その5
ジョージの回復力は驚異的なものだった。
二カ月で歩けるようになり、リハビリも順調に進んでいる。
『俺だって一匹オオカミだ。そういつまでも寝てちゃ、おまんまの喰い上げになっちまう。』
彼は冗談めかして笑ったが、強がりを言っているわけでもなさそうだった。
三カ月を過ぎる頃には、完全に車椅子からも解放され、
”この頃は便所だって一人で行けるんだぜ。でもよ、若い女のナースにあそこを摘んでもらえなくなるってのもさびしいけどな”などと、何時もの陽気さを撮り戻せるようになった。
それから三カ月ぶりに俺が面会に行った時、彼の足からギブスが外されていた。
『まだボルトがはまってんだよ。大腿骨にな。何だかロボットになったみたいな気分だ。それでも自分で自分の足を掻けるってのは、気持ちのいいもんだな』
そう言って、俺が持って行った缶コーヒーを美味そうに飲んだ。
『・・・・ところで、俺の
ふと、ジョージが神妙な顔になった。
俺は黙って傍らに置いたバッグからクリアケースに入れた書類を出す。
『報告書だ。暇な時に読んでくれ』
眉間に
『ダンナがそんな顔をするってことは、やっぱり駄目だったんだな?』
俺は何も言わなかった。
『・・・・そうか、向こうにだって向こうの事情があるだろうし、俺だって今更顔を合わせて何か言おうったって言葉が見つからねぇし・・・・済まねぇことをしたな。』
彼は毛布の上にクリアファイルを載せたまま、ふうっと大きなため息をついた。
『料金はもうちょっと待ってくれねぇか。病院の払いが終わったら、必ず・・・・』
そう言いかけた時、俺は腰かけていた丸椅子から立ち上がり、ドアの外に向かって、
『もういいですよ』と、呼びかけた。
スライド式のドアが開き、バッグをぶら下げた女性が一人入って来た。
肩まである黒髪、白いブラウス。それに赤いスカート・・・・その姿を見て、ジョージはあっと声を上げる。
『お・・・・母ちゃん・・・・・』
『ジョージ・・・・久しぶり・・・・』
彼女の目に涙が膨らみ、ハンカチで目を抑えた。
俺は身体を開け、彼女を前に通す。
彼女はジョージに歩み寄り、手を握り、
『ごめんね、ごめんね・・・・』と何度も繰り返した。
ジョージもまた、眼に涙が一杯溜まっている。
彼は少しばかり目を吊り上げ、俺を睨むようにすると、
『ダンナ、あんたも人が悪いな・・・・』
『俺だってたまにはこの位の芸当はしないとな。』
そう言って笑って見せると、彼もまた笑みを返した。
『じゃ、後は二人でゆっくり話でもしてくれ。料金の方は頼むぜ』
俺はそう言って病室を出て行った。
彼女はまだ、息子の手を握りしめ、肩を震わせていた。
その後、あの二人がどうなったかって?
さあねぇ、俺には分らん。
ただ、あれからしばらくしてジョージは退院した。
医師も驚くほどの回復力だったという。
そうして、彼はまた元の仕事に戻った。
今でも時々、車をぶっ飛ばして、伊豆の山奥にある、寺に出かけているという。
信心深いことだ。
終り
*)この物語はフィクションであり、登場人物・事件その他は全て作者の想像の産物であります。
母の中の『おんな』 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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