第3話






第参章 新入生襲来




壹。赤霜




2062年4月28日(金)放課後。

俺は一週間に一度来る金曜日というものに幸福を覚えながら、いつもの様に部室に向かっていた。

ちなみに俺の部活は何かというと、アウトドア部という部活だ。この部は名の通り登山、クライミング、キャンプやハイキングを主な活動としているがそれは休日の活動内容であり、平日のものではない。では平日は何をやっているかというと階段走や校舎の外周、近所のショッピングモールの外周走などである。と、いうのが真面目にやっている表向きのトレーニング内容だ。では本当は何をやっているのか?それは、日によってそれぞれだが、担当顧問がいない時はアニメを見たりしてトレーニングなどほとんどせずに時には遊び、時には家に帰ったりしている。すなわち我が部活は実質帰宅部であり、アニメ部であり、遊び研究部なのである。ではそんな部活行く意味がないのではないか?そう思う部活ガチ勢も少なからずいるだろう。しかしそんな事を思う奴は俺の気持ちをちっとも理解していない。そんな部活だからこそやり甲斐があるのではないか。と、ここで部員構成について説明しよう。まず、俺を含む我が2年生は総員3名の女子無し。何とその構成員はあのオタク四天王の後藤雪風、島風武蔵である。続いて3年生だが現在は実質1名。幽霊部員が一人いるらしいが、噂に聞くだけで名前すら聞いたことがない。そして他の同級生の部員が相次いで辞めると言うそんな悲惨な目にあった気の毒な3年生部員は、あの生徒会長 長澤真希波なのだ。彼女を含め以上で総員4名、それが我がアウトドア部だ。そんな状態な挙句、我が部は活動日が週3日しかないときた。土日も月に1回ある山に行く日以外はみんな休みだ。こんなゆるゆるなのだから別に行かなくても良いと思うが何せ楽しい部活だ。いかなければ勿体無いではないか。だから俺は今現在もわざわざ自分の教室から真反対な上、校舎の一番端というめんどくさいところに位置する部室にわざわざ足を運んでいるのだ。とはいえ、小走りで行けばそんなに時間のかかるものではない。

ようやく科学室に着いた。そう心の中で呟くとその科学室の前に位置する部室へと入って行く。

ガラガラと開けた扉の向こうには見慣れた顔の女性が一人机の上に座っていた。


「やあ。和真君。遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ。」


「分かった分かった。お前が物○シリーズが好きなのは知ってるから。それよりもなんでここにいるんだ?」


俺は目の前に座り込む百合恵に向かって呆れ気味にそう言うと、いちいちつけ回すなという感じに遠回しに出て行く様言ったつもりだった。しかし彼女はそんな嫌味など全く気にしない風にアニメのネタを続けた。


「このことから君が得るべき教訓は、日常には思いがけないことがつきものだと言うことだよ。和真君。」


「良い加減にしろ百合恵。ここはアウトドア部の部室だ。お前は陸上部だろ?自分の部活に戻れよ。」


強い口調で繰り返す。さて、なぜ俺の彼女への扱いがこんなに雑かと言うとそれは、ここ10日近く自宅から学校まで、朝から晩までほぼ間髪無しに付け回してくるからだ。流石にいくら付き合い始めた人間とはいえ、ここまで追いかけ回されると嫌気もさす。そんな腹立っている俺に追い討ちをかけるかの様に彼女は疑問の言葉を発した。


「え?陸上部はやめたわよ?前々から辞めたいとは思ってたのよねえ。で、今はもう私もアウトドア部だから。よろしくね。和真君。」


まあ予想はしていたことだ。金と権力でわざわざこの俺と同じクラスに融通してもらった様な奴だ。ましてや部活動なんて簡単に辞められるし、転部も容易なことだ。金と暴力がないだけマシである。それはともかく、これではほぼ24時間彼女と共に過ごさなくてはならなくなる。確かに恋人と同棲なんていうのを夢見たことがなかったわけでもないが、これは同棲ではない。単なるストーキングだ。実に迷惑な話である。


「おいちょっと待てよ!別にアウトドア部に入っちゃダメってわけじゃねえしむしろ大歓迎だけどよ、とりあえず俺をつけ回すのを辞めてくれないか?お前だからここまで許してきたものの、流石にそろそろキレるぜ?」


すると彼女は少し驚いた様に反論した。


「え?付け回す?私そんな事してないわよ?まあ確かに家が隣同士だからどうしても帰路がかぶることはあるけど流石にストーカーみたいなことはしないわよ。」


「え?…え?でも、ここ10日間くらいずっと後ろで気配が…」


彼女の表情から嘘をついている気配が全くないため、困惑しながら過去10日間を振り返っていると部室の扉に寄りかかりながら1人の人物が大きく発声した。


「それは私よ。」


「先輩!?」


突然背後から声がしたため、驚きながら声の主の方へと振り向く。それは百合恵も同じ様だった。


「長澤真希波ッ……私よ。ってあんた何平然としてるのよ!て言うか、なに勝手に私の和真君を付け回してるわけ?」


百合恵がライバル心剥き出しに先輩のことを睨めつけると、先輩は不愉快そうな表情をし何故か俺に向かって睨み返してきた。そこでなぜ俺を睨む?と少しばかり不服そうな表情を浮かべ、俺は負けずと劣らぬ眼光で先輩を睨み返した。

しかし先輩はそんな俺をそっちのけで、ハァ…とため息を吐くと鋭い視線を百合恵に向けた。


(出た。)

と俺は心の中で呟くと先輩の顔から視線を逸らせざるを得なくなった。なぜかと言えば彼女、長澤真希波がこの顔をすると必ずと言って良いほどの人間がその威圧に耐えきれず、黙り込んでしまう。そんな先輩と同等の存在感を持つ百合恵だが、流石にこの威圧には耐えきれなかったらしい。うッ…と生唾を飲み込み、額に汗を滴らせていた。しかしそんな状況でもくじけず言葉を繰り返した。


「な…なによ。そんな威嚇、私に通用するとでも思ったの?何か言いたいことがあるなら口で言いなさいよ。」


強気の姿勢を崩さない百合恵に、どこか諦めた様に先輩は再びため息を吐いた。


「やっぱり無理ね。鬼塚百合恵さん?でしたわね。あなた、この部に入部希望みたいだけど、その理由は?」


「え?理由?そ……そんなの決まっているじゃないの。和真君と…離れたくないからよ。」


そう真っ赤になりながら彼女は答えた。恥ずかしいなら言わなければ良いのに…


「そんな理由は認めないわ。もっとマシな回答を答えなさい。」


「何よアンタ。ちょっと頭が良くて顔が良くて、スタイルが良くて、おまけに超能力者だからって調子にならないでほしいわね。」


それはお前も例外ではないと思うのだが…


「とにかく、和真を関連付けた理由は却下。先生もそうおっしゃると思うわ。」


確かに。万が一入部希望の理由が「彼氏と離れたくないから。」なんて言うもので、それが先生の耳に渡った時にはもうおしまいだ。


「そうね…前々から山登りに興味があったし、ちょうど陸上部を辞めたかったからかしら?」


マジで?というか今更だけど部長に話し通してなかったのかよ。


「それならまあマシな回答ね。ではそれで先生には話しを通しておくわね。」


そこで、まるで我々の話が済むのを待っていたかの様に後藤と島風が入ってきた。


「あれ!百合恵氏が何故ここに!?」


「本当だ!和真氏!また百合恵氏を巻き込んでおるのか!?」


彼等とは仲直りはしている。それに俺と彼女が付き合い始めたこともどうやら受け入れた様だ。しかしそれでも彼女と俺が一緒にいると冷やかしをしてくるのはなかなか辞めてくれなかった。


「お前ら良い加減にしろよ。俺が原因じゃなくて百合恵が勝手にやってることばかりだっての。」


「そうなんでござるか?百合恵氏。」


四天王の二人は、落ち着いた様子で百合恵に質問をした。こんな些細なこともつい先週くらいまではあり得なかった。百合恵と俺が何かしていると必ず俺が責められるのだ。別に何も悪いことなどしていないのにだ。


「そうよ。転部してきたのも私が好きでやっていることだから、和真君は関係ないわ。」


「転部!?百合恵氏!我がアウトドア部に転部したのでござるか!?」


「そうよ。というか、その百合恵氏っていうの辞めてくれないかしら?正直虫唾が走るようだわ。」


まあ、確かにこいつらの喋り方と、他人の呼び方はいかにもオタクという感じで些か気持ちが悪いが、百合恵も百合恵で言えた様なタチではないのだ。ここ10日間程百合恵と共に過ごしてみたが彼女のオタク度は俺と同等、もしくはそれ以上だ。アニメの話をするときはいつもの育ちの良さそうな(育ちの良さそうな?どうだか)喋り方ではなく、腐女子そのものだ。まあでも、同じアニメの話ができる彼女というのは実にいいものである。


「雪風、武蔵。それと和真。今日の活動は顧問不在のためアニメ鑑賞、もしくは団欒、それ以外は帰宅しても構わないわ。どうしてもというなら別にトレーニングでも構わないけどどうする?」


先輩の呼びかけに俺たちは一瞬考え込んだ。その瞬間だった。部室の入り口でまたしても何者かが喋った。


「んじゃぁー…あっしは団欒でぇー。初めて会う諸君と話したいやん?」


「清波(きよな)!?珍しいわね!アンタが部活に来るなんて!ていうか初じゃない?」


ああ。この人が例の幽霊部員の人か。きよな?苗字はなんだろう?そんなことを考えながら紹介を待っていると、真希波先輩がこちらを見る。


「言われずとも紹介するわ。彼女は長澤 清波(ながさわ きよな)。わたしの三つ子の妹の一人だわ。歳はわたしと同じね。」


「三つ子かぁ〜珍しいな…ッて、え!?先輩姉妹いたんですか!?」


衝撃のあまり俺は口の前へと持ってゆき、今まさに飲もうとしていたお茶を危うく吹き出すところだった。他の部員も衝撃を隠しきれていない様子である。百合恵もその例外ではない。

