第16話 パリにて出会う日常

 関所ではトラブルこそあったが、アイシェンたちは難なくパリ市内に入ることが出来た。

 ジークフリートのうっかりで旅芸人ということになり、定期的にパリ市内のどこかで演目を疲労する羽目になった以外は概ね予定どおりである。


「でも次からはあんな即興劇やめて欲しいんだけど……」

「まぁまぁ旦那、なんだかんだでうまく行ったんだし良いじゃないっスか」

「そうだけどさぁ……そういえば話変わるけど、バルムンクの武器の扱い方どうなってるんだ?なんというか、違和感があって」


 馬車のなかでナイフジャグリングをして暇を潰していたバルムンクに、アイシェンは尋ねた。


「ん?わちき、変な持ち方とかしてたのさ?」

「いやぁそう言うんじゃなくって。なんというかその……うまく言葉にはできないんだけどさ、お前から飛んでくる短剣が、投げ渡されてるというよりも、直接手渡しされてるっていう感覚が強かったんだ。それがどうにも気になって」


 いまいち言語化できていないアイシェンの違和感に、バルムンクは顎に手を当て、うぅんと唸る。

 ちらりと手綱を握るジークフリートの方を見ると、その表情も一変する。


「あっ、そういうことか!全く、アイシェンはお馬鹿なのさ。わちきのマネをしようったって、そう上手くいくわけないのさ」

「どういうことだ?」

「アイシェンの直接手渡しされてるっていう感覚は、合ってるけど間違ってるのさ。厳密には、投げた短剣がアイシェンの手の中に収まるよう仕向けられてたってことなのさ」


 いまいちピンとこない解説に、今度はアイシェンが唸り声を上げる。


「つまり!」

「つまりあの場面でジャグリングしていた短剣はバルムンクの分身体でもありバルムンク本人……もとい、本剣でもあるわ。だから放り投げられてもどこに着地するかはバルムンクの自由自在ってことなのよ」


 よっぽど変な方向に飛ばさない限りはね、とジークフリートが付け足した。

 そこでようやくアイシェンも納得した。

 そういえばバルムンクは自由に身体の大きさを変えることもできた。この剣からすれば、自分と同じ存在をもう一つ作ることなど簡単なことなのだ。

 もしかしたら人型のものは作れないと言った決まり事はあるのかもしれないが、自分の作り出した武器に自分の意志を植え付ける、ということは可能なのだろう。

 そんなことができるのも、この剣が世界で類を見ない、人型になって喋って、戦い、物を食べる、意思を持った例外中の例外だからこそだろう。

 アイシェンに同じことができないと言うのも、当然のことだった。

(――でももしかしたら)


 同じことはできなくても、なら、自分もあの武器を使ってできるかもしれない。


「なぁジーク、今度バルムンク貸してくれないか?人型の方で」

「なんで?」

「修行に付き合ってもらいたくって。ちょっといいこと思いついたからさ」

「ふぅん。ま、良いんじゃない?バルムンクが良かったら」

「わちきは別に構わないけど、なんか見返りが欲しいのさ」

「じゃ、今度甘味を奢るよ。ロンドンのうまい店、俺結構知ってるんだ」

「気に入ったのさぁ!!」


 ***


 そうこうしているうちに、一行は宿についた。

 手早くチェックインを済ませ、外に出る。ちなみに部屋割りは安全を考慮して四人とも同じ部屋だ。ジークフリートも同じ部屋で大丈夫か聞いたところ、命に関わる問題だから気にしない、とのことだった

 ついでに馬車を宿に預け、三人と一本は今後のプランを話し合う。

 アイシェンがアーサーから聞いていた騎士競技会が終わるのは、そのことを聞いた日から一週間後。

 つまり、移動に四日ほど掛けているわけだから、終わるのは三日後。割と猶予はある。

 更に聞いた話によると、シャルルマーニュ親衛隊が競技会にでるのは、どうやら明日かららしい。

 ならば今日のところは、視察という名目でパリを見てくるのも良いのではないか、という結論に至った。


「へぇさすが芸術の都パリ、戦争中だというのに綺羅びやかな雰囲気はそのままなのね」


 とジークフリートが言う。

 確かにそうだとアイシェンは思った。

 戦争中だと言うのに、この国の人達はみんなブリタニアを恐れていない。

 徴兵されているのか若い男が極端に少ないとは感じるが、町民の中には路上で演奏を奏でて日銭を稼いでいるものや、商売も盛んだ。加えて言えば、くじなんてものも開かれている。

