星の輝き

 アイビーは窓の外を見た。夕日はとうに沈み、闇がIA電子資料館を包んでいた。

「もう遅い時間です。明日もあるでしょう」

 ユージンもちらりと時計を見た。アイビーにも明日はあるし、さすがにこれ以上長居するのも迷惑だろう。

「タクシー呼ぶね」

 迎えが来るまでの時間、ユージンは片付けの手伝いを申し出たが、空のカップを捨てるだけだったのですぐに終わった。中途半端な時間ができてしまった。

「一緒に外に出てもいいですか。新月なので、星がよく見えるかもしれません」

 アイビーはいつの間にか手にしたタブレットで、天体の情報を検索していたようだ。たまにはゆっくり空を見上げるのも悪くない。ユージンは賛同して、今度は電気がつけられた廊下を引き返した。

 外に出てみると、一歩先すら見通せないほど暗くなっていた。正面玄関から出て空を見上げると、星が空いっぱいに広がっている。

「きれいだね」

 思わずつぶやく。都会の空には決して現れない星々。余すと来なく記憶に留めようとユージンは目を見開いた。

「ええ」

 ほぼ毎日この夜空を見ているであろうアイビーも、空を見上げて星空を鑑賞していた。

「気象の記録を残すのはどうでしょう」

「こんな夜空が残るならいいかもしれないけど……」

 気象の記録は専門機関が保存している。もう少し人が住んでいるところならまだしも、IA電子資料館付近の上空の記録を見たいという人はなかなかいるとは思えないよ、とは面と向かって指摘するのは阻まれた。

「今見えている星って、何億光年という時間をかけて届いたものなんだよね」

「そうです。この星の数ほど、人の思いはあったのでしょう」

 アイビーのつぶやきを、ユージンは静かに聞く。

「太陽は昼間星の輝きを覆い隠してしまいまうほど強い光を放っていますが、見えなくなっているだけで消えてはいません。夜になればこうしてたくさんの星が輝きます。都会の光源で見えにくくなっていても、星はちゃんと私たちの頭上に存在していたのです」

 ユージンは力強くうなずいた。

「星にも寿命があります。消えてしまうことは仕方のないことでしょう。

 しかし星が輝いていたことを見た人は覚えています。写真や動画を撮れば残ります。絵に描く人もいるかもしれませんし、日記に書き留める人もいれば、詩や小説、歌を作る人も、もしかしたらいるのでしょう。

 私たちが電子資料データベースを作り上げる理由は、輝いていた星を知る人から話を聞き、写真を集めてまとめたものを見てもらうこと。星の輝きを伝え、星の輝きを知ってもらい、感動を共有することではないでしょうか。

 世界が変わっていくからこそ、引き継いでいくことが必要なのです」

 そうだ。ユージンはもう一度力強くうなずいた。

 だからアイビーは残し、ユージンは伝える。記憶を残したい人と、知りたい人をつなげることが、電子資料データベースの、電子記録員の使命なのだ。

 だからどんなにつらいことだって、たとえ悲惨な事件のことだって記録を残して伝えていかなければならない。情報の荒波にもまれて忘れ去られてしまわないように、今見あげている星の数ほどある記憶を引き継いでいくのだ。

 世界はこんなにも愛と絆であふれている。顔も名前も知らない人同士でも、いつか誰かの残した記憶でつながっていくのだから。

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デジタルクラウドメモリーズ 平野真咲 @HiranoShinnsaku

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