二五話 決闘開始―渡サナイ
『実は私、とんでもなく弱ってるの』
ふと溢した独白に、深紫の半妖は停止する。勿論だが停止の理由は私の言葉に驚いたから。それと、入院期間分の補習中に何を言っているんだ、みたいな呆れも少し。
『…入学式の時間でさっさと補習済ませましょ、とか言ってた試験監督誰でしたっけ。いやまぁ暗記出来てるんで問題無いんですけど』
『どうせ山場の読解問題越えたから後は楽勝でしょ?黒羽君なら一時間弱で全部済ませると思ってるのだけど』
『…はぁ。それで?弱ってるって、サグメと羽生さんの神性の件です?』
見向きもせず解答用紙に向き合う深紫の問に頷きで返す。先の探女戦線、そこでの天探女との対決に伴う私の魔力の弱体化。しかしそれは大怪我を負っただとか呪詛の類といった戦闘の後遺症に依るものでは無く、私の魔力についての話である。
『私の魔力―魔眼で通してるけど正式には〈
『そうですね、以前にも説明受けましたし。…それで交戦中にサグメの反転に当てられた結果、その副作用の性質まで反転したと』
『あら、理解が早くて助かるわ。…サグメと戦うまでは神化が四割くらいまで進んでたけど、妖力に当てられた結果一割満たないくらいまで逆戻り。まぁ〈
なら問題無いですね、と長々とした説明を一刀両断して解答欄を埋めていく深紫。この冷淡さ、このマイペースさは流石と言うべきか。とはいえ普段使わないような戦法が使えなくなったところで特段問題無いのは事実なのだが。
『…さて。私がこの話した意図、理解出来た?』
『いや、ただの愚痴としか聞いてませんでしたけど…って、まさか僕の妖力も反転―』
『…貴女のは寧ろ反転纏った挙げ句祓ってるでしょ。でも三割くらいは正解かも。相対的な弱化っていう点ではね』
『…はぇっ?』
筆が止まる。この様子だと今の今まで気付いていなかったか、もしくは戦闘そのものが頭から抜けていたか。どちらにせよ、我儘と矜持を貫き通した代償は半妖にとっては私と同等―否、私以上に重いものだ。勝利の為に振るった爪先は、もうすぐ自分の首を絞める。
『黒羽君、確かに貴女の妖力は強い。何せ傷さえ付ければ魔力妖力さえ消し飛ばす、触れたら終わりの〈祓ノ風影〉だもの。…でも、貴女は探女戦線で戦果を上げ過ぎた。その結果として、貴女は最大の武器を失ったのよ』
例えば、私が魔眼持ちと事前に知って警戒しない馬鹿はいるだろうか。一端の退魔士であれば情報を基に対策を立てる。私対策であれば目元を隠すとか、視界に入らないように遮蔽物の多いの場所を戦場に選ぶだとか。事前に相手の情報が判っていれば、どれだけ強い相手だろうと対策の二つ三つは容易に立てられる。
―判りやすく言えば、そういう話なのだ。それは多くの退魔士や妖が最も警戒する武器であり、それを保持するだけで戦場では常に優位に立てる武器。既に滅びた筈の鴉天狗の半妖が、軍に属さず個人として戦った半妖が持っていた鬼神さえ打ち倒す武器。
『…黒羽君。貴女の妖力も戦い方もとっくに割れた。今までみたいな初見殺しなんて、もう通用しないわよ』
即ち「未知数」。情報戦に於ける最大の武器を、鴉の半妖はとっくに手放していた。
「…僕の武器、かぁ」
入学式の日を思い出して嘆息。あれから一週間と少し、蛇巫女の言葉が今になって身に沁みる。
其は退魔士による宣戦布告、或いは戦果の強奪予告。先の探女戦線について退魔拾弐本家、即ち退魔士の御偉方が出した声明は虚偽と我欲に塗れていた。要約すれば響達千羽軍の妖の戦果を自らの物とする、なんて宣ったのだ。
当然ながら白部の妖はそんなものを認める訳にはいかない。自らの堕落と退魔士の虚弁を受け入れる理由なんて何処にも無い。即ち徹底抗議の姿勢を取ろうとしていたのだが。
「ごめんなさい、
「気にしないで、どうせもうすぐ閉店だし。折角遊びに来てくれたんだしゆっくりしていってね」
「…遊びじゃなくて大事な話し合いなんだけど。母親面する暇あるならさっさと洗い物済ませてくれませんか、
義母の邪魔が入ったが話を戻そう。件の退魔拾弐本家の声明に関して、現在の本家を纏める
