第15話 パリへGO!

 ズキズキと痛むたんこぶを冷やしながら、不規則に動く船の揺れに身を預ける。

 普段なら船酔いして、表現にモザイクフィルターのかかる例のものを自分の口を通して出していたところだが、今は頭部の痛みが勝りそれどころではなかった。

 そうであって欲しくはなかったが、もし万が一、ブリタニアにいるシントウの男は船に弱いからそいつを見つけろ、なんてフランクで言われていたら、今ごろ捕縛されていたことだろう。

 アイシェンはそうポジティブに考えることで、頭の痛みを必死に忘れようとしていた。


「しっかし、でかいたんこぶもらったっスねぇ。見てるだけで痛々しいっス」


 そう言ったのは、今回のフランク王国の調査に同行してもらったメンバーの一人であるスサだ。

 心配していそうな発言に聞こえるが、自業自得っスよー、という心の声も聞こえてくる笑顔だ。


「それはアイシェンくんが私達に相談もなしにフランクに行くことを決めちゃったからでしょ。王様からの提案とはいえ、少しは私達に話してくても良かったんじゃないかしら?」


 と、もう一人の同行者であるジークフリートが言う。

 彼女の言う通り、アイシェンの頭の痛みは、仲間にフランク王国へ行くということを相談せずに決めてしまったことに対し怒ったサンによる制裁を受けたため感じているものである。

 更に言えば、確かにアーサーはフランク王国行きのチケットをくれはした。だがそれは、正しくはブリタニアからフランクへ向かう貿易船であり、渡されたチケットもただの有給届けという、もはや隠す気のない悪意が見えた代物だったのだ。

 怒るのも無理はない。


「それにしても、戦争中なのに貿易機構はしっかり働いてるのっておかしくないか?というわけで頭脳担当、授業お願いします」

「はぁ……反省する気無いのだけはわかったわ。ま、アイシェンくんらしいと言えばそうか」


 ジークは頭をめんどくさそうにガリガリと掻く。


「と言っても、そこまで特別なことはないわよ。ブリタニアとフランク周囲の制海権は、ブリタニアが持っている状況。となればもちろん、水産物や塩なんかが高値で売れる。こういう貿易船って、国が管理していると言うより、国の中にある民間企業なんかが使っていることのほうが多いのよ」

「それ、ブリタニアに何か得することがあるのか?」

「金よ、金。そうじゃなくても、ブリタニアの武器商人が、二つの国で商売を始めてるっていう情報もあって問題視されてるし、食料や鉱石とかだったら尚更金は動くわ。良いアイシェンくん?戦争は、国の主張を押し付けるものであるのと同時に、ビジネスの場でもあるの」

「ま、戦争やって儲かる連中なんてゴロゴロいるっスからねぇ」

(生々しいな……)


 国と国、企業と企業。

 自分が関わりたくないと思ってしまうような世界の話ばかりされる。

 アイシェンは途中からジークフリートの話を、右から左へ聞き流していた。


「ところでアイシェンくんはどうして私達を呼んだの?」

「あ、それ自分も気になってたっス」

「え?あぁ、まぁ……なんとなく?」


 ジークフリートは親指を額に当てた。スサも小さく苦笑いを浮かべている。


「あのねアイシェンくん、せめてもう少し考えて行動しなさい。私達のことがバレたら、誰がロンドンの政務と騎士団の世話をするの?」

「あっ」

「ここには参謀と団長と騎士隊長がいるっすから……ははっ、一網打尽っスね」

「あっ……!!」


 絶対に生きて帰ろう。

 アイシェンは心からそう誓った。


 ***


 貿易船を降りてからは、パリへ向かうためにあらかじめ金で購入していた馬車に揺られておよそ四日。

 ブリタニアからフランクまでの海峡は、せいぜい五時間程度での到着であったため、フランクについてからの移動距離が非常に長い。

 三人も最初は、工業と農業で栄えたフランクならではの、機械を用いて農作業をする風景に興奮していたが、四日目ともなると疲労のほうが勝る。


「帰りは蒸気機関車を使いたいっスねぇ」


 手綱を握るアイシェンの後ろで、スサが呟いた。

 ちなみにアイシェンは馬の扱いも人並みにはできる。道を知っているジークフリートを隣に座らせ、疲れてきたらスサと交代するというサイクルで回していた。


「じょうききかんしゃ?」

「フランクで使われてる、石炭を燃やした熱で水を沸騰させて水蒸気の熱エネルギーを動力源にした……ま、とにかく凄く早い乗り物っス。ブリタニアでも運用はされてるっスけど、両国とも、まだそこまでメジャーな乗り物じゃないらしいっス」

