竜を狩る戦争

らくぷに

The Dragon Slayers War

「ここに冒険もレベルも魔王も存在しない。相手は竜、そう、これは竜を狩る戦争。竜を狩る戦争The dragon slayers warだ」

 ――――ドワーフ軍の司令官の演説

 

 ”大竜帝国”。

 剣と魔法の異世界ファンタジーの世界において覇権を握った最大の帝国だ。

 その名前通り、皇帝以下その国を構成するほとんどの住民は翼の生えた巨大なトカゲ、あるいは小型の2足歩行する竜とも言える種族、”ドラゴニアン”。

 彼らドラゴニアンの身長は2mをゆうに超える。その体格さ、そして強靭な肉体から発揮されるパワーは50kgの装備を担いで軽々と動き回ることができ、3mを超える巨大な武器を振り回す。

 そして生まれながらにして硬い鱗を持っている。

 その鱗は生来の鎧となり、上から鉄の鎧を着ればその姿はまさに歩く要塞。

 生半可な片手剣や小型の弓矢など当たっても跳ね返されてしまう。

 さらには背中に生えたその翼で唯一その身だけで空を飛ぶことができる種族。

 まさに戦うことにおいて、最も適していた種族こそ、ドラゴニアンだった。


 大竜帝国はエルフ、ドワーフ、オーク、獣人に対して戦争において勝利に次ぐ勝利を重ねていった。

 さらに最弱の魔物として扱われていたコボルドを奴隷化。

 その軍事力と経済力をもってして今や2位以下の全ての周辺国が束になっても敵わないほどの超大国となった。

 