「そういや決闘って言えば一対一のイメージあるけど、黒羽くんは不利ばかり押し付けられてるって怒ってたよね?そんなに卑怯なのかなー?」
「そもそも私達は六人、生徒会の退魔士は十二人だからな。剣道のように順番に一対一を行ったとしても、勝ち残りの乱闘戦だとしても数の不利は露呈している。…それに」
「…妖と退魔士の戦いである以上、魔力妖力の有利不利はどうしても発生します。…あまり認めたくはありませんけど、ルールに依っては確実に詰みますね」
―そう、問題はそれ。決闘の中身がはっきりしない上に当の中身までも退魔士側が詰めていく以上、そのまま提案を呑んだとしても其処に公平なんて文字列は存在しない。決闘の立会人さえも
なので当然、決闘の話は不備を伝えて仕切り直しに。あの傲慢かつ頑固な
「…さて、此処からが本題。決闘のルール回りは何とか仕切り直しに持ち込んだけど、早くて数日後にもう一回提案されると思う。その時はどれだけ決闘のルールが不公平だとしても僕達はそれを受諾しないといけない。響達白部の妖の功績と名誉は護られるべきだ。…だから」
「喫茶アヤカシで作戦会議、という訳だ。まず最初にお互いの戦力、そして魔力妖力の詳細を振り返る」
―先に僕達アヤカシ連盟の戦力から振り返ろう。
落雷と放電、そして砲となる
「…そう言えば、佑介の妖力知らないかも」
「欲や感情を喰って妖力に変える、その応用で相手の感情も読める。…って、言った事無かったか?」
「初耳なんだけど…。てっきり鬼だから普通に身体強化の類かと思ってた―っていうか読心!?お前そんな事も出来たのか!?」
「…煩ェ。別に分かるのは感情までで何考えてるかまでは分かんねェよ。あと俺は基本『勝ちてェ』って欲をそのまま力に変えてブン殴るだけだから身体強化ってのは合ってるぞ」
佑介の説明を受け、改めて蛇の乙女の言葉を頭の中で反芻する。成程、これが彼女の言った情報戦に於ける優位、即ち能力の秘匿と云う物か。確かに能力が目に見えて判別しやすい響や涼葉とは違って身体強化系の妖力は視覚情報だけでは詳しい能力は判らない。思えば僕も宍戸の馬鹿げた威力の攻撃に対して安易に爪で受けたせいで痛い目を見た事もあった。
―となると、私達の優位ってアレ?鴉天狗の血筋がバレて無かったから、風影に付随した祓魔の性質も隠せてたって事?―
多分ね、と心の内のランの問いに頷く。曰く妖力は文字通り妖の力の源、それが枯渇すれば欠乏症に至り、気絶や昏睡状態に陥ると云う。そして魔力を保持する人間である退魔士も、精神に基く力である魔力が尽きれば同等の症状に見舞われる。即ち魔力妖力さえ祓う僕の爪は、一撃必殺さえ狙える脅威となっていたのだろう。
「しかし、こう見ると個人の戦闘力に関しては高水準ッスよね、俺等。これなら数の不利くらい覆せるんじゃ無いスかね?」
「…慢心するな。響殿と涼葉殿、それと千春は範囲制圧に向くが閉所だと味方を巻き込みやすい、佑介殿と私は対遠距離の攻撃手段を持たないと弱みがはっきりしている。個々の能力だけで判別するな、鼬」
「…前から思ってたんスけど空さんって当たり強過ぎません?俺だけ呼び捨てですし…」
「はいはい今そういう話じゃ無いからねー」
―そう、退魔士と妖の戦闘に於いて個々の戦闘能力は確かに重要だが、それだけで戦は決しない。先に響が述べた通り、僕達の戦に於いて魔力妖力の有利不利というものはどうしても生じる。それどころか相性差だけで簡単に勝負が決まってしまうケースも有り得る。
ならば、今すべきは相手との相性の照らし合わせ。常に不利を作らないように立ち回らなければ勝ちの目は無いだろう。
「…という事で、これを踏まえて退魔士連中に対抗する為の作戦会議だけど―」
「…あぁもぉ無理!今の僕じゃどうにもなんない!」
―投げた。何が対抗、何が対策。帰宅してから決闘の対策会議を続けて三時間、議題を掘り進める度に露呈するのは自身の無力だけ。張り合う手段、競り合う方法までは見つかれど、どう試算しても自分が足を引っ張る未来しか見えなかった。
「…凪殿、ハルが一度食事を挟むべきだと。流石に根を詰め過ぎかと思いますが」
「…僕に気を遣わなくていいんだぞ、空。今日は解散したんだから君もさっさと帰ってしっかり休んだら?」
