防御力皆無のタンク役

奈良みそ煮

防御力皆無のタンク役 


「――おっさん何やってんだ! 盾を構えろ! 早く!!」


 俺は視界を阻む鬱蒼と生い茂る木々や植物を薙ぎ払いながら、この冒険限りの契約を結んだタンク役に警告した。

 張り裂けんばかりの大声を発しているはずなのに彼の耳には届いていないのか、大挙する魔物の群れに怯えるどころかまるで薬草を摘みに来た少女のようにのどかに構えている。

 もしかして、こいつらには敵わないと早々に諦めているんじゃないだろうな!

 それとも、俺を逃がすためにわざと囮に……!

「こんなことなら、あんたと契約するんじゃなかったよ!!」

 先ほど逃げ出そうとしてしまった後悔も先に立たず、一歩到着が遅かった俺の眼前には、魔物の無数の牙や爪がタンク役へと容赦なく突き立てられて――。


   ◆  ◆  ◆


 まだ周りと比べて年若く、経験も少ない駆け出し冒険者の俺は、他の閲覧者の迷惑もどこ吹く風でクエストボードの前に張り付いていた。

「んー、これは独りだとちょっと厳しいし、かと言ってパーティメンバー募集依頼をかけても来てくれるか……?」

 装備もしっかり買い揃えることができないほど金欠な俺は、どうにかして少しでも多くのお金が稼げるクエストを探さなければならなかった。

 理由は単純、多額の借金があるからなのだ。

 俺の両親には浪費癖があり、大した収入もないのに必要ないものをやたらめったら買い込んでいくので、そんな生活が長く続けばどうなるかは明らか。

 とうとう両親は借金返済のために地方の鉱山へと強制労働が決まり、連帯責任で俺も連れていかれそうになったのだが、金貸しの大元である冒険者ギルドで働くことを条件に見逃してもらったのだ。

 とは言え、身体能力も平均的で魔法能力も皆無の俺に危険な魔物討伐クエストを受けることは死にに行くようなものなので、危険の少ない薬草採取や複数人で行う商人護衛クエストに混ぜてもらって日銭を稼いでいるのが現状だ。

「しっかし、碌なクエストがないもんだ」

 俺のいるギルドは辺境の地にあるので、生息している魔物が高レベルすぎて俺程度では秒でこの世からおさらばできる程強い。

 なのでいつもなら薬草採取クエストに出かけるのだが、雨季に入ったこの時期に目当ての薬草は生えておらず、豪雨の影響で商人も立ち往生している。

 結果として無理にでも魔物討伐クエストを受けざるを得ないのだが、ソロ活動している冒険者には厳しめなクエストしか残っていないのだ。

 仕方ないと覚悟を決めた俺は、一番低難易度の討伐依頼を手に取って受付に行き、

「これ受けます。あと、パーティメンバーの募集をかけてもらえるとありがたいのですが」

「…………どうも、少々お待ちください」

 決して表情には出さなかったが、受付から「この程度のクエストでメンバー募集かけるなよ」と言われているようでちょっと悲しくなった。


 わかってる、わかってるんだよ。


 でも、こうでもしなきゃ死んじゃうんだよ。


 ギルド側も借金返済の為にやすやすと死なれては困るので、クエストやパーティメンバーを優先して斡旋してくれるのだが、そのせいで職員に迷惑がかかっているので俺はあまり好印象ではないようだ。

 しばらく待った後、連れてこられたのは、軽装でひょろひょろとしていて見るからに頼りないおじさん冒険者だった。

「あのー、この人だけ、ですかね」

「今現在はこの人しか斡旋できません。更に人員の募集をかけるのなら追加料金を支払っていただきますが」

「いえ、大丈夫です!」

 ただでさえ複数人で受けると報酬が減るのに、これ以上の出費は痛手となる。

 と言うか、募集をかけたくてもお金がない。

 落ち込む俺に彼はそっと手を差し出すと、

「はじめまして、ヤナギと申します。タンク役として使ってやってください」

「え、あっ、はい。俺はジャンクです。こちらこそよろしくお願いしますっ」

 ――――タンク役?