 大竜帝国は”中世のような剣と魔法の異世界ファンタジー”においては無敵以外の何物でもなかったのだ。

 だが、時代が進むにつれ、剣と魔法の世界は終わりを告げていった。

 かつて鍛冶に優れていたドワーフが主体となり、この世界において科学技術を研究するに至ったのだ。

 やがて異世界は地球と同じような技術力を見につけ。


 統一歴420年。

 異世界から剣と魔法、そして冒険は消えた。

 そして、異世界は地球で言う20世紀の文明レベルにまで入っていたのだ。

 だが、ここで大竜帝国はありったけの軍備を整え。

 周辺国すべてに宣戦を布告する。

 周辺国は大竜帝国から自らを護るため、連合を結成。

 この世界で列強と言われてきた5国を主体とした全面戦争が幕を開けることになる。


 帝国陣営側。

 中央に位置するドラゴニアンによる世界一の覇権国”大竜帝国”。

 そして東に位置する奴隷としたコボルドたちの傀儡国”大竜帝国領コボルド自治領”。


 連合国陣営側。

 自然豊かなエルフたちの南の国”フォレスト・ネイション”。

 西には技術力によって世界2位に躍り出たドワーフ・オークの2種族国家”ヘパイストス王国”。

 そして北には多種多様な獣人たちの国”セリアン共和国”。


 かくして4年にもわたる異世界での戦争、世界大戦にも匹敵する戦争が幕を開ける。



 ・統一歴420年12月28日 22時14分

 セリアン共和国 対 大竜帝国北部戦線部隊

 ”トラペゾイド作戦Operation Trapezoid” セリアン共和国最終防衛ライン


「なあ、空を見て見ろよ」

 雪で包まれて真っ白な塹壕の中。

 大柄なクマの獣人、ワーベアーの青年であるヴォイテクが夜空を指さした。

 夜空には雲一つなく、小さく光る星々と、はっきりと映った美しい満月があった。


「今日は月がはっきりと見えるのね」

 ヴォイテクの隣にいた猫獣人の女性、ケットシーのサークリアが塹壕に隠れながら上を見上げる。

 サークリアは興味ない、という風にすぐに視線をヴォイテクに戻した。

 その表情は険しいまま、氷点下をゆうに下回る極寒の気温で固まっていた。

「月が綺麗に見えるってことは分かってんの?」

「今日は全く吹雪いてねえな。あのドラゴンどもが攻めるには絶好のチャンスってことだ」

 2人は鉄パイプのような粗悪なサブマシンガンを手に取る。


 世界の北部に位置し、冬は毎年豪雪に見舞われるセリアン共和国は主要国の中でも一歩遅れた後進国だった。

 そこを短期決戦で降伏させるつもりの大竜帝国は、大規模な北部戦線軍を編成して投入。

 兵力の数だけで見てもゆうに3倍はある大竜帝国軍にセリアン共和国軍は敗走を重ねるばかりだった。

 数だけじゃない。練度も、装備も、士気も大竜帝国のほうが圧倒的。

 何一つ勝てないセリアン共和国軍が10月の戦線布告から2カ月も保っていられたのはひとえに運。そして豪雪に見舞われる気候だ。

 今年は特に猛吹雪に襲われており、自慢の大竜帝国軍の重戦車は雪と視界不良で侵攻が遅くなっているに過ぎないだけ。

 その吹雪がない今日は進行のチャンス。

 間もなく寄せ集めのセリアン共和国軍を、大竜帝国軍の重戦車師団が押しつぶすだろう。


「俺たちだって寒い中戦ってんだぞ……」

 ヴォイテクが目の前の塹壕から出て、雪をかき分けていく。

 かき分けて何とか歩けるようになった場所を歩き、後ろからサークリアがついてきた。

「ほんとよね。どっかの毛玉だらけであったかそうなワーベアーくんと違ってさ!」

「俺のことかよ」

 