まず先輩に三つ子姉妹がいたことが衝撃だが、更にその姉妹の一人が噂の幽霊部員である事など、初耳続きの衝撃続きだ。

それもそうだろう。理由は知らないが、先輩は自分のことについて一切話そうとはしない。ようやく聞き出せたのが彼女が超能力者であるということだけ。俺でもそれ以外は何も知らないのだ。まあ彼女も生徒会が忙しくて最近は部活にもあまり顔を出さないというのもあるだろう。その点、去年は俺も生徒会をやっていた分先輩と話す機会も多かった訳だし、聞き出せることも多かったのかもしれない(と言ってもやはり聞き出せたのは超能力者のことについてだけだが)。それはともかく、ここでは清波先輩の容姿について触れるべきだろう。髪の毛は植物を思わせる緑がかった黒で、深緑ともいえるだろう。顔は真希波先輩に瓜二つで、彼女同様かなりの美人と言える。しかし、胸は先輩には似ても似つかない様で、凹み気味だ。それでもやはり体型はくびれも良く、細長い脚はまるでモデル女優の様だ。出るとこは出て、凹むところは凹む真希波先輩とはまた違った魅力があると言える。と、こんなふうに読者にわかりやすく説明する俺を、何やら怪しい目つきで真希波先輩がニヤニヤしながら見つめていた。すると清波先輩の耳に顔を寄せ、ヒソヒソと何かを告げている様子だった。


「おやおやぁ〜…キミィどうやらわたしの胸に何か物申したい様だねえ。マキちゃんからは何も聞いてないみたいだから教えてあげるけど、私は自然を操る超能力者なのだよー。その気になれば君を地下1万mまで埋めることだって可能なのだよー?」


「…すみません。勘弁してください。見たまま解説したのですが、お気に召さない様でしたら前言撤回致します。」


俺はそう土下座をしながら命乞いをする。実に綺麗なフォルムの土下座である。


「君また私の胸をばかにしたでしょー!まあ確かに私の胸は小さいけど、小さいのは小さいので魅力があるのだよー?どうやら君の身の回りは豊乳ばかりみたいだけどねー」


渾身の土下座が、どうやら逆に挑発行為になってしまった様だ。俺は再び謝ると、清波先輩はそんな俺のそばに近づいてきた。すると腕を力強く掴まれ、俺は彼女の思うように無理やり立ち上がらされた。


「まあまあ。そこまで謝るのなら許してあげるさ。でもちょっと条件があるのだよ?」


そう言うと清波先輩は掴んだままの俺の腕をそのまま自分の胸へと押し付けた。


『なッ…!?』


俺も含め、アウトドア部一同がどよめく。


「ほらほらー。清波先輩のおっぱ○はどうだーい?小さくてもプニプニはしているだろ?」


なんの躊躇いもなかった。ただ一直線に俺の腕を自分の胸に押し付けたのだ。流石にまずいだろうと思った真希波先輩は、彼女を止めに入った。が、勿論その前に先輩よりも早く止めに入った人物がいた。


「ちょッ…貴女いい加減にしなさいよ!私の和真君に手を出すんじゃないわよッ!」


清波先輩に百合恵が凄い勢いで食いつく。が、どうやら先輩の反射神経は並外れている様で、難なく百合恵を交わし、そのせいで俺の腕は万力の如きパンチをモロに喰らう羽目になったのだった。


「ふにゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


骨でも折れた様な痛みである。いや、実際折れたのかもしれない。ゴキッと鈍い音がしたからな。しかしそれにしても百合恵の腕力は並外れている。


「ごめん!和真君!大丈夫?いまやばそうな音したけど。」


「あ…あぁ何とかな。」


痛みの余りゼーハーと息を切らしながら彼女の問いに応答すると、清波先輩が何やら警戒した様子で百合恵に話しかけた。


「鬼塚百合恵。貴様その男とはどの様な関係だ?」


今まで散々されてきた質問だ。百合恵は飽き飽きした様子で答えようとしたが、彼女の発言は真希波先輩の発言によって制された。


「鬼塚百合恵とそこの男、永龍和真との関係は現在恋仲とされているわ。」


しゃがみ込む俺を睨み、腕組みをながら先輩は清波先輩に説明した。すると清波先輩も彼女と同じ様な表情で俺のことを睨んできた。何故だろう?分からなかった。しかし俺と百合恵の仲を不審そうに思っていることは確かに分かった。


「和真。部活のあと残りなさい。鬼塚百合恵は帰って頂戴。」


「そうだな。うちの方からも少し話があるかなぁー。」


やはり分からない。何故彼女たちに居残りを強制されているのだろうか?そして何故俺だけなのだろうか?

勿論俺を残して帰る様に言われて百合恵が納得するはずもなく、、、


「は?何で私は帰らなきゃいけないの?和真君と一緒に帰りたいんだけれど。」


「それは駄目ね。できれば和真と関わること自体をやめて欲しいのだけれどそうもいかない様だから帰ってと言っているのよ。」


「そうだねぇー。マキちゃんの言うとおりにしておいたほうが君の今後のためになるね。」


「は?意味分かんない!ちゃんと説明して頂戴!」


「……とりあえず、そこの男子部員2名。今日のところはお引き取り願おうじゃないかー。」


清波先輩はそう言うと後藤と島風を外に追い出した。

二人が完全に部屋を出て1階まで降りたことを確認すると、清波先輩は頭に血を上らせた風に百合恵を怒鳴りつけた。


「さっきから和真だどうだこうだ言ってとぼけてんじゃねえよこのクソ尼―!あたしらはお見通しなんだよそんな芝居!おめえの正体くらい知ってんだよ!舐めてんじゃねえぞクソガキ!」


「え?清波先輩どうしたんですか急に!正体がどうだって一体何の話ですか?彼女は何も悪いことはしてませんよ?」


と、百合恵に殴りかかろうとする先輩を俺は必死で止めた。


「あん?そりゃあ和真とやら。お前は記憶喪失だから忘れてるか、元々知らねーのかも知んねえからな。分からなくてもしょーがねぇよな。」


「ッ…?何故それを…」


俺は記憶喪失のことをこの学校では百合恵にしか言っていない。しかし清波先輩は何故か知っている。どうしてだろうか?そんな疑問で思考を回す前に、身に覚えのないであろうことで怒鳴られた百合恵は俯きながら部屋から出て行き、そのまま帰ってしまった。


「百合恵!待ってく……」


彼女を追いかけようとしたが、勿論先輩たちに引き止められる。


「待ちなよ。うちらの話は終わってないんだよ。」


「そうね。和真。貴方は残る様に言ったわよね。」


「なんなんですか!百合恵を泣かしたんだからちゃんと説明してください!俺にだって説明を受ける権利があるでしょう!」


「とりあえず落ち着きなさい。説明はちゃんとするから。」


「落ち着いていられるわけないでしょ!自分の彼女を泣かされて自分は何もできないんですよ!」


俺はそう叫び続けた。まるで意味がないことを叫び続けた。そんな俺を先輩たちは困った風に見ていたが、しばらくして叫ぶことをやめ、ダンマリを決めることにした俺に説明を始めた。


「まず、うちらの仕事についてねぇー。マリちゃんよろしくー。」


「そうね。じゃあまず私たちがやっている仕事についてだけど、私たちの仕事は世の中に充満しすぎた幽霊や妖怪などの怪異、呪術や蟲の退治や御祓などを専門としている職業だわ。」


「そん中で働いてんのはみんなうちらみたいな超能力者なんだよー。」


「そう。そうなんだけど、最近はもうほとんど妖怪や幽霊とか、呪いとかもなくなってきて残すは伝説上に存在する今まではいないとされていた天然の超能力者や怪異だけになってしまったわ。残念な事にこの人たちも討伐対象なのよね。ほら狼男とか、蝙蝠(こうもり)人間とか知っているでしょ?あれらは普段は人間の姿をしていて全然危険じゃないんだけど、一度覚醒すると取り返しがつかなくなるくらいの殺人本能を目覚めさせるの。そうなったら何千人、下手をすれば何万人と言う人が死ぬ事になる。それを未然に防ぐために私たちはその天然超能力者を探しては、討伐して行かなくちゃいけないのよ。それと、これらを専門にする討伐組織は他にももっとあるのだけれど私たちの組織は“赤霜”と呼ばれているわ。」


またしても分からなかった。つまり彼女たちは何が言いたいのだろうか?


「要するにその討伐対象が百合恵って言う事ですか?」


「まあそうなる可能性が高いなー。でも今はなんとも言えないんだよねー。」


「そうね。なんとも言い難い段階なのよ。確かに彼女の力は異常だけど、まだ確実にそうと言える段階じゃないのよ。」


「確実にって…百合恵の正体はなんなんですか!」


「でもマキちゃんさぁ。ほぼ確実じゃーん。血液検査もしたし、見たでしょあの腕力。ありゃ常人の成す技じゃないでしょー。」


「聞いてますか!俺の質問に答えてください!百合恵の正体ってなんなんですか!?」


「あーもーうるさいなぁ。吸血鬼だよ。吸血鬼。」


「和真が記憶を失う羽目になった交通事故。その時に貴方を庇った彼女の血を浴びた事により、和真にもその特性がある程度備わっている様だけどね。ほら。さっき鬼塚百合恵に殴られたところは見るからに骨折していたわよね。でも今はもう完治している。これこそ立派な吸血鬼の特性だわ。」


「え?…………え?」


「そんな馬鹿な……え?………ありえない…百合恵が吸血鬼?」


「あり得ないこたないだろうよー。君は記憶喪失だし、忘れてるだけかもしれないよー」


「まあでも清波。さっきは流石に怒鳴りすぎじゃない?まだ彼女は覚醒していないし、自覚してない可能性だって十分にあるんだよ?」


「めんごめんごー。リア充見てたらつい頭に血がノボちゃってさー……」


そんな先輩たちの会話が響く教室の中、俺はただ唖然としていた。ボケていく視界。薄れていく聴覚。現実を受け入れようとしない体は俺の感覚という感覚を貪り、奪っていった。

(百合恵……俺が悪いのか?つまりお前は先輩たちに殺されるってことか?どうなんだ?自分の正体を知っていたのに今まで黙っていたのか?どうなんだよ、百合恵……)

その後も先輩たちの説明が続いたがそんなことの内容など全く頭に入らず、今日もまた終了を迎えたのだった。――――――――――――





貮。後輩



1.

