アヤカシ連盟VS生徒会

二四話 決闘準備―譲レナイ

「―先の天探女との戦争、即ち探女戦線についての退魔拾弐本家としての見解が出されました。

 此度の戦は鬼神に墜ちた天探女による妖の軍の扇動、彼女達は千羽の陥落を目的として戦線を開始した。之に我々本家は現地の退魔士に対処を指令、撃退と云う多大な成果を上げた。白部の軍含む妖の介入は無く、全て退魔拾弐本家の功績である、と―」

 巫山戯ふざけてる。文書を読み上げる声を遮るように、乙女の声は吐き捨てた。虚偽と我欲に塗れた紙っぺら一枚を、殺意と嫌悪を込めて睨み付ける。

「奴等は千羽など滅べばいいと不干渉を示した。そもそもサグメに勝てるなんて思っていなかったのでしょうね。けれど実際、私達はこの町の妖と共に挑み、そして勝利を得た。…そしたら何、自分達は指示したと嘯いて手柄横取り?ボケ進行しすぎて脳味噌腐ったのあの馬鹿共は」

「落ち着け、羽生はぶ。お前が何を言ったところで上の意向は変わらない。我々はこの見解に従うのみ」

相馬あいまの言う通りだぜぇ?むしろ憎き妖共の手柄が俺様達のモノになるんだからよぉ、金も入るしもっと喜べよ蛇女」

「…黙れよ寅居とらい根住ねずみ会長、オレと有希ゆうき鳥谷とりたには全力で抗議するつもりだ。他人の手柄奪って喜ぶほどオレ達は落ちぶれちゃいないんだ」

「うっわぁ、日辻ひつじセンパイ激おこだぁ…。まぁでも、実際サグメぶっ飛ばしたのはナギナギだもんね。友達の頑張り無かったコトにするとかボクには出来ないよ」

 無論、傍から見ても問題だらけの文書を認めるつもりは無い。けれどそれは私や日辻、それに水鈴みすずのような妖との提携に抵抗の無い退魔士の考え方。本来、妖を討つ事を生業とする退魔士の多くは当然ながら妖を敵視している。その為に私達からすれば理不尽極まりない見解発表に理解を示す者が多数派になってしまうのだ。

「…あの、卯野うのですけど発言いいですか…?今の本家を纏めているの、確か会長のお父様ですよね…?根住当主は何と…?」

「…父は俺と違って妖を嫌っている正統派だからね。他の退魔士の事を考慮した上で許可したそうだ。この文言自体は多くの当主から出たものだと聞いた。牛若うしわか君」

「はい。拾弐本家では牛若家、寅居家、卯野うの家、辰宮たつみや家、相馬家、猿渡さわたり家、犬飼いぬかい家、宍戸ししど家の計八家による共同の進言と記録されています。日辻家と鳥谷家は否定的な意見を申していたそうです」

 数の暴力を示されて黙り込む。そもそも妖に協力的及び友好的な退魔士なんて千羽であっても少数派だ。多数派が幅を利かせる現代社会に於いて、少数派の意見が通る事など極めて珍しい。悔しいがその辺りは妥協点を模索するしかないのが現状である。

「日辻家と鳥谷家はこの町に拠点を構える退魔士だからね。僕達とはそもそも妖に対する考え方が違うのさ」

「…辰宮サン、俺はこの二人もさっさと除名した方がいいと思う。妖の味方は俺達の敵だ」

「それも極論でしょ。宍戸と猿渡はそういうとこあるから気を付けて欲しいです」

「アタシはまだ我慢してるわ犬飼。…んで、どーすんの会長。抗議しても通らないっしょ」

 猿渡の言葉で静まる生徒会室。分かっている、こういう意見を掻き消すからこその退魔士共だ。ならば探るは意見を押し通す方法では無く双方共に納得出来る妥協案。しかし戦果の横取りが殆ど確定事項となったこの現状で、これ以上何を妥協しろというのか。

