最終話

 ひとまず2人は部屋の外に出て、麻里が怪しまれない様に、と救急車と警察に電話を入れた。


 ちなみに警察への説明は、当初考えていたものをそのまま流用する事になった。


「それで、全部終わったけど、どうするの? これから」


 携帯をしまった麻里は、一人きりになってしまった柚子葉に訊きつつ、地面と玄関前通路との段差に座る彼女の隣に座った。


「児童相談所送りになって、里親待ちみたいになるだろうし、まあ、流れに任せるわ」


 隣の穏やかな表情の麻里と目を合わさない柚子葉は、どこか投げやりな様子でそう言って、疲れたようなため息を吐いた。


「不安?」


 言外に孤独感と不安感がにじむ少女は、その問いに無言でうなずいた。


「もし柚子葉ちゃんが良いならさ、ウチで暮らさない?」


 ほら、部屋とか持て余しちゃってるし、と間髪を入れずに言う麻里は、


「私もね、実はあの広い家で1人は寂しいな、って思っててね」


 柚子葉が口を挟むのを拒むかのような勢いでたたみかける。


「……必死過ぎない?」


 柚子葉は笑いを堪えてプルプル震えながら、わたわたとせわしない様子の麻里へそう指摘した。


「いやー、これぐらいしなきゃ、柚子葉ちゃん「そんな事無いわ」って言うかなって」


 にへっ、と苦笑いしながら、麻里は見上げてくる柚子葉にそう答えた。


「言わないわよ、そんな事。……ついさっき、麻里さんが素直になれ、みたいな事言ってたじゃない」


 つま先をピコピコ上下させつつ、柚子葉は少し照れくさそうに微笑んだ。


「そっか。じゃあ、養子縁組みとかやんなきゃね」


 彼女はおなじみの柔らかな表情で、柚子葉の肩をそっと抱き寄せながらそう言った。


「あ、来たみたいね」


 すると遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。


「柚子葉ちゃん、悲しんでる演技出来る?」

「当たり前よ。麻里さんこそ、何が何だか、みたいな顔OK?」

「もっちろん。せーの、でやろう」

「いいわね」

「よし、せーのっ」


 2人ともイタズラ小僧みたいな顔から、いかにもそれっぽい表情を作って、救急隊員の到着を待った。



                    *



「んー」

「なによ。麻里」

「いやー、1年って早いなって」


 まだ真新しいセーラー服姿のままでいる、部活からの帰りしなの柚子葉を見ながら、麻里は座布団に座って机に肘を突き、しみじみとそうつぶやく。


「年のせいじゃないの?」

「うぐっ、柚子葉は痛いところ突いてくるなぁ……」


 ババ臭い事を言う麻里への、柚子葉による茶化しの一撃に、彼女は眉尻を下げて突っ伏して大げさに落ち込む。


「はいはい。ごめんごめん」


 本当に落ち込んでいる訳で無いとは分かっているので、柚子葉は適当にあしらいつつ背負っていた四角いリュックを床に降ろし、ふすまの脇の柱に立て掛ける。


「どう? そろそろ中学校慣れた?」

「まーね。それなりには」

「友達とかは?」

「1人ぐらいかな。部活の雪緒さんって女子」

「おー。どんな子なの?」

すごくポジティブで優しい子よ。台本飛ばした子が居ても、その子を絶対攻めたりしないの。あとは、音楽の趣味が近いかな」

「そうなの。寂しい思いしてないか心配だったんだけど、良かった」


 友達について楽しそうに話す柚子葉に、麻里は満足そうな様子で小さく笑う。


「じゃ、手洗ってくるわね」

「ねー、柚子葉」


 おもむろに立ち上がりながら、麻里は洗面所へ向かおうと、背を向けた柚子葉を呼び止めた。


「ん。なに?」

「柚子葉、今幸せー?」


 くるっと振り返った柚子葉へ、答えが分かっているかの様に微笑ほほえみつつ訊く。


「わざわざ言わなきゃいけない?」


 愉快そうな様子で鼻を鳴らしながら、柚子葉はそう言い、


「――幸せよ。これ以上にない程、ね」


 1年前までは彼女自身も考えられなかった、満面の笑みを浮かべた。

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アコンプレス・レイニー・キルオフ 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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