2062年5月1日(月)。

結局土日で百合恵に会うことはなかったし、会いにいくこともできなかった。

正直怖かった。自分も、そして百合恵も。彼女は吸血鬼でそして彼女の血を浴びたことで自分さえも吸血鬼だと言う事実がたまらなく怖かった。かの阿良○木君は一体どんな気持ちだったのだろうか?少なくとも俺は何事に対しても一切やる気が出なくなった。もしもこれが俺だけが吸血鬼だったのなら話は別で、アニメ的展開に胸を高ぶらせていただろう。しかしこれが最愛の人も含むとなると非常に重たい話になる。それにおかしいではないか。もし百合恵が吸血鬼で再生力が並外れていたとしても、交通事故によって記憶を失った俺についてはどう説明するのだ?彼女が俺を庇ったのなら俺も無傷、もしくは浴びた血の特性によって怪我も何もかも完治していなければおかしいのではないか?それなのに俺はその事故でかなりの重体で搬送され、ほぼ助からない絶望的な状況だったと聞かされている。背骨を折り、頭蓋骨の一部は粉砕。これなら記憶を失うのもおかしくはない。あるいは浴びた血が体質に合わなかったため、記憶を失ったのか?だとしても百合恵の話によると彼女は事故のあった日から3日以内に引っ越し、その引っ越し先で色々とその後についてを聞かされたと言う。俺ですらこんな重体なのだからいくら吸血鬼とは言え、庇った状態で事故にあった彼女ならもっと重傷を負っているはずだ。そんな状況で3日以内に引っ越しなど、事故直後にあり得ることなのだろうか?それに俺はいまいち吸血鬼というものを理解していない。そんなファンタジーにのみ存在するとされてきた、生き血を啜る鬼が実在するなど信じ難いことだ。そんな今まで架空の存在だった生物の何を理解していようか?その特性は愚か、容姿すら知らない。どれほどの再生力を誇るのか、どんな能力を持っているのか、それぞれ暗中模索な状況だ。おまけに記憶喪失ときた。当時どの様に事故にあったかや、彼女がどの様な人物であったかなど全くもってわからない。だとしてもだ。現在俺と百合恵が置かれている状況についてはわかる。要するに俺と彼女は間も無く長澤真希波含む赤霜という討伐組織に殺されるということだ。正直真偽は疑わしいし、単なるドッキリかもしれないし悪ふざけかもしれない。しかし、彼女たちの目に偽りの色はなかった。それに先輩はこんな嘘をついて面白がる様な人ではないという事はきっと彼女の家族を除いては俺が一番よく理解しているだろう。それでもやはり人二人の命が関わっている大事だ。そんなこと到底信じられるものではない。ここは真偽を確かめる必要があるだろう。どれだけ先輩という人間を理解していようと本当の姿は彼女自身しか知り得ない、だから俺は彼女を試す。今日決着をつけるのだ。


 朝のホームルームが始まる前の予鈴が校舎内には響き渡った。

百合恵の姿は無い。先週清波先輩に怒鳴られたのが応えたのだろうか?しかし彼女に限って怒鳴られただけで学校を休むほどの衝撃を受けるのだろうか?否、それはまず無いだろう。彼女はこの2年間、顔も見れず生死も不明なのにそれでも尚、同じ人間をずっと思い続けてきたのだ。ちょっとやそっと理不尽に怒鳴られただけで挫けるような女性ではない、そう信じたいものだ。と、彼女についてとやかく考えていた最中に廊下を走る足音が教室前に響いた。そして勢いよく扉が開くと、そこには髪をぼさぼさにした百合恵がいた。勿論、そんな彼女の姿に一同どよめく。


「ハァ…ハァ……なんとか間に合ったってところね。……」


彼女はそう安堵し、一息ついてから席についた。勿論その席というのも俺の隣であるが、なんとも気まずい雰囲気である。彼女がどうかは知らないが俺からすれば彼女の顔を見ることすら多少躊躇われるような大きなことを聞いてしまったのだ。気まずくないはずがない。とは言えやはりどうしても気になってしまうのは必然であろう。髪がボサボサでも百合恵は可愛いなぁなどと考えながら自然と彼女の方に向くとちょうど目が合う。


「……な…なによ?和真君。今日は寝坊したから髪を整えてる時間がなかったのよ。」


「いや、そうじゃなくて百合恵はいつ見ても可愛いなと思って…」


「⁉︎…ちょっ……⁉︎今は学校なんだからそういうのは控えてよ!…」


百合恵は慌てて俺の口を押さえると弾みで自分の机と椅子をガタンと音を立てて蹴飛ばした。そのせいで集まるクラス全員の視線に赤面しながら彼女はさらに俺に押し当てる手に力を込めて小声で言う。


「昨日、長澤真希波達に何言われたの?まあ何となく察しがついているけど昼休みにいつもの所ね。」


「今じゃダメなのか?」


「ダメでしょ。まあ別にここで大声で言えるような内容のことなら別にいいんじゃない?」


「それは……」


「ほら。言えないのならやめときなさい。」


そうだ。まだ真実かどうかも定かでもないことをこの教室で堂々と言った場合、俺は単なる変人へと成り下がってしまう。吸血鬼がどうだこうだ言い始めたらそれは間違いなく周囲から嫌悪の視線で見られるだろう。そんなことで学校での生活範囲を狭めたくはない。ならばやはりいち早く先輩のところに行き、吸血鬼の真偽を確かめなければいけない。確かに俺の再生能力は並外れている。しかしそれだけでは決定的な証拠にはならない上、先輩達が俺らのことを殺すと言うのはいくら考えても信用しづらい。


「分かった。いつもの所な。」


「ええ。別に怒らないから正直に真実をいうのよ。」


「分かってるよ。何も隠したりしないさ。」


そう俺がいうのとほぼ同時にホームルーム開始のチャイムが鳴り響き、今日も1日がスタートした。担任教師が教室に入ってくるのを見届けると、所々に散らばっていた生徒達が蜘蛛の子を散らす様にそそくさ〜と自分の席へとついた。


「えぇ〜では今日の連絡……」


いつもの担任のあまり脳に届かない行事連絡が済み、各々1限目の準備を始める。そんな中俺は下の階へと足を急がせた。それは勿論、長澤先輩に会いに行くためだ。授業開始のチャイムがなるまで10分あまり。これだけあれば十分だ。小走りをしながら彼女の教室に着くと俺は近くにいた三年生の先輩に問いかけた。


「あの……長澤先輩っていますか?いたら呼んでもらえると幸いです。」


「あぁ〜真希波さん?ちょっと待ってて。」


俺の問いかけた先輩は少し意外そうな顔をすると、真希波先輩を呼びに教室に入って行った。しばらくすると真希波先輩が不機嫌そうにヒョイっと顔を出した。


「何よ?このあと授業でしょ?」


鬱陶しそうに目を細める彼女に俺は小声で問いかけた。


「先週の吸血鬼の話って本当ですよね?」


すると先輩は顔色を一変させ、俺の手を掴みそのまま歩き出した。


「ちょっとついてきなさい。」


先輩にされるがままについていくと、彼女は途中で清波先輩と合流しそのまま屋上へと足を運ばせた。


「何で屋上なんかにきたんですか?そもそも、屋上って立ち入り禁止なんじゃ……」


「和真。次の授業は何?」


「え…?国語ですけど……」


「なら平気ね。あなた文系でしょ。」


「まあ大丈夫ではないんですが……このあと何するんですか?」


「和真くんー、君、自分の立場分かってないでしょー?」


「え?……俺の立場……ッ⁉︎」


俺が疑問をあらわにした瞬間だった。突如背中と腹、脇の周辺に激痛が走った。いや、表現としては痛いというより熱い感じの痛みだ。その痛みの原因が何なのか、確かめようとするがあまりの激痛に視界が鈍ってはっきりと見ることができない。それでも何とか凝らして見ると、俺の肉体には無数の木でできたダガーのようなものが突き刺さっていた。


「これで分かった?先週の吸血鬼の話は本当。あなたを殺すかもしれないというのも本当よ。まあ通常の武器は効かないようだけど……」


真希波先輩はそう言うと俺を押しのけて下の階へ降りて行った。そして、通り過ぎるのと共に清波先輩が俺に刺さったダガーを引き抜く。途端に今まで以上の激痛が全身を震わせ、引き抜かれた傷口からはダバダバと真紅の鮮血が滴る。

血反吐を吐きながら蹲る俺に清波先輩がしゃがみ込んで言った。


「勘違いするなよ?我々の予想だとお前らはあと一年以内に覚醒する。それまでには殺さなきゃいけないってわけ。つまりあんたらの余命は順調にいけばあと一年ってこと。オケ?」


ダバダバと出ていた血がいつの間にか止まり、痛みもほとんどなくなってきていることに少々驚きながら俺は去って行く先輩の背中を見ていた。


「ま……待ってくれ!じゃあ……俺達はあと一年は一緒にいてもいいってことなのか?」


「あ?まあ順調にいけばなー。」


それだけ言うと先輩は小走りで教室へと向かって行った。そして俺は完全に痛みがなくなった傷口を再び確認する。すると驚異なことに血までもが蒸発し、服の汚れが一切なくなっていた。それでも貫通していた部分はビリビリに破け穴が空いており、このままでは到底教室には戻れない。

