第3話ハードボイルド()幼女3


半魚人の顎から脳天へと突き抜けるスラッグ弾──卵の殻のように砕けた頭骨に混ざって、中脳と小脳が壁と天井に飛び散った。


頬に付着した鮮血をイズクが手の甲でぬぐい取る。


通路の両脇から押し寄せる数体のクリーチャー、挟み撃ち状態だった。


閃光とともにクリーチャーどもを次々に貫く、アグニのバイオプラズマキャノン。


接近するイカの頭部を持った人型クリーチャーの脇腹にビームサーベルと突き刺すと、アグニが胃袋を十二指腸ごと切り裂く。


すでに三十体以上は始末したはずだ。


「よしっ、今だっ」


出口側通路のクリーチャーどもをあらかた片付けたアグニが、イズクに叫んだ。


それからふたりは一気に突っ切った。


アグニが、スタングレネードを仕掛けたリトルシガーを、背後から迫るクリーチャーの群れに放り投げる。


時間稼ぎだ。


クリーチャーどもの網膜を灼くスタングレネードの発する激しいフラッシュ。


轟く大音量が、二人の鼓膜を震わせた。


それから十秒ほど走っていると、地上へと続く脱出口が見えてきた。


一部の床が、腐食のせいで崩落して出来上がった穴だ。


穴は大人二人分ほどが、ようやく通り抜けられるスペースだろうか。


アグニはすぐに天井目掛けてワイヤーを撃ち込んだ。


そのままイズクの腕を掴むと、左腕に仕込んだナノチューブワイヤーを一気に巻き上げる。


空中に浮きあがり、地上へと昇っていく二人の身体。


ようやく地上フロアに這い上がり、ふたりはため息を一つついた。


「とりあえず、ここまでくれば一安心だ」


いつものように余裕の表情を浮かべ、リトルシガーを吹かして見せるアグニ。


実際は、フロア探索にイズクをかばいながらの多数のクリチャーとの戦闘で、少々くたびれていたのだが。


だが、そんなことはおくびにも出さず、アグニは不敵に微笑んで見せた。


それがダンディズムであり、プロフェッショナルというものだからだ。


そう、やせ我慢もプロの仕事の内だ。


「ああ……本当に助かったよ……ここから生きて出られるなんて」


「気を抜くのはまだ早いがな。とりあえずガイストシティに戻るとするか。あんたの妹が首を長くして待ってる」


サングラスのフレームを指で押しやりながら、アグニがイズクに言う。


「ああ……そうだな。僕もサトミに早く会いたいよ」


アグニに同意するように、イズクは頷いて見せた。


それからふたりは、外に停めておいたホバーバイクに跨ると、素早くシフトアップする。


一気に跳ね上がるホバーバイクの回転数、荒野の乾いた砂埃を蹴散らしながら、ホバーバイクは猛烈な勢いで一直線に突き進んだ。


呻くような風の音をバックにして。


その音を聴いたとき、イズクは改めて自らの生を実感した。


こすれ合う砂の間から顔を覗かせるトカゲ、転がるタンブルウィード、そして、小さな背中をしたこの砂礫(されき)の戦士。


バイクミラーに映った無表情なアグニの横顔──イズクは心の底から美しいと思った。


さあ、目指すはガイストシティだ。




**




黒に染まった空から降り注ぐ、濁った赤い酸の雨が、ジャンクタウン全体を濡らした。


老朽化した建物のひび割れた壁に背を向けているドラッグディーラーと売春婦が、目を合わさずに愚痴をこぼしあっている。


サトミから報酬を受け取ったアグニは、けだるげにリトルシガーを吹かした。


懐はあたたかい。


バラッグ小屋を通り抜け、真新しいウイスキーボトルの入った袋を揺さぶる。


ボトル内で波打つウイスキー、良い音がした。


消毒用エタノールにカラメルを混ぜて水で薄めたまがい物とは違う。


本物のウイスキーだ。


と、その時、アグニの視界が地面に横たわった全裸の少女を捉えた。


生き倒れか。


今のご時世、別段珍しくもない。


ガイストシティでは、毎日のように餓死者が出ている。


大方、この少女もそんな類のひとりなのだろう。


それでも何となく気がかりだった。


あるいはただの気まぐれか。


アグニは倒れた少女を抱え起こすと「大丈夫か」と、声を掛けた。


無言で首を振る少女、激しく衰弱している様子だった。


表情から血の気が失せている。


アグニはボトルの封を切るとキャップを開け、中身を口に含んだ。


そして少女の唇に自らの唇を重ねると、口移しでウイスキーを飲ませる。


気付けだ。


少女は素直で飲んでいった。


アルコールのおかげか、頬が僅かにだが紅潮し、血の気を取り戻し始めている。


「自分の名前は言えるか?」


「……わからない。私は……誰なの?」


虚ろな視線をむける少女──アグニは黙って少女を抱きかかえると、自分の住処へと足を運んだ。

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