「形式上は貴方に仕える身ですので。学友及び戦友としては対等だとしても、忠を捨てる訳にはいかないので」
「空が仕えているのは鴉の族長でしょ」
「次期族長でしょう?」
「里滅びたけど」
「だとしてもです」
堂々巡りになるので此方が折れる。僕は次代を担える程強く無い筈なのに、事実あの時に里を救えなかった無力な鴉の筈なのに、彼女は今こうして僕を信じてくれている。そしてそれは彼女に限らず、響も涼葉も佑介も千春も、皆が信頼を寄せてくれている。それはサグメを倒したという功績故か、それとも共に背を預けあって築いたものか。後者であれば嬉しいかも、なんて子供のように願ってみたり。
―けれど、だからこそ歯痒い。個々の戦力を思えば僕は他の皆より劣る。響や涼葉、千春のような消耗の激しい妖力持ちは得てして見合った妖力量を保持しているが、僕は燃費の割に妖力量が少な過ぎる。半分人間故に妖力量も純粋な妖の半分程度しか無いのだから、その分戦場に立てる時間も削られてしまうのだ。今回のような長期戦が予想される多対多の戦闘ではすぐに使い物にならない案山子が出来上がってしまうだろう。
「…妖力切らした僕が足引っ張って勝てる勝負に勝てなくなるってのは絶対に嫌だ。…けれど相手は拾弐本家に連なる実力備えた退魔士だ。妖力抑えて勝てるとは到底思わない」
「ならば武具を用いるというのは?剣術に関しては心得もあるでしょう」
「武器は無理、空にも勝った事無いのに爪捨てて刀握る理由は無いと思う。…いや、今回は僕が出張らずにランに任せるのが一番か」
―………はぇっ!?急に私!?―
「…僕の中で寝てたろお前。ランなら妖力に頼らなくても刀使えるから消耗抑えられるし。という事で決闘よろしくー」
ちょっと、と静止するランを引き摺りだして心を休める。長期戦なら一撃必殺を主とする僕より堅実な戦闘を取るランに歩が上がる以上、今回は彼女に任せるのが適切だろう。それに妖力の秘匿による奇襲性を失った僕の出る幕は多分、これから先も―
「…凪、私に変わって寝ちゃった…。まぁ、戦も終わってるし決闘終わったらもう戦う事とか無いんだろうけどさぁ…」
「…ラン殿?」
「あ、別に戦が終わる事が嫌とかじゃないよ?私は凪が救われているならそれでいいし、凪は漸く救えたんだからこれからは平和を謳歌してのんびりして欲しいとも思ってるし。…でも、一つ思う事もあってさ」
「―折角だから、凪に自信を持って欲しいんだよね」
『それで、決闘は今日なのかい?なんでもっと早く連絡してくれないんだ、みぃちゃんがまた怖い思いすると思うとパパは心配で心配で…!』
「そうなるから当日連絡になるんだよ、パパ…。大丈夫、私はナギナギ達と一緒に生徒会のセンパイ達と戦う側だから」
『…まぁ黒羽さんちの凪ちゃんが一緒なら大事は無いと思うけど…って今生徒会と戦うって!?どうしてそんな事になったんだい、詳しく説明して―』
「パパは本家で
無慈悲に切断される通話。決闘の申し入れから一週間、放課後の教室で桃の髪の少女は嘆息していた。
「…ごめんね、今着替えるからー」
「急がなくていいわよ。なんならアイツら焦らしてやりなさい」
「わぁセンパイ絶好調ー」
―遂に訪れた決闘当日。校内には一般生徒も教師の影も無く、敷地内には人避けの術式が仕掛けられていく。戦いの準備という時間はどうしても苦手だ。別に戦闘行為が苦手という訳でも無いのだが、血を流す為の準備と思うと何故か嫌気が差してくる。
「…ごめんなさい。本当は私と日辻も暴れたかったのだけど、立会人で我慢しろって」
「仕方無いよー、センパイ達が立った方が有利になるって相馬センパイも言ってたし」
―そう、あんな啖呵を切ったのに私に許されたのは戦闘への不参加だけ。ついでに日辻の処遇も私と同じ、黒羽君達と共に戦場に立てるのは水鈴だけになってしまった。お前が立ったらアヤカシ連盟を見極めるという本題が行方不明になる、なんて言われてしまったものだから仕方無く引き下がったけれど、日辻を戦場から引き摺り降ろせただけ頑張った方だと前を向く事にする。
「よし、準備完了!」
