This is ラーメン
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This is ラーメン
ランチタイムに最近ここから3ブロックほど先にある空き地に美味い移動屋台の店が来るんですよ。ちょっと今日の昼にでも行ってみませんか? と、高橋は職場に来る早々、同僚で後輩の田中にそう話しかけられた。
「美味い移動屋台の店? 何を食わせてくれるんだ?」
「それなんですが、何だと思いますか?」
「そうだなぁ……ケバブやカレーはもうありきたりだし、意外なところで魚系の食いもんとかか?」
高橋の予想を聞くと田中はにやりと笑って答える。
「それがですねぇ、ラーメンの屋台なんですよ」
ラーメン? ラーメンの屋台が昼間に出てるのか? 夜鳴き蕎麦で飲み屋街に夜に来るならまだわかるが、こんなオフィス街のランチタイムにラーメンの屋台なんてどう考えても不似合いだろう。あ、もしかしてあれか? エスニック系のラーメンを出すとかそんな店か? 最近若いOLにパクチーが流行ってるっていうから小洒落たそっち系の屋台だろ? などという高橋の答えを聞いて田中は再びにやりと笑ってしゃべり出す。
「ところがどっこい! これが正統派のラーメンなんですよ! 屋台も小洒落た今風のじゃなくて昔ながらの店構えで、またこの屋台の親父が良い味出してるんですわ。でも何よりもラーメンの味がもう最っ高なんですよ! 俺がおごりますから行ってみませんか?」
「ばーか、後輩におごってもらうほど落ちぶれちゃいねーよ。ああ、わかったわかった! それじゃ今日の昼に行ってみるか。」
やや興奮気味に話す田中をややあきれ顔で見ながら高橋はそう返事をすると今日の業務へと取りかかった。
そして昼休みの時間
空き地にはいくつかの食べ物の販売車が来ており近場の会社員達がそれぞれの店に群がる中「ラーメン一楽」という暖簾の掛かったなんともレトロなラーメンの屋台が一台混じっていた。
「これはまた場違いというか何というか……うん、でも確かに匂いはいいな。」
田中に連れられてやってきた高橋が鼻をヒクヒクさせる。
「いやー、匂いだけじゃなくて味もホントに良いんですよ。あ、あの先客の眼鏡の人、あの人昨日も来てたですよ。」
屋台の前の椅子には既にラーメンを食べている男性の姿があった。田中はその人にどうも、と一言挨拶をすると屋台の後ろで作業をしている親父に向かっても挨拶をした。
「ちわ! 今日も食べに来たぜ。おやっさん、醤油ラーメン2杯頼むわ!」
「へい! いらっしゃい! お、もう一人お客を連れてきてくれたんですね。それじゃ約束通りチャーシュー1枚サービスしますぜ!」
年の頃なら60くらいだろうか?白髪頭で無精髭を生やした中肉中背な屋台の親父は振り返ると満面の笑みでそう田中に答える。
おいおい、俺はチャーシュー1枚のためにここに連れてこられたのか? いやいや、本当に美味いんですよ! チャーシュー、何でしたらそちらに渡しますから! などというひそひそ話を聞きながら親父は黙々とラーメンを作る。やがて
「へいお待ち! 醤油ラーメン2杯ね。チャーシュー、どっちも1枚サービスしておきましたよ。」
との声と同時に二人の前にラーメン丼が置かれ、その中身を一口食べた瞬間に高橋は思わず「美味い……」と呟いた。その高橋の顔を見て田中はしてやったり! という表情を浮かべる。
そんな様子を屋台の親父は笑いながら見ていたが、不意に何かに気が付いたように視線を遠くに向けると
「お客さん、ちょっとすみませんが少し席を外しますね。ゆっくり食べててくださいな。すぐに戻りますから」
と、夢中になってラーメンを食べる二人の客に言い残し空き地の外れの方に小走りに駆けていった。
「教授! 一楽教授! やっと見つけましたよ! こんな辺鄙なところで一体何をやってるんですか!?」
空き地の外れに立っていた一人の若い男が「一楽教授」と呼ぶ駆け寄ってきた屋台の親父に怒りながら話しかけてきた。
「おお、佐藤君じゃないか。久しぶりだなぁ。元気だったか?」
「『元気だったか?』じゃないですよ! 勝手に先史文明遺物を持ち出して行方不明になるなんて! おかげでアカデミーから苦情はくるわ、政府からも予算削減の通知はくるわでもう大学の考古学研究室は本当に大変なことになってるんですよ!?」
「それなんだが見てみろ! あの先史文明遺物の使い方がやっとわかったんだぞ! 私の学説通りだったんだ! これはあの伝説の『ラーメン』を作るために必要な物だったんだ!!」
その言葉を聞いて佐藤と呼ばれた若い男の顔色が変わった。ラーメン…まさか、本当にあのラーメンか!?