こんな状況に困っていると、不意に背後から声をかけられた。


「おうおう、斟酌の少年。制服が破けてしまったようだな。」


そこにいたのは俺のことを少年というにはあまりにも年の差がなさそうな青年だった。容姿については街中にいればさぞ目立つであろう太陽の光を吸収しているかのように輝いた金色の髪が一番最初に目につくだろう。次は顔についてだが、これがまた腹が立つほどの容姿端麗ぶりだ。服装はどこかのブランド物かのように高級感を漂わせていた。勿論俺はこの多寡のしれない男を警戒し、怒鳴り返した。


「貴様何者だ!?」


「そうカリカリするなよ少年。貴様如きに名乗る我が名では無いわ。」


「……ッ?お前初対面で何様だ!」


「それはお主であろう?初めて見る男に貴様何者だとは、不敬にもほどがあるであろう?まあそれも仕方がなかろうな。殺されかかった直後に見知らぬ男に声をかけられれば誰でも警戒するわ。よかろう。状況に免じて許す。」


「………だからお前何様だよ……」


「そうだな。今はまだ名乗れないがイスラエルの王とでも名乗っておこうかの。」


「………ッ⁉︎」


俺はそれだけで彼が冗談を言っている物だと思った。イスラエルの王がこんな辺境の街にくるはずもないし、こんな青年なはずがない。しかし俺はこのとき大きな過ちを犯していた。重大なことに気づいていなかったのだ。そう。彼が宙に浮いているということを。


「まあよい。取り敢えずその制服では教室とやらに戻れなかろう?直して進ぜよう。」


彼はそういうと俺の方に手をかざし頬が引きつるような笑みを浮かべた。すると、まるで布が生きているかのように蠢き、あっという間に穴ぼこだらけだった制服が元の姿に戻った。これも超能力かと思ったがそんな俺の疑問に答えるかのように彼が説明を入れた。


「少年、貴様の知らんことで世は満ちているぞ。これは貴様の知る超能力などという模造の急造品ではないわ。これこそが正当なる超自然能力、魔術だ。」


魔術?もはや驚きも何もなかった。ここ1ヶ月も経っていないのに俺の日常は次々と崩壊して行き、超常的非日常が幕を開け続けている。一体いつになれば俺の平穏な日常が戻るのだろうか?いや、もう訪れないのだった。あと一年で俺たちは死ぬ。だから今を噛み締めて一日一日を精一杯生きねば。


「さあ行け。斟酌の少年よ。いずれまた会おうぞ。」


彼はそういうと屋上から飛び降り、姿を消した。それにしても奴は何者だったのだろう?イスラエルの王とは何なのだろう?なぜ俺のことを斟酌の少年というのだろう?俺のどこが控えめなのだろうか?そんなことを考えながら授業開始から10分ほどが経過している教室へと足を急がせた。

 

 時は流れ、昼休み。

勿論俺は百合恵の呼び出しに応じ、C−308教室に来ていた。と、言うもののいつも通り彼女の登場は遅かった。かれこれ10分ほど待ってようやく登場した。


「ごめん。髪の毛整えてたら時間食っちゃった。」


彼女はそう言うと自分の頭を撫でるような仕草をして席についた。弁当を包んだ巾着を机に置きながら彼女は鋭い目で俺を見つめた。


「で?先週長澤真希波達になんて言われたの?」


包みをほどき、いかにも手製であろう弁当にがっつきながら彼女は単刀直入に問いかけてきた。俺はやはり少々躊躇ったが何一つ嘘はつかず、正直に話す約束をしていたため仕方なく唇を震わせながら話し始めた。最中、彼女は何一つ喋らず俺の話を弁当を貪りながら聞いていた。そんな彼女の態度に冷や汗をかきながらも挫けずに話を続け、ようやく今までの出来事を話し終えた。すると彼女は少し困ったように首を傾げながら、完食した弁当箱を片付け始めた。


「………………………。」


「………」


「やっぱりね。」


「……え?今何と?」


「やっぱりねって言ったのよ。これはまずいことになったわね。」


「まずいことって……何が?って言うか吸血鬼のことについて知ってたの?」


「吸血鬼のことについては初耳ってほどじゃないけどほとんど聞いてなかったわ。肝心なのは、その赤霜って言う組織と、貴方が朝遭遇したように、世界最初の魔術師までもが動き出したってことね。」


「どう言うこと?」


全く彼女の言っていることの意味が分からなかった。記憶喪失だから?いや違う。元々知らない。こんなことを普通の一般人が知っているはずがない。


「まあでも取り敢えず和真君、今日私の家に来て。予定空いてる?よね。」


「まあ空いてるけど、部活の後?」


「そう。見せたいものがあるから。」


そう言うと彼女は百合のように白く美しい微笑みを浮かべながら部屋から立ち去ろうとした。


「じゃあ私は先に教室に戻ってるわね。」


「百合恵ちょっと待って!」


「ん?どうしたの和真く………んっ……」


ここの校舎は人気がない。特に昼休みはほとんどと言っていいほど他の生徒に出くわしたことがない。かと言って、ハメを外しすぎたことはできないし、今のこの気持ちを抑えるにはこうするしかなかった。

とろけるような表情をしながら目を瞑っていた百合恵から離れると、俺は顔面が今まで以上に熱くなるのを感じた。 すると、我に帰ったように百合恵が金切り声をあげた。


「ちょ…………ちょっと!こんな所でして良いなんて言ってないじゃない!んもぅ〜放課後ならいっぱいしてあげられるんだから我慢しなさいよね!///」


「わ……悪い…つい我を忘れて、、、」


「全く深刻な状況だって言うのに、イチャイチャしてる暇なんて本当はないんだからね!」


そう言うと彼女は真っ赤になった顔を隠すかのようにプイッと俯きながら教室へと走って行った。そんな彼女を目で追いながら俺は心中呟いた。

(ツンデレ最高………)

俺は彼女さえいればもうそれで良かった。故に例えこの身を賭してでも彼女を守り抜き、長澤先輩や、俺たちの恋を邪魔しようとする者たちを押しのけて何としてでも生き延びる。そう心に固く決めたのだった。





2.

放課後。

部室に行く途中俺は数多くのことを考えていた。まず、今後の方針。どう先輩達を退くか、学校に通えなくなった場合、家に帰れなくなった場合、一体どう生活して行くべきか?そんなことで午後の授業中も頭がいっぱいだった。

そんな俺の思考を途端に止めたのは、部室の中に響いた声によるものだった。


「やあ斟酌の少年。数時間ぶりよの。」


「ゲェ⁉︎おまえは!」


「ゲェとは何だゲェとは。この無礼者め。まあよい。つまりだ、我もこの学校とやらに生徒として付き従ってやることにしたというまでのことよ。」


「生徒!?どんな魔法使ったんだ!?」


「そのままよ。この学校の人間に暗示の魔術をかけたまで。どうやら一部の人間には効かなかったようだが。」


「生徒って………………….後輩設定じゃねえぇぇええか!?!」


俺は彼の履く上履きの爪先の色を見てそう叫んだ。真紅。今期一年生のカラーは赤である。


「何?お主の後輩になってしまったか。ハハハハハハハハ。まあよい。真紅こそ我が至高の象徴。この程度で色を変えるほど腐ってはおらぬわ。」


「そんなに赤好きかよ………」


「無論。真紅以外の選択肢はありえん。」


「それより、自己紹介しないか?」


俺は断片的な自己紹介しかされていないため、彼のことを何と呼べば良いか分からず少々困り気味に提案した。


「其れには及ばない。我はもうすでにお主の名を知っておる。貴様も余の事は陛下と呼べばそれで構わん。」


「だから何なんだよお前!厨二病なのか!?そうだよな!それ以外あり得ないよな!」


俺は痺れを切らして、最初っから上から目線な彼に怒鳴り散らした。しかしそれは間違った選択だったようだ。彼は異様に鋭い目つきで俺のことを睨むと、どこからともなく空間から一本の剣を生成?した。


「口を慎め、愚民。貴様如き成り損ないが我が剣に敵うと思うなよ。」


彼の取り出した剣は眩い光を放っていた。その光に遮られ、確かな形を認識することができないが、その容姿はまるで太陽のようで、伝説上に登場する聖剣エクスカリバーを連想させるような神々しい物だった。


「フッ……この剣を目視することすらできんとは、口ほどにもないな斟酌の少年。」


そう言うと彼はハハハハハハハハハハと高笑いをし、剣を収めてから再び姿を消した。その消えようはまるで亡霊のようだった。


「何だったんだ…今のは……」


俺はあまりの現実味のない体験に呆気にとられながら愕然と突っ伏した。何と表現すればいいのか?己の中にある全ての気力というものが根刮ぎ全て持っていかれたような気分だ。それにしても魔術師というのは皆こんな感じなのだろうか?突然現れては突然消え去る。そう、まさに亡霊の如く。挙句には慢心も慢心、大威張りではないか。そもそも彼が魔術師であるといこともいささか信用に値するほどのものでもない。だがまあ、今朝の制服を修復したのは見事な異能力といえるだろう。しかしこのご時世、外国人を見るのはずいぶんと珍しいことだ。何せ現在世界中で手を組んだり、騙しあったりなどの緊迫した戦争状態が続いているのだ。明確な国名を言ったりはしないが、実際国内に入ろうとした旅客機を乗客もろとも撃墜した国もあった。好き好んで命をかけて海外に行く人間はごく少数である。そんな中わざわざこんな辺鄙な街に赴くのだから重大な理由があるのは明白だ。まさか国家同士の衝突が絡んでいたりするのではないだろうか?ついに日本も本格的に大戦に参戦するのではないか?と、一人で勝手に妄想を膨らませてアワアワしている俺をさぞ哀れむそうな目で一人の少女が罵倒した。


「よくそこまで変なことを考えられるわね。まああり得ないことではないかもしれないけどね。」


「先輩!?……」


「大丈夫よ。そんなに身構えなくても覚醒のリスクが極限まで上がらない限り、すぐに殺したりはしないわよ。」


そういうと先輩は、胸の前で腕を構え警戒する俺にそっと近づくと肩に手を乗せて耳元で囁いた。


「言っておくけど、私の見込みではあなた達はあと1年は覚醒リスクをほとんど出さずに過ごせると思うわ。だ・か・ら、今後1年程度は仲良くしましょう?その方が双方気持ち的にも多少は楽でしょ?」