 ヴォイテクは目的地へ向かいながら、再び空を見上げる。

「なあ、今って28日だったか?」

「そうよ、421年まであと4日! 信じらんないわ、新年を戦場で迎えるだなんて」

「悪夢にうなされる新年とか俺も勘弁願いたいね」

「……ねえヴォイテク。私たち、421年までに生きてると思う?」

 サークリアは不安そうにヴォイテクを見つめる。

 ヴォイテクは満月を見上げたまま動かない。

「さあな。今日は死ぬにはいい日だと思う」

「そんなこと聞いてないわよ!」

「だが、俺たちは421年どころか、今日を生きられるかどうかすらわからないんだぜ」

 そう言っている間に2人は目的地に着き、ヴォイテクは視線を水平に戻す。


 そこにはセリアン共和国では欠かせない乗り物、スノーモービルがあった。

 ちょうど2人乗り用のサイズのスノーボービルが開いている。

「今の俺たちにとって4日間生き伸びる、なんて所詮先の遠すぎる話なのさ。まずは今日、生き延びることが目標だ」

「道のりが険しすぎるわ……」

 ヴォイテクは運転席へ。サークリアはため息をつきながら後ろの席へ腰かける。


 積もった雪を払い、スノーモービルのエンジンをかける。

 ライトは消した、危険だが走ったら大竜帝国軍に見つかりかねない。

 もはや月明かりしかろくな照明はない。あとは獣人としての暗視能力を頼りに大竜帝国軍に奇襲をかけるしかないのだ。

「頼むぞサークリア!そのスピードでなんとか死から逃げ切れよ!」

「ヴォイテクこそ、そのパワーで押しのけなさいよ」

 ヴォイテクはスノーモービルのアクセルを踏む。

 強くなってきた風にエンジン音はかき消され、2人は闇の中へと消えていった。



 ・統一歴421年4月15日 14時20分

 ヘパイストス王国 対 大竜帝国西部戦線部隊

 ”インゴット作戦Operation Ingot” ヘパイストス王国軍キャンプ


 唸るようなエンジンの音が響く。

 ヘパイストス王国の陣地では出撃を待つ中戦車の列が出来上がっていた。

 その数は100両を超える。

 周囲には肌色と同じオリーブドラブの軍服を身に着け、ライフルやショットガンを担いだ屈強なオークの随伴歩兵が戦車にもたれかかっている。

 その戦車隊から良く見える檀上。

 そこに1人のオレンジ色の髪をしたドワーフ族の女性が上がっていく。

 ドワーフの女性は周囲を眺めまわした。

 視界は一面戦車だらけ。ヘパイストス王国が誇る工業力で大量生産されたものだ。

 その生産力たるや1日で破壊される数より1日で作る数のほうが多いとすら言われるほどらしい。


 ドワーフの女性は檀上のマイクをひったくり、戦車部隊に向けて演説を始めた。

「お前ら! 今日は大竜帝国軍の機甲部隊と真っ向から衝突する日だ。あのトカゲどもの羽を12.7mm重機関銃のピンで標本にしてやる準備はできてるか野郎共!?」

 オークは手持ちの銃を掲げ、戦車内からもクルーのドワーフたちが出てきてこぶしを突き上げた。

「Yes,Ma’am!」

「75mm砲で奴らの陣地にロングシュートだぜ!」

「今日の晩飯はトカゲのステーキだ!」

 ドワーフとオークの兵士たちは思い思いに壇上に向かって叫びまくる。


 それを見てドワーフの女性は左手で制止するようにジェスチャーをした。

「ああ、お前らが気合十分なのはわかった、ちょっと落ち着いて聞いてくれ!」

 戦車隊のヤジが落ち着いていく。

 すると左手を人差し指だけたてて。

「いいか、アタシがお前らに伝えたいことはだ。わかってるかもしれないが、神の加護なんてものはねえ。神なんてクソッタレを頼るな」

 目の前を指さして彼女は語尾を強める。

 技術によって成り上がったヘパイストス王国はかつて神聖とまで言われたはずの魔法、そして神を激しく嫌うようになった。

 今の王国が信仰するのは、機械とデータだけだ。

「神に願い事なんざしても聞いちゃくれないぞ! けど何も信じられず挑戦し続けられるほどアタシたちは強くない。」

 続いて、彼女は4本の指を順番に立てていく。

「だから諦めそうになったら! その手に持ってる武器を信じろ。その背中に担いでる装備品を信じろ。今まで訓練してきた自分の腕を信じろ。そして、周りにいる仲間を信じろ! いざというときお前を助けてくれるのはそいつらだ!」

