その3

 そこは湯河原の駅から、バスで山道を揺られながらさらに1時間かかった。

 いつもならジョージに運転を頼むところだが、今は入院中と来ている。


 おまけに今回の依頼人は彼だからな。


 自分で運転をしようかとも思ったが、何せ俺は免許を持ってるくせに、もう何年もハンドルを握ったことがない。


 一人で行くならバスの方がましだと思っていたのだが、舗装されているくせに道路はまるで昭和三十年代もかくやと思えるくらいにガタガタ、おまけに乗り心地は最低だ。


 しかしまあ、これもゼニのうちだ。


 そう思って一時間、車に揺られた。


 景色だけは満点である。


 ここまで来ると本当に自然を満喫できる。

 山間の空気は澄んでいて、都会の中にどっぷりと浸かっている俺にとってはいい目の保養だ。


 きっかり1時間で、その町に着いた。


 下調べをして分かっていたが、本当に”何もない”ところだった。


 バスを降りたところに理髪店、食堂、それに用品屋、あとはコンビニ(というよりよろずやと言った方が適切かもしれない)が固まって立っていた。


 仕方ない。


 俺は食堂に入り、コーラとカツどんを頼む。


 白いエプロンをつけた四十絡みの女性が一人で切り盛りしている。


 俺は彼女が運んできたコーラをグラスに注ぐと、一応認可証ライセンスとバッジを出して、ジョージの母親が住職をしているという寺について聞いてみた。


『ああ、それならすぐですよ。ここから歩いて30分ほど行かなくちゃならないけれど』


 俺の言葉に、彼女は気さくに答え、道順を丁寧に説明してくれた。


”たった30分か”


 俺は思った。まあ、あまり自慢話は好きじゃないが、伊達に10年以上、自衛隊でメシを喰っていた訳でもない。


 しかも今回は手ぶらだ。


 百キロ近い荷物を持たされて20~50キロの道のりを歩かされたことを考えれば屁でもない。


 そう思って歩き出したのだが、歳はとりたくないものだ。


 流石に山道は堪える。


 おまけに季節はもう初夏で、梅雨を通り越して、暑さがまともに照り付ける。


 山道を登りきったところに、その寺はあった。



『寺』と聞かされていたから、静寂に満ちた古刹をイメージしていたのだが、何のことはない。


 木造とコンクリートと、モルタルの建物が森の中に混在している、その辺の民家とさして変わるところのない建物だった。


 門の前には、

『〇〇宗××山法恩寺』という山号と寺号の書かれた大きな札があり、隣には

『愛光園』という札も並べて掛けられている。

 

 ふと見ると、妙な光景に出くわした。


 門の前にたむろしている連中がいたのである。


 男女合わせて五人はいたろうか?


 目つきも服装も、お世辞にもよろしくない。

 かといって、別に”その筋”にも見えない。

 いわゆる”半グレ”という連中なんだろう。


 傍らには真黒なワゴン車が一台と、かなり古い型の日本車のセダンが一台停まっていた。


『んだよ。おっさん、何見てんだよ?』


 煙草をふかしていた男が俺がこっちを見ているのに気づくと、妙なインネンをつけてきた。


『別に』俺は素っ気なくそれだけ言うと、門の中に入ろうとする。


『おっさん、ここは通行止めだよ。用があるなら通行料を寄越しな』


 ニワトリのトサカみたいに頭を尖らせた男が、横から顔を出し、煙草の煙を俺の顔に吹きかけた。


『煙草を喫うのは自由だがな。少しは公衆道徳ってやつを心得たらどうかね?』


 俺はそいつの口から煙草をもぎ取ると、足で踏み消した。


『やろうってのか?!』


 そこにいた一同が気色ばんだ。

『およしなさい!なにやってるの?!』


 俺の襟を一人が掴んだとき、後ろで声がした。俺が男の手首をつかみねじり上げながら、声のした方に首を回すと、そこには鼠色の作務衣姿の六十過ぎと思われる尼僧が一人、竹ぼうきを持って立っていた。

 彼女の周りには小さな子供が数人おり、怯えたような顔をしてこっちを見ている。


『どんな嫌がらせをされても朱美ちゃんは渡さないって、何度も申し上げたでしょ?』


『婆ぁ!いいかげんに言うことをきかねぇと・・・・』


 俺は更に男の腕をねじり、限界までくると、そのまま足を引っかけて奴を地面に投げ飛ばした。


『野郎!』

 全員がいきり立つ。


『待ちなさい!ここはお寺の門前ですよ。暴力は許しません!』


 毅然とした声だった。


『なるほど、住職の言われるのももっともだ。無用な暴力をふるうつもりはないが、どうしてもとあれば・・・・』


『・・・・おい、行くぜ』


 俺に腕をねじり上げられた男は、顔をしかめながら立ち上がり、残りの連中に命令すると、奴らは口々に『覚えてやがれ』『朱美は必ず取り戻しにくるからな』と口々に言い、そのまま去っていった。


 連中が去って行くと、住職は子供たちに、『さあ、あっちへ行って遊んでらっしゃい』といい、俺に頭を下げた。


『どなたかは分からないけれど、有難うございました。でも、やっぱり暴力はよろしくありませんわ』

 と、笑ってみせ、

『あの、ところで貴方は?』


 俺は黙って懐から認可証ライセンスとバッジを出して提示し、

『乾宗十郎、私立探偵です。今日は住職さんに御用がありまして、東京から来ました』


 



  

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