第44話 元の世界へ

秋祭りが始まった。

秋の味覚満載の出店のような屋台が並び、美味しそうな匂いが漂っている。

笛や太鼓の音が響き、大勢の人が集まって賑わいを見せていた。


何だか、元の世界のお祭りみたいだなぁ…なんて感じていた。

懐かしい…。

やっぱり戻りたい…。


夕方になると、篝火が焚かれ、用意された神楽では舞の準備が始まっていた。

今夜は、私も白装束に着替え『復活の舞』を踊ることになっている。


秋祭りで踊ることになっているという『復活の舞』の練習を見ながら、お母さんが舞を厳しく指導していたことを想い出していた。

そして、少し習っていたせいか、自分でも思いがけずきちんと踊ることができ、驚いた。おばあさんはきっと私が踊れることを知っていたんじゃないかな…。

お母さんから教わっていた時には、こんな難しい踊りなんて覚えられないって思っていたけど、結構覚えていたのは真剣なお母さんの指導があったからだとも思った。

小さい頃からこの舞を踊るお母さんが、自慢だったな…とか思い出してきて、何となく涙が出てきてしまった。

やっぱり、お母さんに会いたい…。



◇◇◇



『復活の舞』が始まった。

踊るのは、女性だけだ。

今夜踊るのは、お腹が大きくなった風子ちゃんとさくらさん、つばきさんと私だった。

この家の直系の女性だけが踊る舞だからだ。


笛や太鼓が鳴り響く。

『復活の舞』の時だけは、龍神様も私の手を離し、離れて見ていた。

少し目を細め、やや寂し気な表情が気になったけど、きっと「ちょうこ」さんを思い出しているのだろうと思って、踊りに集中することにした。


舞が少しずつ激しくなっていく。

この舞は、本来ならば龍神様の復活を願う舞なのに、今まで人は龍神様の復活を阻止していたのかと思うと心が苦しくなってきた。

龍神様が復活を願ったのは「ちょうこ」さんなのに…。

会いたくても、もう会えない辛さ…。

一緒に居たくても居られない苦しさ…。

自分の命が残り少なっていく「ちょうこ」さんの気持ちが私の中に蘇ってくる…。


『きっと…。きっといつか私が戻ってくること信じて下さいましね…。』


私は「ちょうこ」さんではないけれど、「ちょうこ」さんの生まれ変わりならば、このまま龍神様と一緒に過ごすことが一番良いのではないか…。

今にも泣きそうな顔に見える龍神様のお気持ちが分からない…。

このまま別れてしまってよいのだろうか…。

でも、私は…。


『お前の好きなように生きていけばよい…。

私は待っているから…。』


龍神様のお声が響く…。


いつの間にか『赤い玉』を持って直ぐ近くに立っている龍神様が、尚も話しかける。


『このまま、帰りたいと願うがよい。

きっと戻れる…。

赤い光の中を通っておゆき。

心配はいらない。

お前が戻れば、月子の心はこの身体に戻るだろう…。』


「でも、龍神様は…?」

ゆっくりと頭を振りながら、『赤い玉』を片手で高くかざし、私の手を取って光に導く龍神様の目には涙が溢れていた。


踊りが最高潮に達するそのとき、おばあさんが私の背中を押した。

目の前には赤い光が輝いていた。

光に吸い込まれそうになった時に、おばあさんが小さな声で言葉を残した。

「しいちゃんによろしくな。」


光に吸い込まれるとき、私は自分の意識を手に集中させた。

光に導いてくれた龍神様の手をぎゅっと握り、絶対離さないと心に決めたのだ。

どうなってもいい。龍神様と離れない道を選ぼう…。


『それでいい…。』

今まで聞いたことのない、年取った女性の声が聞こえた。

私は意識を手放した…。



◇◇◇



目が覚めると自分の部屋で寝ていることにホッとした。

多分帰ってこれたのだと思う。

だって、見覚えのある机、本棚、ベッドの上…。ちょっと古臭く見える壁を見て安心するなんて…。


起き上がってみた。

少し頭がふらついたけど、意識ははっきりしていた。

そして一番会いたかった人の名前を大きな声で呼んだ。


「お母さーん。」



◇◇◇



私は学校の階段から落ちて3日間眠っていたらしい。

病院で寝ているだけの私を医師たちが止めるのも聞かずに家に戻したのは、お母さんだったらしい…。

ずっと『復活の舞』を庭で踊る姿を見て、お父さんは驚いたけど止めなかったようだ。

お母さんは、古文書に則って『復活の舞』を踊り、私が帰れるように願ってくれたようだった。

きっとおばあさんが未来に向けて書き残してくれたのだろう。


目が覚めてからは、私が過ごしていた世界について両親に詳しく話して聞かせた。

特に最後のおばあさんの言葉『しいちゃんによろしく』という件では、お母さんは涙を流し、「葉月の生みの親、美子が助けてくれたんだね…。」と教えてくれた。

母に対する「しいちゃん」という呼び名は、母と美子さんとの内緒だったらしく、何度も頷きながら涙を零す母を見て胸が痛んだ。

二人には二人にしか分からない世界があって、私は二人の深い愛情があってこの世に生まれたんだと思うと、母が愛おしくなり胸が熱くなった。


階段から落ちて、通算すると1週間ほど学校を休んだことになってけど、その間は美子さんの墓参りをしたり、なまっていた身体を元に戻したりと忙しく過ごした。

たった3日間でも、寝たきりだと筋肉が落ちるんだよ。

最初は歩くのもやっとで…。

私の身体が回復する頃には、あの世界での記憶もまだらになってきていた。

あんなにも鮮明だった世界が、薄くなっていくのが信じられなかったけど、それも仕方がないのかもしれない。

私はこの世界に戻りたいと願い、戻って来たのだから…。

私は私の世界を作らなくちゃね?





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