コテージにて

第1話

 私は波打ち際に立っていた。


 いつからなのだろうか? そしてここが湖か、あるいは海なのか。辺り一面霧が濃くて判別できなかったが私は一人立ち尽くしていた。

 何故ここにいるのか、そもそも私は一体誰なのか? まるでこの霧模様のように記憶が霞んで思い出せないでいると不意に目の前に人がやってきた気配がした。と、言っても霧が濃くて目の前にいるはずの人の顔や格好、性別さえ判別できない。

 だが、今の私にはこの目の前にいる人が誰であれ、ここがどこで何がどうなったのかを尋ねるほか無かった。


 すみません、あなたは誰ですか? そう尋ねる私に驚いた様子のその人は己のことを「管理人」といい、霧で迷わないように私の手を引いて近くにあった一件のコテージへと案内してくれた。

 そして「管理人」なるその人は、ここには衣食住に必要な物は全て揃ってるし、足りなくなると自動的に補充されるから安心してここに住むといい。と私に向かって言った。


 住む? 突然何を。それより私のさっきの質問の答えは? ここはどこであなたは誰で私は何故ここに? 再び問いかけるとその人が教えてくれた。

 ここは人が旅立つ前にどうしてももう一度会いたかった人に出会う場所。ここに来る人は普通なら出迎えに来た「管理人」である私の中に自分が会いたかった人の面影を見いだしてこのコテージで一晩過ごしてから旅立っていくのだが、稀にあなたのように自分が誰かもわからずに会いたい人も思い出せない人が来る。それは交代の「管理人」が来た合図だと。


 交代? まさか私が次の「管理人」に? 驚く私に「管理人」は告げた。

 私も前任者にそう言われた。会いたい人間がいないのにここに来る者は「管理人」となる。そしていつか、今は思い出せないかつての本当の自分に会いたいと願った人がここに来れば共に旅立つことができる。そしてその時には新たな「管理人」もやってくる。

 そう「管理人」が言ったときにコテージのドアを開けて人が飛び込んできた。霧のせいでその人がどんな人間かわからないが「管理人」にその来訪者が抱きついて、そしてゆっくりと二人揃って消えていったことだけはわかった。


 ああ

 何時の日にか私にもあのように

 今は思い出せない本当の私に会いたいと願ってくれる

 人が来てくれるのだろうか


 その時まで私はここで「管理人」として存在するのだろう。

 いつか、その日が来るまで。


  <了>

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コテージにて @emyuu

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