第2話 ニューシネマ・パラダイス~社会人映画サークル代表の場合

 康彦(やすひこ)は、地元の群馬・沼田市にて、デイ・サービスの職員を務めている。 

 デイ・サービスとは通所介護と呼ばれ、要介護認定を受けた人が、自宅や高齢者住宅などから日帰りでの送迎を受けて、機能訓練、入浴、レクリエーションなどのサービスを受けられる施設だ。康彦は、以前、務めていた介護施設での仕事が、次第に体力的にも厳しくなってきたので(自身がいずれは、受ける側になるだろうとの予測のなか)介護の度合いの少ないデイ・サービスに転職した。

 2030年の今、介護事業は、AI(人口知能)やロボット、デジタル最新技術の導入が進み、以前に比べると仕事は楽になっていた。

 康彦のところでも、スマート・バンドと呼ばれるデジタル・リストバンドを利用者に配り、施設内だけでなく常時、身に着けるようにして貰っている。この端末は腕から、バイタルと呼ばれる「脈拍、血圧、体温」のデータなどが24時間、通信で繋がるAIにより管理され、異常があれば、救急病院に通告が入る。

 また、体調管理だけでなく、食事もAIにより管理され、介護施設では、その人の体調、持病など、個々人に応じた配食が行われるようになった。これら個々人の体調・持病のデータは、厳重なプライバシー管理をされたうえ、ビッグデータとして、医療機関などに提供され、予防医学や新薬の開発にも貢献している。

 しかし、唯一、医学的に予防が難しく、また治療法も未だみつからないのが、認知症であった。そのなか、レクリエーションの一環として懐メロを歌うことが推奨されてきた。人は歳をとると、昨日のことは食べたものさえ忘れるのだが、昔の思い出だけは記憶し続けている。懐かしい曲を聞くと、その時代の思い出が蘇る。これが記憶を司る脳神経の働きを活発にして、記憶を無くしてしまう認知症の予防に繋がるのだという。

 康彦の施設でも、動画サイトの懐メロ映像を(ネット接続された)テレビ画面に映し、利用者からの評判も良かった。

 そんなおり「古い映画が観たいなあ」と、利用者のひとり、ヒロさんこと中村比呂(なかむらひろ)さんがつぶやいた。ヒロさんは、地元でレタス栽培農家を営んでいたが、病気で下半身麻痺となり、息子さんに仕事を譲り、自宅で療養しながらデイ・サービスを利用していた。

 康彦は、30年近くも続いている社会人映画サークルの代表でもある。映画のDVDコレクションも多い。そこで、DVDで映画鑑賞をする「懐かし映画タイム」という時間を、毎週、設けることにした。

 そのことを伝えると「やったー!」と、手を広げるポーズをして、ヒロさんが、車椅子の上で叫んだ。ちなみに、ヒロさんは、超能力者を題材にしたアメリカのSF・TVドラマシリーズで、登場人物のひとりの日本人の名前と同じであることを自慢し、その人物の口癖とポーズを真似していたのだ。眼鏡をかけ、小太りである風貌もよく似ていた。

「こうして、私はタイムトラベルをするのですよ」

と、ヒロさんは眼を瞑(つむ)る。

「中学生の時…初めて女の子を誘って行った映画館。互いにお菓子を食べながら…そうそう、今みたいに洒落たポップコーンなどなくて、私はせんべい、彼女はキャラメル…」

「おせんにキャラメル…ありましたね」

 ヒロさんは康彦の10歳年上だが、康彦も、昔、映画館で売り子が「おせんにキャラメル~」と声を上げている光景を目にしたことがある。

 確かに、そう言われると、当時の映画館内の光景が目に浮かんで、せんべいを食べる音も聞こえてくる気がする…

 TVドラマのなかでも、ヒロさんと同姓同名の登場人物が、目を瞑り、目を開くと、戦国時代や、ニューヨークなどへ時空間の移動をしていた。

(なるほど、このヒロさんは、映画で時空間移動するのか…)

