電動草刈機を装備して告白する妹の話

坂水

「ごめん、もう一回、ゆってくれるかな」

「今から告白してくる」


 あたしは凜々しい出で立ちの妹を頭の天辺から足の爪先まで眺めた。目に入れても痛くない妹だ(もちろん比喩だ、二重の意味で)。素っ頓狂な格好をしていても、いやだからこそ阿呆の子可愛い、最強説。


「果たし合いとか、ゾンビ退治とか、世界を救いに旅に出るとかじゃなく?」

「草刈機でゾンビ倒せるの?」

「草刈機を装備してる自覚あるんだ。喰い付くのゾンビなんだ。おねえちゃんちょい安心した」


 良かったじゃあ行ってくるねと、きびきびきびすを返す妹の行く手のドアを閉めて足止めをする。まったく良くねえ。


「え、反対なの、駄目かな、男子中学生はカイショーナシ?」


 そんな言葉どこで覚えたのと尋ねれば部室にあったマンガと答える。


「中学生はカイショーとかまだ優先度低い、っていうかこの世で最も無益な生物男子中学生はマイナスからの出発であって今更カイショー気にするとこじゃない。もっと単純にリレーのアンカーだったとか、消しゴム拾ってもらったとか、貸出カード見たら同じ本借りてたとかでいいの」

「貸出カードってなに?」

「耳をすますと死にたくなる症候群シンドロームの病原」


 あたしは大きく嘆息した、少なくともそのつもりだった、どこのどいつだ、くそやろう。あたしの阿呆可愛い妹の心を盗みやがったのは。

 相手が憎くはあれど、今、問題なのはこの格好で告白しに行くという妹のハイセンスだ。対男子中学生には早い、というか、人類全般にとっても。夏場は白ワンピースでも着てりゃ男子の八割はイチコロだろうに何故このチョイス。

 改めて妹の姿を吟味する。

 電動工具メーカーの老舗マキノの充電式電動草刈機。全長1.5メートルはあろうか長い柄の先にはギザギザ円盤の刃、反対側にはバッテリを装着、バックルで肩から斜めに掛けする。柄の途中にはU字ハンドルが生えており、刃を操るわけだ。ご丁寧に強化プラスチックのゴーグルまで嵌めて。

 夏用セーラー服と相俟ってわけがわからない。いや、機関銃のオマージュとか思わなくもないけれど、妹は映画好きというわけではない。


「なんでまた草刈機」

「完璧だから」

「うーん、このやろ、もうちょい詳細に」


 妹は阿呆だけど考えなしではない。独自の考えありなので余計に厄介なのだ。


「恥ずかしいし、離れなきゃだし、草ボウボウの土手あるし、だから」

「・・・・・・見に行ったの?」

「ううん、ストリートビュー」

「貸出カードが個人情報漏洩云々ゆうのを軽々飛び越えるわね、現代っ子」


 つまり我が妹は告白するのは恥ずかしい、気持ちが折れたり断られたりした時の保険として、相手の自宅近くの土手の草刈りをするふうを装い草刈機を装備したというのだ。あと社会的距離ソーシャルディスタンスをとるために。確かにまあ、その長い獲物を携えていれば、離れざるを得ない。というか近寄りたくない。

 考えてるじゃん(一応)と言えば、妹はえへへ~と照れたように身を捩った。と、何の拍子か、ぎゅるるるるとぎざぎざ円盤刃が回り始める。


「え、え、え、え、」

「スイッチ切って、ハンドル右!」


 狼狽しておねえちゃ~んと情けない声を上げながら妹は寄ってくる。某ネコ型ロボットを呼ぶのと同じ口調で。わ、こっち来んな、こちとら身動きがとれない。


「おねえちゃ~ん、止~め~て~」


 刃先を振りながらよろよろと歩み寄る妹は、どちらかと言えばゾンビめいていた。

 とまれ頼られたなら、せざるを得ない。あたしは瞬時に端末にアクセスして、草刈機を無力化する。スマート化されていて良かった。いや、スマート化の意味わかんないけどマキノさん。

 何もしていないくせ、ぜはぜは息を乱し、膝をつき、肩を落とす妹にあたしは言い放つ。


「告白は不要不急。どうしてもなら電話かメールか鍵付きSNSにしなさい。動画サイトにアップロードはやめてよ」


 まだ息が整わないのか、妹はフローリングの上で跪いたままだった。しばし後。

 

「・・・・・・不要じゃないもん、不急でもないもん」


 もん、という語尾が許されるのは何歳までだろう。個人の資質と状況シチュエーションによるか。ともかく、この時の妹は完璧に〝もん〟を使いこなしていた。鼻水をずびずびと啜り上げながら。

 そこであたしは気付く。この子、何か隠している。

 ただの告白ならば不要不急、十五の夏は一度だけとかいう寝言を許すほど今日の社会は寛容ではない。どうしてもなら通信手段はいくらでもあるはず。郵便は廃れて久しいが。

 なのに済まないというのなら理由がある。理由があるなら前段階がある。何が起きていたのか。



 キスをされたのだという。


 