 もはや祭り感覚だ。


「旦那、くじなんてあるっスよ、くじ!自分、ちょっと引いてくるっス!!」


 スサが一目散に駆け出す。

 それと一緒になって走り出すバルムンクと、呆れたように笑いながらも後ろを歩くジークフリート。

 アイシェンもまた、一歩遅れた位置から彼らのあとを付いて行った。


 ――数分後。


「あぁぁぁまたスッたァァ!!」

「スサ!諦めちゃだめなのさ!!もう一回引くのさぁ!!」


 ……見事、スサとバルムンクはギャンブルの沼にハマった。

 ゲームは単純に、目の前のくじ箱からあたりと書かれた紙を取り出すだけ。シンプルであるが故に、二人の何かに触れてしまったらしい。

 一回500イーエンと少し高めな値段設定にも関わらず、二人は40分以上格闘している。

 ジークフリートとアイシェンは二人を置いて別の場所を見に行こうかとも思ったが、二人のとばっちりが騎士団の方に向くのもマズイと考え、見守りを続けている。

 ちなみに二人の全財産がなくなったら強制的に連れて行こうと考えている。


「まぁ、ギャンブルにハマるやつは一回ひどい目に合わないと懲りないしね。アイシェンくんはやってはダメよ?」

「シントウの里にいた頃、サン先生とかにイカサマ仕掛けられてひどい目にあってから、賭け事はやらないようにしてる」

「サンちゃん、ちゃんと師匠らしいことしてるのね……あっ、また負けてる」


 頭を抱えて絶叫する二人を横目に、アイシェンたちはため息を繰り返す。

 いい加減首を掴んで連れて行こうかと思っていたとき、後ろから声が届く。


「オイオイオイオイご両人、さっきから見てたが全然なっちゃいないぞ」


 長身の男だった。

 黒いフードに顔を包み、表情が見えない。ちらりと見えた顔も右目を茶色い髪で隠していた。手元もコートのポケットに突っ込んでいて見えない。しかもそのポケットも、何かを握り込んでいるのかやけに膨らんでいる。

 そして左目の下につけられた傷とその佇まいからも、常人とはまた違った雰囲気を感じ取れた。

 男はゆっくりとスサとバルムンクの前に立つ。


「俺が代わりに引く。もちろん代金はお前ら持ちだ」

「おい、それはちょっと違うんじゃないッスか?それじゃあ当たらなかったら、自分たちはあんたに無償で遊ばせてやった見てぇじゃないっスか」

「大丈夫だって安心しろよ。俺がきっちり引いてきてやるからよォ、ま、見てなって」


 そう言って、男は笑いかける。

 バルムンクとスサも、半ば面倒くさそうに、好きにしろとだけ答えた。

 すると男の方は思い出したかのように。


「あ、そうそう店主、忘れてた。俺は両手を使ってくじ箱からくじを引かなきゃぁならねぇ。だからさぁ、ちょっと穴、広げてくんねぇか?何しろ手が……こんなんで」


 そうしてポケットから出した男の手は、はっきり言って異常だった。

 肌色であるべきその手は真っ白だった。しかも、肌の色が白であるならば全然普通のことであるのだが、この男の場合、手についていたが真っ白だったのだ。

 しかもそれは、頑丈な石のように硬そうだ。更に言えばそれのせいで男の手は一回りも二回りも大きくなっている。

 何かを隠してポケットに手を突っ込んでいたのではなく、この手を見られないために隠していたのだということを、たった今理解できた。


「……随分、変わった手なんだな」

「へっへー。ところで店主、このくじ箱には全部で何枚入ってて、あたりは全部で何枚なんだ?まさか、、嘘をつく訳、無いよな?」


 アイシェンの問いに、男はわかりやすくはぐらかした。

 しかし、ヒントはくれたらしい。

 この手を見てもなお、と彼は言った。

 つまり彼はこの手を、普段隠してはいるが、パリの住民にとっては有名なものなのだということだ。

 もしくは手に関係なく、この男がそもそも有名人なのか。

 店主も顔を青ざめながら質問に答える。


「その……だ、大体400枚くらい入れて、あたりは1枚、で」

「あたりの紙が0.25パーセント!?バルムンク、こんなのにお金かけてたなんて……」

、計算はえぇな。確かにこいつぁ法外だな。だったら、俺の申し出も認めるべきだよな」


 そう言うと、店主は持ってたハサミで穴を広げる。

 この一連のやり取りに、アイシェンは奇妙な異和漢を覚えていた。

 まず、詐欺とも言えるようなこの確率を、正直に店主が答えたこと、お願いしたことを何でも了承させてしまう男の存在、そして何より、言葉の中には、アイシェン達の首を絞めに来ているような、奇妙な感覚があった。


「んじゃ、早速行こうかね」


 男はくじ箱に手を突っ込んだ。

 両手でがさがさと探るその様子からは、0.25パーセントという薄い確率をなんとも思っていない、大胆不敵とも無謀とも言える様子がうかがえる。

 ジークフリートもアイシェンの隣で、やめればいいのに、とも言っている。

 そういえば当たりの枚数を聞いてもなお、男はあたりを増やせとは言わなかった。では何のために聞いたのか。

(なんでだ、なんであんな質問を……)