「…でた、ペンギンの着ぐるみ」
「ペン太郎だよ!それじゃセンパイ、審判宜しくー!」
「…はいはい、了解っと。さっさとあの子達に合流してきなさい」
―九月は一八日、一六時。決闘開始まで、後僅か。
「…今日は宜しく頼むよ、白部の姫君」
「此方こそ、根住の跡取り。せいぜい油断なされぬよう」
生徒会長と千羽の姫が握手を交わしながら火花を散らす。不穏な空気が漂う中、僕達は火蓋が切って落とされる瞬間を静かに待つ。
「みんな、お待たせー!」
「待ってないから大丈夫。…宜しく、水鈴」
「うんっ!一緒に頑張ろーね、ナギナギ!」
着ぐるみの両羽に手を握られる。アヤカシ連盟側には僕―凪と響、涼葉と佑介、千春と空。そこに数的ハンデを埋める為に水鈴が加わって計七人。
対して生徒会側は根住 大吉、牛若 アリア、寅居 信玄、卯野 楓、辰宮 零、相馬 駆、猿渡 真白、犬飼 遼、宍戸 仁と計九名。羽生先輩と日辻はアヤカシ連盟側に付く許可が下りず、決闘の立会人を務める事になった。
『―全員揃いましたね。此度の決闘の立会人を務める羽生と日辻です。既に通達済ですが、改めて決闘のルールを説明致します。形式は総力戦、戦闘場所は校庭及び校舎内。どちらかの陣営の大将が戦闘不能となった時点で決着とします。禁則事項は殺害のみ、基本的に何でもアリと思って頂ければ。…アヤカシ連盟側の大将は白部 響、生徒会側の大将は根住 大吉で受理していますが、訂正は』
「いえ、相違ありません」
「此方も無いよ」
拡声器越しの巫女の声が校庭に響く。武勇を掲げる戦士、合わせて一六名。決闘とは言うがその実体は総力戦、ルールの有無以外は殆ど普段の戦闘と変わりはしない。変わりはしない、筈なんだけど。
『…了解致しました。質問等無ければ十五分後に決闘を開始致しますので、指定の場所で待機してください』
拡声器を切り、心底面倒そうに朝礼台を下りる蛇の巫女。ちなみに指定場所だがアヤカシ連盟が校庭、生徒会が校舎内となっている。これに関しては生徒会側が決めた事なのだが、要するに「狭い校舎内に攻め入ってこい」と言う事だ。味方を巻き込みやすい妖力の響や涼葉を警戒しての判断だとは思うが、果たして僕の望んだ対等は何処へ行ってしまったのやら。
「…此処から七人纏めて突入するのは校舎内の狭さもあって危険だと思う。手筈通り空と千春、響と水鈴、涼葉と佑介の組分けで順に突入しよう。殿は僕が」
「…本当に大丈夫なんスか?そもそも倒れたら終わりの大将が前に出るのは―」
「後衛に残す方が危険だ。数的不利を被っている以上、護衛に人員を割けば攻勢に難が出る。そもそも響殿も十分に強いのだから全員で攻め入る方が良いかと」
「…それなら無理に攻め込まず
「それがいいなら構わないぞ、馬野郎と錆犬に蜂の巣にされない自信あるならな」
「…先手打たれたせいで僕達に取れる択は無いんだよ。結局向こうの思惑に乗るのが一番勝ちの目が見えるっていうのが余計腹立だしいけど」
嘆いたところで始まってもいない戦況が好転する訳でもない。決闘に望む以上、僕はただこの爪を振るうのみ。例え今迄のような戦いが通じないとしても、それしか道は無いのだから。
―凪、今回は私が出ればいいんだね?―
「…お願い。僕は全力で援護に徹する」
―託し、髪と瞳を翡翠に染める。準備も覚悟もとっくに済ませた、それなら後は進むだけ。
『…時間です。アヤカシ連盟、生徒会諸君。準備はいいですね?それではカウント、十、九』
校舎のスピーカーから鳴るカウント。屋上に見遣るは敵の大将、根住。加えて矢を番える
「待ってあからさまに現代兵器持ち出してきてない!?」
「〈機械使役〉、あれ相手に空中からは難しいか」
「…私達が今見るべきは上じゃなくて前ですよ。…それでは」
『三、二―』
号令を待って前を向く。風鳴る刃を右手に構え、意気揚々と踏み込んで。
「アヤカシ連盟、出陣です!」
―カウント、ゼロ。之は、誇りを護り抜く為の戦いだ。
千羽高校アヤカシ連盟 織部けいと @kettar3
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