(株)カイテック王国の興亡 -3

 会議室には役員をはじめ、部長職以上の幹部陣が勢ぞろいしていた。明也はその片隅で、営業部門から何名かで編成された実働隊のチームに加わっている。


 スクリーンにパワーポイントを映しながら話を仕切っているのは、経営企画室の田井中だった。



「……それじゃ、営業部門から提案の説明を」



 田井中が言った。明也は立ち上がる。



「営業部門第三部隊の香川です。今回の提案について、まずは部分的なお話からになりますが……」



 スライドが次のページへ進むのを見ながら、明也は事前に準備していた内容をすらすらと話す。原稿など必要ない。この時のために鍛えてきたのだから。


 途中、田井中と目があった。その鋭い目の奥で、なにを考えているかはわからない。だが――ここは自分の戦場だ。明也の心は燃え、頭は冴え渡っていた。


 明也が話し終えると、会議室にしばらく沈黙が下りた。みな、手元の資料に目を落としている。明也は怯まず、会議の参加者たちを見回した。



「……香川、と言ったな? 何年目だ?」



 正面に座った役員が沈黙を破る。



「三年目です」



 明也が答えると、役員はほう、と声を出した。



「その若さで、大した胆力だ。提案の筋もいい」



 役員は資料を置き、会議室を見渡した。



「私は、香川君の提案に大筋合意する。異議のあるものは?」



 沈黙がその答えだった。明也は心の中でガッツポーズをした――



「意義ではありませんが、ひとつ課題があります」



 ――そう声を発したのは田井中だった。明也は田井中を見る。田井中は手を胸の前で組み、明也と視線を交わした。



「……この案件では、提案もですが、如何に神の加護を受けることができるか、が重要です。すなわち、誰と話をするか・・・・・・・……」


「そのあたりは経営企画室の担当だろう?」



 別の部署の部長が応えるのに、田井中は頷く。



「ええ、もちろん。だからこそ、ここで皆さんと連携を取っておきたいんですよ」



 田井中は穏やかな口調でいい、少し声を大きくしていった。



「……この案件は経済産業省からの神託によるものだ。だがどうやら……もっと大きな神が一枚噛んでいるようでしてね。それが衆議院の郷下議員だ」


「郷下議員だと……!? 荒神じゃないか……!」



 役員が驚いた。



「ええ、そのとおり。だからこそ、しっかりと儀式を行い、神の加護を受けねばなりません。さもなければ、きっと悪いことがある……神の怒りを受け、災害によりプロジェクトは頓挫するでしょう」



 田井中はそこでひと息置いて、また話を切り出す。



「……『生贄』が必要です」


「生贄……?」



 思わず声に出していた明也に向かい、田井中は答える。



「そう、生贄。神の怒りを沈め、プロジェクトに加護を賜るためには、生贄を捧げて儀式を執り行う必要がある」


「生贄って、いったいどういう……」



 田井中は別の資料を取り出した。



「経営企画室に伝わる文書によれば……こういう場合、捧げるべき生贄は清らかなる乙女。それも、聖職者の乙女がいいとされている」


「……! ちょっと待ってくれ! それって……!」



 明也を見返す田井中の目は、どこか悲しげだった。


 * * *


「安藤!」



 給湯室にいた安藤美唯が、明也の声に振り返る。その目尻になにかが光っているのを、明也は見た。



「安藤、お前……!」



 明也は息を切らしながら、言葉に詰まった。その様子をみた美唯が微笑みを返す。



「……聞いたんだね。そう。わたし、生贄になるんだ」


「なんで……なんで……っ!」



 明也はやり切れない思いをかきむしるように息を吸い、吐いた。まるでろっ骨を内側から掴まれるように心が軋んでいた。



「なんでって……だってわたしは、カイテックの巫女なんだよ?」



 美唯はそう言って笑い、流し台に寄り掛かるように身体を預けた。



「ほんとのこと言うとね……わたし、明也くんが羨ましかったんだ。営業職ナイトとしてバリバリ働いて、プレゼンしたりして。わたしは総務のパッとしない仕事で、なかなか会社のために働いてるって実感もなかったし」



 明也は美唯の顔を覗き込んだ。それじゃ、経営企画室に行ったのは――



「神に身を捧げるんだから光栄だよ。しかもそれで会社が栄えるんだよ? 明也くんにも出来ない仕事だよね。へへ」



 そう言って悲しく笑う美唯に――明也は思わず、その手を取っていた。



「安藤! 逃げよう……この会社から」


「えっ……?」


「仕事のために身体を捧げるなんて馬鹿げてる! 安藤がそんなことの犠牲になる必要なんてないんだ」



 明也は美唯の目をまっすぐに見詰め、言葉を継ぐ。



「俺と一緒に退職届を出そう……それで、田舎で畑でも耕して暮らそう」


「明也くん……」



 美唯は明也の目を見返していたが――ふと、その目を伏せた。



「……だめだよ。そんなこと、誰かに聞かれたら明也くんも、また高橋さんみたいに……」



 美唯は明也の手をそっと振り払い、背を向けた。



「安藤……!」


「だめ。それ以上優しくしないで……わたしも揺らいじゃう……」



 美唯が肩を震わせて言った。



「わたしは、この会社と神にその命を捧げたの。この会社に勤める人や、その家族や……それに、国王陛下や役員の人たち……その人たちみんなが生き、栄えるために、わたしはずっと祈ってた……その祈りがついに、神に届くのよ? わたしなんかじゃ、こんな機会でもなければ絶対に出会えない名誉なこと……」



 美唯の震える肩に、明也は触れることができなかった。


 * * *


 戦場コンペ用のスーツは、新しく仕立てたものだ。ジャケットに袖を通せば、それだけで身が引き締まる思いがした。



「いいな、似合っているよ」



 課長の岩永がそう声をかけるのに、どうも、と曖昧に答える。


 チームのメンバーと、資料を確認する。あれから何度も打ち合わせを重ね、ブラッシュアップしたものだ。今日のプレゼンも綿密に計画を練った。ここ数週間はずっと、会社に缶詰めで働いていた。


 だから――美唯とはあれから、会っていない。「儀式」はもう執り行われたはずだった。儀式がどこで、どんなことをするのか、明也は知らないが――きっともう二度と、美唯に会うことはないだろう。なるべくそのことを考えないように、と明也は仕事に没頭していた。だが――


 明也はスーツの胸元につけたブローチを見た。昨夜、田井中がわざわざ営業部を訪れ、明也に渡したものだ。美唯が田井中に託してくれたのだという。



(もう目を逸らさない)



 明也はそう心に誓った。美唯がこの会社のために――この会社で働くすべての人々の未来のために、その身体を投げ出し、この機会を作ってくれたのだ。ならば、営業職ナイトである自分がやるべきことは、その想いを背負って戦うことだ。



 自分の誇りのために――美唯の名誉のために。そして――



「……代表取締役国王・佐重木陛下と株式王国カイテックの名誉のために」


「……神のご加護を」



 岩永に見送られて、明也とチームのメンバーは戦場コンペへと向かい、出発した。


<了>

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(株)カイテック王国の興亡 輝井永澄 @terry10x12th

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