第4話幼女は少女を拾う

少女はベッドの上で目を覚ました。


ここはどこなのか。


上体をゆっくりと起こし、辺りを見回す。


殺風景な部屋だった。


「よう、目が覚めたか」


声のしたほうへと振り返る少女。


そこには、黒いインナーを身に着け、Tバックを履いた紅髪の小さな女の子が立っていた。


「……ここはどこ?」


テーブルの上に置かれた二つのショットグラスにウイスキーを注ぎながら、紅髪の幼女が答える。


「俺の隠れ家さ。それよりも気付けに一杯どうだ。混ざりものなしの本物のウイスキーだぜ」


幼女の差しだしたショットグラスを黙って受け取りながら、少女は幼女を見つめた。

                                 ・

「俺のナリが気になるのか?まあ、こんな子供のボディだからな。本当、元の身体が恋しいぜ」


そう言いながら、幼女が琥珀色の液体に満ちたグラスを傾けた。


「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はアグニ、ところであんたは誰だ?」


「……わからない。何も思い出せないわ……私は誰なの?」


「記憶喪失か。頭を打ったか、それともドラッグか。まあ、そのうち思い出すかもしれない。気長に待つんだな」


「……私、これからどうすればいいの……名前も家もわからないなんて……」


「まあ、ここにいたけりゃ、好きなだけいてくれてかまわない。御覧の通り、何もない部屋だがね」


そんなアグニの言葉に、少女がかすかに微笑んで見せる。


「ありがとう。あなたって優しいのね」


そんな少女にグラスの中身を味わっていたアグニが、軽くウインクした。


「ああ、よく言われるよ」



アグニと記憶喪失の少女との奇妙な同居生活が始まったのは、それから間もなくのことだ。


アグニは少女にベスという名前を与えた。


暇なときはベスに銃の扱い方やハッキングツールの使い方、それから様々なデバイスの操作方法などを教えた。


「それじゃあ、行ってくる。帰りが遅くなるかもしれないから十分用心してくれ。

それと、出かけるときは、必ず偽造IDタグとサブマシンガンを持っていくんだぞ。

ここらは、女の身体を刻みたがる変質者や頭のイカレたジャンキーに、カルトの狂信者がうろついてるからな」


「わかったわ。アグニも気を付けてね」


「あいよ」


それからアパートメントを出ると、アグニはL字路を曲がり、隣の区画まで足を運んだ。


その途中で、顔見知りの行商人や露店の主達が、アグニに親しげな雰囲気で挨拶してくる。


まだ十歳にも満たないような外見のアグニは、しかしこの界隈では間違いなく顔役のひとりだった。


このジャンクタウンの小さな女王(クイーン)。


それがアグニのもう一つの顔だ。



**



この酒場のオヤジとの付き合いは、アグニがガイストシティにふらりと現れて以来になるが、馬が合うのか、今でも良好な関係が続いている。


見た目の年齢は、六十代後半から七十代前半ほど。


この世界で、その年齢まで生き残る人間は極めて稀だ。


よほどの幸運と技量、そして知恵のない限りは。


イーグルスの<ホテルカリフォルニア>が流れるジュークボックスを横目で見やると、アグニは赤いビリヤードボールをキューで弾いた。


「古き良き時代の曲か。なんだか懐かしくなってくるな」


グラスを磨いていた店主が、そんなアグニにチャチャを入れた。


「お前さんの爺さんの爺さんの爺さんのそのまた爺さんが、まだ種にもなってない時代の曲だぜ」


「遺伝子情報って奴だ。俺の中で眠っている遺伝子が、古い記憶を思い起こして懐かしがってんのさ」


「なるほどねえ。所でアグニ、お前さん、良い顧客を捕まえたみたいだな」


「あの兄妹のことか。顧客というよりも兄貴のほうに好かれたみたいでな」


「それなら精々、大事にするこった。金離れの良い客は離さない。それが商売の鉄則ってもんだぜ」


「ああ、ご忠告感謝するぜ、オヤジ」


他のハンター達の吹かすタバコの煙が、そこかしこで漂っている。


合成ドラッグとアルコールに酔いしれながらも、噂話や情報交換に余念がない様子だ。


「所であの例の連続殺人鬼、また賞金額が吊り上がったぜ」」