真希波先輩の提案には俺も同意せざる終えなかった。たとえ1年後どんなに足掻こうと先輩たちの手によって殺められる運命だとしても、その1年間ずっと緊迫した状態で同じ学校の同じ部内の先輩と過ごすのは流石に耐えられるとは思えない。と言っても自分達を殺そうとしている人間と果たして仲良くなどできるのだろうかという疑問は残るが、そこは目を瞑るとしよう。


「……分かりました。でも一つだけお願いしてもいいですか?」


「ええ。いいわよ。何かしら。」


「今後百合恵と対立することが多々あると思いますが、清波先輩含めあまり攻めすぎないでやってください。特にこの間みたいに怒鳴り散らしたりは絶対にしないでくださいよ?」


先輩は一瞬口籠ったが渋々と口を動かした。


「……分かったわよ…でも私あの子とうまくやっていける気がしないわ。」


「ま……まあそこを何とか…」


「ええ。分かったわよ。清波にもそう言っておくわ。」


「ありがとうございます……」


「それで?貴方は何故部室にいるのかしら?」


「え?いや、部活しにですけど…」


そこで俺は嫌な予感がした。文章上ではなかなか伝わらないと思うが、もうすでに授業が終わり、放課後になってから1時間程度が経過している。


「馬鹿ね。ちゃんと連絡したはずよ?今日の活動は無しよ。」


やはり嫌な予感は的中した。そう先輩に言われると俺は慌ててスマホの通知画面を見た。そこには溜まりに溜まった通知がざっと200件ほどきており、その中に部活連絡が含まれていた。


「え?でもじゃあ先輩はどうして…」


「あんた馬鹿ぁ?既読が一人だけつかなかったからもしやと思って優しい優しい先輩が様子を見にきてあげたんじゃない。全く手間のかかる後輩だこと。」


「す、すみません。……」


「まあもういいから早く帰りなさい。私はこのあと職員室によって行くから。」


めんどくさそうに先輩は手を降ると、俺を追い払うように背中を押した。と、その時だった。


「おやおやもうお帰りかな?それにしても流石は斟酌の少年よの。」


「……ッな」


唐突に教室の扉を塞ぐかのように厨二魔術師が現れたのだ。まるで光と空気、闇が一点に集中するかのように。勿論唐突のことで俺も驚いたが、一番驚いているのは真希波先輩だった。


「お前は…!?まさか魔術師!?」


「いかにも。魔術師も魔術師、大魔術師よ。魔術の王、魔術王よ。いや、この場合魔王と言った方がしっくりくるか?」


すると先輩はまるで親の仇でも見るような狂気に満ちた表情へと変貌し、顔中に汗を垂らし苦しむように叫んだ。


「魔術師は、……ま、魔術師は…敵ッ…!?」


そう叫ぶと俺を押し除けて厨二魔術師に食いかかる。


「フッ……狂気に満ちたところで所詮は急造品。偽は真なる者には敵わぬことを知れ!」


すると厨二王はあの空間を捻じ曲げるようなまばゆい光を放つ剣をまたしても空中から取り出した。その瞬間、先輩は教室の端から端まで綺麗な直線を描くように吹き飛ばされ、口から鮮血の塊を吐き出した。


「ングッ……ガハッ!……」


「フハッ…フハハ…ヌハハハハハハハハハハハハハハ……いやはやこれほどまで口ほどにもないと笑わずにはいられぬものだな!フハハハハハハハハ」


「お前…」


「ん?何だ少年。我に何か申したいのか?」


「仮にも先輩は俺の尊敬する人だ!彼女を傷つけるのは許さない!」


「ほぅ〜…相変わらず斟酌に変わりはないくせに粋がりおって、頭の足りん犬如きはここで死ぬか?」


「なんだとぉ……」


俺があと一歩のとこれで踏み出そうとしたところで口周りを血塗れにした先輩がかすれた声で叫んだ。


「よしなさい和真!貴方に叶う相手じゃない!」


「でも先輩……」


そう言いかけたところで俺は回転する視界とともに吹き飛ばされていた。だが意識は何故かある。むしろ先ほどよりも鮮明である。グチャっという音と動かそうとしても動かない体、そして俺のすぐ横に飛んできたものを見て初めて首を跳ね飛ばされたのだと気付いた。赤く染まり、無残に転がる体の向こう側で顔を恐怖に染める先輩が見えた。だがその恐怖をまるで喰らい尽くすかのように先輩は再び体を震わせ狂気に満ちていった。ある言葉を唱えて。


「…………仕方がない……これは和真を殺る時までとっておこうと思ったけど、この際出し惜しみをしてる暇はないようね。

………出よ!我が精魂喰らい尽くす、神の鋭剣!日の本に大和の国あり!我が霊魂はこの地にて安息を迎えるなり!呪血を持って我が呼び出しに応じよ!……草薙剣(くさなぎのつるぎ)!」


彼女が叫ぶや否や厨二王が持っているような光り輝く剣が宙を舞い、現れた。


「ほぅ。急造品の出来損ないにしてはなかなか良い召喚ではないか。褒めて遣わすぞ。」


「魔術師が偉そうにぃいいいいい!!!魔術師は…………殺す!!!!!!」


再び狂気に満ちた彼女は召喚した草薙剣を振り回しながら厨二王へと再び飛びかかった。


「実に醜い女子(おなご)よのぉ。そこまで狂気に見舞われてまで何故魔術師を憎むか?勝てぬと知っておろうにそれでも尚何故立ち向かうか?対国家戦略級神器を召喚したところで、それも戦闘用に量産された偽物。本物で挑んでいる我に比べれば天地の差よ。」


そういうと彼は剣を振るうまでもないと言わんばかりに微動だにせずに先輩の剣を受けようとした。そんな厨二王に先輩が切り掛かったその時だった。眩く光る剣が彼の立つ空間に触れたと同時に、剣よりはあっさりとしているものの思わず顔に手をかざしたくなるような明るく眩い閃光が瞬いた。

光が収まり目視できるようになると、先輩の持つ剣と厨二王の間には明確な魔法陣を重ねたような壁ができていた。


「グッ……偽物とはいえ、流石は日本一の聖剣と言える。我が上位防御魔法を拒絶切断しようとは。……だがまだまだこれからよ!聖位魔術発動!絶対領域を展開!」


すると、まるで石と鉄が強く打ち付けられたような音が反響しながら炸裂した。いや、A○フィールドかよ。


「かかったわね………その遮断結界を待っていたのよ……」


「何?……な、なんだこれは!おのれ…この我を嵌めようとは貴様ただではおかぬぞ愚民!」


先輩の笑みと共に、慢心する厨二王は己の張った結界の中を取り巻く植物に飲まれていった。彼が飲まれるのを見計らったかのように先輩は剣に込める力をさらに増し、その力に比例するかのように剣もさらに恐ろしいほどの光を放ち、しまいに部屋全体を光で飲み込んでしまった。

ズガァアアアアアアァァァァアアアアアアアン

轟音が炸裂したかと思うと部屋全体を包んだ光はいつの間にか跡形もなく消え去っていた。―――――――





2



「いやぁーヒヤヒヤしたよー。まさかこの学校で代弁戦争が起こるなんて思わなかったからさぁー」


今までの緊迫した戦闘状況がまるで嘘だったかのような調子で清波先輩が教室に入ってきた。とは言え、壁や廊下もろとも吹き飛びほとんど野外のような状態だが…。


「あれ?マキちゃん?死んじゃった?おーい。あれ?和真っちも首吹っ飛んでんじゃん。んー…マキちゃんちょい待ちね。」


清波先輩はそういうと首と体が離れ離れになり、半分死んでいるような状態の俺の元へと歩み寄ってきた。


「ほれほれ、和真っちーどうせすぐ治るんやろ?ほら頭くっつけてやるよ。」


そういうと俺の頭を抱き上げ、身体へとくっつけた。すると嘘のように、まるでギャグ漫画の様に再び首が体に繋がったのだ。


「ははwほら。本当に治ったー。」


俺はあまりの出来事に自分が怖くなり、一瞬言葉を失ったがとりあえず先輩にお礼を言った。とは言え、まだ起き上がるほどの力は湧いてこない。血を消費しすぎたのだ。


「マキちゃーん?大丈夫かーい?まさか本当に死んじゃった?」


清波せんぱいは先輩は冗談まじりに膝を落とし、脱力する真希波先輩に近づいた。その時だった。極限まで真希波先輩に近づいた清波先輩を待っていたかの様に真希波先輩が赤黒い液体を飛び散らせながら宙に舞った。


「………え?」


驚きと言うよりかは恐怖と困惑の表情を浮かべ清波先輩は空中に浮かぶ真希波先輩を見上げていた。

次の瞬間今度は清波先輩が何か長く鋭利なものに串刺しになるかの様に大きく横に首から飛ばされた。教室内はまさに血の池地獄と化していた。


「ククククククククククククククククククク……この我があんな毛虫の毒にも満たない攻撃で撃退出来たとでも?ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!笑し!全く愚かな人間よのぉ。冗談を言うのは道化師だけにしておけ。ヌハハハハハハハハハハハハハハ!!……はー…バルバトス!下がれ。」


彼がそう叫ぶと、彼の背後に隠れる様な形で何者かが姿を消した。またしても意味が分からなかった。何が起こったのかが分からなかった。そんな俺を厨二王はジッと睨みつけ言った。


「斟酌の少年。貴様も随分無様よのう。想像していたよりも大層貧弱で話にならん。術式も完全とまでは言えんが貴様一人殺すくらいどうという事はなかろう。……さらばだ。…………少年!」