「なんで?」

「できてまだ間もないってのと、走らせるための線路を敷くのが結構手間かかるらしくって」

「こう、魔術とかでパパっと出来ないもんなのか?」

「魔術はそこまで万能じゃないっすからねぇ。ポルターガイストみたいに浮かしたり移動したりしてバンバンやるなんて高等テクニック、それこそマーリンの旦那くらいっスよ」


 そういうもんなのか、とアイシェンは思う。

 しかしどうやら、パリと四日前までいた港町を繋ぐ線路くらいはあるらしい。

 なぜそれを使わなかったのかジークフリートに聞くと、公的機関は正体がフランク政府関係者に気付かれる恐れがある、とのことだ。

 確かにそんなにメジャーなものではないのなら、使用するのは国の偉い人たちくらいかその関係者くらいだろう。


「まぁ、帰りくらいなら使っても良いかもしれないわ」

「それは楽しみだなぁ……おっ、あれじゃないか?」


 少しずつ見えてくる巨大な城と広大な城下町。

 白と青を基調にした建物が多く並んでおり、力強さを象徴とするならブリタニアのキャメロットだが、優雅さで言えばこちらが圧倒的だろう。

 中心にそびえ立つのは、今回の戦争でアーサーたちが戦い、アイシェンが非常に強い興味を示した、慈悲王ことシャルルマーニュ王とその親衛隊がいる城。

 通称『アーヘン城』である。


「さてこっからは敵の本拠地になるわけだし……ジーク、スサ、カツラ着けるの手伝って」

「しょうがないわねぇ……て、プッ、あっはは!何この色!金色って!アイシェンくんに全く似合わない!!」

「うわ、これあの王様からの悪戯心が見えるっスね。いや、もはやこうなると悪意っスかね」

「う、うるさいなぁ……!!そういうスサもそれで良いのかよ!結構黒っぽい髪色してるじゃないか!!」

「あっ、自分はここに来る前に茶髪に染め直したので平気っス」

「俺も帰ったら染めようかな」


 ***


 馬車に乗ったまま、パリ入り口の関所のようなところに三人はいた。

 人や物を検査するための場所ではあるが、こういった物があるのは重要な都市くらいなものだ。そのため、フランク王国の首都であるパリの関所には、多くの人や馬車が並んでいる。


「そういえばジークは大丈夫なのか?」

「なにが?」

「なにって、その白い髪と尖った耳。龍殺しの民の特徴だろ?」

「私は平気よ。その証拠に、周りを見てみればわかるわ」


 言われたとおりに周囲の人、自分たちの前後に並んでいる人を見る。

 そこには茶色、金といったエーウロペーでよく見かける髪色をした人たちから、白髪、黒といった色をした人も見かける。

 中には、ジークフリートと同じく耳の尖った人、見た目の年齢こそ50代くらいだろうがアイシェンの腰ほどの身長の男などもいる。

 つまり、ジークフリートの容姿はあまり目立っていない。


「アイシェンくんが知らないだけで、龍殺しの民は結構色んな国にいるのよ。それにあれは鍛冶の民……あっ、運搬の民もいる。ま、ともかく、案外民族っていうのは普通の国でも見かけるものなのよ」