「…そうだな、確かに本家の見解は覆らないだろう。だが、我々生徒会としての見解は俺達で決められる」

「…根住会長?」

「そこで一つ提案だ。我々生徒会で、を見極めるというのはどうだろう」




 涼風に深紫の長髪が靡く。昼食時を迎えた千羽高校の屋上、そこに設置された貯水槽に腰掛け半妖は憂う。

「…凪、テメェ急に髪伸ばしてどうした。というかこの土日で急に伸び過ぎだろ」

「…換羽期だよ。元々髪伸びるの早い方だけど、この時期は切らないと恐ろしく長くなるからね。…色々あって切り損ねたらコレだよ」

「換羽期って、黒羽くん半妖だから羽無いよね?」

「だからか知らないけど代わりに髪が伸びるんだって」

 風に揺れる紫を手で抑えながら嘆息する。普段はなるべく首元までの長さで整えているのだが、少し放置した結果背中まで伸び切ってしまった。学内では周囲の目も鑑みて束ねる事で誤魔化していたが、それでも気付いている者は気付いているだろう。

「私達みたいな鳥獣系の妖にとってはそんなに珍しくないんですけどね。…でも、凪くんは喫茶アヤカシでのお仕事ありますし普段ちゃんと切ってましたよね?」

「…あー、ちょっとドタバタしてて時間無くて…」

「響殿を泣かせた件を引き摺っていたそうだ。有希殿にも折檻されたとか」

「…空、何で言うかな」

「あー、気にしてたんスね…」

 千春の生暖かい目が心に刺さる。どうして空は言わなくてもいい事をきっちり答えてしまうのか。思えば例の戦線を越えてから周囲の僕に対する扱いが雑になっている気がしていたが、日に日に対応が悪くなっているような。…否、あそこまで我儘を宣ったのだから自業自得とも言えるのかもしれないけれど。

 ―まぁ凪って別に弄る側じゃないもんねー―

「煩いラン。……今の僕に似合ってないのは重々承知だよ、学校終わったらさっさと切るから安心しろ」

「えー勿体ない。可愛いのにー」

「童顔ッスもんねー」

「可愛くないし童顔じゃないから!というか涼葉と千春、お前等補習残ってるだろ!油売ってないでさっさと補習行ってきたら!?」

「二人の補習は放課後らしいぞ。しかし凪殿もまだまだ子供だな」

「童顔で幼稚とか幼女かよ」

「誰が幼女だ莫迦阿呆惚茄子バカアホボケナス不良鬼!くるくるぱー!くるくるぱー!くるくるぱー!」

「おかしな方向に発狂してる…」

 ―凪の心情が荒れ出したのでランに交代。しかし皆して凪に対する容赦が無い。童顔だとか性別不明の容姿だとか気にしている所を的確に突いてくるあたり、ちゃんと凪の事を理解していると喜ぶべきなのか。

「くるくるぱー!」

 …前言撤回。ちょっと見ていられない。

 ―はいはい、狂狂くるくるしてないで交代ねー。佑介達も、結構気にしてるみたいだからダメ押し止めたげてね?」

 髪と瞳を翡翠に染めて、苦笑しながら静止する。確かに凪は一見落ち着いているように見えるけれど、その心の根底にあるのは壊れた『わたし』。思考も心も在り方も、今のランとは違うけれど、荒れた時に纏の側面はたまに出てきてしまう。とはいえ、此処まで童女のような言動になる凪も珍しいけれど。

 ―だから童女じゃないって言ってるだろくるくるぱー!―

「…たまに笑うようになったし、変わったというよりは戻ってるのかなぁ。…でも、わたしわかれて凪とランだし、わたしに戻った訳じゃ…」

「はいはい、今日は本題あるのでそのくらいで。…改めて、例の拾弐本家から届いた見解についてですが」

 響の咳払いで緩んだ空気がぴんと張る。そうだ、凪の髪の話題から脱線していたが私達は元々その件に関する相談で屋上に集っていた。否、特に何も無くても昼食時はいつもこの六人で昼食を囲んでいる気がするが、今回に関してはれっきとした私達の―アヤカシ連盟の会議が主題である。