 慌てて握手を交わして、彼の言葉を反芻した。

「あの、タンクって、ホントに……」

 職員に確認しようとしたらもう既にこの場から立ち去っていた。

 ちょっと風が吹けば飛んでいきそうな線の細い彼がタンク役なんて務まるなんて信じられないのだが。

 まさか、担がれているのだろうか。

 そんな俺の怪訝な目線に気付いたのか、彼は慌てて冒険者のライセンスを提示してきた。

「ほらここ。ライセンスは偽造できないから、確認してもらえるかな」

 受け取ったライセンスには、確かに適性職業欄に『前衛:タンク』と明記されている。

「見た目は頼りないけれど、君のクエストの役に立つよう頑張るよ」

 言葉はちょっとカッコいい――と思いたかったが、痰が絡んだのか、めっちゃせき込んでいる彼の姿はやっぱり頼りない。

 枯れ木も山の賑わい、とはこのことを言うのだろうか。

 せめて同年代の年若い冒険者ならよかったけど、この際文句は言ってられないので彼を頼るとしよう。

 不安に苛まれつつも、クエスト依頼書に同行者の名前と『今回限り』の文字を力強くサインした。


   ◆  ◆  ◆


 今回受けたクエストは、猿型の魔物の討伐だ。

 雨季に入ったこの時期が奴らの発情期で、ターゲットの魔物は一様に好戦的になる。

 繁殖する体力をつけるために大量の食事を必要とする彼らは農家の作物や商人の運ぶ食糧を襲い、テリトリーに入り込んだ部外者を誰であれ容赦なく攻撃する凶暴性は並みの人間では太刀打ちできないほどだ。

 しかも今回は街道ルートの一部が奴らのテリトリーと重なっているらしく、早急な対応が求められているのだ。

「こんな危険なクエストが最低難易度クエストとか、世も末だ……」

 依頼の場所である魔物の生息地の密林で、うだるような蒸し暑さに眉をしかめながら俺はぼやいていた。

 普通なら5人、多くて10人ほどで対応するような内容にたった二人、しかも片方は駆け出しというパーティ。

 ただの手の込んだ自殺じゃないか。

「大丈夫ですよ。この猿型の魔物、一体ごとの耐久値は低いですからあなたでも十分対応可能です」

 死地に赴く兵隊のように沈んでいると、俺の死角からヤナギさんが励ましてきた。

「でも、確認されただけでも15体はいるんですよね。それって俺とヤナギさんでどうにかなるんですか?」

「それはまぁ、お互いの頑張り次第といったところでしょう」

 俺の緊張をほぐすために話しかけてくれているんだろうけど、俺はアンタが一番心配なんだと言ってやりたい。

 タンクとは魔物の攻撃を一手に担う役なので、自分の身を護れるよう重装に身を包むか、自分をしっかりと覆い隠せるほどの大きな盾を装備しているのが普通だ。

 だけど彼は、俺と変わらない軽装に短剣装備のどう見ても役どころがシーフかアサシンの見た目なのだ。

 そんな装備だと前に出た途端にやられてしまうのが目に見えている。

「はぁ、いざとなれば俺が囮になるしかないか」

 経験は向こうが上でも、立場は駆け出しでもクエストリーダーの俺の方が上だ。

 パーティは全滅したけど俺だけ生き残りました、では今後の活動に支障が出るだろう。

 その今後があるかどうかは考えないこととする。

「そう心配せずとも、あなたは死にませんよ。私が守りますから」

 その言葉、美少女から言われたかった。

 やけくそになってもりもりと成長している蔦や蔓を剣で薙ぎ払っていると、


 ウキキキキキ―――ッッ!!


 今の雄叫びを皮切りに、ガサガサと木々を揺らす音が俺たちの周りを取り囲み、途端に張り詰めた空気が漂いはじめる。

 どうやら魔物のテリトリーに入ったようだ。

 戦闘経験少ない俺にとってもう既に魔物に囲まれているという状況は、緊張で思考回路を狂わせる材料としては十分だった。

 身をすくませながら剣を前に突き出し、辺りをせわしなく警戒する。

 先ほどの決断もどこへやら、気付けば自分の身を守ることで精一杯だった。

「こい……くるならこい……!!」

 

 ガサッ!!


