第3話「神の娘・紗耶香」
2020年3月―――東京・泉紗京学園。
少女は学校の正門前に一人佇んでいた。
歳の頃は16~17歳程度だろう。
だが、その美しい顔には優しさと冷たさがにじんでいる。
生徒かと思いきや、そうではない。
今時の女子にしては地味な服装に身を包んでいる。
だが、何故かその少女に興味を抱く者は誰もいない。
彼女が見上げた先にはやや古ぼけた校舎がある。
暮れなずむ夕日がそんな校舎を赤く照らしていた。
放課後のこの時間帯、既に生徒の大半は帰宅しているのだろう。
したがって、周囲を歩く者はまばらだった。
だが、校舎にはまだ残っている生徒もいるようだ。
その証拠に楽器の音色や運動部の野太い掛け声が遠く聞こえてくる。
少女はその校舎を懐かしい気持ちで見ていた。
色々な出来事が頭を過るが、振り返るのはやめた。
思い出に浸りたい気持ちはあるが、長くなってしまうからだ。
そう、長くなってしまうから……。
「あの、うちの学校に何か用事ですか?」
と、話しかけてきたのは女子生徒だ。
話しかけられるまで気づかなかった。
思い出に浸り過ぎていたのだろう。
少女は女子生徒の顔を覚えていた。
「これ、あなたのでしょう?」
と、バッグからある物を見せた。
女子生徒ははっと息を飲み、驚きの声を上げた。
「あ、それ私のスマホです!! え、ど、どこにあったんですか!?」
「あなた、駅で落としていったのよ。すぐ渡したかったけど見失ってしまってね」
「そ、そうだったんだ……」
愕然としている彼女にスマホを手渡す。
少女は大事そうに受け取った。
もう二度と離さないと誓ったことだろう。
「ありがとうございます! でも、よくここだってわかりましたね?」
「あなたがスマホを落とした時、制服に見覚えがあったの。うちの姉もこの学校だったからね」
本当はそれだけではない。
だが、嘘を言っている訳でもない。
「あ、お姉さんがいるんですね。へぇ~……ってそれでも探すのは難しいと思いますが。あ、もしかして探偵さんとか?」
「ふふ、残念ながら違うわ。悪いと思ったけど、個人情報を見せてもらったのよ、井上知里さん。すぐ返しに行きたかったんだけど、都合が悪くてね。遅くなってしまってごめんなさい」
「あ、いえいえ。いいんですよ、別に。本当にすいません、ありがとうございます。私、ほんと、おっちょこちょいで……。さっきまでずっと学校で落としたんじゃないかって、校内を探しまくってたんです。見つけて頂いて本当にありがとうございます!」
彼女は少し涙ぐんでいた。
よほど必死に探していたのだろう。
スマホを大事そうに握っている。
実は着信履歴も3分おきにあったのを少女は知っている。
井上知里をよく見ると、髪もボロボロで、化粧も崩れている。
恐らく、休み時間や放課後を使って必死に探していたのだろう。
今時の女子はスマートフォンが命と言っても過言ではない。
友達とのコミュニケーションを男子よりも重視する彼女たちには手放すことができない貴重なものだ。また、買い物も情報を調べることもスマホ一つあれば事足りる。
だが、無くしてしまうとやっかいだ。
「それじゃあ、またね」
「あ、はい……ほ、本当にありがとうございました!!」
井上知里は少しぽかんとしたものの、何度も頭を下げた。
何故、またねなのだろうかと。
さようならが普通ではないか?
そんな引っ掛かりを覚えたものの、彼女は既にいなかった。
「あ、名前聞くの忘れちゃった……」
ろくさよ短編集 六恩治小夜子 @sayoko
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