禍演なる儀

電咲響子

禍演なる儀

△▼0△▼


 なぜだろう。

 僕が彼女にかれたのは。


△▼1△▼


 僕はごく普通に産まれた。そう。に。


「気持ち悪い」


 僕が最初に聴いた、いや、正確には他にも聴いたかも知れないが、ともかく記憶に残っているのはこの言葉だ。


「こいつはひどい。か」

「生かしておく理由もないだろう。この姿では社会的にまともに生きられん」

「鉈を持ってくる」


 鮮明に憶えている。村人たちの会話を。


「さて。この鉈で――」

「待って!」


 村人たちを止めてくれたのは、僕の母だった。


「この子は確かに、確かに奇形児です。しかし、私はこの子に社会で生きるすべを教えられます」

「……よかろう。が、いくら名家の現当主とはいえ、育児に失敗したなら責任をとってもらう」

「ありがとうございます!」


△▼2△▼


「奴の故郷はすでに無い。なんとでもできる」

「世論は? この都市にを放つことに関しての」

「当然反発が九割です。が」

「が?」

「残りの一割が抵抗を」

「なるほどな。……ま、私の手腕を見ておけ。後学になるだろう」


△▼3△▼


「誰だ!?」


 僕は辺境の地に移送されていた。都市部は危険と判断しての医師たちの気遣いだ。


 だが。


 僕は孤独にさいなまれていた。

 時折、住みの近くの森、普段食糧を獲っている森に行き、木々をなぎ倒し岩を砕きなんとか孤独を紛らわそうと尽力した。

 もし同じ境遇の者がいれば、贅沢な悩みと思われるかもしれない。しかし僕の心は限界に近づきつつあった。


 そんなある日の夜。


「誰だ!?」


 もはや深夜と呼ぶにふさわしい時間、激しく扉を叩く音がした。

 追っ手ならいつでも殺せるよう武器を手に扉を開く。そこには、


「こんばんは」


 美しい女性の姿があった。僕は絶句した。なぜ? なぜここに? なぜこんな、


「こんな美人が」

「あら。ありがとう」


 思わず言葉に出していたのか。僕は赤面した。


「かつて、お見合いという制度があったのは知っているでしょ」

「あ、ああ……」


 理解はできた。が、納得はできない。


「なぜ君が僕の元へ?」

からの言いつけだとしたら?」

「…………いや、それでも」

「それでも?」

「僕は君を受け入れる」


△▼4△▼


 孤独に耐え切れず、気が狂いそうになっていたところへが来たのだ。それも、とびきりの美女が。

 僕たちは、何不自由ない生活を謳歌おうかしていた。僕が獲って来た動物たちを彼女が調理し、食卓へと並ぶ。

 精神の安定と人生の伴侶―― もし本当の伴侶なのだとしたら。

 僕が少々、いや、かなり舞い上がっているのも不思議ではない。


「これは人間たちの結婚と同じ。怖がらないで」

「びびってはないさ。ただ、知らなかったんだ」

「……?」

「全部だよ。知らなかった。何も知らなかった。だから僕は生涯を」

「そこまで」


 僕は生涯を君のために。……やはり駄目だったか。


「私は生涯をあなたのために捧げます」


 ……?


「あ、あの。それはまさか」

「はい。私は"正式に"あなたの妻となります」


 僕は泣き崩れ、彼女を抱きしめた。


△▼5△▼


「あの姿を見ろ。悪魔の化身じゃないか」

「確かに。悪魔が二匹組んでいるようだ。だが、俺たちの敵じゃない」

「慢心はよくないぜ。いつも通り慎重に狩ろう」


 俺たち狩人ハンターは人外の者を排除する。先日も市街地で暴れていた化け物を狩った。


「――よし、今だ!」


 大地を蹴り瞬時に飛び出し特製の散弾銃を連射した。

 日頃の修練の賜物だ。

 それは全弾対象に命中した。


△▼6△▼


『緊急ニュースです。市民がおそれていた怪物のつがいは、先ほど処理班により駆除されました。このような怪物を野放しにしている政府に対し我々は……』


「なんとでもできる、と言ったのを覚えてるか?」

「はい。世論は九割がなんたら、などと妄言を吐いていた自分を恥じます」

「よろしい。今は十割が賛同してくれている」

「人間の身体能力をはるかに凌駕りょうがした、おぞましい外見の危険極まりない存在。排除について民衆の完璧な賛同は当然の帰結でしょう。しかし…… まさか奴に女を送るとは」

人間だがな。苦労したぞ。同族らしき見た目に仕上げつつ、同時に洗脳作業も行わなくてはならん」

「はい。後学になりました。ご指導ありがとうございました」


<了>

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禍演なる儀 電咲響子 @kyokodenzaki

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