 いつの間にか戦車隊の兵士たちは彼女の演説に聞き入っていた。

 最後に彼女は自分の胸を叩く。

「それでもダメだった時は! アタシを頼れ!! アタシが、この”ファイアスター”が震えるお前らを見たらすぐ助けに行ってやる!!」

 ファイアスターというコードネームのドワーフの女性は再び戦車隊の兵士を見回した。


 戦車隊の兵士の1人が敬礼する。

 それにつられ、全ての兵士たちは連鎖的に彼女に、ファイアスターに向かって敬礼した。

「分かったようだな! それじゃ、アタシたちの強さを見せつけてやるぞ!」

 ファイアスターはそれに拳を突き上げて答える。

 ファイアスターが壇上から降りた瞬間。一番前の中戦車はアクセルを入れて動き始めた。



 ・統一歴421年6月4日 8時16分

 フォレスト・ネイション 対 コボルド自治領軍ワイバーン隊

 ”スプラウト作戦Operation Sprout” フォレスト・ネイション国境付近


 ドラゴニアンの指揮官、ラードーンは目の前を見つめている。

 数百m先に映るのはエルフたちの故郷とも言われる深い森林地帯だ。

「いい木だ、よく燃えそうだな」

 ラードーンはそうつぶやくと再び自軍の陣地に視線を戻した。


 道路には10台以上のトラックが並べられ、待機していた。

 トラックの荷台に積まれてあるのは。

 何発ものロケットだ。

 鉄のレールを並べた簡易的な発射台の上に乗せられたロケット弾。

 大竜帝国軍が誇る多連装ロケットトラック”ワイバーン”の照準は先ほどの森林に向けられていた。

 ラードーンは最前列にいたトラックのドアを叩く。

「配置は?」

 ラードーンが運転席を見ると。

 座っていたのはドラゴニアンではなかった。

 大きさはラードーンの半分ほどしかなく、鱗というよりは毛でおおわれた犬のような種族。

 コボルドの運転手だった。

 カーキ色の軍服を着たコボルドはラードーンを見ると敬礼する。

「完了しました! あとは命令さえあればいつでも撃てます!」

「ご苦労」

 ラードーンは一度ドアに背を向け、ポケットに突っ込んでいた葉巻の火をつける。

「そこのコボルド」

「はっ、私に御用でしょうか?」

「君たちは弱い」

 いきなりラードーンはコボルトに向けて言い放った。

 コボルドはそれを肯定することができず、言葉に詰まって固まってしまう。


「君たちは弱い。力もなく、足も遅く、頭脳も優秀ではなく、打たれ弱く、空も飛べない。だからドラゴニアンに奴隷扱いされてきた」

 コボルドは自分の唾をのんだ。

 コボルドは他のどの種族よりも戦闘力においては圧倒的に劣っている。それはもはや否定のしようがない事実だった。

 実際、運転手のコボルドも自分の意志に反し、無理矢理徴兵されていた奴隷階級だったのだから。

「だが状況が変わった。そんな弱いコボルトでも。」

 ラードーンは再びトラックのドア越しにコボルトと目を合わせる。

「私が押せと言えば。その発射ボタンを押すことくらいは、できるな?」

 それだけで帝国に大きな貢献をしたことになる。ラードーンは目でそう合図した。

 その瞬間。

 罵倒されているのではなく、期待されているのだと察したコボルドは崩れかかっていた敬礼を直した。

「はっ! 司令官、ご命令を!」

「いいだろう!」

 ラードーンは口に加えていた葉巻を地面に捨て、軍靴で踏みつける。

「目標、フォレスト・ネイション国境防衛軍! ワイバーン隊、撃て!!」

「了解! ワイバーン1より全軍へ、一斉射撃命令が出ました。発射を!」

 その瞬間。

 すべてのトラックは煙に包まれ、数十発ものロケット弾がエルフを森林ごと焼き払わんと打ち上げられていった。



 ・統一歴421年10月9日 20時23分

 フォレスト・ネイション 対 大竜帝国軍南部戦線ジョロキア隊

 ”ジョロキアの悪夢Nightmare of Jolokia” フォレスト・ネイション第1防衛線付近の集落


 夜の森だというのに、明るかった。

 松明じゃない。魔法の光でもない。

 ではなぜ明るいのか。


 それはエルフたちの住む集落を大竜帝国軍の火炎放射隊が焼き払っているからだった。

「逃げんなよエルフ共! 望み通り炭にして自然に返してやる!」