彼はそう言うと持っていた光の剣を目一杯振りかざし、閃光の如く振り下ろした。


終わった。


そう俺は百合恵の姿を思い浮かべ、泣きそうになりながら歯を食いしばった。――――――――――――――


が、


しかし俺の意識が途絶える事はなく、痛みが襲うこともなかった。恐る恐る目を開けると、そこには厨二王の姿はなく、代わりに光を全て跳ね返すような美しい銀髪の少女が立っていた。それに加え、今いる場所は暗く辺りをはっきりとは目視することは出来ないがまるで見覚えがない事だけは分かる。


「初めまして、金剛和真様。私、ノヴォシビルスクの魔術師、信濃(しなの)・クリェーナ・エリスティンです。この度は、貴方様の護衛役を務めさせていただきます。対応が遅くなり、申し訳ありませんでした。」


銀髪の少女はそう言うと、少し申し訳なさそうな表情を浮かべ俯いた。慰めてやりたいのは山々なのだが、やはり理解が追いつかない。又しても魔術師の登場。今回は敵ではなさそうだが、護衛?誰がそんなことを彼女に命令したのだろうか?あるいは彼女の意思でこの俺の元にやってきたのだろうか?だとしても彼女は確実に俺に対して初めましてと言った。ならば記憶を失う前にも会った事はないと言うことだ。更には俺のことを金剛という母親の旧姓で呼んだ。そんなことを知っている人間は俺の知る限り皆無に等しい。それを踏まえ俺は彼女にこう問いかけた。


「何故その名前を?金剛……それは…」


俺がそう言いかけると彼女は俺の口に人差し指を当て、発言を遮った。


「大丈夫です。言われずとも説明はします。」


そう言うと彼女は途方に暮れて横たわる俺の頭の前まで歩み寄ってきた。今まではっきりとは見ることができなかった顔が近づいたことにより露わになり、顔の細部の作りが認識できるようになる。どこか子供っぽく、感情の篭っていないようなその顔はまっすぐと俺のことを見下ろしていた。それに合わせ、下から彼女を見上げる形となっていた俺は、身につけている下着の色まで認識できるようになってしまう。水色のシマシマ。子供っぽい印象に似合った良いチョイスである。そのとき下着をマジマジと観察する俺に彼女は無表情ながらも不快そうな顔で言った。


「あの、あまりジロジロ見られるのは好きでは無いのですが。」


「あ……悪い。でもそっちから寄ってきたんだろ。」


「そんなこと言うなら守ってあげませんよ?」


「ちなみに何から守ってくれるんだ?」


「バカですね。さっき殺されかけたばかりじゃないですか。」


「え?あ……あぁさっきの厨二王から守ってくれるのか?」


「それも含まれますが、あなたの命を狙う魔術師全員からです。」


何?俺の命を狙う魔術師は、あいつ以外にもいるのか。又しても災難に巻き込まれたな。


「では主従契約をいたします。目を瞑ってください。」


「は?主従⁉︎何故に!?」


「良いから目を瞑ってください。」


恐る恐る俺は目を閉じ、契約が済むのを待った。すると、俺の唇に生暖かい感触が走り同時に口の中に滑っとしたものが入ってきた。途端に俺は跳ね上がり、後退りした。


「どうしました?まだ契約に必要な分の唾液を交換できていませんよ?」


「冗談じゃない!俺には彼女がいるんだ!そもそも主従の契約をして俺に何の得があるんだ?」


「主従契約の利点としては魔力の供給や、生命力の上昇、言葉を必要としない意思疎通や身体能力の強化、上昇などがあります。あなたの魔力、生命力は共に並外れているので、私にとっては利点ばかりです。」


「え?じゃあ俺には君とテレパシーで話すくらいしか利点がないの?」


「да(ダー)」


「ん?ダー?どういう意味?」


「イエスです。」


「俺に利点がねぇええのかあああああああ」


「まあまあそう言わず、契約しましょう。でないと貴方も私も困ります。」


些か信用はできなかったが、とりあえず話に乗ってやることにした。


「分かったよ。で?その…なんだ。ディープキスをすれば良いのか?」


「でぃいぷきす?それは先程の契約の儀の事ですか?」


「そうだよ!」


「まあそうです。でぃいぷきすをすれば良いのです。しかし一番効果的なのは、性行為なのですがどちらにしますか?」


「おほ前!良い歳した女子がそんな事恥じらいもなく言うんじゃないよ!」


俺は親か。


「その反応は性行為ではない方がいいと言う事ですか?」


「当たり前だろ!さっきも言っただろ!俺には彼女がいるんだぞ。」


「日本語でいう彼女というのはどういうことを指すのでしょう?英語でいうsheの事ですか?」


「違う!girlfriend!OK⁉︎」


「あぁ。恋仲のことを言うんですね。それなら仕方ありません。」


ようやく話が通じたようだ。こいつと話していると、異様に疲れる。


「では、でぃいぷきすの方を早くお願いします。私もう眠気が限界です。」


「は?眠いの?」


「他人を転移させる魔術は莫大な魔力を消費します。私の現在の魔力量はほぼ底を尽きています。」


「分かったよ今するからちょっと待て。」


そう言うと俺は少々躊躇いながらも、彼女の唇に顔を寄せ、接吻する。次の工程として、舌を絡ませ、唾液を交換することを意識しながら、見事ディープキスを完成させた。ところが、そこでハプニングが起きた。


「あら和真君。随分とお熱い様子ね。」


終わった。そう心の中で俺は声を発した人物を見て驚愕した。


「ゆ……百合恵!違うんだこれは!」


「ふーん。何が違うのかしら?貴方今その娘とキスしていたわよね?しかもディープ。」


「いやこれは、契約のなんたらとかで……」


「契約?その子と?私ともまだしてないわよね?ディープ。」


「いや……あの……」


「もしかして主従の儀式?」


「え?」


俺は彼女の出した言葉に正直驚いた。何故彼女は主従の儀なんていう得体の知れないことを知っているのだろう?その質問に答えるかのように彼女は話し始めた。


「その子も魔術師ね。勝手に私の和真君を奪うなんていい度胸してるじゃない。一度死んでもらうしかないようね。」


恐ろしい。この時、俺は彼女だけは怒らせてはいけないのだと改めて理解した。しかしおかしい。暗くてよく見えないとは言え今いるこの場所には全く見覚えがない。


「しかし百合恵。なんでここに?」


「なんでここにいるか?それは簡単に言えばここら辺は私の監視下だからよ。実は私魔術師なのよ。…というのもちょっと違うんだけどまあ今はそれは良いわ。とにかくさっき貴方達がしてた儀式については理解してるわ。でもね!和真君。彼女の私をそっちのけで他の子とキスをしてるとはどういうつもりなのかしら?躊躇いは無かったのかしら。」


そう百合恵は握る拳をメシメシさせながら怒りを露わにし、俺とエリスティンに殴りかかろうとしていた。万力にようなパンチはもう2回も経験済みだ。あんな痛い目に遭うのはもうごめんである。


「ごめん!ごめんって!俺だってしたくてしたんじゃないんだよ!」


必死に命乞いをする。


「本当に?まあ良いわ。今回ばかりは許してあげるわ。しかし貴女、こんな所を見つけるなんてかなりの手練れね。一体何処の魔術師?」


百合恵がそう問いかけるも、エリスティンから返事は無い。


「おい……信濃!…って寝てる…」


なんとエリスティンは立ちながら寝ていた。完璧な直立。一切のブレがなく、背筋も首も真っ直ぐにしたまま立っている。


「この子、魔力消費量が凄まじいわね。転移魔法でも使ったのかしら?よく生きていたものだわ。」


「え?魔力って消費しすぎると死ぬの?」


「ええ。特に他人を転移させたりするとその人の肉体を維持させる為に莫大な魔力を消費するわ。魔力量ゼロ即ち死よ。」


「マジか。その子、契約によって魔力供給が出来るとか言っていたぞ?」


俺は先刻エリスティンに言われたことを繰り返し、百合恵に真偽を確かめてみた。


「確かに魔力供給はされるわね。しかし私達と主従の儀を行うって事は強制的に相手側が従属する羽目になるわ。それを分かっててやったのだとしたらこの子は貴方に最初から従うつもりで来た事になるわね。」


「それはどういう事?」


「まあそこら辺も含めて後で私の家で話すわ。」


それだけ言うと百合恵はその子を連れてきてと俺に言いつけてとっとと外に出て行った。スピーと寝息を立てるエリスティンを困惑しながらも担いで俺も百合恵の後について行くのだった。――――――――――――――






參。吸血鬼と奇術



薄暗い道を歩き、ようやく目が慣れてきたと言うところで外に出る。眩しい光に目を押さえながら周囲を見渡す。ここでようやく現在位置を把握することができた。


「ここは………中学校の……校舎裏⁉︎」


「そうよ。ここは私の魔術工房よ。貴方が言っていた事が本当なら近々この地で戦争が始まるわね。それも魔術師同士の。」


「戦争⁉︎ここでか⁉︎」


俺はどんどん良くないものへ巻き込まれて行ってる気がした。今度は戦争ときた。まあ確かに今は大戦中だ。しかしこんな辺境の街で戦争なんて考えもしなかった事だ。とこんな風に俺が深刻な表情で俯いていると不意に百合恵が叫んだ。


「ってその子うちの学校の制服着てるじゃない!しかも1年生よ。」


「え?って本当だ!こいつも後輩かよ⁉︎」


俺は正直後輩が魔術師ばかりなのが嫌だった。しかもそのうちの一人は敵だ。俺の事を殺そうとしてくる自称魔術師王の厨二病で、本物の聖剣らしきものを使いこなしているのがまた厄介だ。さらに言えば先輩は超能力者、百合恵さえも吸血鬼の魔術師だ。この調子だと後藤や島風までも何かしら魔術に関わりがあるかも知れない。そうなってしまえば、我がアウトドア部は異能集団になってしまう。この事が公になったら今後一切普通(常人)の生徒が入部しなくなってしまうではないか。まあそれは良いとして…


