「10年後~あなたの人生の物語」

みさき なをや

第1話 八月の濡れた砂~官能小説家の場合

「いってらっしゃい」朋香(ともか)は、品川駅の地階にあるリニア新幹線の改札口に向かう夫に手を振り、見送った。リニアで品川と名古屋が約40分。そこから在来新幹線に乗り換えて、新大阪までが約1時間30分少しほど。夫とは品川駅ナカのレストランで早めのランチを採った。まだ昼前であるから、夫は午後1時過ぎには大阪に着くことだろう。なんとも、時短の時代になったものだと、朋香は改めての実感を覚えた。

 夫を見送ったあと、朋香は東海道線のホームに向かった。夫は、大阪本社での会社の記念行事とそれに続くOB会のパーティがあり一泊してくる。会社勤めの娘たちからも、外食するので、帰りは遅くなると告げられていた。そこで、ひとりきりの時間を使い、久しぶりに鎌倉方面に足を延ばすことにした。

 八月の最後の日。夏休みも終わりで、下りの東海道線は空いていた。朋香は誰もいない四人掛けの椅子の窓際に座り、列車が発車すると流れる車窓の景色を見ていた。さほど景色は昔と変わっていないが、最近、流行りの、ホログラム(立体)CM映像を見せる大型(デジタル・サイネージ)看板がところどころにあるのが、目を惹いた。デジタル化の波は、社会すべてに広がっていた。

 思えば、官能小説家を引退したのもデジタル、AI(人口知能)のせいだった。官能小説の語彙や、小説のパターンはある程度、決まっている。AIにディープラーニング(学習)させ、小説を書きださせる。そして、編集者が体裁を整える。作者もアバター(架空の存在)にして、読者好みのCGキャラクター(美女やイケメン風)として作り上げる。あとは、配信で流すだけ。合成音声で、ドラマ風に仕上げて配信されるものもある。

 今や、雑誌や本の多くが配信となり姿を消していた。自分のような、紙媒体に発表の場を持っていた作家は最早、過去の遺物と、自嘲しながら小説を書くのを辞めた。

 昔、朋香は成人向け映画を主に製作・配給する映画会社の宣伝部で働いていた。その時は、シナリオ作家になるのが夢だった。それは叶わず、ふとしたきっかけで書いて応募した小説が、とある文芸雑誌の新人賞を受け、小説家としてデビューを果たした。その後、知り合いの出版社の編集者から「書いてみないですか」と誘われて、官能小説誌で小説を書くことになった。最初は抵抗もあったが、成人向け映画会社にいたおかげで、ネタはいくらでも思いつく。それも後押しとなった。その後、単行本もいくつか出せたし、映画化された作品もあり、それなりに官能小説家としての地保を固めることが出来た。それは、新人賞を受けた処女作があればこそであったと朋香は思っている。処女作は私小説で、複雑な家庭環境下で、離れて暮らしていた父親との関係を題材にしたものだった。

 その父が、昔、住んでいた鎌倉へと今、向かおうとしている。父が住んでいた家はすでになく、その場所に行くつもりもない。漠然と、久しぶりに鎌倉・湘南界隈を歩いてみたいとの思いがあるだけだった。

 鎌倉駅に着き、まず鶴岡八幡宮にお参りしていこうかと、参道につながる小町通りの前に足を向けたのだが、夏休みの最後を楽しもうとの家族連れ、そしていつもながらの観光客でごった返している。その光景をみて、嫌気がさして、朋香は駅前のタクシー乗り場に踵を返した。

「どちらまで」と言う運転手に「あの…ヨットのあるところ」と、その時、なぜか海とヨットのイメージが頭に浮かび、反射的に答えた。「ヨットのあるところ…逗子マリーナですか? お客さん、そちらでよろしいですか?」と言う返事に「はい、そちらに」と、ひとこと、言葉少なく朋香は同意した。

 夏なのに、今年は冷夏で、雨と曇天の日が続いていた。今日も、朝から曇り空で、車窓から見える景色も、夏らしからぬ乏しい光の中でどんよりと霞んでいた。朋香は、先ほど頭に浮かんだヨットのイメージがどこから来たのかと考えていた。すると、それが、映画の中のイメージから来ていることに気づいた。そう、朋香の務めていた映画会社は成人映画を量産する前、数多の青春映画を生み出していた。その頃の青春映画には、この湘南の海を舞台にしたものが多かった。海とヨット、それを背景にして笑う青春映画のスターたち。昭和を代表する大スターが主演した、湘南の海を舞台にしたある映画の一画面が浮かんできた。