 そう叫んだドラゴニアンが目の前の家に炎を吹きつけた。

 エルフの家はほとんどが木製。

 家はあっと言う間に燃え上がり、火だるまになったエルフがもはや言葉にならない悲鳴を上げて家から転がり出てくる。

 もはや地面をのたうち回るくらいで消せるはずもないような火に包まれた彼らを。

 ドラゴニアンは火炎放射器のトリガーをもう一度入れて、火だるまのエルフたちをさらに炎で包んだ。

 隣にいたドラゴニアンが持っていたライフルでその様を指して爆笑する。

「おいおい、焼きすぎだろ!」

「俺はウェルダンが好きなんだよ」

 エルフが完全に焼け死んだことを確認し、ドラゴニアンは次の逃げ惑うエルフに火炎放射器のノズルを突きつけた。


 ドラゴニアンの通った跡は、森林火災によって燃え続ける木々と火炎放射で焼かれ、炭化するまで燃え続けるフォレスト・ネイション防衛軍の焼死体しか残っていなかった。

 これが大竜帝国軍の火炎放射特殊部隊”ジョロキア”隊による蛮行。

 後に”ジョロキアの悪夢”と語られる戦いだった。

 フォレスト・ネイション軍は前線の集落より敗走、後ろから炎で焼かれ続ける地獄の撤退戦を強いられる羽目になる。


 フォレスト・ネイション軍、後方救急キャンプ。

 密林の真ん中に設営された簡易キャンプは火傷や銃創によるけがを負ったエルフたちが次々と運び込まれていた。

「どいてくれ! 司祭様、こいつを助けてくれ!」

 その中でも重度の火傷を負ったダークエルフの兵士が列に割り込み、担架に乗せて運ばれてくる。

「なんてひどい火傷……! すぐに治療します!」

 ハイエルフの従軍司祭であるチルキュアは軽傷者の治療に当たっていた手をやめ、重症のダークエルフの下へ急ぐ。

 もはや怪我人を受け入れるベッドは満員。担架はその場に下ろされた。

 チルキュアはダークエルフに手を添え、魔力を込める。

 チルキュアの手は水色の光を放ち、光に触れた肌は火傷の跡へと変わっていく。

 範囲はほぼ全身に及んでいたため、頭からつま先までその光をゆっくりと当てていき、応急的に治療をしていく。

 応急処置的だが、エルフの司祭とは、治癒魔法が使え、戦場においてはあらゆる傷を治すことができる優秀な衛生兵にもなるのだ。


 全ての治療が終わるまで30分以上。

 なんとかすべての治療を終えたチルキュアは額の汗を拭く。

「これで一命はとりとめたはずです。すみません、これ以上は……」

「いや、これだけでもありがたいよ司祭さん。あんたは命の恩人だ」

 担架で運んできてくれた兵士は両手を合わせてチルキュアに礼を言うと担架でキャンプの奥へと進んでいく。

 チルキュアは1人のエルフの命を助けられたと知るとホッと一息つくが。

「ああぁ……足が!足が痛い!」

「身体が焼ける……!」

「司祭様……!助けてくれ……!」

 後ろには30分以上放置された怪我人が苦痛のうめきを上げている。

 チルキュアに一息つく暇などなかった。

 チルキュアの目の前には10人以上の傷病人。

 魔力だって無限じゃない。他の衛生兵も手一杯。

 チルキュアは血にまみれた手袋で両手を固く握りしめる。

「精霊神様……どうか、私たちを試練からお導きください……」

 目をつむり、どことも知れぬ場所に向かって祈りを捧げるチルキュア。


 目を閉じたせいだろうか。チルキュアの耳にはいまだうめき声を上げる者たちの声が良く届いてきた。

 チルキュアは気づく。

 自分ができることは、負傷者のために祈りを捧げるだけではないと。

 まだ魔力も残っている。まだ回復魔法は使える。

 まだ目の前の人は助けられる。

「……待っててください、私が今助けます!」

 チルキュアは1度だけ手を叩くと、再び両手に魔力を込めた。



 ・統一歴422年9月18日 13時12分

 ヘパイストス王国空軍 対 大竜帝国航空隊スカイドッグ

 ”スカーレットスカイの戦いBattle of the scarlet sky” 前線上空1500m


「スカイドッグ3よりスカイドッグ1へ。敵機を発見しました」

 スカイドッグ1ことアシュベイは無線機から流れてくる音声に耳を集中していた。

 ドラゴニアンは自分の翼で空を飛べるが、コボルドに翼はない。

 そのために作られたコボルドのための”スカイドッグ”航空隊が編成された。

