母の中の『おんな』

冷門 風之助 

その1

『ついてねぇな。ったくよお』ベッドに横になったまま、見舞いに訪れた俺に、彼は同じことをもう何度繰り返したろう。


 彼の名前は『ジョージ』、そう、自称

”東京一のプロドライバー”である。


 運転が下手糞な俺に変わって、依頼しごとがある時には何度も俺の『足』になってくれている。


『ドライバー』といっても、決して正規の運送屋でも、タクシー運転手でもない。

 運転免許は一応フルビッター、つまり上は大型特殊二種から、下は小型特殊まで全ての免許を所持。

 頼まれればヤバイ荷物や人でも金次第で何でも運ぶ。


 本名は・・・・一応知ってはいるが、ここは伏せとこう。

 俺とはもう、いつだか分からないくらい前からの『クサい仲』だ。


 その彼が事故ったと聞いたのは、今から丁度一年前の六月の事だった。


 彼がちょっとした”訳アリの荷物”を都内から横須賀まで運んだ帰り、雨で滑った路面でハンドルを切り損ね、載っていたおんぼろのフォード・ムスタングは見事大破。

 載っていたのは”ドライバー”の彼一人、しかも真夜中だったこともあって、巻き込みもなく、怪我をしたのは彼一人だけだったのは、不幸中の幸いというべきだろう。


 しかしお陰で彼は両足を複雑骨折。三日間生死の境を彷徨さまよったが、驚異的な回復力で復活を遂げた。しかし、全治は半年という有様である。


 当り前といっては何だが、彼には家族がいない。


 お陰でICU(集中治療室)から出るまでの間は、例え長年の仲間ダチである俺であっても面会が出来なかった。


 やっと回復し、一般病棟に移された時、両脚をギブスで固定された彼と顔を合わせることが出来た。


『ついてねえな。あんなちょろいカーブでミスるたあな。俺はアメ車は好きだけどよ。今後しばらくは日本車ポンシャだけにしようって決心したぜ』


 水を吸ったスリッパみたいに腫れた唇で、彼はそう愚痴った。

『しかし思ったより元気じゃないか。安心したよ。でも依頼しごとで足が必要になった時はどうするかな。その方が心配だ』


『当分はタクシーで我慢するんだな。俺ほどのドライバーが、そうそう見つかる訳はねぇ』


 へらず口が叩けるだけ立派なもんだ。これなら思ったより回復は早いかもしれない。


『なあ、ダンナ・・・・』


 二度目に俺が見舞いに行った時、ジョージはベッドに寝たまま神妙な顔をしていった。


『こんな時に何だけどよ。頼まれてくれねぇか?』


『正式な依頼か?だったら古くからの仲間ダチであっても遠慮はせんぜ?頂くものは頂く。ギャラは何時もの通り、プラス必要経費。危険手当が必要だと判断したら四割増しだ』


『あたりめぇだ。お互いプロなんだからな』


『引き受けよう』


 俺がそう言うと、彼は驚いたように上半身をねじってこっちを見て、大袈裟に顔を歪めた。


『内容を聞かねぇのか?』

『精一杯のサーヴィスだ』

 彼はにやりと笑い、また天井を見上げ、それから話を始めた。


『実はな。お袋を探してきて欲しいんだ。』


『お袋?しかし確か・・・・』

 俺が言いかけると、彼は大きく息を吐き、眼をつぶる。


『そう、俺を棄てた女だ。だがよ・・・・』




 


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