 そんな「懐かし映画タイム」を続けていくなか、4月のある日、地元にある道の駅の駅長(代表)から連絡が入った。

 「実は、以前に行った昭和展を、常設会場を設けて、行うことになり、ぜひ、またお手伝いを、お願いしたいのですが…」

 今から5年前の2025年、この年は昭和100年ということで、道の駅でも昭和を記念する企画展示が行われた。実は、この道の駅があるのは、群馬県の利根郡にある昭和村という地区だ。そこで、昭和つながりとして、それに因んだ企画展示がこの年に道の駅で行われた。

 康弘の前職は、ここ昭和村にあるゴルフ場・宿泊施設の支配人で、近くにある道の駅とも、長年に渡り懇意にしていた。そこで、昭和100年展という企画では、昭和の映画関連グッズ(自分の持つ映画パンフレットや、映画サークルのメンバーの協力を得てのポスター、映画雑誌など)の展示で協力をした。

 そして、もうひとつ、嬉しい依頼があった。

「オープン前日の夜、前夜祭として屋外上映会も企画したいのですが」と言う。

 道の駅の前にある駐車場を開放して(第二駐車場を離れた場所に確保して)、そこにスクリーンと椅子を設置して、昭和時代の懐かしい名作を1本上映したく、その作品を選んで欲しいとのこと。7月下旬の夏休みが始まる週末の夜という日時も知らされた。

 まさに、今、康弘がデイ・サービスで続けている「懐かし映画タイム」を屋外でとの提案に、ヒロさんのように「やったー!」と心の中で叫んだ。

「作品は、洋画でもいいですか?」

「はい、お任せします。入場無料として、機材や映画の貸し出し費用などはこちらで負担しますので」

 と、願ったり叶ったりの企画だった。

 この時、康彦の頭に、ある作品が浮かんでいた。これしか、ない、と思った。

 調べてみると、その作品が公開されたのは1989年、昭和64年となり、それは昭和最後の年であった。もっとも、厳密にいえば、公開されたのは、その年の暮れなので、その時点では平成元年となっているのだが(まあ、その辺は適当に…)と康彦は得意のアバウトさをもって、自らに言い聞かせた。

 そして「あの時、あの時代…懐かしの名画」上映と冠して、康彦の選んだ作品の上映が決まった。

 迎えた当日は、朝から雲一つない晴天だった。康彦は空を見上げ(雨で順延にならず良かった)と、ほっとしながら、昼過ぎ、車で昭和村に向かった。昭和村は「日本で最も美しい村」の一つに選ばれ、景色が実に美しい。特に、今日は、高原に広がるレタス畑が真夏の日差しを浴びて輝くように見える。

 会場につくと、駐車場の奥に、すでに大きなスクリーンが設置されていた。

「明日からの展示も、おかげさまですべて整いました」と、にこやかにほほ笑む道の駅長に出迎えられた。

 そして「懐かしの昭和へ」と題された展示会場に案内された。すでに、メディア関係への事前お披露目として、地元の新聞社やローカルTV局、ネット配信社などが取材に訪れていた。会場には、懐かしい昭和レトロの品々が展示されていて、康彦が提供した自身の映画パンフレット、仲間から集めた映画雑誌や映画ポスターなどもあった。場内には、昭和歌謡も流れていて、まさにタイムスリップ気分が味わえる。

 メディアの取材も終わり、駐車場から車がなくなると、康彦も手伝い、パイプ椅子を並べる会場準備にかかった。

 夕刻となり、早めの来場者たちがやってきた。東京から車に分乗してやってきた、康弘が代表を務める映画サークルの面々も顔をみせた。車椅子に乗ったヒロさんも、家族の付き添いを受け、やってきた。

 彼らと懇談しながらあっと言う間の時が過ぎ、日も落ち、いよいよ上映が始まる。

康弘は、司会者としてスクリーンの前に立った。

「こんばんは。え~、本日は、明日からの、昭和展示会に先駆け、懐かしの名画を上映させていただきます…作品の中身は初めてご覧になる方もいるかもしれず、触れませんが、まさに映画ファンのための映画ではないでしょうか…なお、この作品には完全版と呼ばれる長尺版もありますが、本日は時間の関係もあり最初に劇場公開された短縮版にて上映します。それでは最後までごゆっくりとご覧ください」