 コボルドであるアシュベイもそれに志願し、小型レシプロ戦闘機を駆り、編隊についていっている。


「何機だ?」

「ヘパイストスのラーヴァ戦闘機が10、11、12……! まだまだいます!」

「まずいな、性能差で押し切られるぞ……」

 アシュベイは思わず右手の爪を噛む。

 ヘパイストス王国空軍が誇るMD-6 Lava戦闘機は20mm機関砲を4門搭載している。

 だがアシュベイたちの乗るType-20 Skydog戦闘機の武装は13.2mm機関銃がたった1門。

 そもそもコボルドとドワーフではパイロットの腕さえ違う。

 4分の1以下の攻撃力しかないスカイドッグの飛行機など取るに足らない、と向こうは思っているに違いない。


「交戦を……避けますか?」

 スカイドッグ3の無線から恐れを含んだ提案が聞こえてきた。

 それに対してアシュベイは首を振る。

「無理だ。交戦を避ければ制空権はヘパイストスに移ってしまう。そうなれば地上は敵のやりたい放題だぞ」

「ですが、あの戦力に策もなく立ち向かえば一瞬で撃ち落とされます!」

「なら策を立てるしかない。それに逃げ帰っても敵前逃亡で処分されるだけだ」


 アシュベイは一度だけ深呼吸をする。

 そして再び操縦桿を握りなおした。

「攻撃も防御も最高速度もラーヴァが上だ」

「ではどうやって勝つのですか!?」

「1つだけ、スカイドッグが有利になるものがある。機体の大きさだ」

 アシュベイは自身でも確認できたラーヴァ戦闘機を見ながら応答を続ける。

 ラーヴァはスカイドッグに比べて4倍の武装を積んでいるだけあって機体の大きさも4倍、とまではいかないが2倍近くある。

「だから奴らは旋回性も悪い。トップスピードでは劣るが、当たりにくさと運動性能はこちらが上だ。文字通り回り込んでラーヴァの後ろに食らいつけ」

「ドッグファイト、ということですか」

「ああ、俺たちの本業だろ」

「それだけで勝てなどと言われても……」


 そう言った瞬間。

 アシュベイの視界に一瞬だけ赤い光が見え、スカイドッグ戦闘機をかすめていく。

 20㎜機関砲のトレーサー弾だ。

 撃ってきている。そう確信したアシュベイは操縦桿を倒す。

 機体は大きく傾き、上昇した。


「おしゃべりは終わりだ、スカイドッグ1、エンゲージ!」



 ・統一歴423年11月17日 9時48分

 レオウルフ革命軍 対 大竜帝国憲兵隊

 ”レオウルフ革命Revolution of Leowolf” コボルド自治領、工業都市レオウルフ


 この日、ある軍需工場が爆発によって吹き飛んだ。

「もうたくさんだ! ドラゴニアンの道具となり、吐き捨てられる日々は今日で終わりだ!」

 かつてこの工場で働いていたコボルド、ローランドは積み重なる瓦礫の上で叫ぶ。

 巨大な爆発で瓦礫と化した廃工場からは次々とコボルドによって小銃が運び出されていた。

「我々コボルドは長く暗黒時代を強いられてきた! 弱者と罵られ、2級市民と蔑まれ、そしてそれがコボルドらしい生活だ、と皆が当たり前のように過ごしてきた!」

 ローランドの演説には次々とコボルドからの賛同が上がる。

「何がコボルドらしい生活だ! 好きで奴隷になったんじゃねえ!」

「俺の弟は病気にかかったら治療してもらえるどころか用済みだとドラゴニアンに殺された! それの何が当たり前だ!」

「コボルドだって戦うぞ! 自由のために!」

 元工場で働いていたコボルドたちは奪いとった小銃を担ぐ。

 身長2m超のドラゴニアン向けに作られた小銃だ、130cmほどしかないコボルドにとっては2人で1丁担ぐのがやっと。

 裏を返せば、少ない銃の数で全員分賄えるということだ。


 だが、工場を派手に爆破されておいてドラゴニアンが何もしてこないはずはない。

 すぐに5人ほどの憲兵隊が同じ小銃を、こちらは1人1丁構え、笛を鳴らし、他の建物からやってきた見物客のコボルドを蹴り飛ばしてローランドの下へとやってきた。

「おい、これはいったいどういうことだ!」

 リーダー格と思われるドラゴニアンが驚愕の表情でローランドを問いただす。

 後ろの4人は既に小銃をコボルドに向けて構えていた。

 ローランドはそれに臆することなく叫んだ。

「こういうことだ! 撃て!」

 

