モブキャラとプレイヤー
@SO3H
その選択は、お前のもの
実は私はゲームのモブキャラである、と言う話を同僚の佐藤に話したら笑われた。
「それは、酔って見た幻覚ですか?」
佐藤はグラスを掲げて鼻で笑った。氷がぶつかる音がした。若手期待のホープだからって、ちょっと私を舐めすぎじゃないだろうか、この男。
「いやいや。現実……というか、心の持ちようの話だよ」
私も酒を煽った。佐藤の見繕った居酒屋は、狭いが居心地の良い個室で料理も旨く、なかなかに酒が進んだ。だから、確かに私は酔ってはいただろう。普段わざわざこの話を人にすることはない。
「誰もが主役って言うけどさ、主役は立ちはだかる困難に立ち向かい、諦めず、勝たないといけない。そんなのは嫌だ」
「困難に立ち向かわない、諦める、負ける主人公もいますよ。俺のスマホの中に」
「それは君が進めるのを諦めたソシャゲだろう佐藤君」
鶏の唐揚げを頬張りながら、佐藤は正解とばかり頷いた。とても馬鹿にされている気がする。
「けどまあとにかく、私は実のところモブキャラなんだよ。選択肢が現れることはないし大層な名前も使命もない、ただ決まった台詞を言って決まった行動をしていれば話は勝手に進む。
そうしていれば主人公が決めてくれるし、それで守られる」
我ながら自分勝手な理論だと思うが、これは本当に普段から考えていることだ。自分が主役だなんて考えると、何かしなきゃ、結果を出さなきゃ、成長しなきゃ、と追い詰められる。学生時代それで一度手酷く失敗して以来、私はモブでいるように心がけているのだ。
「やっぱ酔ってますね?」
持論を語ったら酔っ払い扱いとは、心外だ。
「でも君は主人公だ。選択をしてここにいて、レベルアップをして、仲間を集めて仕事をしてる。偉い」
常に待ちの姿勢のモブとは違う。
「大丈夫ですか?」
よく舌の回る私にいよいよ心配の色を強めた佐藤は、店員呼び出しボタンを押した。水でも頼んでくれるつもりなのかもしれない。
ほらこれも、選択。
「無理をするなよ」
佐藤は固まった。途端に
「……何を知ってるんですか」
私は答えなかった。そのまま酔った私の戯言で流せばいいのに。
店員が個室の戸をノックした。どうぞと告げたのは私。
店員が帰ると、佐藤は箸を置き、ため息をついた。
「聞いたんでしょう。同期で俺1人だけ昇進するの」
正確には、何も聞いていないのだが、状況と佐藤の態度があからさまなので気づいたのである。
先日佐藤が部長に呼ばれているのを見ただけだ。部長の誇らしげな顔がなんとなくその用件を物語っていた。
私はこれでも顔が広い。ほかの同期にそんな話が来ていないことは、程なく知れた。
つまり佐藤は独りだ。勿論プレッシャーだろう。中には妬む者もいるかもしれない。佐藤は、そんなもの気にしないかと思っていたが、あの日から明らかに、態度が硬くなった。
期待されることが重い気持ちは、私も覚えがあった。それは昔のことだが、今まさにそれに押し潰されそうな者がいれば、手を出してしまいたくなる程度には、あの時は苦しかった。
「モブキャラは主人公の選ぶ選択肢によって無責任に行動を変える。私は君に従うよ。だから思いきりやれ」
佐藤と違って立場据え置きのモブは、無責任だ。無責任に、励まし、従う。
「何良いこと言った風なんですか。モブの癖に」
「いいぞいいぞその調子だ」
佐藤はもう一度箸を取り、最後の唐揚げを口に入れ、ゆっくりと咀嚼した。
「アンタはモブじゃなくて、パーティに入れてサブキャラくらいにはこき使いますから、頼みますよ」
モブキャラとプレイヤー @SO3H
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