「…そういうのはお前等白部組ヤクザで決める事だと思ってたんだが」

「本当ならそうだったんですけどね。実は―」

「―その件に関して、根住会長から伝言を預かっている」

 途端、響の言葉を遮るように男の声が通る。屋上の塔屋から現れたのは、眼鏡を掛けた青のツインテールの少女の姿。そして、冷淡な印象を受ける黒髪の青年。

「千羽高校生徒会にて退魔拾弐本家が一つ、卯野です…。そして此方が…」

「同じく相馬だ。今日はアヤカシ連盟に決闘の提案を持ってきた」

「決闘、だぁ?」

 探女戦線を越えて一月、新たな戦いの火蓋が切って落とされる。


 ―退魔士達の云う決闘とは、即ち実力を示す闘いであると聞く。ある者は物を、ある者は誇りを賭け、自らの武を示さんと剣を交わした、言わば『人に武を示す』闘いだ。

 しかし、妖にとっての決闘とは儀式のような物だ。文字通りの死闘を繰り広げ血を流し、誇りと血肉を地に、或いは天に、或いは海に捧げたという。退魔士の決闘に倣うのならば、妖のソレは『自然に自らを示す』闘いだ。無論、人と共に在る道を選んだ千羽の妖にとっては血肉と魂を捧げる決闘なんて随分と昔に廃れているが。

「根住会長が、我々が提言した決闘は武を示す決闘だ。アヤカシ連盟の正しさは上の意向を退けるに相応しいものであるのか。会長は直接アヤカシ連盟の戦いに触れて確かめたいと申している」

「…随分と勝手なんスね、会長サンは」

 吐き捨てる千春に心の内で同意する。勿論相馬が、根住の提案が本家上層部の意向に背いた僕達への譲歩である事くらい理解している。けれど、要点を簡潔に纏めれば『手柄横取りされたくなかったら俺達と戦え』だ。身勝手だと野次られても仕方の無い、脅しに近い提言を突き付けられて苛立つなと言う方が無理な話だ。それを承知で淡々と言ってのける相馬という退魔士は、肝が座っていると称賛するべきか図太いだけと皮肉るべきか。

「…それで、決闘の詳細は?日時、場所、あとルール。勝手に決めてるなら教えて欲しいんだけど」

 ―あ、凪がマトモに戻った―

「掘り下げる、という事は受けるという事で構わないか」

「そんな訳あるか。そもそも此方は六人、生徒会の退魔士は全部で十二人。不利ばかり押し付けられる決闘なんて受ける理由は何処にも無いさ。…それとも何、手柄を横取りする側だからって調子に乗ってる?」

 鋭い言葉に敵意と侮蔑を含ませるが、相馬は顔色一つ変えずに首を振る。元々無表情というか常に冷静である相馬だが、今この時に限っては余裕さえ垣間見える気がする。

 否、実際に余裕なのだろう。事実、この申し出を断って一番ダメージを受けるのは妖側だ。もし決闘を断ったとなれば、それは白部の姫が自らの成果を放棄し、偽計に満ちた退魔士の功績と自らの堕落を認めるということ。そんな事は僕も響も認めるつもりは無い。否、吐き捨てたところで先手を打ってきた向こうの方が上手だったと言わざるを得ない状況なのだけど。

「…ああ、それとも今の退魔士は若い世代まで老害共のせいで腐ってきてるのか。そういや去年も色々あったもんね、確か蛇神へびがみ一派が他所様の妖と共謀してバイオテロやらかしたっけ」

「…我々は蛇神とは違う」

「同じだよ。否定しても同じ退魔士だ」

 ―だから、全力で煽る。まずは相馬の余裕を失くす。可能なら判断力を削って交渉のペースを握り、最低でも仕切り直しで考え直させる。どれだけ姑息だ悪辣だと罵倒されても軽蔑されても、最終的に勝つためならば、勝てる戦をするためならば何でもやる。卑怯卑劣を通す事も、欺き嗤う事も、必要なら命さえも侮蔑してみせる。それがこの僕、黒羽 凪と云う半妖の戦いなのだ。

