第2話 オリジナルバージョン

 ヨーロッパには移動式遊園地というのがある。

 色々な国で開催されるカーニバルの期間などに興行しながらまた別の場所に移動していくのであるが、その中の一つの団体の中に風変わりなテントがあった。

 風変わり、というのはいささか語弊があるだろう。テントの中でやっていることはよくある、このような所でありがちなタロットや水晶玉、占星術を使った「願いを叶えるおまじない」を行う所だったからだ。では、何が風変わりであったのか? それは、そのテントが「普通の人には見えない」からであった。

 

「おやおや、ここに入ってこられるとは。あんた、よほど何か強い願いを持ってるね?」

 テントの中のフードを目深に被った人物が中に俯いて入ってきた少女に声をかけた。声の感じからして呪い師は女性らしい。少女は呪い師の前に置かれた椅子に座ると黙って頷く。

 「そうだろうそうだろう! ここを見つけることが出来る者は、そして中に入ることが出来る者は恐ろしく強い願望――そうだね、自分の命と天秤にかけても叶えたい願いを持っている人間だけだからね」

 少女は又俯いたまま黙って頷く。

「あんたみたいな若い娘が命をかけるほどの願いだ。誰かが死にそうなのを助けたいのかい?それとも恋人を奪った恋敵にでも復讐したいのかい?」

 まあ、それが何であろうと私には関係ないけどね――占い師はそう言って視線を目の前にある水晶玉に移す。

「それじゃあこれからあんたの願いを叶えるための呪いをはじめるよ。お代はわかってるよね? 願いの大きさに応じてあんたの残りの寿命をもらうことを。

 願いが大きければ大きいほどあんたの寿命は減っていく。もしかしたらこの場で死ぬかもしれない。だが確実にこの呪いであんたの願いは叶う。それでかまわないんだね?」

 少女は顔を上げずに三度頷く。

「それじゃ教えてもらおうか、あんたの願いを」

 少女はここで初めて顔を上げ、呪い師の顔を見て答えた。

「私の『名前』を取り戻したい。いや、返してもらうぞ!私の名前を――!」

 その一言を聞いて呪い師は真っ青な顔をして立ち上がりその場から逃げ出そうとする。だが、その後ろ姿に少女はおよそ人間では発音が出来そうにない言葉を発する。次の瞬間テントの中は異様な空間に包まれる。


「……ふぅ。やっと取り戻せた。全く、生まれ変わって死に変わってここに辿り着くまで長い時間かかってしまったわ」

 暫くしてから元に戻ったテントの中で呪い師がフードを外してやれやれ、といった声を出す。フードの中から現れたのは妖艶と言って良い美しい若い女性であった。そして、その女の前に転がっているのはあの少女の死体。侮蔑の表情を浮かべて女はまるで虫ケラのごとく少女の頭を踏みつぶす。

「たかだか人間ごときに私の名前なんて……似合わん、似合わんよ!」

 

 かつて、この星は人間ではない強力な魔力を持つ古い種族に支配されていた。だが、ある日彼らは世界の表舞台から姿を消す。彼らの魔力の源が彼らの持つ「名前」だと人間に知られてしまい、それを奪われてしまったから。名前を奪った人間はその力を使い人の命を吸い取り不老不死の存在となった。

 だが、今その名前は本来の持ち主に戻った。古い種族は輪廻転生を繰り返し、長い時を経て己の名前を持つ人間を捜し当てたのだ。


「でもまだ、ね。まだ同胞が足りないわ。他にもいるはずの名前を奪われたかつての同胞を見つけ出さなくちゃ、ね」

 かりそめの自分であり、古い名前を失った呪い師として死んだ少女の遺体を消し去ると女は椅子に座りフードを目深に被ると次の客を待つ。

 ここにいれば同胞はそのうちやってくるだろう。そうしたらそこから始めればいい。そしてかつての同胞が揃ったら……その時は


「お前達と私達、どちらがこの星を支配するに相応しいかを天秤にかける時ね。人間よ、覚悟しておきなさい?」


 <了>

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