その2

 ジョージはそのあだ名の通り、”ハーフ”だ。


 彼の父親は米軍横須賀基地所属の駆逐艦の乗組員だったという。

 名前はロバート・・・・何とか言った(ファミリーネームは忘れたらしい)。

 曖昧な記憶しか残っていないのは、一緒に暮らした経験が殆んどなかったからである。

 

 母親は横須賀の下町で小料理屋をたった一人で営んでいた女で、

 

 つまりは”内縁関係”という奴だった。


 二人がどうして知り合い、そしてジョージが生まれたのか、彼自身も知らない。

 母もそのことについて語ってくれたことはなかった。


 ただ、父親のロバートは決して悪い人間ではなく、家にやってくると何かお土産を持ってきてくれたり、一緒に遊んでくれたりしたようだ。


 薄ぼんやりとしか記憶が残っていないのは、そう・・・・彼が幼稚園に上がった時、突然亡くなったからである。


 しかもアメリカで。


 後で分かったことだが、ロバートには当時既に妻がいた。

 それで母親とは結婚できなかったのである。



 その後、母親と彼は完全な二人きりになったが、今度はその母親が彼の前から消えた。


 母親はまだ30代半ばの女ざかり、こういう場合何が起こったのか、誰にだって容易に想像はつく。


 母に新しい男が出来たのだ。


 相手の男は・・・・何者かは知らない。


 分かっているのは母より幾分年が下だということだけだ。


 彼女はある日突然、ジョージを自分の弟、つまり彼にとっては叔父にあたる夫婦の元に預け、姿を消した。


 別れ際に”いつか必ず迎えに来るからね”そう言い残して。


 彼はそれを信じて、いつまでも待ち続けた。


 だが、半年、そして一年と経つうちに、彼にもやっと判断が出来た。

”母はもう戻っては来ない”


 叔父夫婦はとても穏やかな性格の人達で、彼の事を実の子供の様に可愛がってくれたが、幸せは長く続かないものだ。


 ある日、知り合いの法事からの帰り、交通事故で呆気なく亡くなってしまった。


 ジョージは完全に一人になった。


 その後はあまり顔も知らない親類の間をたらい回しにされ、挙句は児童養護施設に入れられた。

 

 幸いなことに、そこでは特別いじめに遭ったりしたことはなかったものの、他人ばかりの中で、お世辞にも居心地は良くなかった。


 彼は誰も信じず、自分の殻に閉じこもる。


 養護施設は義務教育修了後、つまりは中学を出ると原則的に出て行かなければならない。

(昨今は稀に高校卒業までいることを許されるようだ)


 彼は15歳で社会に放り出された。


 その後、施設に来ていた篤志家の紹介で自動車修理工場で働いた。

 元々機械いじりは好きだったので、腕を上げ、認められるようになったものの、やはりそこでもお定まりの『施設出身』という壁にぶつかり、あっちで喧嘩、こっちで揉め事を繰り返すようになった。


 そうなれば落ちる先は決まっている。


 悪の道だ。

 

 人殺し以外はやれることはみんなやった。


 暴走族にも入り、警察の厄介になりながらも、車だけは好きだった。


”機械は裏切らねぇからな”


 それがその頃からジョージの口癖だったという。


 ワルを繰り返しながらも、何とか車の免許を取り、30代半ばになるまでにフルビッター、つまり全ての免許を取得。


 そして彼が選んだのが、

”ドライバー”と言う訳だ。


『お袋はもう俺とは縁のない存在だと思っていた。でもよ』


 彼はそこで言葉を切り、ため息を大きくつき、先をつづけた。


 半年ほど前、たまたま読んでいた新聞の社会面に母の事が載っていた。

 何でも今は伊豆の山間にある尼寺で住職をしながら、養護施設を経営しているという。


『会いたいのか?』


 俺が問うと、彼はまた黙った。それからまたしばらくして、


『お袋に対しては今も複雑な思いがあるのは事実だ。しかしあの時何で俺を棄てたか、その理由わけを知りたいと思うのもまた人情ってもんじゃねぇか?

 でも今はこんな身体だ。丈夫なら俺が一人で行くんだが・・・・ましてやもう何年も親子としての会話なんざしてねぇ。今更どうしていいか見当もつかねぇ。頼むよ。ダンナ、俺の代わりに伊豆まで出張してきちゃくれないか?』


 俺は椅子から立ち上がり、彼の腕を二回軽く叩いた。


『引き受けたっていったろ?ゆっくり養生してな』


 





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