「そういやのぞみちゃんだっけ?蛇神の娘さん。あの子も可哀想だよねぇ、阿呆共の野望に巻き込まれて死んじゃって。…あぁ、元から堆肥箱コンポスター行き確定してた腐りかけだったっけ?外道の家系に生まれた時点で運の尽きだったって訳だ。あんなに意味の無い人生を過ごした人間、初めて見た―」

 刹那、怒りに満ちた拳が物理的に僕を黙らせた。ようやく相馬が挑発に乗った―否、普通に僕が地雷を踏み抜いただけか。取り敢えず、相馬の平静は奪えただろうか。

「鴉風情が彼女の生を馬鹿にするな!確かに蛇神一派は外道だったが望は最後まで一族の使命に抗い善性であろうとした!何も知らない半妖が、望を語るな!」

「相馬君!?気持ちは分かるけど落ち着いてー!」

「流石に煽りが無神経過ぎますって…。悪魔か何かッスか、この半妖…」

 ―うっわ…凪ゲスすぎサイテー―

 いや悪かったって。流石に本心じゃないって。流石の僕でも完全被害者側で犠牲者の彼女を心から侮蔑するとか出来ないって。というか一応顔見知りだし。相馬と卯野帰った後でちゃんと弁明するし帰りに彼女の墓前で謝るから一回黙って欲しい演技を演技と見抜けない組。いや演技だとしても随分問題ある発言だったけど今そういう話じゃないんだって。

「…いたた、魔力込めて殴ったな…。何、お友達馬鹿にされて怒っちゃった?友の為に怒れる俺は善人なんだぞーって自慢?何それウケる。妖リンチする屑共の群れの中にいる癖に」

「…下衆に屑と言われたくはない。今すぐ彼女への侮辱を撤回しろ」

「なら決闘のルール公平にして出直してこい。別に見極める必要も無い下衆だったと決闘の話白紙にしても構わないけど、その時は僕も発言は取り消さない。お前達が、蛇神の娘が屑じゃないと証明したいなら、せめて見下すな」

 口内で滲む血の味を堪えながら、平静かつ冷静を演じて言葉を綴る。今必要なのは引き下がらない事。死人の誇りを天秤に掛けさせてまで食い下がったのだから、これ以上向こうに譲歩の隙を見せるな。相馬が冷静になる前に話を持ち帰らせる、それが出来てようやくイーブンだ。切りたくない手を切ってまで抗った、後は天運に任せるのみ―なんて、僕らしくないけれど。

「…凪殿の非礼は詫びる。だが一度考え直して欲しい、という事に関しては私達も同感だ。貴殿等に少しばかりの良心があるならば、対等とまではいかなくとも善処くらいは願いたいものだ」

「…相馬君、帰ろ。一回頭冷やさないとダメだよ、お互い」

「…悪い、卯野。次は良い返事を聞きたいものだ。失礼」

 怒り混じりに扉を閉める音。授業開始五分前、必死の交渉は仕切り直しとなった。


「…あぁもぉ僕の馬鹿!も少し考えれば色々やりようあっただろ!普通に押し問答で交渉延期とかさぁ!別に彼女の無念まで嘲笑う必要なんて何処にも…!髪の事で苛立ってたのもあるけど流石に言い過ぎ―」

「…何、アレ」

「気にするな、いつもの自己嫌悪だ。…あの様子だと、へびの席の退魔士を嗤った件か」

「面倒臭ェ奴だな」

 呆れる佑介の声が心に刺さる。判ってる、どうせ僕は勢いで放った言葉をずるずる引き摺る陰鬱鴉だ。仕方無かったなんて言い訳は通じない、現に僕は本心からでは無いとしても蛇神の彼女を罵倒した。希望と誇りに散った彼女の生を、無意味だと吐き捨ててしまった。あまりにも軽率な発言をした自分を嫌悪するのは当然だろう。

「そう言えば、望さんって蛇神の娘さんッスよね。でも確か、帳簿では留学中ってなってたと思うんスけど」

「ああ、表向きにはそういう扱いになったんでしたっけ、彼女。…蛇神 望、生きていれば私達より一つ上の先輩ですね。半年前、この町で発生した『神化災害エボルヴハザード』で死亡が確認されています」