 中には入国を拒否してる国もあるけどね、とジークフリートはどこか悲しげに付け足した。

 アイシェンは新しい発見をする。

 ヒューマンの国には、ヒューマンしかいないと思っていた。だがそれは違った。

 今にして思えば、ロンドンの街にも姿がヒューマンそっくりな魔人族、一つ目の巨人やスライムと言った魔物族の他にも、至って普通のヒューマンも暮らしていた。


「だったらさ」

「?」

「なんで俺はカツラ被されてんだ?黒い髪のやつもいるのに」

「シントウの黒は、特に美しく、神秘的な色とされているわ。カツラが取れた瞬間に、シントウの者だとバレる可能性を頭の隅に置いておきなさい」


 ――そんなもんなのかな。


「次の人、前へ来なさい」


 そんな話をしていたら、あっという間にアイシェン達の検査の時間になった。

 馬を少しだけ歩かせると、門番の騎士たちに馬車の中を調べられる。

 中に入っていたのは食料と衣服類くらいのもの。武器や会話水晶と言った重要なもの、持っている人が限られているものはアイシェンの手のひら収納の魔術で片付けている。

 そのせいか、身体が若干重い。


「あっ」


 そのとき、ジークフリートが小さく声を上げた。

 何事かと、アイシェンは彼女の方を見る。

 彼女の背後に掛けていた物を見て、アイシェンは己の盲点に気付く。


「バルムンク、どうしよう……」

「あっ」


 四日間の馬車移動による疲れからか、バルムンクの存在をすっかり忘れていた。

 幸いにも門番が荷物の確認を優先したからか、彼らは気付いていない。前方からも偶然ジークフリートが影になっている。

 しかし、それも時間の問題。荷物の確認が済んだら今度はアイシェン達の検査に来るだろう。現に、スサが検査を受けている。


「お前これなんだ?」

「護身用の吹き矢っス」


 ジークフリートは迷わず、バルムンクを馬車の下に放り投げる。

 カランという音は響かなかった。


「では、次に御者席にいる方の身体検査をしましょうか」


 しっかりしてるんだな、という感想が出てくる。

 それどころではないが、ここで怪しい行動を取ってしまうのはもっと危険だ。

 アイシェンとジークフリートは席を降りて、その場に立った。

 門番の男は二人の持ち物と装備を念入りに調べ上げると、いくつかの質問をし始める。

 どこから来たのか、何をしに来たのか、そんな他愛もない話。それらはあらかじめ決めていた偽物の回答を使って切り抜ける。

 異変が起きたのは、次の質問が来たときだった。


「仕事は何をしているんですか?」

「あぁ、私達、旅芸人の仕事をしていまして」


 突然、ジークフリートがアイシェンの初耳のことを言い始めたのだ。

 本来であればここでは、ただの旅人としか言わなかったはずだ。


「旅芸人ですか」

「えぇ、今も馬車の下でもう一人の仲間が準備をしてまして」

「馬車の下?」


 門番の男が馬車の下を覗き込もうとすると、突如、何かが飛び出す。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声とテンションで飛び出し、まるでこの世の中心にいるのは自分だとでも言いたげな笑い声を上げたその正体は。


「はーっはっは!!虹の劇団エース、バルムンク!!ここに参上なのさ!!」


 アイシェンは頭を抱えた。

 折角ここまでの道のりが台無しだ、と。

 そしてジークフリートは何を考えているのか、それが全く分からなかった。


「えっとジーク、これは一体……?」

「しっ。それでは皆様!長時間の待機と移動にお疲れのご様子。しばしの休息として、我らの芸をご覧ください。これよりお見せしますわ、バルムンクのナイフトスジャグリングでございます!」


 するとバルムンクは、どこからともなく取り出した短剣を三本、お手玉のように空中に投げた。

 まるで練習していたかのような精度、思わずアイシェンも拍手をしていた。

 並んでいた人も門番も、その芸に夢中になっている。

 やがて馬車の中に入っていたスサも、自分の吹き矢から炎を吹き出すという、いつの間に身につけていたのかわからない芸を披露した。


(お前らもしかして、俺に黙って打ち合わせでもしてた?)


 と考えてしまうほど、周囲の人達を盛り上げていた。

 そのとき、アイシェンの方に短剣が一本投げ込まれる。

 アイシェンは思わず手に取ってしまい、呆気にとられたように四本目の剣を取り出して三本の短剣でジャグリングをするバルムンクを見る。


「それでは我らの座長とエースによる、ナイフジャグリングをお楽しみください!」


 そう言って、ジークフリートはアイシェンをチラリと見る。

 ――なるほど。

 バルムンクと観客の期待するかのような目。

 できるわけ無いだろそんなこと、と思いながら、半ばヤケで受け取った一本のナイフをバルムンクに投げ渡した。

 しかしそれを彼女は、何事もなくキャッチする。

 それどころか、更に二本アイシェンに向かって投げる。

 これを絶やさず投げ合い、芸を披露しよう、ということなのだろう。

 半信半疑のなか、バルムンクを信じて彼女のマネをする。

 するとどうだろうか。

 投げ渡されているナイフは、まるでバルムンクがすぐ近くで優しく手渡してくれているかのように、アイシェンの手元に入ってくる。

 投げ返すときも何故か、自分が投げているつもりが目に見えない誰かが曲線を描きながら遠くにいるバルムンクに渡しに行っているかのように感じた。

 そんな違和感を覚えながら、もう十分だと判断したジークフリートによって、この劇団のは終了した。


 なおその後、演劇道具のナイフの取り扱いと、馬車の下に隠れるのはやめてほしいということを注意されてから、一行はパリに入ることが出来た。

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