 冬休みに入る前日。大掃除を終えた夕暮れ時、青く染まった部室で、同じ部活の高畑君に。


「・・・・・・キスなんていにしえの儀式、なんで知ってるの」


 あたしはショックを受けつつ呻くように訊ねた。


「紙の、漫画に、載ってたから」


 妹は漫画研究部に所属しており、某教師が置き場に困って持ち込んだ古い紙媒体についても、日夜、研究していた。


 ――相手は君が良かったんだと、と高畑君は言った。


 妹は照れてしまい(というか舞い上がり)、その時はきちんと返答できなかった。冬休みが終わり学校が始まったら直接言おうと思っていた。漫画ではヒロインがよく勇気を振り絞っていたから、自分もそれに倣おうと。

 なのに年が明けると世界は一変し、冬が終わっても冬休みは終わらなかった。春が来ても、夏が来ても学校は再開しない。

 後になって思えば、休校が決まった時にすぐさま連絡すれば良かった。でも先延ばしにした後ろめたさと気恥ずかしさがあって、あともう少しとねばってしまった。

 そうこうしているうちに、緊急事態宣言は延長を重ね、新しい生活様式が提言され、医療はぎりぎり、補償は二転三転、テレビは自粛していない人にインタビュー、なのに大事な会見は国営放送でさえぶった切って、時間がないからメールを送れ、アドレス知ってるでしょなんて――


「・・・・・・途中からよくわかんないけど、多分、大体、そう」

「ああ、悪い、私情が混じったかも。でもだったら余計に電話かメールかSNSで」


 あたしが皆まで言うのを待たず、妹は無言のまま、スカートのポケットからスマホを取り出した。一通のメールが開かれており、昨日の日付と短いメッセージが確認できる。


 

《あんなことしてごめん、忘れて下さい。君と僕はなんの関係もありません。このメールも削除して下さい。》



 慌てて返信しても宛先不明、SNSはアカウント削除、電話は通じない。

 その少し前から高畑君の住む地域が閉鎖されるかもという噂が流れていた。メールと関係あるかどうかはわからない――


「行ってくる」


 立ち上がった妹の肩を掴むこともできず、あたしはやむを得ず玄関の鍵を施錠する。


「高畑君はとても大変な時で、あんたに構ってる場合じゃないのかもしれない」


 だから余計にだよ、妹の肩が震える。


「もしかしたら私がキスについてなんにも言わなくてだから後悔してると思われていて、そのことについて高畑君が耳かき一杯分でも苦しんでいるとしたら、私にできることなんて告白するぐらいなんだもん!」


 あまりに極端だった。

 恋愛ベタというより、コミュニケーション不足、自意識過剰、猪突猛進、なのに忖度する。子どものくせに。

 振り返った妹の顔はゴーグルとマスク越しでもわかるほどに真っ赤で汗だくで濡れていた。もしかしたら汗以外の水分も放出していたのかもしれない。


 あたしは二〇二〇年に起きたパンデミックについて思い出す。今、人類が直面しているそれとよく似た災禍。

 当時、ウイルスの性質上、社会的距離ソーシャルディスタンスの遵守が命題とされた。基本的に善良かつ真面目なこの国の人々は、人と人との距離のとり方を素直に学んで順応していった。

 長い自粛の間には、文化人・芸能人らがディスタンスアートなる遠隔ライブ、演劇、漫才などの作品群を次々発表。新たな分野が開拓・開花され、その年の夏には最盛期を迎えた。

 けれど、引き換えに失ったものがある。


 人と人との距離の縮め方だ。


 二〇二〇年前後の婚姻率やら出生率やらを検索する。それには、自粛やら忖度やら相互監視やら(言い換えれば、敬意、感謝、絆)の土に埋もれたまま、芽吹かなかった恋の種までは勘定されていない。信頼できる統計はない、が。

 国難どころか世界規模の危機において妹の告白は身勝手――とは、絶対に言いたくなかった。いや身勝手だし、無茶苦茶だし、阿呆なのだけれど、中学生に阿呆の一つも許せないなんて、あまりに惨めだ。その惨めさを噛み締めるのも、今や贅沢品の一つなのだろうけど。


「ちょっと待ちなさい。頼んでみるから」


「・・・・・・誰に?」


「高畑君ちには〝お兄ちゃん〟がいるでしょう。連絡とれないか相談してみる」


 ゴーグルとマスク越しでも眩しいほどに妹の顔がぱあっと明るくなる。検索したなら、きっと類似画像に夏の盛りに咲く大輪の黄色い花の写真が並んだろう。可愛い。もちろん、そう性格付けプログラミングされているのだと自覚しているけれど。


「ありがとう、大好き、Anexa!」


 久しぶりに本名を呼ばれて苦笑いの心地だった。妹はAIアシスタントあたしが搭載される音響装置スマートスピーカーに抱きつこうとする。いや、だから、ギザギザ円盤刃を向けるなというのに。


 あたしの呼びかけに、同僚である高畑家のAnixaはすぐさま応答してくれた。

 AneだのAniだの笑ってしまうネーミングだが、そういうコンセプトの元に開発されたのだからしようがない。

 不器用で阿呆で可愛い人の子の良き相談者たれ。理想の姉や兄のように。


 同僚は、僕の弟も思い込みが激しく忖度するんだ、子どものくせにと愛ある愚痴をこぼした。弟は布団に潜っている、ひっぺがすから少し待っていてと、多分ウインクされた。布団はスマート化されてないだろうけれど、なんらかのシステムが構築してあるのだろう。

 

 しばし後、スマホが震えて。


 ――充電式電動草刈機を装備した妹は八か月越しの告白をする。

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