「エボ…なんだソレ」

「『神化災害』、簡潔に説明すればバイオテロだよ。ただし、ばら撒かれたのは人を魔獣に変質させる悪魔の霊薬。元凶は蛇神の当主で、望は彼女の娘にして被害者だった」

 思い出すだけで吐き気がする。人が魔獣に変わり暴走し、多くの建造物が、妖が、人間が命を散らした文字通りの地獄絵図。僕にとっては何度目かの地獄で、全ての元凶であった蛇神の当主は楽園と呼んでいたか。人を神に変えるだとか神化論シンカロンがなんだとか。その災害の中で彼女は、望は父親である筈の当主の謀略によって神に等しい化物バケモノと化した。

「…多くの命が散りました。霊薬の影響か多くの関係者に記憶の混濁が見られた為に千羽と退魔士本家は事件そのものを秘匿していますが…」

「…その話は一旦置いておこう。今考えるべきなのは決闘についてだ。…どうする、響殿」

「…棄却して損をするのは私達です。今はただ、彼等の譲歩を待つしかありませんね」




「…はぁ!?望の名前を出してきた!?」

 放課後の生徒会室、鳴る怒号に硝子が震える。密かに卯野が録音していた交渉の様子を静かに聴いていた退魔士達だったが、ある地点から空気が変わった。無修正高音質の音声ファイルには、鴉の半妖が特大の地雷を踏み抜くところまでしっかりと記録されていたのである。

「…珍しく相馬が苛立って帰ってきたと思ったら、成程。これはキツいな」

「…蛇神と同じじゃないって言うなら考え直せって事か。あの鴉、調子に乗りやがって」

「でも正論だよねー。十二対六は流石にインチキだもん」

「アンタはどっちの味方なんだよ鳥谷!」

 結局、交渉だけでは何も進展しなかったと嘆息する。否、寧ろ悪化したまである。結局は私や日辻、水鈴は凪達アヤカシ連盟の功績と誇りを守りたい事に変わりは無いし、上に従うべきだという連中もその心に変わりは無い。

「…しかし、望の尊厳を踏み躙る事で我々を煽るとは。これは考え直す必要も無い、かの悪辣を粛清しようではないか!」

「…録音聴いて無かったんですか、辰宮先輩。白部組も蛇神の所業は外道と判断しているんです、蛇神と同じと判断されればこの町の条約ルールに反して」

「咎人扱いで首が飛ぶ、ですか。感情的に吐き捨てたように思っていましたが随分と考えていますね、黒羽さんは」

「…ふふっ、あはははははは!先手取ったつもりが後手で完全にあの子の手中ね!お上様が欲掻いた結果引き下がれなくなったのは退魔士側だなんて、本当傑作!フリからオチまで完璧ね、芸人目指せるわよあのジジイ共!」

 笑い過ぎだ、と相馬に咎められるが無理かもしれない。何せ相手はあの天探女相手に平和的な終戦を導いた実績がある交渉の天才だ。喫茶の仕事で培った対話能力と戦場で培った観察眼、即ち交渉に於いての先読み。卯野は秘密裏に録音したと言っていたが恐らくそれも折り込み済みだったのだろう。挑発の結果として相馬が手を出す瞬間まできっちり録音されてしまったのだから、退魔士側は非を認めざるを得ない。これを滑稽だと言わずして何だと言うのだ。

「…しかし、羽生。望に対する罵倒に一番怒っているのは君だと思っていたんだが」

「…あのねぇ、根住。黒羽君のアレが本心からな訳無いでしょ?あれ相馬のグーパン誘ってるだけよ」

「なっ」

「あの子は確かに悪辣だけど人の生を土足で踏み躙るような外道じゃないわ。…という事で、会長サマ。黒羽君のいう公平な決闘やるなら、一つ提案があるのだけど」

 ―蛇の乙女は静かに笑う。最後まで善性であろうとして散った巳の乙女の想いを継ぎ、いつものように言葉を綴る。彼女が善性の味方に殉じたのならば、私は悪性の敵として立ち上がる。


「…九対九。私と日辻、水鈴はアヤカシ連盟の味方として、あの子達の功績を守り抜くわ」

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