と手短に、司会を切り上げた。そして、上映が始まった。

 映画は、第二次世界大戦のあと、イタリアのシチリアの寒村にある、映画館を舞台にして展開する。そこに務める映写技師と、彼を慕い映画館に(もぐりこみ)通う少年…少年は大きくなって、映画監督となる。映写技師が亡くなり、その訃報を聞いて故郷を訪れると、遺産ともいうべき、フィルム缶が残されていた。それは、映画館のオーナーであった神父によって検閲され、切り捨てられた映画フィルムをつなぎ合わせたものであった。最後にその検閲された、ラブシーンの数々が次から次へと映し出されていく…

 映画のテーマ曲が鳴り響き、画面を見ながら号泣する映画監督同様に、観客の涙腺も緩む。

 会場のあちらこちらからすすり泣きが聞こえてきた。

 そして、上映が終わった。満席の客席から大きな拍手が巻き起こった。

 康彦が、再びスクリーンの前に出て挨拶しようとしたその時、スタッフがかけより耳打ちした。

「みなさん、今、この会場に、駆け付けていただきました方がいられます…」

 と、スタッフから告げられた映画監督の名前を康彦はマイクを通して告げた。

 と、呼ばれた映画監督が前に出てきた。

この群馬で開催されている映画祭の主催者の一人として、康彦との付き合いも長い監督だ。映画サークルでも長年、応援をさせていただいている。

「近くで撮影をしていまして、終わって、そこから駆け付けさせていただきました」

「お忙しいなか、ありがとうございます」と康彦は、深々と頭を下げた。

「映画を最初から観たいとは思っていましたが、最後だけ少し観させていただきました。何度観ても、いい映画ですよね」

 と監督は、ラストシーンのすばらしさを語る。

「最後に、出て来る往年のスターたち。いいですよね。ところで、みなさん、スターって、今、ここからも見えますが、どこにいますか?」

 誰も答えられずに、会場は静まり返った。

「スタッフの方、明かりを消していただけますか?」と、監督は、何を思ったのか、そう指示をした。

 暗くなった会場に監督はこう声をかけた。

「みなさん、上を向いてください。何が見えますか?」

 そこには、満点の星空が広がって見えた。

「スター、星が見えますね」

場内から笑いが漏れた。

「オヤジギャグ!」とのヤジも飛んだ。

「では、みなさん、この映画の舞台となった映画館。パラダイス・シアター。それは。どこにありますか? 天国だから、やはり、空にあるのでしょうか? 明かりをつけていただけますか?」

 再び場内が明るくなった。と、その中で一人、大きく手を挙げている人がいた。ヒロさんだ。

 スタッフが、ワイヤレス・マイクを差し出す。

「それは、ぼくたちの頭の中ではないですか?」

 ヒロさんが、自らの頭を指で指す。

「そうです。頭の中にこそ、皆さんの映画館があるとは思いませんか?」

 そこで、康彦も声をはさんだ。

「映画は、ぼくたちの頭に、その物語を刻み付けているのですね」

 康彦の頭の中に、数多くの映画の場面が、まさに、この映画のラストシーンの如く、走馬灯のように流れた。ヒロさんが言うように、観た時の記憶も一緒に蘇る。映画は、人生の一部として記憶されている。

 ヒロさんが「やったー!」と大きくポーズを取るのが見て取れた。

 この瞬間、康彦の、そして観客たちの頭の中で映写機が回り始め、思い出の自分だけ、あなただけの映画としての上映が始まっていた…

                                (完)

                   (C)2020 Misaki Naoya


*本小説は、作者の妄想の世界を著したもので、実在する人物・団体・事柄とは関係ありません。

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「10年後~あなたの人生の物語」 みさき なをや @neonao8

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