「ひっ……!」


 ガサッガサガサッ!!


「っ……! くっ……!!」



 音が鳴る度にそちらを警戒するも襲われず、だけども徐々に近寄りつつある物音に精神的に困憊させられた俺は、

「ジャンクさん、落ち着いてください」

「う、うわああああぁぁぁぁぁ!!!」

 後ろにいた味方に怯え、思わず駆け出してしまった。

「ジャンクさん! ……仕方ないですねッ!」

 

 カンカンカンッ!


 俺の後ろで金属を叩いて鳴らす音が響き、我に返って後ろを振り向くと、ヤナギさんの元に高速で襲い掛かる魔物の姿があった。

「――おっさん何やってんだ! 盾を構えろ! 早く!!」

 俺は視界を阻む鬱蒼と生い茂る木々や植物を薙ぎ払いながら、この冒険限りの契約を結んだタンク役に警告した。

 張り裂けんばかりの大声を発しているはずなのに彼の耳には届いていないのか、大挙する魔物の群れに怯えるどころかまるで薬草を摘みに来た少女のようにのどかに構えている。

 もしかして、こいつらには敵わないと早々に諦めているんじゃないだろうな!

 それとも、俺を逃がすためにわざと囮に……!

「こんなことなら、あんたと契約するんじゃなかったよ!!」

 先ほど逃げ出そうとしてしまった後悔も先に立たず、一歩到着が遅かった俺の眼前には、魔物の無数の牙や爪がタンク役へと容赦なく突き立てられて――。


『グギャアアアアァァァァァ!!!』


 襲い掛かってきた魔物のすべてが、まるで流水のように受け流されていた。

「ほら、その程度では私に触れることは出来ませんよ」

 彼は息を乱すことなく静かに構えなおし、魔物を挑発する。

『グルルルルゥ!! ウキャキャキャ――!!』

 安い挑発に乗った魔物の群れは、今一度ヤナギさんに襲い掛かるも、攻撃のすべてを受け流されていった。

「…………受け流しパリィ……」

 彼がタンク役なのに軽装の理由が、この場ですべて理解した。

 攻撃をのではなく、攻撃をタンクなのだ。

 一歩間違えれば即死も免れないというのに一歩も引かずにただ攻撃を受け流し続ける彼の胆力たるや、いったいどれほどの死線を乗り越えてきたというのか。

 猛攻もまるで意に介さないヤナギさんは俺に声を掛ける。

「立てますか!? そろそろこいつらも疲弊する頃です! 早いうちに殲滅をお願いします!!」

 優秀なタンクに勇気をもらった俺は、剣を思い切り握りしめると、

「うおおおおおお!! ヤナギさんから離れろおおおおぉぉぉぉ!!」

 魔物全てを殲滅するまで剣を振るい続けた。


   ◆  ◆  ◆


「その、ありがとうございました。正直、見た目で侮っていました」

 ギルドでクエスト達成報告を済ませ、受け取った報酬をすべて彼に差し出すと、

「いえいえ、全部は受け取れませんよ。それより、あなたが無事でよかった」

 柳さんは報酬の入った袋からクエストの依頼書に明記してあった金額だけを取り出すと、

「これでお別れです。ジャンク君の一層の活躍を祈っていますよ」

 それでもと詰め寄る俺を手で制し、その場を去っていった。

 どうしても聞きたかったことが利けなかった俺は受付の職員を呼び止め、彼について問い合わせみると、

「ヤナギ? そのような冒険者いませんよ」

 いない? 

 そんなわけないだろうと他の職員に何度も問い詰めても、同じような反応だった。

「夢、だったんだろうか」

 まるでキツネにつままれたような気分だが、俺が助けてもらったのも事実なんだ。

  

 そうだ。


 借金地獄もいずれかは終わるだろうから、肩の荷が降りた時に挑戦してみたいことが出来た。

 身体能力も平均値で魔法能力も皆無な俺がなれるかはわからないけど、それでも――。



「俺、防御力皆無のタンクになる!」



-fin-


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