第45話 エピローグ

学校に戻った私には、忙しい毎日が待っていた。

学校を1週間もさぼったら、ほんと大変なんだよ。

受けていない授業ノートを書き写したり、1週間分の友達の会話に馴染む必要があるし、何よりもノートだけでは勉強に追いつくのが大変で…。


楓は、勉強が出来る勇気君と共に私の世話を焼いてくれた。

これは、かなり助かったよ…。

やはり持つべきものは、勉強が出来るボーイフレンドを持つ友達ですな…。

そして、何故か勇気君の友人である高坂龍一君を紹介された。

やっぱり、カップルの近くに独り身がいるのはやりにくいらしい…。

二人の気兼ねが少しでもましになるよう、なんとなく龍一君と過ごすようになり…。


私は恋に落ちた。

気が付くと好きになっていたとしか言えない…。

理由なんてない…。

何故か気が合ったとしか言えない…。

いつ好きになったの…?

初めて会った時から…?。

もう、良く分かんないことは気にしない…。

好きになったのだから、今の気持ちを大切にしていこう…。



◇◇◇



龍一さんと出会った高校時代から考えると、80年以上も一緒に過ごしていることになる。

何となく気が合う…から始まり、今では掛け替えのない人になっている。


高校から付き合いを始めた私達は、そのまま大学を出て社会人になってからも離れることなく一緒に過ごし、そして結婚をした。

私は、カウンセラーの資格を取って学校臨床心理士となって働き、龍一さんは日本文学にのめり込み、そのまま好きを仕事に変え、最後には教授となって日本の古い逸話を研究し続けた。

私達は、比較的仲が良く、あまり喧嘩をすることもなかった。

穏やかな龍一さんは、滅多に怒ることもなく、二人の趣味も合ったからだと思う。


思い残すことと言えば…。そう、私達夫婦には、子どもが出来なかった。

私の母のことを考えると、それも遺伝なのかもしれない。


子どもが出来なくて、悩んだこともあったけど龍一さんの優しい言葉で癒され、ここまで生きて来れたと思う。


自宅で寝たきりになってから、もうすぐ1年になる。

今では、龍一さんが居なければ起き上がることもできない。


訪問看護の松田看護師さんや井関看護師さんがお風呂やお下の世話をしてくれるけど、結局は龍一さんの手を煩わせることになり、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

龍一さんは、お世話ができることが嬉しいと言ってくれるけど…。


間もなく100歳を迎える私は、何故か15歳の頃の夢ばかり見る。

忘れかけていた、異世界での出来事が昨日の事のように蘇ってくる。


あの時、手を離さずにいた龍神様は今どうしているのだろう…。


私の手に触れていた龍一さんが不意にクスリと笑った。

「きっと幸せに暮らしていると思うよ…。」


「え?私、今声に出してた?」


「うん。龍神様って?」


子どもように無邪気に笑う皺だらけの龍一さんの顔をじっと見ながら、ぽつりぽつりと昔話を聞かせるように、思い出した異世界の話を語り聞かせた。

言葉にすると、結構重い物語だ…。


数日かけて話し終わると、龍一さんはニコニコと微笑みながら、手を握った。


「もう、葉月は思い残すことはないかい?

よい人生を送れたかい?」


私はこの手の感触を思い出した。

いや、何故忘れていたんだろう…。


「もしかして…。龍一さんは龍神様なの?」


「そうだよ。でもね、葉月に自分で私を選んで欲しかったんだ。

もちろん、私を選んでもらうために勇気君にはいろいろお願いしたけどね。


そして、私はね…。葉月の願う人生を送って欲しかったんだ。」


「私は、本当に幸せに生きることが出来ましたよ…。

龍一さんとの暮らしは、何よりも願った幸福そのものでした…。

待って下さったんですね?ありがとうございました。」


「もうすぐ人としての寿命が尽きる。

天寿を全うしたいという願いは叶ったね?

では。私の世界へ行こう…。

覚えているかい?

今度こそ、あの時の約束を果たそう。

空を飛んでみよう。

筑波山の上から、風に乗ってみよう。

夜の月夜にお月さまに向かって飛ぼう。

明るい朝日の空に向かって飛んで、一緒に筑波山の上にかかる雲を突き抜けてみよう。

二人で夜中に満月にかかる雲を蹴散らそう。

もう、決して離れることはない…。

私と生きてくれてありがとう。

私を選んでくれてありがとう。

これからは、悠久の世界でずっと共に過ごそう…。」


私は龍一さんが触れている手に力を入れて、強く頷いた。

そして、急に身体が軽くなっていった…。



◇◇◇



「おばあちゃん達って本当に仲良かったね…。」

「亡くなるときも一緒なんて…。」

「二人とも100歳だよ?大往生だよね…。」

「眠ったお顔、二人とも穏やかだったね…。」

「きっといつまでも仲良くあの世でも暮らしているんじゃない?」


楓の孫たちが墓参りに来ている。

賑やかで、楽しそうだ。


空高く、龍神様とともにそれを見つめてから、私達は大空を飛んだ。


筑波山は今日も雄大で優しい顔をしている。


私達は、笑いながら筑波山に罹る雲を突き抜けた。


子孫たち、いやこの世界の人達の幸せを願いながら…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

血の絆と宿命 龍神 糸已 久子 @11cats2dogs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