「百合恵。今何処に向かってるんだ?出来れば学校に戻りたいんだが。」


「何故?何か忘れ物?」


俺は正直答えるのに躊躇った。自分から言い出しといて難だがあの魔術師がまだいるかも知れない学校には戻りたくないのだ。だがその魔術師よりもまず先輩たちの救出が優先すべき事だろう。あの殺られようで生きているとは思えないが……。と、先輩たちの無惨にやられた姿を思い出した途端急に激しい吐き気に見舞われ、エリスティンを背負っている為、手を動かす事ができずその場で嘔吐した。


「どうしたの!?大丈夫?」


全く百合恵には心配をかけてばかりである。仮にも男ならもう少し彼女の前だけでも凛々しくなければ格好がつかない。そんな事を考え、これ以上彼女を心配させるわけにもいかないので俺は「大丈夫だ。」と返事する。それよりも学校だ。先輩たちを助けに行かないと。


「百合恵、コイツを一旦お前の家に置いといてくれないか?俺はちょっと学校に忘れ物をしたから取りに行ってくる。百合恵はそいつを見ててやってくれ。」


そう百合恵を巻き込みたくないという一心から嘘をつくと俺はエリスティンを彼女に預け、学校へと足を急がせた。とにかく急いだ。必死に走った。一度は俺を殺そうとした先輩だ。だがだからと言って見殺しにはできない。もしかしたらもう死んでいるかも知れない。だが、もしかしたらまだ生きているかも知れない。

(頼む…まだ生きていてくれよ……)

俺は必死に心の中で祈るとさらに速度をあげ、無我夢中で走り続けた。そしておかしいことに気がつく。明らかに走る速度がおかしい。道路を普通に走る車を次々と追い越し、風をビュウビュウと身に受けている。俺は慌てて走る足を止めようとしたがなかなか止まらない。むしろ急に止まろうとした反動で4、5m吹き飛び転がってしまった。


「いてててて……これも吸血鬼の特性ってやつなのか?」


いや。恐らくはエリスティンと交わした主従契約の影響だろう。彼女は確か身体能力の上昇とか言っていたはずだ。吸血鬼の身体能力がさらに底上げされたと言う事は常人の上のさらに上の力を有するといことだろう。


「なんだ。俺にとっての利点、結構あるんじゃねえか。」


そう俺は少しニヤつくと再び走り出し、あっという間に学校に到着した。

アウトドア部の部室ではすでに野次馬達が中の状況を覗こうとしていたが、教室は瓦礫に埋もれ、中を見ることすらできない状況になっていた。そんな野次馬たちを押し除け俺は中へと入って行った。と、その時背後から声をかけられる。


「アッ!和真!中には入らないほうがいいぜ!科学室の薬品が爆発したのかもしれねえ。ってオイ!聞いてるのかよ!」


「うるせぇ!黙ってろ宮本!」


俺は必死に瓦礫を崩し、ようやくの思いで教室の中へと入っていく。しかし俺が中に入るのと同時に再び瓦礫が崩れ、数名の女子の悲鳴とともに宮本の顔や声も聞こえなくなった。そんなこと気にも止めず俺は煙の立ち込める教室を進んで行った。


「先輩!真希波先輩!清波先輩!和真です!助けに来ました!」


そのまま立ちこもる砂埃を吸わないように口に手を当てながら俺は先輩たちが倒れていた場所へと駆け寄った。超能力者2人は先刻と全く同じ格好で横たわっていた。


「先輩!真希波先輩!しっかりしてください!先輩!」


しかし彼女にはもう息がない事がすぐに分かった。しかしまだ体からはほんのりだが温もりを感じた。


「一か八かだが…………やってみるしかないよな…………」


そう言うと俺は近くに散らばっていたガラス片を鋭そうな物に厳選して拾い、先輩の顔の前に自分の手をかざした。


「百合恵の血を浴びて俺が吸血鬼になったのなら、その吸血鬼になった俺の血を浴びた場合でも人間は吸血鬼になるんじゃねえのか?先輩。俺はまだ先輩に死んで欲しくないんだよ。頼むから生き返ってくれ…………」


そう祈りながら俺は自分の掌に思い切ってガラス片を突き刺した。その鋭利な刃物と言ってもいいものは見事に俺の手を貫通し当然、汗と涙が滲み出るような痛みとともにドバドバと鮮血が真希波先輩の口の上に滴り美しい顔を滑りと共に赤く染めた。そして彼女の口に確実に俺の血が入るのを確認してから勢いよくガラス片を引き抜いた。途端に傷口をさらにズキズキとした痛みが襲い、次の瞬間にはその痛みが嘘のように引けていた。

俺の傷口が閉じ、血が蒸発して消えるのと先輩が目を覚ますのはほぼ同時だった。


「――――――――――――――ッハ!…………和真?何で…………私死んだはずじゃ……」


勢いよく息を吹き返した先輩はまず疑問を口にした。そして俺の持っているガラス片を見て何かを察したらしく、その後何も言わなかった。


「…むしろ、………何か、言って欲しかった……のかしら?」


良かった。いつもの先輩だ。そう俺は安堵しながら、清波先輩の蘇生をしようと彼女のもとを離れる。


「……………ありがとう………和真。」


「……?先輩何か言いましたか?」


「…ううん。何でもないわ!」


先輩が離れ際に何か言った気がしたが、今の俺にはしっかり耳を傾けて聞き取るほどの暇がなかった。

そして清波先輩の蘇生に入ろうとしたその時。


「辞めなさい。彼女は脳を砕かれてる。魂の容器が完全な状態じゃないから吸血鬼の血を浴びせても眷属として蘇らせるのは不可能よ。」


「百合恵⁉︎エリスティンはどうしたんだよ!」


突然の百合恵の登場に驚きながらも、清波先輩の顔をもう一度見直す。実に酷い有様だ。真希波先輩に似て容姿端麗だった彼女の顔は右側に歪み、片寄り、顎は粉々に砕け散り、ダランと垂れ落ち、眼玉も顎同様に垂れ落ちていた。


「エリスティンならほら。ここに居るわよ。私のベッドで寝かせようとしたんだけど、『御主人様が大変な事になってる。』とかいきなり起き出して言うから来てみればこんな事になっていたなんてね。一体どう言うつもりで嘘をついたのかしら?ご・しゅ・じ・ん・さ・ま?」


もはやぐぅの音も出ない。


「まあいいわ。和真君の善意に免じて今回だけは力を貸してあげるわ、長澤真希波。その代わりここに居る全員と主従契約をして貰うわ。」


「は?………いやいやいやいや!ちょっと待て百合恵!主従契約ってあのディープキスだぞ!?ここに居る全員ってことは俺も含まれるのか!?それで良いのかよ!」


「まあ落ち着いて話を聞きなさいよ!私がそう易々とこんな事するわけないでしょ?」


「……今ディープキスって言ったかしら!?ちょっと待ってどう言う事?私が和真とキス!?何でそんなことしないといけないのよ!」


「…………………ね、む、い。」


「あ〜も〜〜〜うるっさい!黙んなさいよ!ヤリ○ンビッチ!ちょっとは落ち着いて話が聞けないの?興奮するんじゃない!雌猿!」


「〜〜〜言ったわね…誰がヤリ○ンビッチよ!それは清波でしょ!私は処女よ!処女!男性経験が和真と話した事くらいしかない純粋無垢な処女よーーーーーーー!!!!」


「…………………………」


暫く沈黙は続いた。そこで俺はこう彼女たちに切り出した。


「お前らの処女俺が貰ってやろうか?キラッ」


次の瞬間、俺の顔面は2人のストレートによって凹み、鼻血を大量に吹き出しながら後方2、3mの地点まで吹き飛ばされた。


「何で和真なんかにあげなきゃいけないのよ!」

「何で長澤真希波ともヤル事前提なのよ!」


「するなら鬼塚とにしなさいよ!」

「するなら私とだけにしなさいよ!」


二人同時にそんな色々言われたらもはやなんて言ってるか分からん。

そんな二人をエリスティンが止めにかかった。


「ともかく…………何で主従契約が必要なの?………早くして。……。」


今にも倒れそうなほど眠そうにエリスティンが問いかけた。


「そ……そうだったわ。何で私が和真とキスしなくちゃいけないのかしら?」


「………それは清波を助けるにはそれしか方法がないのよ。私だけじゃとても魔力が足りないの。」


「魔力?鬼塚百合恵、貴女魔術師なの?」


「そうよ。」


「………………」


まずい。先輩は魔術師と聞くと狂気に満ちる。あれは恐らくベルセルクというやつだ。発動中、正気を失う代わりに恐ろしく異常なほどの戦闘力を生み出す。


「まあ魔術師の力を借りるのも癪に触るけど、それしか方法がないなら仕方ないわね………」


その言葉に少し驚きながらも同時に安堵し、俺はゆっくりと腰をあげた。


「で、私はどうすれば良いのかしら?鬼塚さん。」


「じゃあまずは私と契約しなさい。貴女はすでに和真の眷属だから魔力の供給しか出来ないのが気に入らないけど仕方が無いわ。」


「え?貴女とキスするの?……。」


先輩はそういうと少し不安げな顔で俺の方を見た。思わず俺は顔を逸らしてしまったが、中々に別品な顔だった。


「分かった。いつでも何処からでもかかって来なさい!……」


「じゃ…じゃあ行くわよ……」


ゴクリと生唾を飲み込む音が俺の喉で響いた。異様に緊張する瞬間である。それはそうだ。俺の彼女と敬愛する先輩が今まさにキスをしようとしているのだ。緊張せずにはいられない。そして興奮せずにはいられない。


「………んっ……あっ…」


二人の声が静まり返った部屋に響き渡り、さらに緊張が高まる。それでも相変わらずエリスティンは眠そうにコクコクとしている。まさしく百合だ。互いに舌を絡めあいながら赤面する女子二人。これは一体大丈夫なのだろうか?18禁では無いのだろうか?そうならないことを祈るばかりである。しかし百合恵は俺ともまだディープはしたことがないのにこれで良いのだろうか?