 そんな思いを巡らしているうちに「逗子マリーナ」が見えてきた。「お客さん、どちらで停めましょうか?」と声をかけてくる運転手に「あの、すみません。どこか海岸に行っていただけませんか?」と朋香は行き先の変更を告げた。「はい、でしたら、この先に逗子の海水浴場がありますから、そちらまで」と運転手はそのまま、車を海沿いの道に走らせていった。

 湘南の海を舞台にした映画を思い浮かべたら、無性に海が見たくなった。逗子の海水浴場で車を降りると、朋香はすぐさま、砂浜に向かった。夏休みの最後、それなり海水浴場には家族連れや若者たちが多く出ていた。遠くには、ヨットも浮かんでいる。どこからか、あの大スターが現れて「よ!」と声をかけてくるのでは? と思ったのだが、どんよりした曇り空の下、海の色も沈んでいて、大スターが出て来る映画の場面と、ほど遠かった。

 砂浜には、いくつか海の家があった。聞けば、今日が夏休み最後の営業日ということで、そのうちの一軒、広いテラスのある店に腰を落ち着かせることにした。暑い日差しもなく、朋香は海風が心地いいテラスに席を取った。

 頼んだ飲み物を口にし、人心地ついた朋香は、バッグからスマホを取り出した。娘たちから「ガラ(パゴス)スマ」と言われている旧型のスマホだ。今は、ウエアブル端末とか言って、手首につける時計型や、スマートグラスという眼鏡型が、通信端末の主流となっている。朋香には、そんな使い方を覚えなければならない新型端末より、昔から馴染んでいるスマホのほうが使い易かった。

 そのスマホで、逗子を舞台にした映画のことを検索してみることにした。確か…といくつか検索ワードを打ち込むと、ある作品が出てきた。それは、朋香のいた会社が、成人映画製作に移る前、一般映画として作られた最後の作品だった。それが、ここ逗子、湘南を舞台としていた。

 無軌道な青春を送る二人の青年と、その二人の行動に巻き込まれる姉妹を描いた作品。レイプシーンで裸にされる女性も出てきて、一般映画とはいえ、後の成人映画を思わす場面もいくつかある。まさに青春映画と成人映画の端境(はざかい)に位置する作品であるともいえた。

 そして、この作品を印象付けていたのは、ラストに流れる主題歌だった。スマホの音楽アプリから、朋香はその曲を検索し、イヤホンを耳にして、聞くことにした。

「あの夏の光と影はどこにいってしまった…」と唄われるところは、目の前に広がる、くすんだ景色とまさにシンクロする、と朋香は苦笑した。続けて、スマホの動画サイトを検索してみると、映画のラストをアップした動画を見つけることが出来た。男たちが共謀し、姉妹の姉をヨットの上でレイプする。下のキャビンでは、怯えた妹が置いてあったライフル銃を手に取り、壁に向けて乱射する。穴が開き、そこから海水が入ってくる。そして、ヨットの上で、呆然自失としている3人の男女を捉えたカメラは、天高く舞い上がっていき、ヨットの浮かぶ広大な海を映し、そこに主題歌と共にエンドロールが流れる…

 四人の乗ったヨットはいずれ海に沈み、彼らも死に行く…そんな暗示と共に、製作した映画会社も、当時の映画不況の波にもまれ沈んでいく…と「この映画会社そのものの終焉がラストシーンに重ねて表現されている」と、一部の映画評論家から指摘されたりもした。

「あの夏の光」とは、もう帰らぬ輝ける、青春の日々の光だった。

 自分の過ごした、成人映画業界にも、思えば「夏の光」が射していた。慌ただしかったが充実していた、あの日々…。

 そう、自分が処女作から題材を変えて綴ってきたのは、過去への…「夏の光」への憧憬であったのかもしれない。父への思いを寄せた処女作、そして、仕事で担当した幾多の成人映画を思い浮かべながら書いた官能小説の数々…。

 導かれるようにしてやって来た湘南の砂浜で、朋香は、そこに広がる過去という広大な海を今、目にしていた。

 これから、自分はどこに向かうのか? 還暦を過ぎ、すでに隠居の身になっていると思っていたが、まだまだ、何か著述出来るものがあるかもしれない。それは過去…「広大な記憶の海」から出て来るもの…AIには決して書けない、私の人生の物語。

 朋香は、砂浜に出て、濡れた砂をひとつかみした。ここに、私の物語がある…

                                (完)

         (C)2020 Misaki Naoya

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