「なぁ、あんた確か、座長さんだよな」

「えっ?」

「知ってるぜぇ。パリの入り口で演じてくれたそうじゃねぇか。俺はこう見えて耳が良いからよぉ、何が起きているのかがなんでも分かる。だから今から見せるこれは、そんな大胆不敵なお前らへの、ご褒美だっ」


 男は両手を箱に突っ込んだ。

 同時に、アイシェンは千里眼を発動し、男がイカサマをしないかを見張る。なお、その紙があたりかはずれ化までは流石に分からなかった。

 やだて、彼は一枚の紙を両手で挟む。

 そうして外に出されたその紙には、やはりとも言うべきか、当然であるとも言うべきか、書くべくして書かれてあった三文字がある。

 そう……『はずれ』の三文字。

 

「「おいコラあぁぁ!!」」


 二人は激昂する。

 当然だ。これからあたりますよ、みたいな雰囲気出しといてはずれを引いてきたんだから。

 店主は心底ホッとしている。

 引いた男もへっへーと笑うばかりだ。そして謝りながら、腰にぶら下げていた筒のようなものを取り出す。


「ほら手を出しな。お詫びに飴ちゃんくれてやろう」

「わーい飴ちゃんなのさ!」

「わーい自分の好きなイチゴ味っス」

「お前らは猿か!!」

「アイシェンくん、猿に失礼よ」


 それもそうだなと、思わず笑った。

 二人はというと、やはり信じられるのは己の運のみということで、再びくじ箱に手を突っ込んだ。

 フードの男はその様子を見てほほえみながら、アイシェン達に近付く。


「あーりゃりゃ、悪い事しちまったかね。あ、そうだ座長さん、これやるよ。実はさっき、間違えて二枚引いちまってさ」


 そういって一枚の紙を渡される。

 重なってて千里眼じゃ見えなかったのか、そう思いながらアイシェンはその紙を受け取る。

 それと同時に、男はアイシェンの耳元に顔を近付けた。


「な、何を――」

「しっ。静かに聞け。忠告だ。今すぐこの国を出ろ」


 ハッとした。


「その髪は偽物だ。さっきチラリと黒っぽい髪が見えた。最近ブリタニアで活動してるシントウの話を俺は聞いたことがある。お前、それだな」

「……だったら?」

「そう構えるなって。俺は魔族は嫌いだが、民族に敵対はしてねぇ。特にシントウなんつぅ危ねーやつは特にな。だが、それは問題じゃねぇ。このままこの国に滞在してるとお前――」


 殺されるぞ。


「……あんた、いい人なのか?」

「さぁな。だが、何となく、お前は助けたいって思っちまった。ひと目見たときからなぜか、な。よくわかんねぇけど、感じるんだよ、お前はこの戦争を止める為の鍵を持ってる。そしてそれ以上に、俺がお前を生かしたい。頭とか言葉じゃなく、心でそう感じるんだ」

「よくわかんない。よくわかんないけど……ありがとう。忠告として、ひとまず聞いておくよ」

「……そうかい。ルッジェーロ、それが俺の名前だ。あんたの名前は?」

「アイシェン。アイシェン・アンダードッグ」


 ルッジェーロはニコリと笑った。

 そしてアイシェンに背を向け、アーヘン城に向かって歩みだす。

 帰り際、彼は「二人にすまなかったって伝えといてくれ」と言っていた。

 その言葉の意味を理解したのは、アイシェンが手渡された紙の中身を見たあとだった。

 彼がと言って持っていたこの紙に書かれてあったのは、なんと『あたり』の三文字だった。


「間違えてなんてなかった……あの男、最初から当たりくじを引き当てていたんだ!!」


 イカサマはしていないのを確認している。

 箱の中で当たり外れの確認をする暇はなかったし、あの石のような手では、細かい作業なんてできないだろう。

 驚異的な豪運、その片鱗を目の当たりにした。

 それよりも考えるべきは。


「……二人共、あたりは出そう?」

「待ってくだせぇ旦那!!あと一回!!あと一回だけ!!」

「こうなりゃ全部空っぽにする勢いでやるのさぁ!!」

「そっかそっか、ところで二人共、飴は美味しい?」

「「うん!!」」


 この場をどう収めるべきか。

 きっとその飴と同じくらい甘い味を、ルッジェーロも味わっていることだろう。

 他人の不幸は蜜の味。

 もはや高い授業料と捉え、二人を置いて行こうか。

 アイシェンとジークフリートは諦めようとしていた。

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弱小記~Phantasmagoria of SOL world. 原田むつ @samii2908

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