グラスの底を覗きながら、店主が言う。


「ほう、いくらだ」


「一万二千生貨ってとこだな。まあ、スラムの連中はともかく、いくら下級とはいえ、税金納めてる市民を六人ばかし殺したとなっちゃ、それくらいにゃなるか」


「浮浪者や孤児なら、いくら殺しても誰も見向きもしないがな」


ボールを突くのにも飽きてきたアグニは、キューをビリヤード台に置くと、リトルシガーを咥えて火をつけた、


「まあな。誰かに守ってもらうか、それとも自衛するか。どっちもできない奴はくたばるしかねえ」


肩をすくめて見せる酒場のオヤジ。


「旧時代じゃ、人の命は平等だと説いていたらしいぜ」


けだるげにリトルシガーの煙を吐き出しながらアグニが言う。


「そんなもん、今時、カルトの狂信者でも信じる奴はいねえな。少なくともこの街じゃな」


確かにその通りだ。


このガイストシティでは、都市に対して、なんら貢献しない人間は、その存在を認められない。


何かしらの技術や生産手段を持つ者、特に何も持たないが職のある者、税金を納めている者、街の面倒ごとを処理してくれる者。


貢献自体は何でもいい。


一番わかりやすいのは税金を納めることだが、代わりに技術でも物資でも労働力でも、とにかく、シティの発展に繋がるものを提供すればいい。


だが、何ら都市の発展に寄与しない者──貧民窟の住民や浮浪者、孤児が典型的だが──は虫けらのように扱われる。


それこそホームレスやストリートチルドレン狩りは、むしろ増えすぎるスラムの虫けらを間引きできるというので、黙認されていた。


快楽殺人症のサイコキラーやサディストの変質者やらすれば、最高の娯楽になりうるわけだ。


もっとも、その手の連中は弱い者いじめ専門で、少しでも強そうなやつには手を出さない。


奴らにとっては、自分より弱い人間をいたぶることが無上の喜びだからだ。


だから武器の無携帯者や、ひ弱そうな病人に無抵抗者、それと子供が狙われることが多い。


アグニも射殺した孤児や、ナイフで首を切り落とした浮浪者の死体を並べて、悦の入った薄ら笑いを浮かべてる奴を何人も見たことがある。


思わずヘドを吐きそうになるような連中だ。


もっとも、そういう奴はあまり長生きできないのもこの世界だ。


調子に乗って暴行した相手の中には、ギャングと繋がりを持った人間が混ざっていたりもする。


ギャングやマフィアの管理する娼婦や、情報屋に運び屋、あるいは上納金を払っている奴などがそうだ。


自分たちの組織に利益をもたらす人間を殺した奴は、報復として制裁する。


それがギャングの流儀になっている。


だからあまりいい気になっていると、手痛いしっぺ返しを食うわけだ。


だからといって、生き延びる方法がないわけでもない。

                  ・・・

手っ取り早いのは、その組織に対して、損害分を賠償すればいい。


稼ぎ頭に手を出した場合は、とんでもない金額をぼったくられることになるが。


だが、悲しいことに、わかっていても奴らはマンハントをやめることができない。


麻薬と同じで、一度病みつきになれば抜け出せなくなる。


それはハンターも同じだろう。


金を稼ぎたいというのもあるが、中には賞金首や悪党なら殺してもいいだろうと、この稼業に身を投じる者もいる。


いつかは自分が狩られる側に回るだろうが、そんな刺激も含めて楽しむ奴もいる。


耽溺する対象が、殺しかドラッグか、その違いでしかない。


全くもって因果な商売だ。


アグニが親指と人差し指の間に出来た溝にキューを置き、台に上体を乗せてビリヤードを再開する。


すると、酒場にいた何人かのペドフィリアの気を持つ男たちが、突き出されたアグニのヒップに熱い視線を注いだ。


Gストリングのビキニアーマーを纏った幼女が、前屈みになってビリヤードに興じるというそのシチュエーションが、

彼らの男心を痛く刺激するのだ。


男、それは悲しい宿命を背負わされた生き物の別名だ。


幼女に欲情する男たちの視線をTバックに包まれた尻に集めながら、アグニはビリヤードを続けた。

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