「……終わりよ…。これで契約は完了。お互い魔力の供給ができるわ。…つ、次!和真君!き、来て。」


彼女に呼び出された俺はゆっくり彼女に歩み寄ると、耳元で囁いた。


「良いのか?お前ディープはまだだったろ?」


「良いのよ!女子はカウントに入らないわ!」


そういうと彼女は、良いから早くしろと言わんばかりに俺の襟首を掴むとグッと顔を寄せて来た。やはり人前でするキスほど気まずいものはないのだと、この時俺は初めて知った。


「じゃ、じゃあ行くぞ。」


「うん。………」


期待と緊張、恥ずかしさの混ざり合ったような顔をしながら彼女は目を瞑り、唇を寄せて来た。そこからは早かった。勢いに任せて彼女を抱き上げ、そのまま強く顔を押し当てそれでいて優しく舌を彼女の口腔の中へと滑らせていく。ザラザラとした舌の感触とヌメッとした唾液の滑り気。暖かい口の中の温もりと微かにあたる儚い鼻息、堪らなく愛しい気持ちと周囲への羞恥の感情。全てが混ざり合って極上の快楽が生み出されている。

嗚呼、これがディープキスというものなのか。

俺は恐らくこの日の記憶を命が尽きるその日まで決して忘れないだろう。


「………どうだった?」


「どうだった…って?」


「私とのキスよ。どんな感覚だった?」


「どんなって言われても………そうだな…」


暫く俺は考え込んだ。そして再び口を開き、喋り始めた。


「気持ち良かった。百合恵の良い匂いがした。それから……百合恵が可愛かった。」


俺は口元を手で隠しながらそう答えた。小っ恥ずかしいたらありゃしない。こんな台詞を先輩に聞かれるのは少し嫌だったなと思い、百合恵とほぼ同時に振り向く。しかし先輩はそれどころではなかったようだ。寝ぼけたエリスティンにベロベロと唇を舐めまわされ、それと同時進行で唾液を吸い取られていた。その光景を見て俺と百合恵は思わず、


『犬!?それともエイリアン?』


と口を揃えて叫んだ。そして百合恵は、


「私とエリスティンは適当に済ませておくからあとは、和真君と長澤真希波がしなさいよ…」


と、さぞ悔しそうに言い放ち、エリスティンとの儀式を始めた。

そして……


「いきますよ…先輩。」


「まさか貴方とこんな事になるなんて思ってもみなかった事ね。」


「本当ですか?実は俺に惚れてたりして?」


「そんな訳ないでしょ!良いからとっとと済ませるわよ。こんな乱交みたいな事早く終わらせて清波を生き返らせて頂戴。」


そういうと先輩は俺の胸に飛び込んできてこう言った。


「私……男性とは初めてだから…優しく…して頂戴…ね?」


アレェ????これってもしかしてモテ期来たんじゃね?なんていう楽観的な思考とともに俺は先輩と唇を合わせた。百合恵とは違い、少し大人びた感じのキス。舌の滑りも少なく、ざらっとした感覚の方が強い。靡く金髪がその大人びた印象を逆に際立たせ、甘い香りを漂わせていた。鼻息もそんなに荒くはなく、息を止めているのだと気がついた。キスの間、唾液の交換は続き、舌を動かすたびに自分の唾液とは違った味のものが口の中に流れ混んできて、より一層エロさを際立たせていた。―――

儀式が終わると、先輩は不意にとんでも無いことを言った。


「濃い唾液……私のか、和真のかもう分からないわね……これがキス…」


「ちょおっと待てぇぇええ!!!何言ってるんすか!これはエロ漫画じゃないんですよ!そういう発言は控えてくださいよ!俺はこの作品をR18指定したくないんですよ!」


「悪かったわね。でも和真の唾液が濃くておいし…………」


「辞めんかゴラァああああああ!!!!」


読者諸君、これは決して作者の願望や趣味、欲望のまま書かれたものではない。純粋に魔術のため必要だからこうするしかなかった。只それだけなのだ。だからこの物語は至って健全全年齢指定の良品であるから安心したまえ。それでは続きをどうぞ。


「全員儀式は済んだわね?一応この主従契約で一番上に立っているのが和真君。その次が私、その次が長澤真希波。で、一番下っ端がエリスティンよ。良いわね?」


「その仕組みがよく分からないけどまあ良いわ。」


「………私は吸血鬼じゃないから格が下っ端って事。……ご主人様の血をもらった真希波はもう吸血鬼。……」


「まあつまりそういう事。じゃあ私固有の奇術を使うからとりあえず見てて。うまくいくと良いのだけれど…」


そういうと彼女は清波先輩の前に立ち、魔術の詠唱のようなものを始めた。


「我、常しえより時を護りし鬼人。我の生命の泉に出し力を持って彼の者の精魂を過去とともに呼び戻したまえ。

我、時を護りし者なり。

我、時代の行末の傍観者なり。

我、時を変える者なり。

我、共に奇跡に栄光あらんことを祈る者なり。

いま、その奇跡を持ってこの者を蘇らせる。

いざ!神の後光よ出でよ!震撼させよ!

時の護人よ!」


彼女がそう叫ぶと、清波先輩の体、と言うよりかは彼女の肉体のある空間そのものが徐々に動き出し、緑色の濁った空間へと変化する。そしてその空間は彼女の肉体を再生していき、最終的に元の状態に戻してしまった。


「一応成功ね。肉体と魂の巻き戻しは完了したわ。」


「一体何をしたのかしら?」


「奇術よ。と言ってもマジシャンの方じゃなくて、奇跡の術で奇術。これの場合時間の巻き戻しに近い事をしたのよ。とはいえ、時間を巻き戻すだけじゃ魂までは再生できない。だから一捻りしたのがこの術式。」


「なんだかよく分からないがすごい魔術なんだな。」


「ノンノン。魔術じゃなくて奇術。OK?和真君〜」


「あ〜ハイハイ。」


「で、何で清波をまだ元に戻さない訳?」


「あぁーそれはね、話すと長くなるけど簡単に言えば彼女の魂は軽く時間旅行をした訳。魂っていうのは時間や次元を移動すると相当な強度を持っていないとバラバラに崩壊してもう二度と復元できなくなってしまうの。だからそうならないために魂にかかる負荷を極限まで無くす作業をしているところだわ。分かった?」


「いや。まるで分からん。」


「まあ最初は分からなくても良いわ。それより、校舎の復元と、目撃者の記憶改竄をやっちゃうから、まだまだ魔力を貰うわね。」


「え?その記憶改竄でも魂に負荷がかかるんじゃないのかしら?」


「記憶改竄はむしろその負荷を利用して消したい部分の記憶を消すから無理に負荷を消す必要はないわ。それに死んでいなければ魂はその場にあるからね。」


やはり何を言っているかさっぱり分からない。先輩もかろうじて話について行っているようだがそれも怪しい。俺なんか全くついて行けていない。


「大丈夫よ和真。私もまるでついて行けていないから。」


先輩は青ざめた顔でそう言って来た。しかし全く百合恵と言うのは凛々しい奴だ。みんなの代わりに何もかもこなし、奇術なんていう凄まじい魔術を使い、一人で事を収束させてしまう。本当にこの娘が俺の彼女で良かったとつくづく感動するばかりである。


「終わったわよ。全く感謝しなさいよ!長澤真希波!その清波って人も今は気絶してるだけだから。そのうち目が覚めるはずよ。それと、今日のことがあるからって私の和真君に手出したらただじゃ置かないんだから覚悟しなさいよ!」


「えぇ。言われずとも貴女の彼氏に手を出すつもりはないわよ。それと貴女達を殺す事も上と話し合って考え直してみるわ。とりあえず今日はありがとう。それからこれからも同じ部活で頑張りましょう。」


「あんまり勘違いするんじゃないわよ。私はまだあんたのこと認めてないんだから!」


「まあまあ、、、あんまり喧嘩するもんじゃないぜ?それよりも俺にしょj……ッゴブッ!」


「そこから先は言わせないわよ。和真のドスケベ!」


「和真君がそこまでしたいならいつでも私が相手になってあげるから長澤真希波にまでも色目使うんじゃないわよ!アホ!バカ!ボケナス!」


「ハハハハハ……ボロクソだな。」


と、振り向けば相変わらずエリスティンは立ちながら寝てるし、そこら中がもうカオスな状況だ。とまあそんなこんなで校舎爆発事件は収束した訳ですが、気になるのはあの厨二王が姿を消したこと。もし百合恵のいう通りあの魔術師が原因でこの街が戦場になるんだとしたら、それは何としてでも止めなければならない。

この見どころといえば自衛隊の基地があることくらいしかない小都会の街だが、非常に住みやすく、戦場にして潰すには勿体無い場所だ。とまあそんな事を考えながら窓から外の景色を眺めていると、どこからともなく高笑いが聞こえ、遥か彼方の建物の上の方で高級ブランド物を着こなす金髪の青年が見えた、、、気がした。



「さあ、帰るか百合恵。エリスティンも家に帰りな。」


「家……はロシア。ご主人様の家に住み込みで仕える……」


『え?』


「じゃあ私たちは先帰ってるわね。鬼塚さんもあんまり羽目を外しすぎて妊娠とかしないようにね。」


「んなぁっ!?そんな事する訳ないじゃない!バカアホオタンコナス!」


「まあまあ、、、取り敢えずエリスティンを………」


「この子は私の家に泊める!良いわね!」


「あ……はい。…………」


この時は戦争がこの地で起こるなんて実感が湧かなかった。正直こんな所で戦争なんか起こるわけがない、そう考えてしまっていたのだ。しかしそれでも俺らは徐々に戦争の渦に飲まれてゆき予期することが全く出来なかった未来へと突き進んでゆくのであった。――――――――――――――






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異世界者(トラベラーズ)〜烏有の境界編〜 光輝麗(みつあきれい) @mituakirei

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