 すぐさま、2人で1丁ずつ抱えた小銃のトリガーが引かれ、銃声が轟く。

 彼らの総数は100人50丁以上。

 たった5人しかいないドラゴニアンの憲兵隊を戦列歩兵の弾幕のように撃ちぬいた。

 2人がかりでも反動に耐えきれず吹き飛ばされるコボルドが続出したものの、銃弾の嵐はドラゴニアンの憲兵隊に命中した。

「ぐ……はっ……!? 貴様、コボルドの癖に……」

「第2列! 撃て!」

 ローランドは悪態をつかせる間も与えず、後ろで構えていた残り25丁の2列目の小銃隊に発射を命じた。


「無駄にでかいから当たりやすかったな」

「こいつもでかすぎる、2人がかりでも使いこなせない」

 周囲は大きくざわついていた。

 今まで最弱の奴隷だと思われていたコボルドが反抗し、自分の背丈より大きなフルサイズの小銃を使って主人たるドラゴニアンの憲兵隊を撃ち殺したのだから。

 ローランドは今こそ機会と言わんばかりにドラゴニアンの憲兵隊から拳銃を奪い取る。

 拳銃でもコボルドにとっては両手サイズの代物だったが、それを高く掲げ、周囲のコボルドに訴えた。

「圧政を強いられしコボルドの市民よ! 我々コボルドはもはや最弱の奴隷ではない! 我々コボルドは戦える、ということが今証明された!」

 周囲はまんざらでもなさそうな雰囲気でローランドを見る。

 野次馬と化していたコボルドたちも長引く戦争により無茶な生産体制を強いられ、ノルマを達成できなければ厳しい罰を強いられてきた者がほとんどだったのだから。

「立ち上がれ、コボルドの市民らよ! 今こそドラゴニアンの支配より脱却し、我々コボルドの汚名を返上するときが来た! 今こそ戦い、自由と安定を手にする時だ!」

 ローランドは右腕を高く空へと突き上げる。

 

 演説に心打たれたコボルドの人々は次々とローランドのように腕を突き上げ、歓声を上げていった。

「これは革命だ! 我々”レオウルフ革命軍”は、今をもって大竜帝国へと宣戦を布告する!!」



 彼らは戦った。

 剣ではなく、マシンガンで。

 魔法ではなく、戦車で。

 冒険ではなく、戦争で。

 竜を狩る戦争は、この異世界でもっとも大規模な世界大戦となり。

 

 異世界で初めて、竜は狩られていくことになる。



 ・統一歴420年12月29日 1時52分

 セリアン共和国 対 大竜帝国北部戦線部隊

 ”トラペゾイド作戦” セリアン共和国最終防衛ライン


「サークリア! おいサークリアしっかりしろ!」

 ヴォイテクは大竜帝国軍の小銃弾に撃たれ、耳も尻尾もだらりとして動かないサークリアを必死に揺さぶっていた。

 サークリアの腹部から流れ出る血が白い雪を赤く染めていき、急激に荒れ始めた吹雪がサークリアの身体を急激に冷たくしていく。

 ヴォイテクの呼びかけに対して反応はない。

 意識も失っているようだった。


 ヴォイテクはサークリアの手を取り、脈を取る。

 かすかに。ほんのかすかではあったが、まだ脈がある。

 だが、出血が止まる気配はない。このままでは1時間と持たずに出血多量と低体温症でサークリアは死んでしまう。

 だが、2mを超えるドラゴニアンが操るような大口径の小銃をまともに受けてまだ生きているだけでも、もはや奇跡と呼んでいいくらいだが。


「待ってろ、衛生兵のところまで連れて行ってやる……!」

 そうは言ったが、この猛吹雪で衛生兵の居場所どころか、ここに来る時に乗ってきたスノーモービルの位置すら全く分からない。

 なにより、サークリアが撃たれたということはドラゴニアンが追撃してきてヴォイテクも撃たれるかもしれないということを意味していた。

 援軍は見当たらない。

「クソ! どうすりゃいいんだ!!」

 ヴォイテクは空に向かって吠えたが、吹雪でかき消される。


 次の瞬間。

 吹雪に混じり、雪を踏むブーツの音が聞こえる。

 大竜帝国軍の追撃だ、今の叫び声を聞かれたのかもしれない。

 自分が耳のいい獣人族であったことを感謝しつつ、慌ててヴォイテクは身に着けていたグレネードのピンを抜き、靴音がしたほうへと投げ捨てる。

 小さく向こうで爆発が起きた。

「これで気を取られてくれよ……!」

 ヴォイテクは自分とサークリアの防寒具以外の装備をすべてその場に捨てる。今となっては重石以外の何物でもない。


 そしてヴォイテクは四つん這いになり、今グレネードを投げた場所と反対の方角に向く。 背中には意識のないサークリアを乗せた。

 目の前はホワイトアウト状態で何も見えない。

「もう、これしかできねえ……!!」

 衛生兵の居場所まであと何mか。下手したら何kmかもしれない。

 そもそも方角はあっているのか。

 走ってる途中に追撃に合わないか。

 背中に乗せているサークリアは到着まで生きていられるのか。


 絶望と不安と恐怖に押しつぶされそうになりながらヴォイテクは最後の力を振り絞って走り出し、真っ白な吹雪の中へと消えていった。 

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