「依頼?」
「ああ、ちょいとばかし面倒な仕事なようだがね。でも、ゼニのほうは弾んでくれるとよ。前金で二割、残りは仕事が終わってからだと」
アグニがショットグラスの酒を軽く呷ると、リトルシガーに火をつけながら言った。
「詳しく話を聞かせてくれ」
**
街路にたむろするストリートチルドレン達が、通行人から食べ物をねだっている。
垢じみてやせ細った腕を突き出し、何か食べられるものをくれと喘ぐような声でねだっている。
だが、通行人はストリートチルドレンの腕を振り払い、足早に立ち去って行った。
この街ではありふれた光景だ。
サトミは車の防弾ガラスからそんな孤児たちの様子を黙って眺めていた。
枝分かれする路地裏に入り、運転手が五分ほど走った先にある酒場の裏口に横付けすると、車をストップさせた。
「サトミお嬢様、ここが例の酒場です」
「ここがそうなのですか……」
まだ昼間だというのに薄暗い路地──路端には薄汚れた身なりのジャンキーが、虚ろな視線を地面に向けて座り込んでいる。
サトミはボディガード用ドローンとともに車から降りると、酒場の裏口から店内へと入っていった。
**
「あんたが依頼者か」
声を掛けられたサトミは、三秒ほど言葉に詰まった。
強化ガラスのサングラス、素肌にフィットしたメタリックブラックのビキニアーマーを着た紅髪の子供。
リトルシガーの煙をくゆらせながら、ショットグラスに注がれたテキーラを掲げる幼い少女。
「あの……あなたがアグニさんなんですか?」
「そうだ。俺がアグニだ。それともお嬢さん、俺がアグニじゃ、何か困るのかい」
リトルシガーの灰をアッシュトレイに落とし、アグニがショットグラスに口をつける。
「いえ、ただ……」
「少しばかり驚いたっていうんだろう。なんせ、このナリだからな。それで俺に頼みたいっていうのは」
サトミはいつの間にか、アグニの雰囲気に呑まれていた。
見た目は幼女だが、その風格は歴戦のツワモノだ。
多少、芝居がかってなくもないが、世間知らずのお嬢様特有の鈍感さも手伝い、サトミはそこまで気が回らなかった。
「……行方不明の兄を探してほしいのです」
「あんたの兄さんをかい?」
「ええ、そうです」
「最後に生存が確認された場所と日数はわかるか」
「連絡が途絶えたのは一週間前、場所は北にある旧第四遺伝子実験センター……」
「ディープワンズ・ビルか」
「はい……」
「あんたの兄さんは何故、ディープワンズ・ビルに潜り込んだ。その目的はなんだ?」
「新種のDNAサンプルの採取です」
「まあ、大方そんなところだろうな。あそこに行く目的といえば」
アグニが新しいリトルシガーを咥えて、ジッポーライターで火をつける。
(旧第四遺伝子実験センターか……一攫千金を狙うバイオハンターは多いが、でも金持ちがなんでまた……
他のハンターには任せられないほど重要なものがあるのか……あそこに?)
リトルシガーの紫煙を吐き出しながら、アグニは考えた。
大戦以前に建造された旧第四遺伝子実験センターは、主に遺伝子組み換えの実験と研究を目的としていた施設だ。
もっとも現在では、施設は閉鎖されているが。
旧第四遺伝子実験センターは、主に魚介類のゲノム編集を扱っていた。
養殖魚の更なる流通と発展、より安価に魚介類を食卓へ。
それがこの施設のコンセプトだった。
厳密には施設が出来上がった当初のだが。
通常の十倍の速度で成長し、三十倍の大きさになるロブスターやカニが開発され、当時の庶民達は喜んでいたらしい。
それまで高級とされていた食材が、安く手に入るようになったからだろう。
だが、国際情勢が悪化し、世界中に戦争の火種が燻ぶりだすと、この実験センターは軍事兵器の開発施設に転用された。
気候変動と地殻変動との重合現象、新型ウイルスの蔓延、石油コンビナートや原子力発電所を狙ったテロ行為、世界恐慌、地震災害、軍によるクーデター。
先進国でも内乱が勃発し、そうしている内に瞬く間に世界中に戦火が広がった。
核を含んだあらゆる兵器が使用され、多くの人々が地上から消え失せた。
流れるように主だった先進国の政府は崩壊し、国家は破綻、荒廃した地上は、いつしかウエストワールドと呼ばれるようになった。
これが古いデータに残されていた旧時代滅亡の顛末だ。
旧第四遺伝子実験センターは、その当時の名残である戦争用に開発されたクリーチャーがうろついている。
おまけに閉鎖されたはずの旧第四遺伝子実験センターは、自動的に活動を始め、今でも新種の化け物たちを製造しているのだ。
それから人々は、この遺伝子実験施設をディープワンズ・ビルと呼ぶようになった。
「……それで報酬についてだが」
黙っていたアグニが、不意に報酬について切り出す。
「それなら五万生貨を用意しております。前金で一万、どうでしょうか」
「五万か。悪くないな」
今の相場だと二〇〇〇キロカロリーに一日に必要な栄養素を含んだ携帯食が、一パックで六十生貨辺りか。
スラムの労働者の二日分の稼ぎが、大体そんなところだ。
そして平均的なハンター達の年間の稼ぎが約三万生貨だと考えると、この報酬は破格と言えるだろう。
その分、かなり危険な仕事になるだろうが。
だが、リターンにリスクは付き物だし、一々そんなことを気にしては、この稼業は務まらない。
「では、受けてもらえますか?」
「ああ、その依頼、受けよう」
「コーヒーはいかがですか」
その時、会話を挟むように人工知能搭載型コーヒーメーカーが、二人に声を掛けた。
「ええと、すいませんが私は紅茶派でコーヒーはちょっと……」
「俺はテキーラを飲んでる最中なんだ」
「なるほど。でしたら紅茶入りコーヒーとテキーラ入りコーヒーはいかがですか。比率はコーヒー99%、紅茶とテキーラが1%ずつで」
コーヒーメーカーが二人に食い下がってくる。
「それだとただのコーヒーだろう」
「いいえ、違います。それぞれ紅茶とテキーラが添加されたコーヒーです」
「今はいらないな」
「私も遠慮します……」
「では2%ずつではどうでしょうか」
「しつこいぞ」
「では3%、いや、4%ならどうでしょうか」
こうしてコーヒーメーカーとの間で、押し問答が続いた。
コーヒーメーカーは、何としてでも二人にコーヒーを飲ませたかったのだ。
誰かに自分の淹れたコーヒーを飲ませること──それが人工知能を搭載したコーヒーメーカーの存在意義であり、レゾンデートルだからだ。
「いや、やっぱりいらねえ」
にべもなく断られ、コーヒーメーカーはついに癇癪を起こした。
ヒステリックにわめきながら、ふたりに罵声を浴びせる。
その様子を始終眺めていたボディガード用ドローンは、コーヒーメーカーに設置された液体が溢れそうになっているジャグ目掛け、無言で発砲。
けたたましい音ともにガラス容器が砕け散り、辺り一面、コーヒーの海に染まった。
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