「そうなんだよ佐藤君! あの今まで何に使うか不明だった先史文明遺物! あれは実はラーメンを作るために必要な『屋台』と言われる物だったんだ! そして、ラーメンとは実はこの星に存在している食べ物だったんだ! 私はこの辺境の太陽系の地球と呼ばれる辺鄙な惑星に来てやっとラーメンとは何かを発見する事が出来たんだ!」
「……それじゃあ、これで……これで私達の故郷は救われるんですね? あの永きにわたる戦争にやっと終止符を打つ事が出来るんですね!?」
佐藤の目にみるみる涙があふれ出し、それを見た教授もうっすらと涙ぐむ。
「ああ……ああ、そうだとも! これでやっと我々の故郷は、プロキオン星系はシリウス星系との戦いを終える事が出来るんだよ!」
教授と佐藤の故郷であるプロキオン星系がシリウス星系との戦争に突入してはや幾星霜。戦争を仕掛けてきた軍事力では圧倒的に優勢であるシリウス星系がなぜプロキオン星系を今まで滅ぼさずにいたのか。それはプロキオン星系に伝わると言われている「ラーメンの作り方」を知りたかったから。ただそれだけであったのだ。そしてその作り方さえ伝授してもらえれば終戦協定に応じるとまで言われている物であった。
だが、プロキオン星系のどの星の者もラーメンなどという物は知らなかった。シリウス星系の者に聞いても「お前達なら知っているはずだ。遙か太古にお前達の祖先がどこかからそれを持ってきているはずだから」としか答えてもらえなかった。
――ラーメン、それは一楽教授と佐藤の故郷であるプロキオン星系を救う一縷の希望――
かくして考古学者である一楽教授は先史文明遺物である『屋台』を持ち出して星々を巡る旅に出る。己のたてた学説「この屋台こそがラーメン解明の鍵であり、どこか異星から持ち込まれたものである」を信じて。そして遂に見つけたのだ。あの伝説の『ラーメン』を!
どうしてこの時代のこの辺境惑星に屋台とラーメンがあるのかはわからない。誰かが時を超えて教授達の星か、またはこの地球と呼ばれる星にでも持ち込んだのかもしれない。
だが、もはや因果関係はどうでも良い。それについては時空物理学の専門家にでも任せよう、これで故郷が救われるのなら考古学者としてそれで充分だ。教授はそう思っていた。
「しかもだね佐藤君。この星で使われている素材をプロキオン星系の物で代用すると味が又格段に良くなるらしいんだよ」
未だ嗚咽している佐藤に教授は説明をする。身分を偽りこの星のラーメン職人に弟子入りをして一通りの技術を学んだ後、独り立ちしてからは様々な実証実験をしてきた。たとえばここの「煮干し」という魚の代わりにカラナックα第三惑星に生息するオオトカゲを、「干し椎茸」と呼ばれる植物の代わりにメタトロンγ第一惑星に自生している巨大ヤシを、他にもあれこれとプロキオン星系の代用品を使い出汁を取って麺を作ってラーメンを作って出したらこの星の住民にとても喜ばれた、と。
「故郷に戻ってもラーメンを作ることが出来ると確証が持てるまで帰るわけにはいかなかったのだが、これなら大丈夫だろう」
「なるほど、あそこの二人も美味そうに食べてますね。それでは教授、実証実験も終わったことですし早速故郷に戻ってアカデミーと政府にこのことを伝えましょう!」
涙を拭いて話す若い男にうんうん、と頷くと教授はラーメン屋の親父の顔になって屋台へと戻った。
「いやー! 美味かった! 親父さん、ここのラーメンはホントうまいね!」
「うん、これなら毎日でも食べたくなるな。明日も来てくれるんだろう?」
汁を一滴も残さずに飲み干し、空になった丼をカウンターに置くと高橋と田中は満足の笑みを浮かべて親父にお代を払いながら尋ねた。
「それがですねぇ…すみませんお客さん。
親父の言葉を聞いて、ええーそんな殺生な! と残念がる田中の肩をぽんぽんっと叩いて高橋が慰める。
「まぁまぁ。親父さんにもきっと色々事情があるんだろうさ。でも、いつかまたここに戻ってきてこのラーメンを食わせて欲しいもんだな。なにせここのラーメンは世界一美味いラーメンだからなぁ」
そう聞いて親父――一楽教授は一瞬真顔になった後に大笑いしながら二人に向かってこう言った。
「世界一? いやいや、お客さん。それを言うならこう言ってくださいよ。『ここのラーメンは宇宙一美味い平和をもたらすラーメンだ』ってね!」
<了>
This is ラーメン Eμ @emyuu
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